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番外編
それぞれの学園生活
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シャーロットは入学試験主席のため新入生代表の挨拶を任されていた。
挨拶は頭に入っている。気か重いのはこれから地獄の学園生活が始まるからである。王家より令嬢の教育と学園の統制を命じられていた。一番悲しいのは全寮制の学園にヒノトの同行が許されなかった。ミズノがヒノトと離れるのに笑顔でシャーロットへ同行を申し出てくれたのが唯一の救いだった。誰もいない庭園の隅で、モールの隠密に調べさせた学園の情報を読みながら何度目かわからないため息を溢す。ミズノがいても卒業資格を持っているのに3年も通わないといけない悲しい現実は変わらない。
「シャーリー?」
シャーロットは心配そうな顔をする侍女姿のミズノに抱きつき、しばらくして顔をあげる。
「頑張るから見ててね。シャーリーは立派な悪役令嬢になる」
「行ってらっしゃい。ヒノトの分も見てるから安心して」
「うん。行って来ます」
シャーロットはミズノにニッコリ笑い、目を瞑って貴族の仮面を被って足を進める。これからは自分の心の中は絶対に悟らせてはいけない。シャーロットの本心とは正反対なこれからの学園生活に期待をこめた言葉に、小柄でも堂々とした振舞い、最後に綺麗な微笑みを浮かべた王子の婚約者の新入生代表の挨拶に生徒達は息を飲み見惚れ憧れを抱いた。入学式が終わり、第一王子にエスコートされて歩く姿にさらに憧れの視線を集める。
「シャーロット、手伝え」
「かしこまりました」
小声で第一王子とシャーロットが見つめ合い話す様子に令嬢達が様々な妄想を繰り広げる。甘さの欠片もない二人の囁き声の内容を知る者は当人達しかいなかった。
****
レイモンドは運の悪い人物と思われている。委員決めのくじ引きでは必ず当たる。入学したばかりの婚約者は他の男に夢中である。一応義理で祝いの言葉を伝えるために会いに行ったが、知らないフリをされ引き返した。関わりたくないとアリシアが望むなら、気に掛けるのはやめ、頭の中から婚約者のことを消していた。
「レイモンド、ウルマ嬢が親しい男を作ったけどいいのか?」
「興味ないよ。子供さえできなければいいよ。父上から任された書類が訳がわからない。」
「教えるよ。どこ?本当にそんなに書類が苦手なのに男爵になれるのかよ」
「書類仕事の得意な子が欲しかったけど諦めた。夫人なんていなくてもどうにでもなる。令嬢なんて恐ろしい生き物と・・・。」
男爵子息は令嬢嫌いのレイモンドの肩を叩いて散歩に連れ出した。
「落ち着いてよ。気分転換しようぜ。後で手伝うから。悪い令嬢ばかりじゃないよ。ほら」
庭園には第一王子に手を引かれたシャーロットがやわらかい笑みを浮かべている。
「シャーロット様のような素晴らしい令嬢もいらっしゃる。お声を掛けられないが。お美しい」
親しそうに見えている第一王子と婚約者が二人っきりで話す会話はほぼ業務連絡だけと知る生徒はほどんどいなかった。
「殿下、明日の予定なんですが」
「うるさい。覚えてる」
「しっかりしてくださいませ。王妃様からお祝いをいただいたので分けてあげます。後で届けさせます。あと、お父様より」
レイモンドは興味なくただ友人と共に眺めていた。シャーロットの髪飾りを見ながら、贈り物は面倒だと思っていた。
****
シャーロットは地獄の学園生活を送っていた。視線を集め、取り巻きに囲まれ、常に仮面を被っていないといけなかった。
「モール様、ご入学おめでとうございます。まさか直々に殿下が貴方をお連れするなんて・・」
シャーロットは第一王子とともに公務を終えて学園に戻り教室までエスコートされ送られた。
「シャーロット様は殿下の婚約者です。当然ですわ。お美しい婚約者を持つ殿下が他の花を愛でないのは」
「殿下のお心は殿下だけのものです。私達が口に出せるものではありません。そろそろ授業が始まりますね」
シャーロットは喧嘩を始めた令嬢達を静かに諫める。覚悟はしても社交界よりも荒れている学園にため息を飲み込む。
貴族の争いを止める日々はバカらしく、統制できるのに放置している第一王子への苦言も飲み込む。学園の統制はシャーロットが受けた命令なので、今日もため息を飲み込みやるべきことをやるだけだった。
シャーロットは愚かな貴族を諫め、必要なら家として対処を求める。おかげで入学して一月経つ頃には平穏を取り戻していた。
余裕ができたシャーロットは兄のために優秀な子息のスカウトをするために情報収集を始める。学園は社交を学ぶと同時に良縁探しの場所である。シャーロットの探す良縁は婚姻ではなく、優秀な家臣である。王家のためにスカウトする気はなかった。すでに第一王子は側近候補に囲まれていたが興味はない。学園の生徒は将来の臣下だが、シャーロットは臣下を育てる命令は受けてないので手を出すつもりはない。
学園には大きな図書館が5つありシャーロットもよく利用していた。図書館に通う時間は取り巻きも傍にいないため一人だった。シャーロットは一人の時間が好きだった。
いつも隅で本を読んでいる侯爵子息がいた。王子の側近候補に名前があった生徒だったがシャーロットは話しかけるつもりはなく、好みの本を見つけ現実逃避に本の世界に引き込まれた。
生徒会役員は補佐官を指名することができる。シャーロットは第一王子に任命され雑用を任されていた。もう一人選ばれた図書館にいる侯爵子息に首を傾げながら、無言で第一王子に紙を渡されている姿にため息を飲み込む。第一王子は言葉が足りない。
シャーロットは第一王子が侯爵子息を気に入っているのがわかり、ここで反応を間違えれば面倒なことが起こるのでため息を飲み込み、笑みを浮かべる。
「殿下はあなたに期待しています。殿下は能力のない方に仕事を任せたりしません。始めましょうか。資料を探さないといけませんね。どこに行けば」
初めて自分に向けられたシャーロットの笑みを受けて侯爵子息は頬を染める。
「シャーロット様、いえ、モール嬢」
「シャーロットで構いません。」
「はい・・。えっと、これなら第三図書館に、資料はお持ちしますので、お待ちください」
シャーロットは用意してもらえるなら任せようかと頷く前に侯爵子息はいなかった。しばらくして適切な資料を集めて戻る早さにシャーロットは驚く。一緒に作業をすると口下手でも優秀なのがわかり、もし第一王子が側近に選ばなければ、モールに勧誘するために親交を深めることを決めた。シャーロットは侯爵子息を鍛えはじめた。領民や臣下の指導方法の教育を受けていたシャーロットは口下手な所をフォローしながら育てた。侯爵子息はシャーロットの思惑など気付かずに、憧れのシャーロットの期待に応えるために励む姿には本人は気付かない。シャーロットはモールのために優秀な家臣を見つけ、育てるために精力的に動いていたため、面倒見の良い優しい未来の王妃と生徒達の人気が高くなっていた。シャーロットの仮面に騙される生徒達の中で本心に気付いているのは第一王子だけだった。
シャーロットは呼び出しを受けていた。極秘の相談と手紙に書かれていたため、厩を訪ねると誰もいなかった。しばらく待っても誰もいないため、出ようとすると鍵がかけられていた。
「コク、殿下を呼んで来て」
しばらくすると鍵が開き、呆れた顔の第一王子が現れる。
第一王子は国王に入学したシャーロットの面倒を見るように厳しく言われていた。
「殿下、ありがとうございます」
「バカ。するのか?」
「そうですね。示しがつきませんから。詰めが甘いです」
「おびき出されたお前が言うな」
シャーロットは厩から出る時につまずいて転んだ。呆れた第一王子に抱き上げられ保健室に運ばれる。
「鍛え方が足りない。お前、やってないだろう・・」
「私に鍛錬など必要ありません。危なくなったらこの針で刺しますわ。熊もイチコロの麻酔針で。でも一度も使ったことありません。殿下、良ければ」
「試すなら他でやれ。いくらでもいるだろう」
保健室を訪ねた生徒には二人の囁き合いは聞こえず、穏やかな顔の第一王子と微笑みながら手当されるシャーロットが映っている。第一王子の呆れた顔に気付ける者は少なかった。
****
第一王子は身内以外に指図や誘導されるのが嫌いである。
側近候補として紹介された友人達を任命していなかった。遠回しに側近に指名してほしいという友人の言葉は流し、不満があるのに気付いても放置していた。あまりにうるさいなら、苛立ちを顔に出して、壁を叩けば話が止む。
父親に命じられた子息達はいつまでたっても肝心な言質を与えない第一王子に不満を持っていた。
「殿下は何が気に入らないんだろう」
「父上は操れって言うけど、あれは・・」
第一王子は最低限しか動かないため平凡と囁かれている。王族は臣下を使うと教えられ、第一王子は父親が手足のように使うモール公爵を、側近達を動かしいつも執務室で過ごしている王弟を見て育ち、命令されずに意図を察して動く臣下を見慣れていた。
第一王子が傍に置くのはシャドウとシャーロットだけだった。
「シャーロット様も説得してくださらない」
「シャーロット様は殿下のお気持ちを優先させるから無駄だろう。諫めるのは不敬罪くらいだ」
シャーロットに第一王子の側近について探りをいれても笑顔で躱されていた。シャーロットは余計なことは話さない。そして第一王子の側近に興味がないため、調べるつもりもない。第一王子の不敬罪を咎めるのは学園の統制のためと相手に見込みがある時だけである。性格に難があり、礼儀がなくても、優秀な才能を持つ者はモールに欲しかった。王子の婚約者として義務は果たすが、私的には大好きな兄のために動いている。側近候補の友人達もシャーロットの貴族の仮面に騙され勘違いしていた。
「このままだと次期宰相はシャドウ・モール。モール公爵家の力が・・・」
「鞍替えするか?殿下よりロレンスのほうが御しやすい。もしくはシャーロット様を引きづり落とす」
「は?」
「シャドウ・モールはシャーロット様を溺愛している。殿下がシャーロット様との婚約破棄すればモールは・・・・。それに」
「お前、私情だろうが。シャーロット様が欲しいだけだろうが」
「俺は愛人でもいい。でも王妃にも王子の婚約者にも手を出せない。婚約破棄されれば可能性が・・。」
侯爵子息の言葉に公爵子息が頷く。
「モールの力は落としたいよな・・。国王陛下も宰相よりもモール公爵を頼りにしているし、王妃様もモール公爵夫人とシャーロット様がお気に入りだ。仲が良いのはモール公爵の妹君のレール侯爵夫人」
「策はあるのかよ?」
各々が黙り込む中、伯爵子息が呟いた。
「憶測なんだけどさ・・。シャーロット様がうちの茶会でシクラメンが飾ったままだったのに反応しなかったんだよ。後日、うちの夜会でシクラメンを見た途端に殿下を連れて退席した。二人のシクラメン嫌いは有名だけど、これって殿下関係じゃないか?」
「お前、試したのか?」
「シャーロット様の情報は欲しいだろう?それにお詫びとして話しかける口実ができるし、あわよくば個人でご招待するきっかけができてもいいし。一応保険もあったよ。シャーロット様がいる場なら殿下も剣を抜かないから試すには最適だった」
第一王子はシャーロットと共に公務に出る時は近衛騎士が控えているため剣を抜く必要がないと突っ込む者は不在だった。
「あの花って稀に人を狂わすって言われてるよな」
「もし殿下の正常な思考を奪って、婚約破棄できればモールは落ちる。それに殿下が最も信頼するシャーロット様やシャドウ・モールがいなくなれば、俺らを重宝するしかないか」
侯爵子息がニヤリと笑った。
「男漁りの激しい令嬢いたよな。」
「殿下が令嬢に心を奪われ婚約破棄か。傷心のシャーロット様を俺が・・・・。」
「後輩達はこれから生徒会で忙しくなるから殿下とシャーロット様も別行動。」
「失敗しても、裁かれるのはご令嬢だけだ。二人が上手くいくように協力するか。ご令嬢の手腕に期待だな」
未来の国王の側近に選ばれたい者、シャーロットを手に入れたい者、モールの力を削ぎ落したい者それぞれが思惑を持って動き出した。悪戯程度が自身を破滅に招くとわからない子供達。そして各々の目的が違うなら調整役が必要だったがこの中には調整役がいなかった。
最大の難点は第一王子もシャーロットも仮面を被っている。残念ながら彼らは仮面の存在に気付くことはなかった。そしてもう一人二人よりも分厚い仮面を被る存在がいた。
****
第一王子の友人達はシクラメンの香水をつけたアリシアと共にいる第一王子を見て下品な笑みを浮かべていた。第一王子がアリシアと二人っきりになる機会を度々設けた。
二人の逢瀬はシャーロットに見つからないように工夫し、伯爵子息がシャーロットに生徒会の仕事を頼み共に行動していた。アリシアの隣に座る第一王子にシャーロットを手に入れたい侯爵子息が近づく。
「殿下、シャーロット様はどうされるんですか?」
「シャーロットはうるさいだけだ。」
「お気に召さないんですか?このままではシャーロット様と婚姻ですよ。アリシア嬢と結ばれたいなら婚約破棄を」
「婚約は父上の決めたことだ。それに必要だ」
「殿下、私はシャーロット様に近づかないでと言われて・・」
第一王子は胸に縋るアリシアの甘い匂いに思考が奪われる。
「私は殿下をお慕いしています」
潤んだ瞳よりも甘い香りにぼんやりとした。瞳が虚ろな第一王子を見て、濃度の濃いシクラメンの香水をアリシアに贈ることを決めた。またシクラメンを使った食べ物の研究も。
侯爵子息はアリシアに会う前に第一王子にシクラメンのエキスを入れたお菓子を差し出す。
「殿下、こちら試作品なんですが、感想をいただけませんか?」
第一王子はクッキーを口に含んだ。味気なくも、なぜか気に入り二枚目に手をのばし口にする。
「お気に召していただけて幸いです。」
瞳が虚ろな第一王子に侯爵子息は笑みを浮かべるとアリシアが第一王子を見つけ腕に抱きついた。
「殿下」
第一王子はいつも解く手を動かさず、ぼんやりしていた。
「ウルマ嬢」
「殿下、アリシアと呼んで下さい。」
「アリシア」
第一王子の腕に胸を押し付けたアリシアは初めて名前を呼ばれてうっとりと笑う。
「ありがとうございます。」
それからは第一王子はアリシアに夢中になった。侯爵子息はアリシアに定期的にシクラメンのエキスのいれたお菓子を渡し第一王子と食べるように勧めた。
シャーロットはアリシアへ不満を持つ令嬢達を抑えることと生徒会の仕事に奔走していたため全く気付かなかった。
アリシアは第一王子と共に差し入れにと渡されたクッキーを食べていた。
「殿下、私は殿下と共にいたいです。シャーロット様ではなく」
「シャーロット?」
「シャーロット様は殿下に私が相応しくないって」
「あやつは」
アリシアは第一王子にシャーロットに嫌がらせをされると泣きつく。ぼんやりする第一王子の手を握り胸の谷間に押し付けた。第一王子からアリシアに触れないので自身で誘導するしかなかった。
「殿下、私には酷い婚約者がいます。殿下と離れて他の方と婚姻なんて嫌です。レイモンド様には私よりもシャーロット様のほうが。いっそ婚約者を入れ替えられたら」
「王家には婚姻させる手段があるが」
「まぁ!?シャーロット様とレイモンド様が婚姻!!きっとお似合いですわ。そして私達も」
「そうか。アリシアは成人してないから婚姻できない。シャーロットはすでに成人資格を持っているが」
「まぁ!?これは運命ですわ」
第一王子はアリシアから漂う甘い香りに魅入られ、誘導されてシャーロットではなくアリシアと過ごすことが正しいと思い始めていた。
侯爵子息に自身がアリシアを愛していると言われたことが頭をよぎり彼女の願いに全て叶えたくなることが愛することなのかと頷いた。
第一王子のシクラメン酔いを知るのは学園ではシャーロットだけだった。シャーロットがいれば様子のおかしい第一王子に気付いたが、国王が視察で留守の為頻繁に後宮に呼び出され、第一王子とは別の公務が入り多忙だった。そして学園に戻れば令嬢を窘めるので精一杯で第一王子を気に掛けることはなかった。
第一王子とアリシアの会話を聞きながら、シャーロットとレイモンドの婚姻のために動いたのはモールの力を落としたい宰相の息子の公爵子息だった。
公爵子息は第一王子の出席する夜会に頻繁に参加していた。そしてシャーロットファンの伯爵令息から有効な情報を手に入れていた。シャーロットは酒に強いと。
それから第一王子達を頻繁に夜会で観察し、酒を進めるとシャーロットが介入するので、第一王子が酒に弱いと気付いた。
シャーロットを他の男と婚姻させると知れば手を切り、荒れる友人達を知っているため、極秘で全ての準備を整えた。
第一王子を酔わせて、シャーロットとレイモンドの婚姻の手続きも護送の準備も整え、あとは当日に第一王子を酔わせるだけだった。シャーロットが傍にいると第一王子が酔わないため、パーティの前に公爵子息はアリシアに第一王子が口にしない酒を好みと教えて酔わせた。
第一王子が迎えに来ないため、一人で会場に向かったシャーロットに侯爵子息が近づきエスコートを申し出、シャーロットは笑みを浮かべて頷く。侯爵子息はシャーロットが婚約破棄されることを知っていたので、できるだけ近くに控え、傷心につけ入る気満々だった。
卒業パーティではシャーロットは卒業生に挨拶に回り、第一王子が令嬢と踊っているのを見ても気にしなかった。
公爵子息は酒に酔って、卒業パーティでシャーロットに婚約破棄を宣言する第一王子を見て、笑いを必死に我慢して平静を装っていた。
シャーロットとコメリ男爵との婚姻を告げた王子を侯爵子息は凝視する。会場から立ち去るシャーロットを追いかけた騎士にはシャーロットに憧れている男もいた。
侯爵子息は笑みを堪えている友人の公爵子息に気付いて、強引に連れ出して掴みかかった。
「どういうことだ!?お前、まさか、シャーロット様を」
「手に入りやすいだろう?男爵夫人なら侯爵家の力で愛人にできるだろうが」
「そんな安い人じゃないだろう!!お前、なんてことを」
「婚約破棄を望んでただろう?友人の幸せを」
「それなら俺にくれれば良かったのに。なんで相手が、俺はシャーロット様のためなら父上を説得した。わざわざ、」
「モールの力を落としたい。侯爵家との婚姻は避けたい。お前だと力不足でモールに取り込まれるのが目に見えている。騙し合いに勝ったのは俺だ」
「だからシャドウに敵わないんだよ。」
「は!?足りないのは年齢と後盾だけだ」
侯爵子息は手を放し、シャーロットの婚姻を破棄させるために動こうとすると兵が配置されていた。箝口令が敷かれてもコメリ男爵家に圧力をかけるつもりの友人に欺かれた男は第一王子を睨みながら酒を煽って時間が過ぎるのを待つ。生徒が解放される頃にはシャドウが動き、コメリ男爵領への干渉を阻み、シャーロットを愛人に差し出せと目論む子息達の動きを読みすでに手を回した後だった。この件で第一王子の側近候補の友情は崩壊した。
酔って思考能力が欠如している第一王子はアリシアに夢中になった。卒業式の頃には大量にシクラメンのエキスを体に取り込んでいたため、常に酔い思考能力が欠如していた。
第一王子は酔っても顔に出ず、王族なので常に仮面を被るため表情の変化が乏しく傍から見れば平静に見えていた。会話をして初めておかしいと違和感に気付く程度だった。
思考能力の欠如により友人達の意見にも頷くようになった。
シャーロットがいれば異変に気付き、殊勝な王子に気持ちが悪いと震えたが不在だった。第一王子の表情の変化がわかるシャドウもモール公爵も乳母も傍にいない。
公爵子息はモールの失墜を想像して笑みを浮かべていた。そして第一王子を操る方法も手に入れ全てが上手くいくと思っていた。
公爵子息が上機嫌だったのは第一王子の廃嫡を知るまで。父親から話を聞いて、慌てて未来の王太子ロレンスに取り入る準備を始め、廃嫡された第一王子には用がないので手を切った。
****
ロレンスは帰国し学園に転入し自身に近づく生徒達を見て鋭利な笑みを浮かべる。
「僕、能力主義なんだ。支持なき王族はいらないというのはよくわかるよ。僕は側近にはせめて元第一王子殿下と同等の能力を求めるよ。排除された王族よりも貴族が無能なわけないよね?国王陛下の腹心は文武両道。第一王子殿下も文武両道だったしね。友情とか興味ないから」
「誰・・?」
今まで平凡で呆けていたロレンスの豹変に生徒達が驚くもロレンスは気にせず、本に視線を落とす。生徒達はその後に学園の方針の変更に息を飲む。
学園の統制方法はそれぞれ違った。
第一王子は放置を選び、愚かな貴族のあぶり出しを選んだ。シャーロットは穏便な言葉で説得するという方法を選びながらも、全く見込みのない者は排除を選んだ。
ロレンスは、平均に満たない者は容赦なく排除を選んだ。
生徒達にとって一番過ごしやすかったのはシャーロットの統制だった。
ロレンスを意のままに操ろうとした生徒達は知らなかった。すでにロレンスは側近にシャドウを指名していた。ロレンスは第一王子の婚約破棄騒動は詳しく調べていない。終わったことに興味はなく、シャーロットが喜んでいるのでロレンス自身は報復する気はなかった。
悪だくみに加担した生徒達は欲しい物を何も手に入れられなかった。まだ卒業していなかった生徒は貴族として失格の烙印を押されないために必死で課題や授業に取り組んでいた。
アルナは婚約破棄騒動を詳しく調べシャドウに報告していた。シャドウは第一王子が貶められたことはどうでもよかった。ただ最愛の妹を巻き込む方法を選んだ者には後々報復を決めていた。
アルナはロレンスとの仲を取り持ってほしいと頼まれても絶対に頷かない。シャーロットからロレンスの力になってほしいと頼まれたため、ロレンスを手伝い始めた。ロレンスとアルナによる無能は排除という恐ろしい方針のもと緊張感あふれる学園生活が用意された。
学園の図書館にはシャーロットの執筆した本が寄贈された。
アルナは生徒会に戻り本を大事に扱わない者は貴族の資格はないと退学にするための規則を作った。
ロレンスとアルナによる恐怖の学園生活を耐え抜いた者は貴族としてふさわしい教養を身に付ける。身に付けられないと平民落ちのため皆が必死で学んでいた。
学園の恐怖を知らない第一王子とシャーロットはコメリ男爵領の学び舎で平民の生徒に学園生徒よりも高度な教養を教え込んでいた。
時々貴族の子女が参加しても二人は気にしない。
学び舎は平等精神を徹底されていた。決まりを破り、貴族が権力を使う前に、取り押さえられ優秀な教師によって人格崩壊するほどスパルタ教育を受けるからである。
王子達に鍛えられ様々な分野で優秀な者が育ち、ロレンスの治世は偉人を多く排出した世として後に語られていた。
挨拶は頭に入っている。気か重いのはこれから地獄の学園生活が始まるからである。王家より令嬢の教育と学園の統制を命じられていた。一番悲しいのは全寮制の学園にヒノトの同行が許されなかった。ミズノがヒノトと離れるのに笑顔でシャーロットへ同行を申し出てくれたのが唯一の救いだった。誰もいない庭園の隅で、モールの隠密に調べさせた学園の情報を読みながら何度目かわからないため息を溢す。ミズノがいても卒業資格を持っているのに3年も通わないといけない悲しい現実は変わらない。
「シャーリー?」
シャーロットは心配そうな顔をする侍女姿のミズノに抱きつき、しばらくして顔をあげる。
「頑張るから見ててね。シャーリーは立派な悪役令嬢になる」
「行ってらっしゃい。ヒノトの分も見てるから安心して」
「うん。行って来ます」
シャーロットはミズノにニッコリ笑い、目を瞑って貴族の仮面を被って足を進める。これからは自分の心の中は絶対に悟らせてはいけない。シャーロットの本心とは正反対なこれからの学園生活に期待をこめた言葉に、小柄でも堂々とした振舞い、最後に綺麗な微笑みを浮かべた王子の婚約者の新入生代表の挨拶に生徒達は息を飲み見惚れ憧れを抱いた。入学式が終わり、第一王子にエスコートされて歩く姿にさらに憧れの視線を集める。
「シャーロット、手伝え」
「かしこまりました」
小声で第一王子とシャーロットが見つめ合い話す様子に令嬢達が様々な妄想を繰り広げる。甘さの欠片もない二人の囁き声の内容を知る者は当人達しかいなかった。
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レイモンドは運の悪い人物と思われている。委員決めのくじ引きでは必ず当たる。入学したばかりの婚約者は他の男に夢中である。一応義理で祝いの言葉を伝えるために会いに行ったが、知らないフリをされ引き返した。関わりたくないとアリシアが望むなら、気に掛けるのはやめ、頭の中から婚約者のことを消していた。
「レイモンド、ウルマ嬢が親しい男を作ったけどいいのか?」
「興味ないよ。子供さえできなければいいよ。父上から任された書類が訳がわからない。」
「教えるよ。どこ?本当にそんなに書類が苦手なのに男爵になれるのかよ」
「書類仕事の得意な子が欲しかったけど諦めた。夫人なんていなくてもどうにでもなる。令嬢なんて恐ろしい生き物と・・・。」
男爵子息は令嬢嫌いのレイモンドの肩を叩いて散歩に連れ出した。
「落ち着いてよ。気分転換しようぜ。後で手伝うから。悪い令嬢ばかりじゃないよ。ほら」
庭園には第一王子に手を引かれたシャーロットがやわらかい笑みを浮かべている。
「シャーロット様のような素晴らしい令嬢もいらっしゃる。お声を掛けられないが。お美しい」
親しそうに見えている第一王子と婚約者が二人っきりで話す会話はほぼ業務連絡だけと知る生徒はほどんどいなかった。
「殿下、明日の予定なんですが」
「うるさい。覚えてる」
「しっかりしてくださいませ。王妃様からお祝いをいただいたので分けてあげます。後で届けさせます。あと、お父様より」
レイモンドは興味なくただ友人と共に眺めていた。シャーロットの髪飾りを見ながら、贈り物は面倒だと思っていた。
****
シャーロットは地獄の学園生活を送っていた。視線を集め、取り巻きに囲まれ、常に仮面を被っていないといけなかった。
「モール様、ご入学おめでとうございます。まさか直々に殿下が貴方をお連れするなんて・・」
シャーロットは第一王子とともに公務を終えて学園に戻り教室までエスコートされ送られた。
「シャーロット様は殿下の婚約者です。当然ですわ。お美しい婚約者を持つ殿下が他の花を愛でないのは」
「殿下のお心は殿下だけのものです。私達が口に出せるものではありません。そろそろ授業が始まりますね」
シャーロットは喧嘩を始めた令嬢達を静かに諫める。覚悟はしても社交界よりも荒れている学園にため息を飲み込む。
貴族の争いを止める日々はバカらしく、統制できるのに放置している第一王子への苦言も飲み込む。学園の統制はシャーロットが受けた命令なので、今日もため息を飲み込みやるべきことをやるだけだった。
シャーロットは愚かな貴族を諫め、必要なら家として対処を求める。おかげで入学して一月経つ頃には平穏を取り戻していた。
余裕ができたシャーロットは兄のために優秀な子息のスカウトをするために情報収集を始める。学園は社交を学ぶと同時に良縁探しの場所である。シャーロットの探す良縁は婚姻ではなく、優秀な家臣である。王家のためにスカウトする気はなかった。すでに第一王子は側近候補に囲まれていたが興味はない。学園の生徒は将来の臣下だが、シャーロットは臣下を育てる命令は受けてないので手を出すつもりはない。
学園には大きな図書館が5つありシャーロットもよく利用していた。図書館に通う時間は取り巻きも傍にいないため一人だった。シャーロットは一人の時間が好きだった。
いつも隅で本を読んでいる侯爵子息がいた。王子の側近候補に名前があった生徒だったがシャーロットは話しかけるつもりはなく、好みの本を見つけ現実逃避に本の世界に引き込まれた。
生徒会役員は補佐官を指名することができる。シャーロットは第一王子に任命され雑用を任されていた。もう一人選ばれた図書館にいる侯爵子息に首を傾げながら、無言で第一王子に紙を渡されている姿にため息を飲み込む。第一王子は言葉が足りない。
シャーロットは第一王子が侯爵子息を気に入っているのがわかり、ここで反応を間違えれば面倒なことが起こるのでため息を飲み込み、笑みを浮かべる。
「殿下はあなたに期待しています。殿下は能力のない方に仕事を任せたりしません。始めましょうか。資料を探さないといけませんね。どこに行けば」
初めて自分に向けられたシャーロットの笑みを受けて侯爵子息は頬を染める。
「シャーロット様、いえ、モール嬢」
「シャーロットで構いません。」
「はい・・。えっと、これなら第三図書館に、資料はお持ちしますので、お待ちください」
シャーロットは用意してもらえるなら任せようかと頷く前に侯爵子息はいなかった。しばらくして適切な資料を集めて戻る早さにシャーロットは驚く。一緒に作業をすると口下手でも優秀なのがわかり、もし第一王子が側近に選ばなければ、モールに勧誘するために親交を深めることを決めた。シャーロットは侯爵子息を鍛えはじめた。領民や臣下の指導方法の教育を受けていたシャーロットは口下手な所をフォローしながら育てた。侯爵子息はシャーロットの思惑など気付かずに、憧れのシャーロットの期待に応えるために励む姿には本人は気付かない。シャーロットはモールのために優秀な家臣を見つけ、育てるために精力的に動いていたため、面倒見の良い優しい未来の王妃と生徒達の人気が高くなっていた。シャーロットの仮面に騙される生徒達の中で本心に気付いているのは第一王子だけだった。
シャーロットは呼び出しを受けていた。極秘の相談と手紙に書かれていたため、厩を訪ねると誰もいなかった。しばらく待っても誰もいないため、出ようとすると鍵がかけられていた。
「コク、殿下を呼んで来て」
しばらくすると鍵が開き、呆れた顔の第一王子が現れる。
第一王子は国王に入学したシャーロットの面倒を見るように厳しく言われていた。
「殿下、ありがとうございます」
「バカ。するのか?」
「そうですね。示しがつきませんから。詰めが甘いです」
「おびき出されたお前が言うな」
シャーロットは厩から出る時につまずいて転んだ。呆れた第一王子に抱き上げられ保健室に運ばれる。
「鍛え方が足りない。お前、やってないだろう・・」
「私に鍛錬など必要ありません。危なくなったらこの針で刺しますわ。熊もイチコロの麻酔針で。でも一度も使ったことありません。殿下、良ければ」
「試すなら他でやれ。いくらでもいるだろう」
保健室を訪ねた生徒には二人の囁き合いは聞こえず、穏やかな顔の第一王子と微笑みながら手当されるシャーロットが映っている。第一王子の呆れた顔に気付ける者は少なかった。
****
第一王子は身内以外に指図や誘導されるのが嫌いである。
側近候補として紹介された友人達を任命していなかった。遠回しに側近に指名してほしいという友人の言葉は流し、不満があるのに気付いても放置していた。あまりにうるさいなら、苛立ちを顔に出して、壁を叩けば話が止む。
父親に命じられた子息達はいつまでたっても肝心な言質を与えない第一王子に不満を持っていた。
「殿下は何が気に入らないんだろう」
「父上は操れって言うけど、あれは・・」
第一王子は最低限しか動かないため平凡と囁かれている。王族は臣下を使うと教えられ、第一王子は父親が手足のように使うモール公爵を、側近達を動かしいつも執務室で過ごしている王弟を見て育ち、命令されずに意図を察して動く臣下を見慣れていた。
第一王子が傍に置くのはシャドウとシャーロットだけだった。
「シャーロット様も説得してくださらない」
「シャーロット様は殿下のお気持ちを優先させるから無駄だろう。諫めるのは不敬罪くらいだ」
シャーロットに第一王子の側近について探りをいれても笑顔で躱されていた。シャーロットは余計なことは話さない。そして第一王子の側近に興味がないため、調べるつもりもない。第一王子の不敬罪を咎めるのは学園の統制のためと相手に見込みがある時だけである。性格に難があり、礼儀がなくても、優秀な才能を持つ者はモールに欲しかった。王子の婚約者として義務は果たすが、私的には大好きな兄のために動いている。側近候補の友人達もシャーロットの貴族の仮面に騙され勘違いしていた。
「このままだと次期宰相はシャドウ・モール。モール公爵家の力が・・・」
「鞍替えするか?殿下よりロレンスのほうが御しやすい。もしくはシャーロット様を引きづり落とす」
「は?」
「シャドウ・モールはシャーロット様を溺愛している。殿下がシャーロット様との婚約破棄すればモールは・・・・。それに」
「お前、私情だろうが。シャーロット様が欲しいだけだろうが」
「俺は愛人でもいい。でも王妃にも王子の婚約者にも手を出せない。婚約破棄されれば可能性が・・。」
侯爵子息の言葉に公爵子息が頷く。
「モールの力は落としたいよな・・。国王陛下も宰相よりもモール公爵を頼りにしているし、王妃様もモール公爵夫人とシャーロット様がお気に入りだ。仲が良いのはモール公爵の妹君のレール侯爵夫人」
「策はあるのかよ?」
各々が黙り込む中、伯爵子息が呟いた。
「憶測なんだけどさ・・。シャーロット様がうちの茶会でシクラメンが飾ったままだったのに反応しなかったんだよ。後日、うちの夜会でシクラメンを見た途端に殿下を連れて退席した。二人のシクラメン嫌いは有名だけど、これって殿下関係じゃないか?」
「お前、試したのか?」
「シャーロット様の情報は欲しいだろう?それにお詫びとして話しかける口実ができるし、あわよくば個人でご招待するきっかけができてもいいし。一応保険もあったよ。シャーロット様がいる場なら殿下も剣を抜かないから試すには最適だった」
第一王子はシャーロットと共に公務に出る時は近衛騎士が控えているため剣を抜く必要がないと突っ込む者は不在だった。
「あの花って稀に人を狂わすって言われてるよな」
「もし殿下の正常な思考を奪って、婚約破棄できればモールは落ちる。それに殿下が最も信頼するシャーロット様やシャドウ・モールがいなくなれば、俺らを重宝するしかないか」
侯爵子息がニヤリと笑った。
「男漁りの激しい令嬢いたよな。」
「殿下が令嬢に心を奪われ婚約破棄か。傷心のシャーロット様を俺が・・・・。」
「後輩達はこれから生徒会で忙しくなるから殿下とシャーロット様も別行動。」
「失敗しても、裁かれるのはご令嬢だけだ。二人が上手くいくように協力するか。ご令嬢の手腕に期待だな」
未来の国王の側近に選ばれたい者、シャーロットを手に入れたい者、モールの力を削ぎ落したい者それぞれが思惑を持って動き出した。悪戯程度が自身を破滅に招くとわからない子供達。そして各々の目的が違うなら調整役が必要だったがこの中には調整役がいなかった。
最大の難点は第一王子もシャーロットも仮面を被っている。残念ながら彼らは仮面の存在に気付くことはなかった。そしてもう一人二人よりも分厚い仮面を被る存在がいた。
****
第一王子の友人達はシクラメンの香水をつけたアリシアと共にいる第一王子を見て下品な笑みを浮かべていた。第一王子がアリシアと二人っきりになる機会を度々設けた。
二人の逢瀬はシャーロットに見つからないように工夫し、伯爵子息がシャーロットに生徒会の仕事を頼み共に行動していた。アリシアの隣に座る第一王子にシャーロットを手に入れたい侯爵子息が近づく。
「殿下、シャーロット様はどうされるんですか?」
「シャーロットはうるさいだけだ。」
「お気に召さないんですか?このままではシャーロット様と婚姻ですよ。アリシア嬢と結ばれたいなら婚約破棄を」
「婚約は父上の決めたことだ。それに必要だ」
「殿下、私はシャーロット様に近づかないでと言われて・・」
第一王子は胸に縋るアリシアの甘い匂いに思考が奪われる。
「私は殿下をお慕いしています」
潤んだ瞳よりも甘い香りにぼんやりとした。瞳が虚ろな第一王子を見て、濃度の濃いシクラメンの香水をアリシアに贈ることを決めた。またシクラメンを使った食べ物の研究も。
侯爵子息はアリシアに会う前に第一王子にシクラメンのエキスを入れたお菓子を差し出す。
「殿下、こちら試作品なんですが、感想をいただけませんか?」
第一王子はクッキーを口に含んだ。味気なくも、なぜか気に入り二枚目に手をのばし口にする。
「お気に召していただけて幸いです。」
瞳が虚ろな第一王子に侯爵子息は笑みを浮かべるとアリシアが第一王子を見つけ腕に抱きついた。
「殿下」
第一王子はいつも解く手を動かさず、ぼんやりしていた。
「ウルマ嬢」
「殿下、アリシアと呼んで下さい。」
「アリシア」
第一王子の腕に胸を押し付けたアリシアは初めて名前を呼ばれてうっとりと笑う。
「ありがとうございます。」
それからは第一王子はアリシアに夢中になった。侯爵子息はアリシアに定期的にシクラメンのエキスのいれたお菓子を渡し第一王子と食べるように勧めた。
シャーロットはアリシアへ不満を持つ令嬢達を抑えることと生徒会の仕事に奔走していたため全く気付かなかった。
アリシアは第一王子と共に差し入れにと渡されたクッキーを食べていた。
「殿下、私は殿下と共にいたいです。シャーロット様ではなく」
「シャーロット?」
「シャーロット様は殿下に私が相応しくないって」
「あやつは」
アリシアは第一王子にシャーロットに嫌がらせをされると泣きつく。ぼんやりする第一王子の手を握り胸の谷間に押し付けた。第一王子からアリシアに触れないので自身で誘導するしかなかった。
「殿下、私には酷い婚約者がいます。殿下と離れて他の方と婚姻なんて嫌です。レイモンド様には私よりもシャーロット様のほうが。いっそ婚約者を入れ替えられたら」
「王家には婚姻させる手段があるが」
「まぁ!?シャーロット様とレイモンド様が婚姻!!きっとお似合いですわ。そして私達も」
「そうか。アリシアは成人してないから婚姻できない。シャーロットはすでに成人資格を持っているが」
「まぁ!?これは運命ですわ」
第一王子はアリシアから漂う甘い香りに魅入られ、誘導されてシャーロットではなくアリシアと過ごすことが正しいと思い始めていた。
侯爵子息に自身がアリシアを愛していると言われたことが頭をよぎり彼女の願いに全て叶えたくなることが愛することなのかと頷いた。
第一王子のシクラメン酔いを知るのは学園ではシャーロットだけだった。シャーロットがいれば様子のおかしい第一王子に気付いたが、国王が視察で留守の為頻繁に後宮に呼び出され、第一王子とは別の公務が入り多忙だった。そして学園に戻れば令嬢を窘めるので精一杯で第一王子を気に掛けることはなかった。
第一王子とアリシアの会話を聞きながら、シャーロットとレイモンドの婚姻のために動いたのはモールの力を落としたい宰相の息子の公爵子息だった。
公爵子息は第一王子の出席する夜会に頻繁に参加していた。そしてシャーロットファンの伯爵令息から有効な情報を手に入れていた。シャーロットは酒に強いと。
それから第一王子達を頻繁に夜会で観察し、酒を進めるとシャーロットが介入するので、第一王子が酒に弱いと気付いた。
シャーロットを他の男と婚姻させると知れば手を切り、荒れる友人達を知っているため、極秘で全ての準備を整えた。
第一王子を酔わせて、シャーロットとレイモンドの婚姻の手続きも護送の準備も整え、あとは当日に第一王子を酔わせるだけだった。シャーロットが傍にいると第一王子が酔わないため、パーティの前に公爵子息はアリシアに第一王子が口にしない酒を好みと教えて酔わせた。
第一王子が迎えに来ないため、一人で会場に向かったシャーロットに侯爵子息が近づきエスコートを申し出、シャーロットは笑みを浮かべて頷く。侯爵子息はシャーロットが婚約破棄されることを知っていたので、できるだけ近くに控え、傷心につけ入る気満々だった。
卒業パーティではシャーロットは卒業生に挨拶に回り、第一王子が令嬢と踊っているのを見ても気にしなかった。
公爵子息は酒に酔って、卒業パーティでシャーロットに婚約破棄を宣言する第一王子を見て、笑いを必死に我慢して平静を装っていた。
シャーロットとコメリ男爵との婚姻を告げた王子を侯爵子息は凝視する。会場から立ち去るシャーロットを追いかけた騎士にはシャーロットに憧れている男もいた。
侯爵子息は笑みを堪えている友人の公爵子息に気付いて、強引に連れ出して掴みかかった。
「どういうことだ!?お前、まさか、シャーロット様を」
「手に入りやすいだろう?男爵夫人なら侯爵家の力で愛人にできるだろうが」
「そんな安い人じゃないだろう!!お前、なんてことを」
「婚約破棄を望んでただろう?友人の幸せを」
「それなら俺にくれれば良かったのに。なんで相手が、俺はシャーロット様のためなら父上を説得した。わざわざ、」
「モールの力を落としたい。侯爵家との婚姻は避けたい。お前だと力不足でモールに取り込まれるのが目に見えている。騙し合いに勝ったのは俺だ」
「だからシャドウに敵わないんだよ。」
「は!?足りないのは年齢と後盾だけだ」
侯爵子息は手を放し、シャーロットの婚姻を破棄させるために動こうとすると兵が配置されていた。箝口令が敷かれてもコメリ男爵家に圧力をかけるつもりの友人に欺かれた男は第一王子を睨みながら酒を煽って時間が過ぎるのを待つ。生徒が解放される頃にはシャドウが動き、コメリ男爵領への干渉を阻み、シャーロットを愛人に差し出せと目論む子息達の動きを読みすでに手を回した後だった。この件で第一王子の側近候補の友情は崩壊した。
酔って思考能力が欠如している第一王子はアリシアに夢中になった。卒業式の頃には大量にシクラメンのエキスを体に取り込んでいたため、常に酔い思考能力が欠如していた。
第一王子は酔っても顔に出ず、王族なので常に仮面を被るため表情の変化が乏しく傍から見れば平静に見えていた。会話をして初めておかしいと違和感に気付く程度だった。
思考能力の欠如により友人達の意見にも頷くようになった。
シャーロットがいれば異変に気付き、殊勝な王子に気持ちが悪いと震えたが不在だった。第一王子の表情の変化がわかるシャドウもモール公爵も乳母も傍にいない。
公爵子息はモールの失墜を想像して笑みを浮かべていた。そして第一王子を操る方法も手に入れ全てが上手くいくと思っていた。
公爵子息が上機嫌だったのは第一王子の廃嫡を知るまで。父親から話を聞いて、慌てて未来の王太子ロレンスに取り入る準備を始め、廃嫡された第一王子には用がないので手を切った。
****
ロレンスは帰国し学園に転入し自身に近づく生徒達を見て鋭利な笑みを浮かべる。
「僕、能力主義なんだ。支持なき王族はいらないというのはよくわかるよ。僕は側近にはせめて元第一王子殿下と同等の能力を求めるよ。排除された王族よりも貴族が無能なわけないよね?国王陛下の腹心は文武両道。第一王子殿下も文武両道だったしね。友情とか興味ないから」
「誰・・?」
今まで平凡で呆けていたロレンスの豹変に生徒達が驚くもロレンスは気にせず、本に視線を落とす。生徒達はその後に学園の方針の変更に息を飲む。
学園の統制方法はそれぞれ違った。
第一王子は放置を選び、愚かな貴族のあぶり出しを選んだ。シャーロットは穏便な言葉で説得するという方法を選びながらも、全く見込みのない者は排除を選んだ。
ロレンスは、平均に満たない者は容赦なく排除を選んだ。
生徒達にとって一番過ごしやすかったのはシャーロットの統制だった。
ロレンスを意のままに操ろうとした生徒達は知らなかった。すでにロレンスは側近にシャドウを指名していた。ロレンスは第一王子の婚約破棄騒動は詳しく調べていない。終わったことに興味はなく、シャーロットが喜んでいるのでロレンス自身は報復する気はなかった。
悪だくみに加担した生徒達は欲しい物を何も手に入れられなかった。まだ卒業していなかった生徒は貴族として失格の烙印を押されないために必死で課題や授業に取り組んでいた。
アルナは婚約破棄騒動を詳しく調べシャドウに報告していた。シャドウは第一王子が貶められたことはどうでもよかった。ただ最愛の妹を巻き込む方法を選んだ者には後々報復を決めていた。
アルナはロレンスとの仲を取り持ってほしいと頼まれても絶対に頷かない。シャーロットからロレンスの力になってほしいと頼まれたため、ロレンスを手伝い始めた。ロレンスとアルナによる無能は排除という恐ろしい方針のもと緊張感あふれる学園生活が用意された。
学園の図書館にはシャーロットの執筆した本が寄贈された。
アルナは生徒会に戻り本を大事に扱わない者は貴族の資格はないと退学にするための規則を作った。
ロレンスとアルナによる恐怖の学園生活を耐え抜いた者は貴族としてふさわしい教養を身に付ける。身に付けられないと平民落ちのため皆が必死で学んでいた。
学園の恐怖を知らない第一王子とシャーロットはコメリ男爵領の学び舎で平民の生徒に学園生徒よりも高度な教養を教え込んでいた。
時々貴族の子女が参加しても二人は気にしない。
学び舎は平等精神を徹底されていた。決まりを破り、貴族が権力を使う前に、取り押さえられ優秀な教師によって人格崩壊するほどスパルタ教育を受けるからである。
王子達に鍛えられ様々な分野で優秀な者が育ち、ロレンスの治世は偉人を多く排出した世として後に語られていた。
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