卑屈な令嬢の転落人生

夕鈴

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ウルマ伯爵は中継ぎの伯爵である。兄が病死し引き継いだが、嫡男である甥が成人したら伯爵位を退くことが決まっていた。
前ウルマ伯爵夫人はお金と保身にしか興味のない弟夫婦を眺めながらウルマ伯爵家が落ちぶれていくのがわかり息子が成人して与えられるのが、伯爵家とは名ばかりの落ちぶれた当主の座であることに矜持が許さなかった。夫のいないウルマ伯爵家に興味がなく、離縁して子供を連れて生家に帰った。ウルマ伯爵家には息子の継承権を放棄する代わりに今後の一切の干渉は不要と誓約させた。
今まで義姉達に遠慮していたウルマ伯爵は歓喜し、誓約書にサインをして兄の遺品を渡し送り出した。
アリシアは目つきのきつい伯母や従姉弟が出て行く姿を笑顔で見送る。伯母や従姉弟達はいつもアリシアよりも高価な物を身に着けていた。両親に不満を訴えても諦めるように窘められた。前ウルマ伯爵夫人は上位伯爵家の出身であり、従姉弟の祖父母が贈り物をしていた。また前夫人が個人資産で息子と娘の教育に力を入れていたため、アリシア達とは待遇が違う。幼いアリシアには理解できずに、自分よりも豪華な生活を送る従姉弟に両親へ不満を言いながら過ごしていた。嫌いな従姉弟達が出て行き、アリシアの生活が豪華になるという期待は裏切られた。伯母の実家がウルマ伯爵家と比べ物のならないほどお金持ちだったからと気付いたのはしばらく後のことである。
ドレスに憧れるアリシアに従姉がお古のドレスを贈ると趣味が悪く、こんなドレスを着るから余計に不細工なのよと暴言を吐き、お菓子を分ければ気に入った物しか食べず、勉強を教えるとつまらないと出て行く姿に従姉弟達は歩み寄るのをやめた。そしていつも妬ましい目で自分達を見る従妹のアリシアに関わらないことを選んだ。前ウルマ伯爵夫人は姪に興味はないので、アリシアの母親に何も言わなかった。おっとりしているアリシアの母は少しお転婆な娘を温かい目で見守る。上位伯爵令嬢として厳しい教育のもと育った前ウルマ伯爵夫人と子爵令嬢として最低限の教育しか受けなかったウルマ伯爵夫人では境遇も価値観も違いすぎ分かり合えなかった。

アリシアは夢のような豪華な生活は送れなくても8歳の社交デビューを楽しみにしていた。いつも美しいドレスと装飾品で着飾った従姉をうっとりと見ていたがドレスは社交デビューまでは必要ないと言われていた。アリシアは、社交デビューは嫌いな従姉よりも美しいドレスを着て着飾り、いつも偉そうな従姉を鼻で笑うのを楽しみにしていた。アリシアは平凡顔の従姉よりも自分の可愛らしい顔に絶大な自信を持っていた。
社交デビューの歳を迎えたアリシアは両親から用意された従姉のお古のドレスが気に入らずに、新しい物が欲しいと両親に毎日強請ると、娘の執念に負けた伯爵は好きな物を選びなさいと商人に社交デビュー用のドレスを用意させた。アリシアは商人の訪問を楽しみにしていたが目の前に置かれる4着のドレスに不機嫌な顔をする。

「アリシア、好きな物を選びなさい」
「お父様、どれも趣味が悪いわ」
「旦那様、よろしいですか?」
「アリシア、それでもこの中から選びなさい」

伯爵は執事に呼ばれて部屋を後にすると、アリシアはお目付役の侍女にお使いを命じて追い払い、商人に笑顔で話しかける。

「他にドレスはないの!?どれも地味で袖の長い物ばかりで気に入らないわ。他のドレスを見せて!!」

商人はアリシアの言葉に戸惑いを隠し笑みを浮かべる。

「社交デビューに相応しい物を用意しております」
「気に入らないの。お父様には私が話すから、他のドレスを見せなさい!!どこかに用意してるんでしょう!?伯爵令嬢の命令が聞けないの!?」
「かしこまりました」

商人は声を荒げ、扇を付きつけるアリシアに社交デビュー用ではないドレスを3着ほど見せるとアリシアの目が輝いた。

「最初から見せてよ!!これとこれにするわ。お金は後日お父様に請求して。納品はこの日がいいわ。わかったわね?」
「かしこまりました。これらのドレスはお嬢様には早い」
「センスのない商人風情がうるさいわ!!このドレスに合う宝石を出して!!」

貴族ではない商人は何を言っても聞かない伯爵令嬢に忠告するのはやめ、命じられるまま商品を用意する。アリシアが満足したので商人はウルマ伯爵夫人に納品や支払い等の確認をして伯爵邸を後にする。ウルマ伯爵夫人はアリシアが夫に逆らったとは知らないため、商人に言われるままに了承しただけだった。
後日商人から届いた請求額にウルマ伯爵は絶句し、アリシアは叱責されるが、好みのドレスが手に入り上機嫌な耳には聞こえず全く効果はなかった。

1年に1度の社交デビューのパーティはウルマ伯爵家よりも家格の高い家も参加するため、愛らしい外見で良家の子息に気に入られることを期待してウルマ伯爵夫妻はアリシアを意気揚々と送り出した。
ウルマ伯爵夫人は子爵家出身で最低限の教養しか受けていないため社交や礼儀に疎く、大事なことに気付いていなかった。
社交デビューする令嬢は露出を控えるドレスを纏うという暗黙の了解があり、腕や胸元を露出したドレスに身を包んだアリシアは人目を集めていた。年齢よりも育ちの良い胸に目を引かれ、遊びとしてアリシアに声を掛ける令息達の思惑に気付かず、可愛い自分に令息が集まるのは当然と心の中で思いながら愛らしい笑みを浮かべダンスに誘う言葉を待っていた。
前ウルマ伯爵夫人はアリシアを見て扇の中で失笑し子供達には絶対に近づかないように言い聞かせた。ウルマ伯爵家と手を切った自分の英断に笑みを浮かべ、子供達を連れて離れる。前ウルマ伯爵夫人は夫を愛していたが、頭の軽い弟夫婦を嫌悪していた。

年に一度の社交デビューの子女が集まるパーティには王族も足を運ぶ。
婚約者のシャーロットを連れた第一王子が会場に現れると視線は二人に集中する。アリシアは美しい王子よりも自身に向けられていた令息の視線がシャーロットに向けられ目を吊り上げた。

「お美しい」
「さすがモール公爵令嬢・・・」
「未来の王妃様か・・」

アリシアを囲んでいた令息達は第一王子達に挨拶するためアリシアには視線もくれずに離れる。アリシアはシャーロットよりも自身が可愛いと思い、褒められるのは宝石と豪華なドレスのおかげだと思っていた。しばらくして一人で佇むアリシアに気を使い、ダンスを申し込む令息と踊ってもシャーロットを見つけると視線が移る。シャーロットを見つめて頬を染める令息達を見て、アリシアはシャーロットが嫌いになった。幸運なことにシャーロットに嫉妬するアリシアは従姉を鼻で笑う計画は頭から抜け落ちた。
微笑み合いながら可憐に踊る第一王子とシャーロットに憧れや羨望の視線を向ける子女達の中でアリシアだけが睨んでいた。社交デビューするなら不満を顔に出さないのは常識であり、王族に向けることは決して許されない表情だった。
マナー違反の塊のアリシアはある意味、視線を集め有名になった。アリシアにとって、社交デビューの夢は壊され楽しくない日となった。
自分の華やかな社交デビューをシャーロットの所為で台無しになったと呟くアリシアに、しがない伯爵令嬢が社交デビューの盛大なパーティで中心になれるはずがないと教える知り合いはいなかった。

ウルマ伯爵は社交デビューをしても全く縁談やお茶会の誘いもないアリシアに良縁を諦めた。幾つか婚約を打診しても断られていた。夜会に年齢に合わないマナー違反の露出の激しいドレスで参加する礼儀をわきまえない伯爵令嬢を婚約者に迎えたい家も令息もいなかった。ウルマ伯爵家は財政が厳しく、これ以上アリシアにお金をかけても無駄だとわかり、自分よりも立場の弱い家の婚約者を選ぶ。お金が好きなウルマ伯爵にとってお金にならないアリシアは用無しだった。役に立たない娘の押し付け先に選んだのが隣のコメリ男爵領の嫡男のレイモンドだった。

アリシアは父親から冴えないレイモンドとの婚約を命じられ落胆する。抗議しても聞く耳を持たない父に成人したら婚姻と冷たく言われ、それまでに新しい婚姻相手を見つけることを決めた。レイモンドは誕生日に贈り物をしてくれたが、アリシアの欲求を満たす物ではなかった。
レイモンドに夜会のたびに違うドレスを着る従姉の話をしてもそうかと頷くだけで、年に1回しかドレスは贈られない。コメリ男爵家としては最大限の譲歩でも物欲の塊のアリシアには全く物足りない。アリシアは裕福な男を捕まえ、贅沢な生活ができるように神に祈りを捧げた。


アリシアはどんなに令息に声を掛けても、恋人や婚約の誘いは全くなかった。可愛らしい顔立ちでも婚約者を持つアリシアを良識ある令息は相手にしないという事実には気付かない。
学園に入学するとシャーロットに再会する。学園では、いつも視線を集めるのはアリシアよりも可愛くないシャーロット。アリシアが目を付けた令息達はアリシアが声を掛けても反応しないのに、いつもシャーロットに声を掛けに行く姿が憎らしかった。
悪い噂の絶えない伯爵令嬢の相手をするほど上位貴族の令息は暇ではなく、未来の王妃を見かければ下心の有無に関係なしに挨拶するのは当然という事実にアリシアは気付かない。

「なんで、私のほうが可愛いのに」

身分が高く第一王子の婚約者への苦言を堂々と口にするアリシアと親しくする良識ある生徒はいない。アリシアを遊び相手とする男子生徒は下品に笑い豊満な胸に手を伸ばす。遊び相手として、いつでも潰せる伯爵令嬢は最適だった。貴族令嬢は身内と婚約者以外にダンスとエスコート以外で肌を触れさせず、婚約者でも婚姻するまでは節度のある振る舞いをするため身分の高い男の欲求を満たすためだけの遊びはよくあることだった。

「そうだな。」

アリシアは男子生徒の言葉に気分を良くし、自身の体に魅了されている男の自身の言葉に同意する耳心地のよい言葉を聞きながら、乱暴な口づけを甘受する。
人目のない場所で抱き合い衣服の乱れる二人をシャーロットは見つけてしまった。婚約者同士なら見逃したが、令息は知人の婚約者であり明らかにマナー違反、シャーロットは関わりたくないが、学園の統制と令嬢の教育という王族からの命令に逆らえないので、震える手を隠して、二人に近づき礼をする。

「ごきげんよう。学園内とはいえ慎みをお持ちください。また婚約者以外に触れるのは」

男子生徒はシャーロットに気付き、アリシアの体を勢いよく引きはがし頭を下げる。

「シャーロット様!?申しわけありません。最後の思い出にと頼まれて、仕方なく。私が大事にするのは婚約者だけです。どうかお許しください」

アリシアは行儀よく頭を下げ謝罪する男の言葉に息を飲む。

「わかりました。令嬢が触れるのを許すのは婚約者と身内だけです。どうか覚えておいてくださいませ。失礼します」

立ち去るシャーロットにアリシアに目もくれずに男子生徒は服を整え、立ち上がり追いかける。

「シャーロット様、お持ちしますよ。貴方の美しい手が傷つくのは国の大損失です」

男子生徒がアリシアの荷物を持ったことはない。シャーロットの手にある本を強引に運ぶ姿を憎らし気に見つめた。この後から男子生徒はアリシアに見向きもしなくなる。アリシアが親しい男はシャーロットを見つけるといつも離れていく。遊び人達も貴族なので家が優先でありシャーロットに見つかったなら、新しい遊び相手を探すだけでアリシアにこだわる理由は一つもなかった。
アリシアの婚活は全く上手くいかない。レイモンドとは学園で会っても挨拶もせず話すのは贈り物を強請る時だけである。節度を持てと年上の女生徒に言われても可愛くない女の妬みと思い込み聞く耳はもたないアリシアにいるのは男友達だけだった。学園で孤立しようとも男友達と婚活とシャーロットへの嫉妬に夢中なアリシアは気にしない。貴族としての他者評価を気にしないのはアリシアとレイモンドの数少ない似ているところだと気付く者はいなかった。

****

放課後に人目のない庭園でアリシアは友人から初めて贈り物をされる。

「恋を叶える香水。近づきたい高貴な方に使うといい。作り方は簡単なんだ」

アリシアは甘い香りの香水の作り方を聞き流し、期待しながら続きの言葉を待つ。

「もうすぐ留学するから、お別れに。健闘を祈るよ。もしうまく作れなかったら、こいつに相談して。俺の名前を出せば便宜を図ってくれるから。その香りはシャーロット様はお嫌いだから気をつけて。高貴な方と幸せに」

アリシアは婚約者のいない友人の侯爵子息に目をつけていた。期待した婚約者になって欲しいと言う言葉はなく、笑顔で手を振る友人の背中を見送り目論見が外れて落胆する。友人に贈られた甘い匂いの香水を噴きかける。寮への道を歩くと偶然会った今まで視線も向けられなかった第一王子に話しかけられ、香水の効果に笑みを浮かべる。
第一王子はアリシアに触れないため、アリシアから腕や頬に触れる。
段々アリシアを見て、第一王子が頬を染めるようになり、アリシアに触れられると頬を染めた顔が次第にうっとりと恋する顔に変わっていく。アリシアは自分に恋する王子に心の中で笑いが止まらなかった。夢の贅沢な生活と憎いシャーロットへの復讐に。

****

第一王子と逢瀬を重ねるアリシアは令嬢達に敵視されはじめた。

「ウルマ様、いい加減になさいませ。第一王子殿下に近づくことは」
「貴方に言われる筋合いはない。心は自由だもの。可愛い」

言い争うアリシア達にシャーロットが近づき、淑やかな笑みを浮かべ口を開く。

「声を荒げるのは淑女として許されません。アルナ、会議が始まります。」
「姉様、申しわけありません。」

アリシアは去っていくシャーロットの背中を眺めていた。
第一王子がアリシアに夢中になり、婚約破棄されても公爵令嬢のシャーロットは良家に嫁ぎ贅沢な生活、良い扱いを受けるのはおもしろくなかった。
アリシアは第一王子にシャーロットに嫌がらせをされると泣きつき、怒った第一王子に自慢の胸を押し付けて貧乏で冴えないレイモンドとの婚約を提案した。王子に婚約ではなく婚姻を結ぶ方法もあると教えられ、是非と勧めた。友人に教えてもらった知人からもらった香水のお蔭で全てがうまくいきはじめた。また第一王子の好物のお菓子を知人からもらい、二人で食べると第一王子はうっとりとした目でアリシアを見つめてくれる。そしてアリシアのお願いを全て聞いてくれるようになった。
知人は時々、アリシアにアドバイスをくれ、第一王子との仲を応援してくれた。アドバイス通りにすると全てが上手くいく。アリシアの人生は全てが上手くいき幸せでいっぱいだったが王子が廃嫡されてから全てが一変した。

*****

父親に命じられ、レイモンドに近づこうとするがうまくいかない。憎いシャーロットに第一王子に財産があると教えてもらい、探すも見つからない。新しい婚約者を探すにも招待状は一枚もなかった。
その頃ウルマ伯爵はモール公爵家からさらに賠償金の請求があり顔を真っ青にしていた。
シャドウはアリシアに監視をつけた。
シャーロットの悪評を広めレイモンドへ愛人にしろと迫る姿の報告書を用意して訪問していた。真っ青なウルマ伯爵の前に請求書を置き、賠償額と同等の額が手に入る方法を呟き立ち去る。
藁にも縋る心境のウルマ伯爵はシャドウの呟きを聞き、調べると真実だった。
快楽主義の侯爵が隠居に伴い若い後妻を探し、多額の支度金を用意しているという。ウルマ伯爵は賠償金よりも高額の支度金を侯爵家から受け取れると知りアリシアとの婚約を申し込むと了承の手紙が送られ歓喜する。
アリシアは侯爵との婚約に喜んだが婚姻までは誰にも話さないように約束させられた。婚約祝いに贈られたドレスと装飾品にうっとりしながら、第一王子を探すのはやめた。
成人したらすぐに婚儀をあげ、侯爵邸に引っ越すと聞き上機嫌で頷くアリシアは、侯爵が父より年上の恰幅の良い老人とは教えられていなかった。
ウルマ伯爵家はシャドウによって一時的に夢を見せられた。賠償金を払い終えても、他の貴族達から手を切られたため社交界で生き残るのは難しく、侯爵家からの支援もない。
侯爵家は隠居する侯爵の世話係の活きのいい婚約者を買っただけで、家として付き合うつもりはない。アリシアは侯爵との婚姻の意味に気付くことはなく久しぶりにもらったお小遣いを手に上機嫌に買い物に出かけ、残りの学園生活を送っていた。

****
ウルマ伯爵家の夢はシャドウの思惑より早めに覚まされる。
大嵐に襲われたウルマ伯爵領は甚大な被害が出ていた。コメリ男爵から災害への備えの手紙を受け取っても信じず災害への備えも何もしていなかった。ウルマ伯爵達は伯爵邸に籠り、嵐が去るのを待つだけだった。領民の助けを求める声にも耳を傾けず、咎める家臣の視線も気付かない。嵐に怯えるウルマ伯爵夫人をウルマ伯爵は慰め、息子は父の言う通りに嵐が去るのを部屋に籠って待ち、アリシアは贈られた宝石を並べてうっとりしていた。
ウルマ伯爵領民は領主に頼れないと気付き、隣のコメリ男爵領に避難し助けを求めた。
シャーロットは避難民はコメリ男爵領民として受け入れたが、ウルマ伯爵家からの支援の要求は丁寧に断った。伯爵家が男爵家に頼るなど恥を知れと思っていたが伯爵領民が不幸になるのは本意ではないので、ウルマ伯爵家とのやりとりの文をロレンスの側近になり、国として動く力を持つ兄に送った。
ウルマ伯爵領は嵐が去っても荒れたままだった。領地や領民のことは気にしないアリシアは学園の再開を聞き、すぐに学園に戻った。荒れた領地での不自由な生活よりも学園での生活の方がマシに思えたアリシアは卒業するまで一度もウルマ伯爵領に帰らなかった。

****

シャーロットは学園の卒業パーティに招待され、レイモンドの隣で知人達の挨拶を受けていた。
侯爵に贈られた豪華なドレスを着たアリシアはお揃いのコーディネートで寄り添う二人に驚く。平凡なレイモンドがシャーロットの隣にいても見劣りしない。レイモンドは平凡な顔立ちだが、第一王子達に鍛えられて魅せ方を身に付け、寄り添うシャーロットもレイモンドに合うように化粧し、息を飲むほどの美人ではなく、上品な愛らしい令嬢の装いだった。
シャーロットはアリシアがレイモンドを見る視線に気づき、レイモンドの腕を掴むシャーロットの手が一瞬震える。レイモンドが震えた手に手を重ねて微笑むと、シャーロットは頬を染めて笑う。

「悔しいけど、シャーロット様が幸せそうだ。殿下より似合っている」
「明らかに恋している顔だもんな。誰よりも美しいお姿を捨て、あそこまで可愛らしくなるとは」

囁かれる声にレイモンドは照れ笑いを浮かべてもシャーロットには聞こえていない。レイモンドへの恋心を自覚したシャーロットは頭に花が咲き、微笑みかけられればレイモンドのことしか考えられない。

「レイ様が視線を集めてる」

レイモンドは呟く声に女性と話すだけで不安になる愛らしいシャーロットに笑いかける。
モール公爵はコノバの血に苦労するだろうレイモンドのために、王弟は喜ぶシャーロットのためにレイモンドに妻の口説き方や喜ばせ方を指導していた。

「どんなに見られてもシャーリーだけだよ。」

シャーロットが頬を染めてうっとりと微笑む姿を見た生徒達が息を飲み頬を染める。

「胸やけするからいい加減にしてよ。シャーリーはコノバの人間だったか。レイモンドも父上と同じ人種か・・」

呆れた声のロレンスにシャーロットは礼をする。頭に花が咲いても正面から声を掛けられれば、貴族の顔で社交はこなせた。

「殿下、ご卒業おめでとうございます」
「いつも通りでいいよ。シャーリー、卒業祝いにアレを使って手伝ってよ」
「嫌。レイ様が他の女性に」
「ずっと二人が一緒なら?」
「騙されない。無理よ。代わりにうちで育てている子達をいずれ送ってあげるよ。爵位はないけど、優秀よ。うちの暇人教師ならいつでもあげるよ」

ロレンスはパチンとウインクするシャーロットにため息をつく。
国で最高の教育を受けた二人が育てた子供は平民でも優秀なのは目に見えていた。第一王子とシャーロットは仲が悪く、うっかり者同士でも手を組めば最強だった。

「レイモンド、ごめん。従兄妹達が迷惑をかけて・・・」
「構いませんよ。殿下、あれとは?」
「シャーリーはモール公爵より爵位を上げる書類を預かってるんだよ。伯爵位だけど。望むなら侯爵位までなら好きなものをあげるよ」
「シャーリー、ちゃんと話してよ」
「爵位をあげる必要があるなら話したけど、興味ないでしょ?」

レイモンドは影で動いてしまうシャーロットに咎める視線を向けても、首を傾げて可愛く見つめる姿に長く続かなかった。

「うん。俺は男爵領と手のかかる妻で精一杯」
「幸せだな。ロレンスとお兄様なら大丈夫よ。ロレンスも素敵な奥様をもらえるといいね。恋愛小説を貸してあげようか?」
「いらないよ。母様が男爵領に引っ越したいって」
「親子仲良く素敵ね。いつでもどうぞ。うちの子達にもしっかり教育しているから王族対応ばっちりよ。人でなしが役に立つなんて世の中何があるかわからないわ」

「殿下」

ロレンスが声を掛けられシャーロット達に手を振って離れるとアリシアが近づく。

「お久しぶりです。私、このたび婚姻が決まりました」

シャーロットはアリシアがレイモンドから手を引いたことに喜び微笑む。

「おめでとうございます」
「ありがとうございます。明日、侯爵閣下と婚儀ですの。閣下は」

アリシアの自慢話を聞きながら、悪名高い侯爵の名前にシャーロットは首を傾げる。これからの贅沢な生活を思い浮かべうっとり話すアリシアに婚約者の悪口を口にして水を差すのは気が引けた。悪名高い侯爵の存在を知らないレイモンドはアリシアと関わらずにすむ事を喜び笑顔で祝福する。

「お互い良い伴侶に巡り会えて良かったよ。幸せに」
「ありがとうございます」

得意げに微笑むアリシアをシャーロットは貴族の笑みを向けて見送る。
恋する相手が特別に見えるのはシャーロットはよく知っていた。第一王子とレイモンドが並べば、シャーロット以外は第一王子が格好良いと評価する。シャーロットの世界では常にレイモンドが一番である。もちろんシャドウは兄なので別枠である。
シャーロットはパーティを抜け出し、1年振りの学園の庭園をレイモンドの腕を抱きながら歩く。学園生活はシャーロットにとって楽しいものではなかった。

「学園、最後まで通いたかった?」
「ううん。学園よりもレイ様との時間がいい。でもここに来なければ始まらなかったから。ねぇ、レイ様」

甘い視線で誘うシャーロットにレイモンドは周囲に誰もいないことを確認して口づける。満足したシャーロットが楽しそうに笑う。

「もし学園に通うならレイ様と一緒がいい。恋人の真似事を。でも遊び相手を見つけたら許さない。後悔させる」

うっとりしていたのに冷笑を浮かべるシャーロットの額にレイモンドが口づけると、冷笑が消えうっとりとした顔に戻った。

「妄想でもやめて。シャーリーに夢中だから安心して」
「魅力的な夫を持つ妻は安心できません」
「俺より君の方が人気だろうが」
「ありえません。子供を作って、後継に引き継いで二人っきりで過ごしたい。レイ様が私しか・・」

人の気配を感じてうっとりして瞳に甘さを宿したシャーロットを他人に見せたくないレイモンドの決断は早かった。

「挨拶をして帰ろうか。今夜は二人で祝うんだろう?」
「うん。レイ様を独り占め。男爵領は暇人に押し付けてきたので大丈夫!!一月くらい帰らなくていいかな・・・。バカなことをすればミズノが止めるから安心して。」
「義母上からおすすめを聞いてきたからどこから行こうか。馬でいいの?」
「うん。レイ様の前に乗る。馬車だとレイ様に夢中になって景色が楽しめない。ずっと腕の中にいるのも幸せ」

通年新婚夫婦は挨拶をして、学園を後にする。
シャーロットは第一王子に成人祝いを強請った。レイモンドと二人で旅行に行きたいとうるさいシャーロットを第一王子が送り出した。第一王子もシャーロットがいない方が都合が良かった。
シャーロットがレイモンドと幸せな時間を過ごしている頃アリシアは悲鳴をあげていた。お金持ちになって贅沢な生活がしたいという夢は叶った。でも相手まで神に願っていなかった。父親よりも年上で恰幅のよい髪が少ない男に恐れながらも身を任すしかなかった。
シャーロットの隣にいたレイモンドを逃したことを初めて本気で後悔していた。
シャーロットに勝ち、名ばかりの元侯爵夫人になって夢を叶えても幸せにはなれなかった。神に願う時は詳細にお願いをしなければいけないと現実逃避をしながら、夫の遊び道具としての生活が始まった。
そしてずっと実家に帰らなかったアリシアは知らない。ウルマ伯爵家は爵位を剥奪され、王族領に変わっていた。ウルマ伯爵は王家からの支援を全て伯爵邸の復興に使ったため、民のためにならない領主に裁きが下った。王家から派遣されたシャドウの部下により荒れた元伯爵領の復興が進んだ。


*****
最初の婚約に諦めを覚えたレイモンドは有能な妻をもらった。
有能だが手のかかる妻と関係者に手をやきながらどんどん精神が鍛え上げられた。
シャーロットの学び舎計画が成功しコメリ男爵領は学びの都として有名になった。
そして国内屈指の美形に会える領地とも囁かれた。

本気で着飾れば絶世の美女になるシャーロットに異国の色を持つ金髪の双子。
貴族の館に住む黒髪の貴婦人と事故に遭い行方不明になった王弟と同じ髪色の麗人。
精悍な顔立ちの元第一王子。
頻繁に訪問する美形一族のシャドウにアルナ。
そしてシャーロットの美貌を引き継いだ娘のリーシャ・コメリ。

領外ではコメリ男爵領を治めるレイモンドよりも、ふと現れる美形が有名だった。
それでもコメリ男爵は領民達に慕われていた。そして、男爵なのに王家主催の夜会に参加し曲者のシャドウとアルナとロレンスに動じず話せる姿は注目を集めていた。
王家の社交はシャーロット頼りのレイモンドが苦笑する。

「情けないな」
「レイ様は誰よりも素晴らしいよ。格好良くて、優しく、・・・」

コメリ男爵夫妻は自己評価が低い。ただ伴侶への過大評価がいつの間にか世間では正当なものに変わっていた。
運が悪く平凡で何も取り柄のないと言われた若きコメリ男爵は包容力のある器の広い男になった。書類仕事が苦手で、うっかり抜けていても問題はなかった。
常に傍に心さえ強く持てば優秀なコメリ男爵夫人がいた。
コメリ男爵夫人は夫の腕の中で甘えながら様々な施策を敷いた。
コメリ男爵夫人のシャーロットの手足は万能で隠密の天才のミズノとヒノト。
喧嘩相手のシャーロットの不足を補うことに長けた元第一王子。
相談相手はミズノとヒノトとシャーロットの師匠の元王弟。
高い地位にいた者達はコメリ男爵領で幸せに暮らしていた。
地位や権力に興味のないコメリ一族は領地が豊かになっても爵位が上がることは望まなかった。

前国王が死去して初めて第一王子とシャーロットとロレンスは出生の秘密を明かされた。いくつになっても恋に狂い、頭に花が咲いているシャーロットはレイモンドの腕の中で楽しそうに笑う。

「仕方ないですね。因果応報です。愛しい人を見抜けないなんておバカですがその程度でしたのね」

第一王子は苦笑する。

「父上は甘美な夢が見られて幸せだったんですね」

真実を知らなくても、愛する人に愛されたと思い込んだまま亡くなれるのは幸せと思えるほどミズノを追いかけている第一王子も恋に狂っていた。

「ありえない。その感想は何?これだからコノバ・・・、僕も血が濃いのか。もう嫌だ・・」
「陛下・・・」

ロレンスとレイモンドはドン引きしていた。茫然としているロレンスにレイモンドはいたわるように肩を叩いた。レイモンドの同席はロレンスの希望だった。
第一王子とシャーロットという非常識な二人の傍に常識人を欲していた。
真実を話したのはモール公爵である。他の者に任せると私情が混ざって事実が捻じ曲がる恐れがあった。コノバの血を引き継いだ二人に苦笑していたが第一王子が落ち込まないことに安堵していた。

「ロレンスが落ち込むのは珍しいね。きっといつかわかるよ。私もレイ様のためならそれくらいするもの。レイ様以外に触れられるなら迷わず自害するわ」
「好きな女のためなら手段を選ばないだろう?」
「殿下は選んでください。ミズノのために身を引いてください。迷惑です。押しつけがましいところがそっくりです」
「シャーリー、ほどほどに」
「レイ様・・」

レイモンドは第一王子との喧嘩をやめて、うっとりするシャーロットの髪を梳いた。その様子をロレンスは死んだ魚のような目で見ていた。

「・・・・・。帰る」
「ロレンス、ミコトに挨拶は」
「叔父上、きっと父上と二人の世界だろうからいいです。ちょっと想像以上にショックで。」
「目覚めない者もいるよ。君の養父も目覚めてない」
「コノバは発症しない者が家を守るが教えだから・・。ますます婚姻したくなくなった。シャドウもシャーリーもいるから王族の血は途絶えないなら・・駄目か。こんな事実公表できない。バカなんじゃないの」
「ロレンス、私と帰ろうか。好きなだけ飲んでいいよ。上等なものを用意しよう」

モール公爵が哀愁漂うロレンスを連れて帰った。
第一王子はミズノを探して出て行った。シャーロットはレイモンドと二人っきりになり甘えていた。

「レイ様、愛してます」
「シャーリー、本当に気にならないの?」
「うん。公に結ばれなかった母様達は可哀想だけど、でも今は一緒にいられるもの。それに全てを騙しても自分を選んでもらえるなんて・・・。レイ様を夢中にさせないと」

うっとり呟いたシャーロットは妖艶に微笑みレイモンドに口づける。シャーロットは恋心をよく知っていた。どんな犠牲を払っても欲しい物があることを。
レイモンドは苦笑しながらシャーロットを引きはがし不満そうな頬に口づけを落として微笑み囁く。

「夜まで待って。リーシャを迎えに行かないと」

シャーロットはうっとりと頷く。レイモンドも物騒な呟きに引きながらもシャーロットを愛し、いつも自分の腕の中に収まりたがるシャーロットを愛でていた。ロレンスはレイモンドも狂っているのは気付かないフリをした。そうしないと心が砕けそうだった。
ロレンスはコノバやシャーロット達に揉まれていたため、臣下をこき使いながら片手間で国を治めるほどの余裕があった。ロレンスとシャドウに容赦なく使われ、臣下は奔走しながら能力主義への時代の変貌を担っていった。
ロレンスはいずれ王などいらない時代がくればいいと思っても、叶えることはできなかった。従姉ではなく双子の姉がバカをしても処刑されないように手を回す必要はなくなったため、のんびりと治めていた。コノバ公爵家で過ごすより王宮のほうが静かなことに気付き、初めて王に即位して良かったと好みのワインを飲みながら夜空を見上げていた。
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