卑屈な令嬢の転落人生

夕鈴

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九話 前編

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第一王子は王位継承権を取り戻したい。自分ではなくシャーロットが説得すれば国王も命令を撤回すると思い込んでいた。
準備を整えた第一王子は男爵家を訪問した。

「シャーロット」

男爵邸に無断で入り、シャーロットの名前を呼ぶ声に執事が対応した。先触れもなく歓迎される王族ならではの横暴さは健在である。

「奥様は不在です」
「私を誰だか知らないのか?」

執事は不機嫌そうな男を見つめ、客間に案内するか迷っていた。見知らぬ者は丁重にと命じられていたが、明らかに敵意を持つ相手をどう扱うべきか…。上司を呼びに行こうか迷っているとレイモンドとシャーロットが視察から帰ってきた。
シャーロットは見慣れた髪色にレイモンドの手を強く握った。シャーロットは第一王子を見なかったことにしてレイモンドの手を引いて視線を向けずに通り過ぎようとした。

「シャーロット、無視するとはいい身分だな。手紙への返答もなく」

シャーロットはレイモンドの手を解いて、足を止めた。澄ました顔で首をかしげながら第一王子に向き直る。はたから見れば可愛らしい仕草なのにシャーロットの目は笑っていない。

「どなたでしょうか。新しい領民の方ですか?」
「お前、いい加減にしろよ」

シャーロットの無礼な態度に第一王子の眉間に皺が寄った。シャーロットは挑発を誘うようにクスクスと音を出して笑う。

「しがない男爵夫人にはわかりませんわ。私は王族証で元婚約者を判別してましたの」
「はぁ!?戯けるのもいい加減にしろ」

シャーロットを睨む第一王子が腕を伸ばしたので、二人の雰囲気の違いに戸惑いながらもレイモンドが慌ててシャーロットの肩を抱き寄せた。

「俺の妻なんで、触れるのはご勘弁を」

第一王子はレイモンドの腕に静かに抱かれるシャーロットに顔を顰め手を降ろした。

「シャーロット、戻れ。父上を説得しろ」
「お帰りください。陛下の命令は覆せません。私は力のない男爵夫人です。貴方よりは力がありますが、貴方よりは」

シャーロットは挑発的な笑みのまま煽り続ける。今のシャーロットは第一王子よりも優位な立場である。昔と違い第一王子にやりたい放題にできる現状だけは大歓迎である。
シャーロットには秘密がある。第一王子にだけは態度が違う。
シャーロットは素、貴族、第一王子用と三つの顔を使い分けていた。

「離縁すればいい」
「離縁は認められませんわ。たとえ離縁しても殿下と婚姻なんて御免ですわ。ですが婚約破棄して良縁を用意していただいたことは心から感謝します」
「感謝か」
「はい。感謝をこめて、他国に亡命する片道切符を用意して差し上げましょうか?それともモール公爵家へ難民として紹介します?うちには殿下にお任せできるものはありませんの」

シャーロットのバカにしたような口調に第一王子の眉がさらにつり上がった。

「バカにするな。父上を説得しろ。お前が嫁げばすむ話だろうが」
「バカなことをおっしょるのはどちらかしら。私はすでに婚姻してますもの。剣を抜いたら兵に捕えさせますよ」
「生意気な。昔からその態度が気に入らないんだよ」
「お互いさまです。私も嫌いですもの」
「は?私の婚約者だからいい思いをしたんだろうが」
「記憶にありませんわ。私は川に落とされ、馬から落とされ、溜池に落とされ、虫を投げられ、木から跳びかかられ、他にも止まらないんですが…。これのどこがいい思いですの?容姿に優れた自分のエスコートを受けられて光栄だろうとかやめてくださいね。殿下のエスコートより伯父様のほうが上手ですよ。お兄様とは比べる価値もありません。もっとエスコートの腕を磨かないと捨てられますわよ」
「お前、いい加減に」
「お帰りください。その手元の書類は無効ですよ。私は教皇様に認められ夫婦になりましたので、離縁できません。よって殿下と婚姻することは生涯ありえません」

シャーロットは勝ち誇った笑みを浮かべてヒノトに渡された教皇のサインの入った婚姻証明書を見せた。久々の第一王子への完全勝利が目前に迫っている。

「では、お気をつけてお帰りください」
「待てよ。お前、いいのかよ。男爵夫人なんかで」
「あら?王妃よりも男爵夫人のほうが大変ですわ。私は必死にお勉強中です。殿下も新しい生き方を見つけてくださいませ」
「シャーロット」
「私は殿下の言葉の意味がようやくわかりました。共にいて心が癒され、特別をくれるという意味が。私にはできないので、ありがたく男爵様から甘受しようと思います。殿下もお相手とお幸せに」

シャーロットは子供のような元婚約者同士の口論に呆然としているレイモンドの手を引いて通り過ぎる。
本気で怒っている様子も、冷静に攻める様子も、勢いもなくシャーロットの知る第一王子にしては大人しすぎた。シャーロットにとって久々の完全勝利だが、目の前に王子がいないともの足りない気がした。
第一王子に勝った時に味わえる高揚感がない。
考え込むシャーロットをレイモンドが戸惑いながら見た。

「シャーロット、平気なの?」
「様子がおかしいけど…。まぁ自己責任です」

立ちすくむ第一王子をそっと見てシャーロットは執務室に行きミズノに情報収集を頼む。
ヒノトにアリシアを探すように頼むとすでにコメリ男爵領にいると教えられた。
帰ってきたミズノから報告を聞きシャーロットは口元を緩ませた。
シャーロットは王族位を返上させても国王陛下が愛息子を放逐しないと読んでいた。
国王は王妃が一番でも視察には第一王子をよく同行させ大事にしていた。それに父であるモール公爵も第一王子を可愛がっていた。
第一王子は働かなくても生活に困らないだけの個人資産を保有し、王族所有の屋敷も一つ第一王子名義になっていた。
レイモンドはシャーロットとミズノのやり取りを眺めていた。第一王子があのままでいいのかと悩みながらも聞けなかった。ロレンスに手に余るならシャーロットに任せて放置と教わったが忠告通りにできそうもない。

「男爵様、ウルマ様は殿下にお金があればやり直しますか?」
「え?ああ。贅沢に目がないから」
「あの、ウルマ様が他の方のものになってもいいですか?」

震えるシャーロットの手をレイモンドは包んだ。

「うちに関与しないなら大歓迎。俺はシャーロット以外はいらないから」

シャーロットはレイモンドの答えに嬉しくなり微笑んだ。レイモンドのおかげで迷いがなくなった。シャーロットは意識を切り替えた。

「わかりました。行ってきます。ヒノト、おいで」

シャーロットは綺麗な笑みを浮かべてレイモンドの手を解き、執務室を出て茫然とする第一王子の前を通りすぎて外出した。シャーロットにとって第一王子の様子がおかしいことよりも、目的優先なのは立場が変わっても揺るがない。

「え?シャーロット!?」

笑みに見惚れてぼうっとしていたレイモンドはいつの間にかいなくなったシャーロットを慌てて追いかけようとしたが立ち竦んでいる王子を見て動きを止めた。
放置していいかわからない。王族位を返上しても、元王子である。
実際王子を目の前にすると平民扱いはできなかった。レイモンドはシャーロットの貴族、王族の野放しは危険という教えを思い出し覚悟を決めた。もともとは自分が相手をするつもりだった。

「殿下、お茶でもいかがでしょうか」
「ああ」

声に力のない第一王子を客室に案内した。
上座を譲り、レイモンドは腰掛けた。
執事にミズノを探してもらい、第一王子の好みに合ったお茶と食事を用意させた。本人の好みに合わせたもてなしが絶対に大事とシャーロットに教えられていた。
ミズノはシャーロットの知人の好みは全て熟知しているので、自分のいない時の相手はミズノに任せて時間を稼いでいる間に呼び戻してほしいとも。
シャーロットの勉強会は王族相手の接し方など男爵家にとって非現実的な話題だと話し半分に聞いていても、意味のないようでかなり役に立っていた。
第一王子は目の前に置かれた果実水と苺を見て驚く。
第一王子は苺が好物ではないがいつもシャーロットが器に盛られた苺を半分渡すので食べていた。
レイモンドもお茶の用意を頼んで果実水を持ってきた執事に不思議に思っていた。
第一王子は笑った。シャーロットと第一王子が喧嘩をした時に用意される物である。
しばらくしてミズノがピッチャーに果物が豊富に入ったアイスティーを持ってきた。
これも第一王子の乳母がよく用意した物だった。
第一王子は果実水を一気に飲み、苺を一つ口に入れた。
シャーロットがいなければ苺を口にすることはない。久々に味わう甘酸っぱさで、日常の風景が脳裏に浮かんだ。
口論した後は、二人で乾いた喉を果実水で一気に潤し一息をつき、シャーロットは苺を渡されれば半分を第一王子の器に盛り、隣に座り静かに食べていた。そしてアイスティーに浸された果物を食べさせるといつも機嫌が直っていた。
言い合いをしたのは久しぶりだった。生意気なシャーロットを知るのは第一王子だけである。
未来の国王夫妻と呼ばれていた自分が王族位を取り上げられ、シャーロットは男爵夫人。
自分で招いたことだが、思い描きもしなかったことが滑稽で笑いが止まらなかった。
第一王子は久しぶりに腹を抱えて笑った。そしていつも目の前にはシャーロットがいたことを思い出した。
レイモンドはただ呆然と第一王子を見ていた。爆笑する王子はレイモンドの許容範囲を超えていた。






シャーロットはヒノトと共にアリシアに会いにいくと、シャーロットによって引き裂かれたレイモンドとアリシアの悲劇を演説しているアリシアを見つけた。領民達は見向きもせず各々の役割をこなしている。

「ウルマ様、お話しませんか?私、貴方が知らない情報を持ってますよ。殿下は廃嫡されてもお金ありますよ」

アリシアはシャーロットの言葉に演説をやめ視線を向けた。第一王子は顔も性格も好みであり、お金がないのだけが難点だった。

「騙されないわ」

アリシアの疑いの目を気にせずシャーロットは話し出す。信じるかは本人次第である。シャーロットは人でなしではないので、アリシアを洗脳して、無理矢理人でなしの元婚約者を押し付けるほど非情ではない。

「廃嫡されても個人資産があります。殿下は働かなくても一生生活に困らない分の資産も邸宅も持っています。あれでも厳しい教育をうけているので資産管理は得意です。実は賭け事も得意なんでお小遣いも常に数倍に跳ね上がってますのでお金持ちです。ウルマ伯爵家よりもお金持ってます。悔しいですが男爵様よりもあります」

アリシアは淡々と話すシャーロットの言葉に口元が緩む。

「贅沢三昧」
「できますよ。いくらでも。あれだけあれば一生困らないですよ」
「どんなに買っても」
「味は保証できませんがいくらでも買えます」
「まぁ!?」

アリシアは目を輝かせて駆けて行った。
ヒノトは追い出さずにすんだアリシアの背中を眺めていた。シャーロットはアリシアの動きの早さにきょとんとしている。ヒノトはシャーロットの気を逸らすために陽気な笑みを浮かべた。

「シャーリーは苺が好きだよな」
「うん。苺が食べられてヒノト達がいる生活ほど豪華なものはない。でも彼女はヒノト達がいないから、苺をお裾分けしてあげれば良かったかな。でも今は美味しくない…」

アリシアを王子に会わせようと思っていたがすでにいなかった。追いかけるほど、シャーロットは策に拘っていないので放置を選ぶ。民の自主性は大事にするという王子の婚約者時代の習慣が体に染み付いていた。
シャーロットは男爵邸に帰ると広がる異様な光景に首を傾げた。
執事に案内された客室では真っ青なレイモンドと爆笑している第一王子が座っていた。

「男爵様、大丈夫ですか?男爵様」

シャーロットは何度呼んでも反応のないレイモンドの唇に苺をあてた。

「お前、その非常識やめろよ」

笑っている第一王子の震える声は無視して、反応しないレイモンドに苺を食べさせるのをやめてシャーロットは自身の口に苺を運んだ。
第一王子がレイモンドの分の果実水をシャーロットに渡した。シャーロットは果実水を受け取り一気に飲み干した。

「何するんで、」

本能のままに動いたシャーロットは第一王子を睨みつけ、文句を言うために開いた口に第一王子が苺を放りこんだ。甘い苺が好きなシャーロットにとっては時期外れの苺は甘みがいまいちだった。
物足りなさそうに苺を飲み込むシャーロットの口に第一王子は苺を放り込み続けた。笑いの収まった第一王子はアイスティーをグラスに注いで飲み干して中の果物をフォークで刺してシャーロットの口の中に放り込む。
第一王子の乱暴な所作のせいか食べさせているというよりも、動物に餌を与えるような光景である。甘さの欠片もない。
シャーロットがゆっくりと咀嚼し飲み込んだので再び果物を口の前に差し出すと口を開きゆっくりと咀嚼した。シャーロットは好みの甘さににっこり笑い機嫌が直った姿に第一王子は苦笑した。
シャーロットは第一王子には短気だが機嫌を取るのは簡単だった。
シャーロットは自身に果物を食べさせる笑いの止まった第一王子を見てため息をついた。

「王妃様、落ち込んでましたよ。もう母と呼ぶ者がいなくなったって」
「母上がか…」

シャーロットの前で第一王子が沈んだ声を出すのは両親関係の時だけだった。

「怒りはおさまりましたか?」
「阿保らしくて笑えた」

迷惑な第一王子の性格にシャーロットは頬を思いっきりつねろうとしてやめた。第一王子が人でなしなのはよく知っていた。

「ウルマ様が殿下を探して飛び出して行きましたよ。追いかけるの面倒なんで、自分で会いに行ってください」
「あれはもういい。興味なくなった」

第一王子の無関心に当てが外れたシャーロットはため息を溢した。第一王子の性格をよく知っていた。そして、目の前の王子は先程と違いシャーロットには馴染みのある雰囲気を持っていた。常に人が寄ってきて、選べる立場にある王子は去るものを追うなど非合理的なことはしない。近づいてくるものから選ぶ。時々気まぐれで餌を撒いても、引っかからないなら興味をなくす人間でもある。

「はい?まぁ仕方ありませんね。去る者に興味がわきませんものね」

第一王子はシャーロットの呆れた声に同じ声音で返した。

「お互いさまだろうが」

王族は多忙である。非合理的なことを避けたいのは共に教育を受けたシャーロットも同じ。

「否定はしません。ロレンスが王家に戻りました。殿下、バカなことはやめてください。ああ見えてロレンスは切れ者です。お兄様が側近につくので抜けもないでしょう。殿下のお傍を離れたお友達をロレンスが重用するとは思いませんが」
「去る者はいらない。シャーロット、混ぜろよ」

ニヤリと笑う第一王子にシャーロットは顔を顰めた。

「嫌ですよ。去る者は追わないんでしょ?」
「捨てたものを拾う慈悲はある」

偉そうな第一王子にシャーロットは首を横に振った。人でなしでも王族なので、小指程度の慈悲の心は備わっていたがシャーロットには不要だった。

「いりません。男爵領に仕事はありません。引くくらいお給金低いですよ。子供のお小遣いより少ないです。殿下好みのものは何もありません」
「シャーロットの面倒を見られるのは私くらいだろうが」
「一度も殿下に面倒を見ていただいた記憶はありません」
「木から降ろしてやったのは」
「無理矢理登らせたのは殿下です。全て誘因は殿下です。良縁以外は感謝すべき事はありません」

会話を聞かなければ、傍から見たら親しそうに上品な顔で和やかに話している二人の間に食事が運ばれてきた。
第一王子とシャーロットは心の中をお互いにしか読み取れないし読み取らせない表情でやり取りをしている。
第一王子の前に置かれたのは肉とスープとパン。
切り分けられたパンに肉を乗せて、第一王子はシャーロットに渡した。シャーロットは受け取り口に入れた。
残りを同じように第一王子は食べる。
レイモンドは茫然と見ていた。会話の内容は親しみの欠片もないのに二人は和やかに食事をしている。先程喧嘩をしていた二人には見えない。
レイモンドは状況についていけなかった。
シャーロットはスープを渡され一口、口に含み返した。その後パンを渡されたが首を横に振った。

「果物ばっかり食べてたんだろう。せめてもう一切れ食べろ」
「いりません。ちゃんとお食事しています」

第一王子の諫める声にシャーロットは澄ました顔で微笑んだ。

「どうせ量を減らすように命じてるんだろうが。モールだと管理されてたが、ここだとやりたい放題だろうが」
「余計なことは言わないでください。殿下、私も暇ではありません。帰ってください」
「帰ってもつまらない」
「新しい玩具は自分で探してください。よくもこの数か月でここまで見放されましたね」
「いずれこうなっていただろう。お前だって自分を見捨てた取り巻きを笑顔で送り出しただろう」
「私は何もしてません。ただ教えてあげただけですよ。選んだのはご本人達です。どなたを選ぼうが自由ですわ。今は煩わしい取り巻きのいない平穏を謳歌しています」
「しばらく世話になる」
「お断りします。お帰りください」
「私に感謝するならその分を返せ。お前が無事に育っているのは私のおかげだ」
「違いますよ」
「男爵、世話になる」
「お断りします。男爵様に殿下の相手は務まりません。悪影響を受けても困ります。殿下を見て固まってしまいました。苺でも戻りません。どう責任とってくれるんですか!?」
「口づけの一つでもしたら戻るだろうが」
「バカですの?そんな単純な方ではありませんわ」
「一発殴ればいい」
「兵を呼びますわ。男爵様に手を出したら牢獄送りにしますよ。男爵だと、斬首まではいかないか…」
「物騒なやつ。成り上がりもいいよな」
「一人でお願いします。巻き込まないで」
「一度裏方やってみたかったんだよな。王族らしく振舞うのも疲れたし」

しみじみと呟く第一王子にシャーロットは呆れた顔をした。

「興味ないです。思い付きで突っ走る癖やめてください。もうフォローしませんよ。麗しの恋人の優しい言葉に癒されて頭がおかしくなったの?」
「よくわからんが愉快だった。ただもう飽きた。ガラクタをねだる様は子供のようだった」

シャーロットは第一王子に人を愛する機能があったことに抱いた感心を返してほしいと思い、結局人でなしだったと思い直した。


「興味ないです。それは他のご友人、いえもうロレンスのところに行ってください。婚約破棄した婚約者の前に現れるのは非常識ですよ。傷心の私に気遣い帰ってください」
「傷心するような人間ではないだろうが。当時はうるさくてたまらなかったが、たまに聞くといいよな。男爵、世話になる。かわりにこれの扱いを教えてやるよ。私ほどこれの扱いに慣れてるものはいない」
「ふざけないでください。武力行使しますよ」
「勝てると思うのか?」

第一王子は武術は得意である。近衛騎士より強いので、公務以外は一人で出歩くのも許された。第一王子に勝てるのは限られた者だけである。

「伯父様、ロレンス、お父様、助けて。これ無理です。連れて帰って!!お兄様ー!!」

シャーロットの心からの叫びは届かなかった。

「私の邸宅の場所知っているか?」
「一応は。自然豊かな王族領ですよね」
「あそこは最近新種の苺の量産に成功した。一年中、甘みのあるものが取れる」
「仕方ないから今日だけ泊めてあげます。どうしてもなら、私の満足する苺を持って来た日だけ泊めて差し上げます。王妃様にお手紙書くならコクで届けてあげます。男爵様が反応しない。医師を呼ぶしかないかな」
「シャーロット、本当にこれでいいのか?」
「殿下と比べものになりません。男爵様、仕方ありませんわ。ミズノ、殿下をお願い」

シャーロットはレイモンドの手を繋ぎ客室を出て、私室に向かう。
レイモンドを座らせて、ヒノトに犬姿になってもらい膝の上に寝かせた。

「男爵様、コメリ様、コメリ男爵様、レイモンド・コメリ様、レイモンド様」
「シャーロット?」
「はい。シャーロットです。大丈夫ですか?」
「ごめん。何が何だか」

気が狂ったように笑う王族やシャーロットとのやり取りに混乱し現実逃避していたレイモンドの弱りきった顔にシャーロットは優しく微笑み首を振った。レイモンドに第一王子の相手をさせるつもりはなかった。

「いえ、殿下の相手は大変ですから初心者には難しいです。一晩だけ泊まらせて明日は帰ってもらいます。放っておけば飽きて帰るでしょう。何かあれば兵を呼びましょう」
「親しそうだね…」
「まさか。単なる長い付き合いです。でも怒ってはいないようです。今ならお話はできます。私が相手をしますわ。ミズノが殿下のお世話をしているので今日はこのままお昼寝しますわ」
「ヒノトはやめて」


膨れるシャーロットをレイモンドは抱きしめようとして膝にヒノトがいるのに気付いて抱き上げてクッションのうえに降ろした。レイモンドはシャーロットを抱きしめ頭を撫でた。
シャーロットはレイモンドの胸に体を預けてぼんやりしながらそっと目を閉じる。レイモンドは寝息をたてたシャーロットを眺める。シャーロットと王子はやはり不仲に見えない。
シャーロットと親しい男に妬く自分にも驚いていた。大事なものを部屋にずっと閉じ込めて独り占めしたい気持ちがよくわかった。ロレンス達に相談する勇気はないが、お似合いの二人に複雑な気持ちになってしまう。
レイモンドはシャーロットを抱きしめながら全然頭に入らなかった二人のやりとりを必死に思い出そうと頭をつかいはじめた。
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