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「……長崎は学校帰りに寄り道とか買い食いとかはしないんだな?」

「絶対にしないって決めてるわけでもないんだけど。今日はそうね。真田君が家まで送ってくれてるわけだし。たいした用事もないのに連れ回すのも悪いから」

「いや。俺は勝手についてきているだけだから。そこに気を遣う事はないぞ」

「え……勝手についてきてるとか。実はストーカー……? こわいわね」

「茶化すな」

「ふふふ。ごめんなさい」

「何処かに寄るなら今からでも」

「ううん」と知世は首を振る。

「もうウチにつくから」

 最寄りの駅に降りて歩きながら軽く中身の無い話をしている間に、

「……マンションか」

「の12階ね」

 二人は長崎知世の自宅マンションに到着してしまった。

 大輔は知世と話をしながらも周囲を警戒していたが、そんなふうに気を張っていた大輔にとってもあっと言う間の道程であった。

「近いんだな。駅から」

「マンションてそういうところに建ってるものじゃないの? 違うのかしら」

「そういうものなのか? どうなんだろうな」

 学校の成績が良くても本を沢山読んでいても世の中には少年少女の知らない常識が一杯あった。常識だと思っていた事が実はそうではなかったという事も少なくない。

「取り敢えず。ここまで来れば今日は大丈夫だろう。もしエレベーターの中や部屋の前に不審者が居たら、ためらわずに世界を巻き戻せよ」

 マンションの出入り口で立ち止まった大輔はそう言って知世の背中を見送ろうしたが、

「せっかくここまで来たんだから。あがっていったら。ケーキでも食べて帰ってよ」

 知世は軽い口調で誘ってくれた。

「ケーキ?」

「ええ。昨日ね、お父さんが買ってきちゃって。たまにあるのよ。お母さんのご機嫌取りっていうか。別にお母さんとケンカしたわけでもないのに。ご機嫌伺いみたいなことするのよ。なにかやましいことでもあるんじゃないかって逆に疑っちゃいそうになるわよね」

「良いのか?」

「いいのよ。むしろ食べていってくれると助かるわ。ウチは三人家族だっていうのに5個も6個もケーキ買ってきちゃって。…………。お父さん……本当に『別宅』とかと間違えてないわよね……?」

「いや」と大輔は苦笑いを浮かべる。

「この時間だとお父さんはまだ家に帰ってきてないだろう。お母さんが居るにしても女性しか居ない家に男性を気軽に招くのはどうなんだ? 小学生じゃないんだぞ」

 知世は「あら……ッ!?」と大袈裟に見える驚き方をした。

「男性とか女性とか。真田君にもそういう考えはあったのね。教室ではいつも堂々と話し掛けてくるのに」

「……教室にはクラスメートが居るだろう。その場に女子が長崎しか居なくて、他の全員が男子だったりしたら気を遣うかもしれないが」

 大輔が眉間にシワを寄せると知世は、

「ええ。ええ。真田君はそうじゃなくっちゃ」

 と何故か満足げに頷いていた。

 大輔は逡巡の後、

「ほら。いつまでも入り口で突っ立ってたら真田君が不審者になっちゃうわよ。早く来なさいってば」

 二度目の知世の誘いを受け入れた。

 マンションの中に入ってからも大輔は気を抜かなかった。視界には常に知世の姿を入れていた。エスカレーターに乗り込む際には中で不審者が待ち構えてはいないかと考えて、降りる際にも注意を払った。

 大輔は真剣だった。真面目に知世の身を守ろうとしていた。

 だからこそ。自宅であろう部屋の前で知世がバッグの中から鍵を取り出した時にはぎょっとしてしまった。

「待て。長崎。家に誰も居ないのか? お母さんは」

「普通に仕事」

「おい。だったら俺は帰るぞ」

 大輔の言葉と同じタイミングで――ガチャリと部屋の鍵は開けられてしまった。

「家の中でふたりきりじゃないとできない話もあるでしょう」

 知世はドアを大きく開けて、さっさと部屋に上がってしまった。

 大輔は――、

「……家の中で二人きりでないと出来ない話とは……」

「リセット関連の話に決まってるじゃない」

「……だと思った」

 通されたリビングでほっと息を吐いた。

「他のヒトは聞いても意味がわからないと思うけどね。学校では他人の目があるし、外だと真田君は気が散っちゃうでしょう」

「悪の組織の魔の手が、いつ何処から伸びてくるかも分からないからな。警戒をしておくに越した事はない」

「ふふ。お気遣い、ありがとうございます。でも、ここならちゃんと話に集中できるでしょう?」

「まあ……そうだな。別の意味で落ち着かない気持ちもあるが」

「……真田君も普通の男の子みたいなことを言うのね?」

「俺は普通の男の子だ。何度も長崎の能力に巻き込まれているだけで俺自身には何のチカラも無いからな」

「ふふ。『チカラ』とか『能力』とか言われると本当に漫画みたい」

 知世はくすぐったそうにはにかんだ。

「それはこちらの台詞だ。何だ『世界を巻き戻す能力』って。何処で手に入れた?」

 大輔はどさくさにまぎれて核心に触れてみた。以前にも一度、「長崎は何で世界を巻き戻せるんだ?」と同じような質問をしてみた事はあったがあの時は口論のようなものの最中で「知らないわよ」とけんもほろろな答えしか返してもらえなかった。

「んー……」と知世は唸っていた。

「親御さんは知っているのか? 長崎が世界を巻き戻せる事を」

 それはただの疑問の一つであったが大輔は結果的に探りを入れてしまっていた。

 知世の答えによっては一子相伝で受け継がれてきた長崎家の極秘能力だったりする可能性が消える。

 知世が答えた。

「ずっと前に一回だけ言ってみたことはあったけど……全然、信じてもらえなかったから。信じてもらえないどころか変な心配もされちゃったし。なんか……子供心にも親に悪いことしちゃったなあって思って。だから、まとめてリセットしちゃったわ」

 しんみりとした空気がリビングに流れた。

「それで長崎は完璧であろうとしているのか? 親御さんに心配を掛けないように」

「え? あ、ううん。それはそれ。親とは無関係」

 知世がさらっと答える。湿っていた空気がからっと乾いた。

「なんなのかしらね。それが私の使命というか……物心ついた頃から『わたしはかんぺきじゃないとっ』って思ってたのよね。どうしてかしら」

「長崎は……謎が多いな」と大輔は苦笑してしまう。

「そうかしら」

「世界を巻き戻す『能力』にしても。漫画的に考えると、先祖代々受け継がれている秘伝だとか、何処ぞの研究室の実験で偶然に生まれたとか、おどろおどろしい儀式で呼び出された悪魔から授かったとか色々あるが……どれも違うんだろう?」

 知世は「そうねえ」と頷いた。

「私の場合は生まれつき……になるのかしら。生まれたときの記憶がないから断言はできないけど。漫画的に言うなら『突然変異』――かしらね」

「長崎は……自分の『チカラ』を『歌が上手い』とかと同じような、ただの才能だと思っているんだったか」

「……そんなこと言ったかしら。私……。……特殊な『才能』だとは思ってるわよ。真田君には色々と言い訳もしたけど……ぶっちゃけちゃうと、世界で多分、私だけが持ってる『才能』よね。また『ズルい』なんて言われちゃうかもしれないけど。この『才能』を含めての『私』だから……」

「……そのズルい才能を持っている『自分』の事はどう思っているんだ? 長崎は」

「んー……そうねえ。子どもの頃は――それこそ、お父さんやお母さんにリセットのことを話しちゃった頃は――誰でもじゃないにしてもクラスにひとりくらいは出来ると思ってたんだけどね。多分、世界中で私ひとりだけなのよね。リセットなんてことができちゃうのは」

 知世は言った。

「それを自覚してからは――自分がこの世界の主役だと思って生きてるわね」


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