初恋の結末~運命の変わった日~

夕鈴

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新しい生活4

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成長したアリストアは王宮での生活には動揺することはほとんどなかった。
接待の席で蛇の丸焼きや致死量の毒を含んだお茶を振舞われても笑顔を崩すことない。
エドウィンに恋い焦がれる令嬢に嫌がらせを受けても眉をピクっと動かすこともない。
毎日の採点では満点を出し、エドウィン以外に感情が動くことはないため、どんなことも笑顔でこなせるように育て上げられていた。
だが新しい婚約者との予定の知らされない生活は未知で詰まっていた。
馬車ではなく馬で移動し、日傘をささずに外を長時間歩く。
木の実をもいで、毒味もせずに口に入れて歩きながら食べる。
エドウィンは毒味がすんだ決まったもの以外は口にしない。


今日もアリストアは淑やかな顔でごまかしていても内心は戸惑っていた。
部屋には商人が訪ね、アリストアの前にはオーダーメイドではない服やドレスが幾つも並べられている。
アリストアのドレスは全てエドウィンに合わせて仕立てられていた。
アリストアの前に並べられているもの中にはエドウィンや王妃好みの色や形のものは一つもなかった。
淑やかな顔でずっと無言の動かないアリストアにディアスは偉そうに口を開く。

「さっさと選べ」
「はい?いえ、ドレスは十分にありますよ」

アリストアはドレスは必要な時しか仕立てない。
叔父からもドレスを贈られたばかりである。
サイズも合うので不便はなくディアスの意図がわからない。

「お嬢様、お気になさらず。お金はたくさんありますので。こちらのお色は―――――」
「そんなに布が多いと動きにくいだろうが」
「坊ちゃん、言葉を選んでください!!」

アリストアはディアスの視線で王宮と違う活動的な生活にようやく意図を察した。
アリストアはディアスの視線が止まったものを見て、薄い布で作られた簡素で動きやすそうなものを選んでいく。ばあやや商人がアリストアに好みを聞くのを不思議に思いながら。
商人はいつも王妃にお伺いをたてていた。

「好きなものを選べ。どうせ変わらない。周りの意見なんて聞かなくていい。乗馬服は二着は選べよ。靴も」
「坊ちゃん!!お嬢様はお綺麗なのでどんなものもお似合いですよ。坊ちゃんが言葉が足りずにすみません。ばあやがみっちり叱ってさしあげますから」
「あとは任せる」

ディアスは自分達の視線を見ながら、選んでいるアリストアにため息を飲み込み、祖母の叱責から逃げるために部屋を出た。

「ディアスが選んでもいいのよ」
「自分で選ばせたい」
「アリストア様には難しいわよ。お人形だもの」
「人形じゃない。難しいなら教えればいい」
「そうね」

ディアスは母親の小言が始まる前に執務室に向かう。
母親の小言が始まるスイッチはわからず、逃げるのが一番だと知っていた。
ディアスの想像するアリストアの生活は一切自分の意思が反映されないもの。
王妃とエドウィンに合わせた生活を送るアリストアが少しづつ覚えていけばいいと思いながら異母兄を見習い根気強く教育をすることにした。
エドウィンと違い無知なだけで言葉は通じるのでアリストアに苛立つことは少なくなった。





「幼いのにお可哀想に」
「お人形に育て上げるんですか?」
「本人の意思だ。干渉はしない」
「妃殿下は運だけはお持ちですよね。アリストア様に襲った悲劇がすべて王家には都合が良いことばかり」
「妃殿下のお気に入りのアリストア様は常にエドウィン殿下とお揃いのようなコーディネート。美しい二人を並べて眺めるのが好きな嗜好の持ち主とは知りませんでしたわ」

アリストアが婚約者に選ばれた決定打は公爵令嬢の中で容姿が一番王妃の好みだったからである。
王妃は美しいものを好み、絵画や物語などの天使や神をモデルに服を仕立てさせていた。
青空の下で光に照らされ、美しく着飾り兵達を微笑みながら出迎える姿は神話の世界の住民をモデルに作られたものだった。
妾達はアリストアに同情していた。
王家は誰も助けてくれないので自分の身は自分で守るしかない。当時は自分の息子がアリストアを鳥籠から救い出すとは予想もしなかった。
不器用なりにもアリストアを気遣うディアスに女心の指導はやめない。
父親と違い誠実に育った息子を自慢に思っていることは母と祖母の秘密だった。


アリストアはばあやと商人の意見を頼りにヒールのない靴と動きやすさ重視で乗馬服とは別に5着ほど購入した。

「お釣りはいりませんので」
「すでに代金を預かってます」
「それはお返ししてください。自分で支払えないなら購入しません」

アリストアは商人と交渉して代金は自分で支払う。
ディアスから贈られる理由もないため、受け取るわけにはいかなかった。
商人が帰り、アリストアはドレスから軽装に着替えた。
コルセットの必要がなく、ドレスに使われる分厚く光沢のある布ではなく、薄布一枚で仕立てられた機能性重視の服は夜着よりも軽い。
体の軽さに驚いてそっと跳ねたアリストアを家臣達が微笑ましく見守っていた。
家臣達の中では高貴で上品な無垢な美少女はおしとやかな育成すべきお嬢様に変わっていた。
アリストアはディアスの執務室に案内された。
顔を上げないディアスの処理している書類の不備の多さに澄まし顔が呆れに変わる。
慌てて取り繕うと顔を上げたディアスと視線が合った。
ディアスはアリストアの呆れた顔が見えていた。

「なんだ?言いたいことは言え」
「ディアス様、こちらは不備が」

アリストアはそっと指を差すもディアスはどこが不備だか理解できない。

「やるか?」
「お任せください」

アリストアが頷くので書類を渡して、空いている席を使うように視線を送る。
アリストアは椅子に座りペンを持つと、小さな手が滑らかに書類の上を走り出す。ディアスがきちんと読んで思考しているか疑うほどのペースで。

「ディアス様、こちらを」

ディアスだけでなく文官達も未成年のアリストアが仕上げた書類を覗きこむ。
流暢な文字で不備は訂正され自分達よりも完璧に仕上げられた書類に驚く。
ディアスのために派遣された文官達は身分が低くアリストアとは面識はなく、内務をしていることは知らなかった。
アリストアの実務能力を知っている王は派遣する文官の数を減らし、アリストアを目の敵にしている王妃も文官の選抜に手を回していた。

「ディアス様よりよっぽど」
「アリストア様が上司なら。美しく―――」

うっとりと呟く文官の頭を同僚がパシンと叩いて黙らせる。
麗しき少女の教育に悪いものの排除に本能的に動いたが、咎める者はいなかった。
ディアスは書類の山に囲まれていたアリストアを思い出す。そして異母弟のバカを心の中で嘲笑う。

王家に都合良くエドウィンと二人で一つとして育てあげられたアリストアの代わりは早々に見つからない。
恋に溺れたエドウィンは手に入れる駒と捨てる駒を間違えた。
ディアスはアリストアの頭に手を置いてそっと撫でた。
アリストアの能力は称賛されるべきもの。
王宮にはない外の世界では常識、時に言葉が勲章よりも価値があることをディアスは知っている。口達者な異母兄達がいないため、ディアスは慣れなくてもゆっくりと口を開いた。
アリストアはディアスに頭を撫でられるのに驚き一瞬目を丸くした。

「助かった。感謝する」
「はい?」
「アリストア様のおかげで定刻に帰ります。ディアス様は活字が苦手で―――」

アリストアにとって当たり前のことで感謝され笑顔を向けられることに戸惑い、遥か昔に忘れた頭を撫でられる感覚に亡き母親を思い出す。
迷子のような顔をしたアリストアにディアスは驚く。
そして虐げられた少女の傷の深さを知る。



文官達はアリストアの処理能力の高さは努力の証と容易に想像がついた。
突然現れた王太子の元婚約者は地方に配属されるなどありえない存在。
華奢でも、艶やかな髪に美しい顔立ちの少女は成長すれば美女に育つのは明らかだった。
美しく聡明な少女を捨てた王子はいずれ後悔するだろうと思いながら。
大柄で不愛想な愚鈍な男より美少女に仕えたい。
可憐な花の成長を見守り、執務も楽になるという幸運の女神に成長するであろう少女を文官達は歓迎して迎え入れた。
役に立たない男達の代わりに動いたのはアリストアの様子を見にきた侍女達だった。
ディアスに撫でられた頭に無意識に手を置くアリストアをばあやが抱きしめた。
アリストアは温もりに亡き母を思い出し目を閉じた。
エドウィン以外で抱きしめてくれる存在は記憶の中にしかいなかった。
側でディアスが女心を勉強するようにと母親に叱責を受けているのは気づかなかった。


****

昼食を終えるとアリストアは乗馬服に着替えた。
ディアスは小柄なアリストアのために子馬を買い取っていた。
アリストアは初めて見る小さな馬に一瞬だけ目を丸くして、すぐに淑やかな顔に戻った。

「乗馬を教える」
「小さい馬ですが、私が乗っても潰れませんか?」
「俺が乗っても潰れない」
「お可哀想、いえ、よろしくお願いします」

大柄なディアスに潰される馬を想像したアリストアは首を横に振り、馬を助けるために、ディアスの手を借りておそるおそる背に乗った。
びくともしない馬に驚きながら真剣な顔でディアスの指導を受ける。
ディアスは折れそうな見た目に反して運動神経が良いアリストアに感心しながら指導をする。
アリストアは小さな馬に同情しながらディアスの指導通りに必死に体を動かす。細い足でパカパカと歩く可哀想な子馬に乗りながら、早く終わるように集中した。
おかげで夕方には運動神経の悪いエドウィンの乗馬技術を上回っていた。

「その馬やる」
「え?」
「駿馬になる。懐いているから丁度いい」
「ありがとうございます。もう少し大きくなったらまた乗せてください」
「は?」
「こんな小さいのに」

ディアスはアリストアに正しい知識を教えるために荷馬車を引く子馬を見せた。

「まぁ。力があるんですね。失礼しました」

礼をすると、顔を押し付ける馬にアリストアは驚きながらもそっと撫でた。
気持ち良さそうな馬の顔を見て笑みがこぼれているとは気付かない。
ディアスは近くで鑑賞している家臣や領民は気にせず、初めて子供のように楽しそうに笑ったアリストアに口角を上げた。

「アリストア様、馬の世話を教えましょうか」
「今日は終わりだ。馬は預かる。湯あみに行け」
「はい。ありがとうございました」

家臣達がアリストアに構いたくてうずうずしているが、ディアスは体力のないアリストアに無理はさせない。

「おかえりなさいませ。お嬢様、どうぞ。しっかりと揉み解しましょう。明日は筋肉痛になるかもしれませんから」

アリストアはディアスに言われるまま生活をする。
湯あみをすませて、ディアスと一緒に食事をする。

「お味はいかがですか」
「美味しいです。いつもありがとうございます」
「何か食べたいものがあればいつでも」
「どんなものもありがたくいただきます。お気遣いいただきありがとうございます」

アリストアは食事の希望を聞かれるのも、毎日違う料理が並ぶのも驚いていたが気にするのをやめた。
食事は生きるためにするもので、ディアスの希望に合わせればいいだけとどんな料理も口に運んだ。
胃袋は小さくても好き嫌いなく食べるアリストアを見て、一部の家臣が落ち込んでいた。
色んな料理を試すもアリストアの好物探しは失敗に終わっている。
きちんとした食事さえすればいいと思っているディアスは少数派だった
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