卑屈な令嬢の転落人生

夕鈴

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十一話 前編

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シャーロットは執務室の敷き詰められたクッションの上に寝転がり貴族名鑑を眺めていた。上位貴族とばかり関わってきたシャーロットは下位貴族はほとんど面識がない。
名前しか知らない貴族や領地について勉強を始めた。
コメリ男爵領の嫁としての役割と同様に夫人としての役割も大事だった。いつまでも上位貴族とばかりお茶をしている場合ではないとようやく気付いた。
クッションに囲まれブツブツ呟いているシャーロットをレイモンドが心配そうに眺めていた。


「シャーロット、何してるの?」
「新しい貴族名鑑を届けてもらったの。下位貴族は覚えてない方が多いから。男爵様のお父様にご挨拶に行かなくていいのかな」

レイモンドは父親に婚姻について報告していない。シャーロットを妻にしたと言えば、心労でさらに悪化しそうなので手紙を出さなかった。直接会わせて、アリシアとは違う安全な令嬢と説明したほうがいいと判断していた。社交を積極的にしないコメリ男爵家にとって一番家格の高い関係がある家はウルマ伯爵家だったため家格の高い家の心象は悪かった。
理不尽に要求を押し付け、こちらの事情を配慮しないのは当然と思っていた。
シャーロットの知人は先触れのない訪問を除けば、違っていた。変わっているが理不尽な要求を振りかざしたり、押し付けたりしなかった。
上位貴族も礼儀を守り逆鱗に触れなければ、下位貴族を相手にしないとレイモンドはシャドウに教えられた。
この前提はモール公爵令嬢を夫人にもらったコメリ男爵家にしかあてはまらない。モール公爵家を後見に持つコメリ男爵家を正規の手段以外で断罪すれば報復されるのが上位貴族はわかっていた。
シャーロットはレイモンドの誤解に気付いていても兄が教えたなら訂正しなかった。ブラコンのシャーロットにとって兄の言葉は絶対である。嘘でも事情があると信じて貫き通すのがシャーロットである。
シャドウはシャーロットだけには害になることは絶対にしないので、認識を改める機会は全くなかった。


「体調が戻れば帰ってくるよ。その時に挨拶すればいいよ。」

シャーロットが頷くと執務室の扉が勢いよく開いた。

「レイモンド、頼む、助けてくれ!!」

扉の開く荒々しい音と風圧、大声で駆け込んできた大柄な青年にシャーロットは息を飲み、瞳が潤んだ。レイモンドは立ち上がりシャーロットをそっと抱きしめ、頭を撫でた。

「シャーロット、友人だから。不審者じゃない。」

「レイモンド?」

不審にレイモンドを見つめる友人のゴードンにため息をついても視線は怯えるシャーロットだった。

「勝手に入って来ないで。あと声量を抑えて。大声が苦手なんだよ」

シャーロットはレイモンドに優しく頭を撫でられながら胸に手を当てた。ゆっくりと目を閉じて、深呼吸して、意識を切り替えた。レイモンドの友人なら貴族のため無礼は許されない。レイモンドに悪役令嬢は卒業していいと言われたが、レイモンドの社交が頼りないため卒業するのはやめた。レイモンドの大事な男爵領のために必要なら喜んで演じる。シャーロットの夢は立派な男爵夫人である。それに役立たずのシャーロットは優しいレイモンドの役に立てるのは嬉しかった。

「男爵様、大丈夫です。」

シャーロットは貴族の仮面を被った。レイモンドは腕の中で、潤みが消えた真っ黒な瞳に見上げられ、至近距離で綺麗な笑みを浮かべたシャーロットに目を奪われた。
シャーロットはレイモンドの腕をそっと解き、乱れた髪を整え、ゆっくりと立ち上がりゴードンに向き直った。

「見苦しい姿をお見せして申し訳ありません。お初にお目にかかります。シャーロット・コメリと申します。」

優雅に礼をしてコメリと名乗ったシャーロットにレイモンドは照れて頬を掻いた。婚姻してから公でのシャーロットの自己紹介を初めて目にした。
ゴードンはレイモンドの幼馴染である。見覚えのないシャーロットに顔を顰めた。

「男爵の隠し子か。」

シャーロットは大きな声と睨みつける視線に内心は怯えながらも微笑みを浮かべていた。
シャーロットの小刻みに震える握り拳に気づいたレイモンドは立ち上がって背中に庇った。

「妻だよ。婚姻した。」
「は?ウルマ嬢と?」

レイモンドは最低限必要な情報しか集めない友人に苦笑した。

「妻のシャーロットだよ。まぁ、いいや。どうした?」
「弟に剣を教えてくれ!!このままだと進級も卒業もできない。レイモンドは剣だけは得意だろう?」
「得意じゃないけどゴードンよりは・・。」

シャーロットはゴードンの視線がレイモンドに移り、二人で談笑を始めたので礼をして退室した。執事にお茶の用意を命じ私室に戻り勉強の続きを再開した。礼を返されず、無視されたのは初めての経験だった。

「シャーロット」

第一王子は呼んでも反応せずに、貴族名鑑を眺めて動かないシャーロットの頭を叩いた。
シャーロットは勢いよく手元の貴族名鑑に額をぶつけた。突然の痛みと衝撃に震えながらゆっくりと頭をあげた。

「兵を呼びますよ」
「私の言葉を無視したのはお前だ」

シャーロットは第一王子を睨んだ。

「殿下、もう立場が違います。今まで貴方が不敬罪にしたことをされても諌められる立場ではありません。どうして廃嫡されたんですか?私、殿下の廃嫡された理由がわかりません。厳重注意で謹慎かと思ってました」
「支持なき者は王家にいらん。無能をいらんと捨てるのと同じだ」

シャーロットは睨むのはやめた。感情のない声で吐き捨てた第一王子の顔を静かに見た。シャーロットは第一王子にだけは何を言われても怯えない。

「平民から登りつめて会いに行きますか?」

第一王子は乱暴にシャーロットの頭を撫で髪をぐしゃぐしゃにした。

「殊勝なお前は気持ち悪い。隣で騒いでいる方がマシとは知らなかった。」
「失礼ですよ。馬じゃないんですからやめてください。殿下が全て悪いんですよ。男爵夫人は難しいです。私は初めて挨拶を無視されましたわ」
「お前だって得意だろうが」
「私が無視するのは殿下だけですもの。王妃様の言うように自由になったら違ったのかな・・。モールでも王子の婚約者でもない私は簡単に踏みつけられる存在になったんですね。」
「お前を踏みつけていいのは私だけだ」
「今は私のほうが立場が上です。踏みつけられても生き残れる方法を男爵夫人としては見つけないといけませんね・・・。」

シャーロットは第一王子の前では弱音を見せてはいけない敵であることを思い出した。でも廃嫡された王子は一人ぼっちになった。
唯一大事にしていた両親を家族と呼べなくなった。
王子は常に厳しくと躾けられ、母親からの優しさを与えられなかった。シャーロットが王妃と眠っていた頃は一人で眠っていた。
目の前にいる第一王子はヒノトとミズノに手を出せない立場になった。敵対する理由はなくなった。
シャーロットは乱暴で短気で愉快犯な王子の頬に手を伸ばし思いっきりつねった。

「先に叩いたのは殿下です。廃嫡されても従兄妹です。もし大事なものを見つけられずに一人ぼっちだったら最期は看取ってあげます」

シャーロットにはミズノとヒノトと家族とレイモンドがいる。
シャーロットは恨みはあっても第一王子の愚行のおかげで幸せになった。レイモンドも恨んでないと言うなら優しくしてあげようと思った。第一王子が亡くなったら花を捧げるくらいの情は持っていた。
第一王子は笑った。
第一王子の近くにいた者の中でシャーロットはわかりやすかった。薄っぺらい好意を向けない。乳母のようにうるさいが、自分に遠慮せずに文句を言うのはシャーロットだけだった。

「男爵に捨てられたら飼ってやるよ。お前、面倒だし」

シャーロットは頬をさらに思いっきり引き伸ばした。

「はなせ」
「せっかくなので引きちぎって差し上げようかと。ずっといるつもりなら働いてください。王子だと面倒なので髪色くらい変えてください。元婚約者が一緒に住むなど外聞最悪です。」
「人の話を聞け」

手を放さないシャーロットの頭に第一王子が手を置いた。

「誰も残らなかったね。」
「いらん。わかってるだろう?」
「人望なかったんですね。人でなしだから仕方ありません。ロレンスの邪魔したら許さないのでお覚悟を、痛い!!」

第一王子はシャーロットの頭を掴み手に力を入れた。
シャーロットの手が放れたので第一王子も手を放し睨んでいる顔にニヤリと笑った。第一王子にとってシャーロットの考えを読むのは簡単だった。シャーロットは王子の時は決して見せなかった笑い方にきょとんとした。

「従兄妹としてアドバイスしてやるよ。上位貴族も下位貴族も礼儀は変わらない。男爵夫人になろうとお前の後ろにはモールがいる。社交界の常識は正しいものに従わせろ。社交の世界の正しさを一番よく知るのはお前だろう?正しければ権力のある者でも容易に裁けない。許されるのは王族だけだ」
「王族でなくなった殿下が膝を折るのを見るのを楽しみにしてます」
「民のためなら躊躇うなが教えだからな。もう王族ではない。」

シャーロットはせっかくなので祝杯をあげることにした。お互い窮屈な生活から解放された。第一王子は王族への執着を持っていない。去る者を追わないのが第一王子と思い出した。興味がなくなれば、一瞬で手放す飽きっぽい元婚約者。
シャーロットはミズノを呼び出し、苺と度数の弱い赤ワインを用意させた。
第一王子を主に育てたのは姉姫と乳母とモール公爵である。乳母は第一王子の産みの親であり元コノバ公爵家の侍女だった。第一王子を身籠ってからは妹姫が侍女を教育していた。モールとコノバの教育を受けていたシャーロットと第一王子は似た者同士だった。
モール公爵ができるだけ国王の傍で学ばせたため第一王子が国王の短所を引き継ぎ、シャーロットは王妃と王弟とシャドウに溺愛され、危機感なく甘ったれな性格に育っていたため、実は二人がそっくりと気付いているのはロレンスだけだった。

****

レイモンドは友人の話を聞いていた。学園の規定が変更されていた。
学園の定期試験は成績をつけるための形ばかりのものだった。卒業試験も筆記試験だけで簡単な内容だった。
ロレンスは王太子になったため、質の悪い学園への干渉を始めた。学園を卒業しないと貴族としての資格を得られない規則である。
文武ともに最低限の教養がないと貴族として認めないと公言した。そのため試験の内容が見直され難易度があがった。ロレンスは学園の卒業資格をすでに持っていたが国王の命令で学園に編入して統制をはじめた。
王弟の実子の冴えないコノバ公爵家の次男を取り込もうとする貴族もいたがロレンスはうまく利用していた。ロレンスが切れ者と知る者は学園にはアルナしかいなかった。
学園の改革は発案はロレンスだが国王命令で行われた。男爵夫人になったシャーロットと国を治めるロレンスのために愚かな貴族は不要と王妃と王弟が陰で積極的に動いていた。シャドウもシャーロットに苦労をさせた学生達に不満があり喜んで協力した。
学園の授業の内容も高度になり、真剣に学ばなければ落第だった。
一番の難点は文武両道だった。
文官を目指す者には武術は必要なく、上位貴族でも武術を嗜み程度身に付けている者は少なかった。
学園に派遣する教師が増員されたが全員の指導は限界があった。下位貴族よりも上位貴族の希望者が優先された。この規定の変更に悲鳴をあげたのは下位貴族だった。
ゴードンの弟もその一人だった。

レイモンドは頭より体を動かすほうが好きだった。男爵領は男爵が賊の討伐指揮を取り対処することもあり、武術は父親に鍛えられていた。コメリ男爵家は武に秀でた家系だったため、レイモンドも前男爵も内務に苦労していた。
レイモンドはゴードンの話を聞きながら最近またシャーロットに教師の依頼の手紙が増えたのを思い出した。チタン男爵家は大柄な体に似合わず文官一族のため運動が苦手だった。レイモンドはゴードンの運動音痴を思い出し、引き受けられる自信はなかった。ゴードンの懇願を聞きながら、考え込んでいると第一王子がシャーロットに触発されて書いた絵本を思い出した。
コメリ男爵家ではシャーロットと第一王子が喧嘩をしてレイモンドが仲裁するのは日課だった。
喧嘩した二人がどちらの本がわかりやすいか勝負するために書き上げたものだった。
シャーロットはお茶会の開き方、第一王子は剣の基本。
軍配は少年と兵達の心を掴んだ第一王子に上がりシャーロットが陰で泣いていたのを思い出し、レイモンドは笑った。シャーロットは第一王子にだけは負けず嫌いだった。
レイモンドが読んでもわかりやすい内容だったので、ゴードンの寮で生活している弟にも参考になると思い本棚から取り出してゴードンに渡した。

「貸すよ。貴重な物だから読み終わったら返して」

ゴードンは書物が好きである。レイモンドの家の本は全て読み尽くしていたので、初めて見る本を食い入るように読み終え、顔を上げて書棚を見ると見覚えのない本ばかりだった。シャーロットの描いた本に目を止め1冊手に取り開くと教養の本だった。
コメリ男爵邸の書庫は小さく本も歴史の本と教科書と趣味で集めた最低限のものしか置いていなかった。
レイモンドは夢中で読むゴードンに笑った。

「ゴードン、書庫を増やしたから、先触れ出して訪問するなら自由に読んでいいよ。貴重な本ばかりだから大事に扱って」

「本当か!?」

場所を教えてないのに飛び出して行くゴードンを見送りレイモンドは笑った。
シャーロットに個人資産で別邸を建てていいかと相談され話を聞くと書庫が欲しいと言われ、男爵邸の好きな部屋を使うように提案した。
シャーロットは恐縮しながら、レイモンドに説得され二つの部屋を借りた。
一部屋は使用人用の書庫。もう一部屋はシャーロット用だった。
モール公爵家の敷地には図書館が建てられていた。国外のものも含め大量の書籍が貯蔵されていた。完璧主義のモール一族は凝り性だった。
シャーロットもシャドウも教養として大量の本を読まされ育った。国内外の歴史、伝記、貴族・平民の新聞は情勢を知るために定期的に目を通していた。
シャーロットは下位貴族の勉強のための本を収集する場所が足りずに困っていた。
また知識は宝のため使用人達が学べるようの書庫も用意した。シャーロットにとって最低限の教養の本が納められていた。
執事長に許可をもらい使用人の宿舎の一室を借り子供向けの本も貯蔵していた。

シャーロットはいずれ男爵領に大規模な図書館を建設したかったが優先順位は低かった。財政を潤わせ、領民の生活改善のほうが優先だった。ただ子供の教育は大事なので定期的に絵本を配布していた。

レイモンドはゴードンを放置し執務に戻ろうとしたが、シャーロットがゴードンと会えば怯えるので探すために立ち上がった。幼馴染のゴードンが勝手に部屋を覗いてもコメリ男爵家の使用人は咎めない。
レイモンドが夫婦の私室に行くと目に入った光景に目を見張った。
クッションに埋もれて眠っているシャーロットの隣に手を繋いで座り目を閉じている第一王子がいた。
第一王子は目を開け、レイモンドを見て一瞬だけ考え頷いた。

「男爵、代われ。起きたらうるさい」
「殿下、どういうことでしょうか?」
「雷鳴が聞こえると泣き叫んでうるさいから気絶させた。手を放すと起きるんだよ。ミズノ達は不在だ。」

窓の外では雷鳴が響いていた。
レイモンドは物騒な言葉に顔を顰めたが、おもしろくないので頷いた。

「ありがとうございます。かわります」

第一王子が手を解くとビクッと動いたシャーロットの手をレイモンドが握った。
第一王子は部屋から出て行った。シャーロットの面倒を見るのは適任者がいない時だけだった。
雷鳴が響けば、社交を中座しシャーロットを気絶させて帰るのは第一王子の常識だった。シャドウは耳を塞ぐシャーロットを抱き寄せ頭を撫でて寝かしつけていた。


レイモンドが手を握ってしばらくして動かなくなったシャーロットから視線を外して部屋の中を眺めた。
机には苺と飲みかけの赤ワインが置いてあった。
レイモンドはシャーロットに慕われているのはわかっている。第一王子と喧嘩をしていても、レイモンドが呼べばシャーロットはすぐに反応し、王子の相手をやめる。
レイモンドにはシャーロットと第一王子は意思疎通ができなくてもお互いを理解して特別な絆で結ばれているように見えていた。
ロレンスにシャーロットは苦手なことが多いと言われてもレイモンドには全くわからなかった。
扉が開き、ゴードンが中に入ってきた。
シャーロットの体がビクっとして目が開いた。窓の外から雨の音が聞こえ、ピカッと激しく光り雷鳴が響いた。

「いやぁぁ、お兄様、助けて」

耳を塞いでシャーロットが丸くなり震えて泣き出した。

「怖い。ヒノト、ミズノ、やだ、誰か」

レイモンドは抱き上げて胸に顔を埋めさせ頭をゆっくりと撫でた。

「ゴードン、出てって。書庫なら執事に案内させて。泊まってもいいけどこの部屋は近づかないで」

ゴードンは頷いて出て行った。本がなければ用がなかった。

「シャーロット、大丈夫?ミズノ達呼ぼうか?・・殿下がいい?」

シャーロットは震えながら王妃に教えられた怖い時の対処方法を思い出していた。
まずは旦那様の腕の中に入る。シャーロットはすでにレイモンドに抱きしめられていたので首を横に振った。
次は旦那様の瞳を見つめる。シャーロットは顔をあげて潤んだ瞳でじっとレイモンドを見つめた。レイモンドは濡れた瞳に見つめられ、理性に負けそうで思わず目を閉じた。
シャーロットは恐怖が消えず失敗とわかり、次の教えを実行した。
レイモンドにそっと口づけた。レイモンドは唇に触れた感触に驚いて目を開けた。
レイモンドは突然の口づけに、体の熱が一気に上がり赤面した。
シャーロットは唇をはなして目を開けると真っ赤な顔で熱の籠った瞳に見つめられ、瞳を逸らせなかった。
シャーロットの耳には雷鳴は聞こえず、レイモンドしか見えなかった。赤面して固まるレイモンドにシャーロットは王妃の教えを思い出した。

「シャーリーは旦那様のものになりたいです」

レイモンドは理性と戦っていた。丁度ヒノトもミズノもいなかった。
濡れた瞳で真っ赤な顔で言われた言葉に陥落し、そっとシャーロットを抱き上げた。

「シャーロット、嫌だったら言うんだよ」

囁かれた言葉にシャーロットは頷いた。優しいレイモンドが嫌がることはしないと信じていた。
レイモンドは真っ赤な顔を見られないようにシャーロットの顔を胸に押し付けてベッドに運び、強く抱きしめた。しばらくしてレイモンドはシャーロットの頬に手を当てそっと口づけるとノックの音が聞こえ、慌ててシャーロットから離れた。
部屋には静かに雨の降る音だけが響いていた。

「シャーリー、大丈夫?」

ミズノの呼び声にシャーロットはベッドから降りて部屋を出た。突然体が火照り、羞恥に襲われミズノに抱きついた。

「大丈夫。うん。ちょっとおかしい」

コメリ男爵家に来てから笑顔が増えた真っ赤な顔で胸に顔を埋めるシャーロットをミズノは優しく見つめそっと抱きしめた。
レイモンドは赤面したままベッドに倒れた。
そして執事が呼びに来るまで出てこなかった。

レイモンドは晩餐の後、第一王子の住む離れを訪問した。今日はシャーロットを抱きしめると意識をしてしまい眠れないのが分かっていた。
晩餐の頃にはシャーロットは平静を取り戻し第一王子と喧嘩しながら食事をしていた。レイモンドだけが意識をして赤面していた。

「殿下、シャーロットが犬と眠るの止めさせたいんですが」
「あいつまだ寝てんのか…。モール公爵夫人に伝えればいい。厳しく叱られ二度としない」

レイモンドには難しい選択だった。

「他にはありませんか?」
「首に手刀」
「それは金輪際やめてください。」
「命じればいい。」
「それしかないか・・・」
「ブランデー飲ませれば一瞬で寝る。紅茶に数滴混ぜれば落ちる」
「ありがとうございます。」

レイモンドはシャーロットに強制的に眠ってもらうことにした。
抱きしめて眠るには時間が必要だった。
シャーロットはブランデー入りの紅茶を飲むとすぐに眠ったためミズノに任せた。
ヒノトはレイモンドに頼まれ剣の手合わせに付き合っていた。シャーロットが幸せそうにしている間だけはヒノトはレイモンドの命令も気が向けば聞くことにしていた。
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