初恋の結末~運命の変わった日~

夕鈴

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アリストアの信じるもの

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アリストアの食事は接待以外は常にエドウィンと同じメニューが用意されていた。
朝は美しく飾られた果物とお茶、昼はサラダとスープと果物。夜は肉と魚を抜いた晩餐メニューとワイン。
アリストアだけは採点王妃教育のために苦いお茶が並べられる。
どの料理も美しく飾られ、魚と肉、脂が苦手なエドウィン好みに用意されたもの。
新しい毒が見つかると採点のために混ぜられる。
アリストアは舌に痺れを感じるお茶をゴクリと飲むと込み上げてくる咳に堪えきれずにハンカチを口に当てる。

「コホ、コホ、ゴホ」

咳が止まり真っ白いハンカチは真っ赤に染まる。
侍女に汚れたハンカチを渡す。
ふたたびカップを持つと胃がきゅっと絞まり全身が震えそうになりカップを持つ手に力が入る。全身を襲う痛みに微笑みながら苦いお茶を飲み干す。
しばらくすると痛みが和らぎ、口内の苦みと血の味を消すためにゆっくりと水を飲む。
しばらくは激痛に襲われる日々が続くのでうまく淑女の仮面を被らないといけないと気合いを入れて微笑みながら美しく飾られている皿の上の果物を口に運ぶ。
アリストアの生活はエドウィンがいなくても変わらない。
家族と三人で食べていた食事はいつの間にか一人ぼっちに。しばらくしてエドウィンと二人に、時々国王夫妻が混ざり四人に。またしばらくして一人。時々国王や王妃と二人か三人で。

小さな歯車がカチ、カチと鈍い音を立てていた。


アリストアはずっと留守で、美しい巫女姫の接待に夢中なエドウィンに不満はなかった。
エドウィンのいない朝議を終えて庭園に向かった。

「どうぞ。こちらの薔薇でよろしいですか?」
「ありがとうございます。今年も美しく咲いてますわ」

庭師は庭園の花を愛でる天使の片割れに望まれるまま鋭い棘を落として真っ赤な薔薇を渡した。薔薇の花を小さく白い手で受け取り、そっと抱きしめて香りを楽しみ無垢な笑みを浮かべる少女の美しさに顔が緩む。
真っ赤な薔薇は育てるのは非常に難しくも、天使たちが愛でる庭園を作り上げるのに努力は惜しまない庭師は礼をして立ち去るアリストアの背中を眺めた。

アリストアは執務室に飾る花を庭師から受け取り庭園を抜けようとするとカサリと音が響いた。
アリストアは音の方に振り向くと美しい薔薇に囲まれてエドウィンと口づけをしている美しい巫女を見た。
頬を染めて、アリストアの知らない熱の籠った顔をするエドウィン。二人だけの世界で口づけを何度も繰り返す姿に呆然とするアリストアの手に持つ薔薇がバサっと落ちた。
真っ赤な薔薇は雨の後のやわらかい土に汚れてしまい、アリストアは綺麗に咲いている真っ赤な薔薇に手を伸ばしポキッと手折った。
アリストアは膝を折り、汚れていない落ちた薔薇を拾っているとチクっと痛みを感じた。
自ら手折った薔薇の鋭利な棘が指に刺さり、ポタポタと赤い血が流れていた。
真っ赤な血を見て、固まるアリストアはしばらくして動き始める。
いつもなら駆けつけてくれたエドウィンは口づけに夢中でアリストアの存在には気付かない。


カチ、カチ、ボトン。
小さな歯車からネジが落ちた
落ちたネジは小さな棘となりアリストアの心に刺さった。
チクっとした痛みに胸を抑えたアリストアは心に刺さる小さな棘には気付かないフリをして、地面を真っ赤な血で汚している指にハンカチを巻く。
落ちた花を全て拾い立ち上がり、執務室に向かった。
汚れた花を水で綺麗に洗って花瓶に飾る。
窓を開けると爽やかな風が髪を揺らす。
窓の外に広がる空をアリストアは眺め、エドウィンと初めて見た空の青さを思い出し笑みをこぼす。
エドウィンとの未来は変わらない。

「アリストア様、よろしいでしょうか」

アリストアは侍女の声に自然に笑みをこぼしてしまったことに気付き、淑女の笑みを浮かべる。侍女はアリストアの手に巻いてある真っ赤に染まっているハンカチを丁寧にとくと、皮膚が斬り裂けていた。

「お怪我をされたら教えてください。手を」

アリストアは侍女の叱責を受けながら、淑女の顔で受け流す。柔らかい皮膚に深く食いこんだ棘が抜かれ痛みが増し、消毒をされるとさらに痛んでも眉さえ動かさず淑女の顔で受け流す。包帯が巻かれて久しぶりの叱責が終わり、手当てに感謝を告げて手袋をして内務を始める。
深く棘が刺さったため動かすと痛む手と大量の書類のおかげでアリストアは小さな胸の痛みを思い出すことはなかった。
包帯が目立たないように手袋をしたため、アリストアの怪我を知るのは手当てをした侍女だけだった。





エドウィンとずっと一緒にいる美女は目立ち、不満を持つ者も多かった。
扇を握りしめて抱き合う二人を眺める侯爵令嬢もその一人。
美しいエドウィンに惹かれる令嬢は多く、アリストアはエドウィンが望むなら側妃を迎える心づもりはできていた。
王妃教育の座学は全て終えているため、寵愛は求めず、後宮の統制する方法も学んでいた。
王族以外は一夫一妻の国でアリストアのように受け入れられる令嬢は少数派である。

「アリストア様、よろしいですか!?あれは」
「エド様を助けていただいた英雄です。エド様が接待されるのは当然のことですよ。扇を握りしめるなどはしたないことはおやめください」
「ですが!!」
「行きましょう。皆様をお待たせするわけにはいきませんわ。エド様に望まれたいならわきまえてくださいませ」

アリストアは周囲に何を言われても無垢な笑みを浮かべて国の大事なお客様の接待に励むエドウィンの擁護をする。
エドウィンのために多忙な公務を完璧にこなす。
アリストアがミスをしてエドウィンが非難されないように。いずれエドウィンが統治するエドウィンの理想通りの国になれるようにと。
エドウィンの役に立てることができる自分を誇っていた。

多忙を理由に現実会いに来ない婚約者から目を逸らしてもアリストアはエドウィンとの絆を信じていた。
アリストアにはエドウィンとの約束がある。
それに10年以上も共に歩み絆を繋いできた歴史も。
アリストアは巫女と自分の立ち位置を無意識に比べていることに気付いていなかった。

****

アリストアは公式に紹介されていないので巫女に挨拶はしていない。
常に巫女と一緒のエドウィンから声が掛からないなら必要ないということである。
久しぶりに朝議でエドウィンに会いアリストアは手が差し伸べられないことにズキっと小さな棘が刺さる感覚に気付かないフリをして微笑んだ。
エドウィンはアリストアを静かな目で見つめた。
アリストアに物足りなさを感じ、エドウィンの人生にも国にも必要な存在がなにか改めて確認した。

「アリー、僕達の道は別れた」
「エド様の望みのままに」

口ごもり思考しているエドウィンにアリストアは微笑みながら答えた。
朝議に集まっていた大臣達は笑顔ではなく、真顔のエドウィンと微笑むアリストアの会話に驚く。

「国に必要なのは巫女姫。今朝は妾の生む赤子の性別を当てました。先見の巫女姫をエドウィンの正妃にアリストアを側妃に」

部屋に響く微笑む王妃の言葉にざわめきが生まれた。
アリストアは戸惑いを隠して微笑みながら王妃の言葉を頭の中で復唱した。
王が玉座に座り、おかしな空気に宰相に視線を送り報告を聞く。
勝手に勘違いして公言した王妃への不愉快は顔に出さずにアリストア見つめた。
王は巫女を正妃に迎えるとは口にしていない。

「アリストア、無礼講を宣言しよう」
「謹んでお受けいたします。王家の命に異存はありません」

アリストアは思考を終えて微笑みながら頷いた。
伝承の世界の神秘的な存在、国に繁栄をもたらす巫女を王家が望むなら、正式に迎え入れられる。
後見がないなら養女に迎えれば血筋の問題はない。
王家が伝承の世界の存在に求める役割はわからない。
巫女姫は教養がないため公務をする妃が必要なのは関わりのないアリストアにも理解できた。
ずっと妃教育を受けていたアリストアほど適任はいない。
アリストアは国のため、エドウィンのための最善を心に刺さった小さい棘には気付かないフリをして受け入れた。
動揺も見せずに微笑むアリストアから反論がないので王は言葉を飲み込んだ。


エドウィンは巫女を正妃として迎えたかった。
公爵令嬢のほうが身分が高いため、妾になることは受け入れがたくアリストアを眺めて思考していた。
父から正式に愛しい人を迎えられる許しが出たことに舞い上がって笑みを溢した。
大臣達は驚くも王が許しアリストアが受け入れたので、上機嫌な王妃とエドウィンに合わせて予言の巫女を見つけたエドウィンの功績を讃える。
アリストアは微笑みながら巫女姫との付き合い方を思案する。
夜の戦勝者を讃える祝賀会ではパートナーがいないことに気付いても問題ないと判断した。


朝議が終わるとアリストアが側妃候補になったことで王宮はざわついていた。

「アリストア様が側妃?」
「落ちたのか」
「読み違えたのかしら?おいたわしいわ」
「殿下もやはり殿方ですのね。アリストア様は……」

アリストアは騒ぎに混ざることはなく、巫女を賓客としてもてなすのではなく、王太子の婚約者として迎え入れるための準備を整える。
微笑みながらエドウィンの新しい婚約者に相応しいドレスや調度品を贈るように侍女に金貨を渡した。

「巫女姫様付きを希望されるなら申し出てください。王妃様への推薦状を用意します」

王妃付きを目指して自分に仕えていただろう侍女達が戸惑っているので、アリストアは優しい笑顔を浮かべて提案する。
何も言わない侍女の言葉を待つのはやめて、祝賀会の会場の最終確認に足を運ぶ。
戦関係者の全てが招かれる祝賀会は準備も大掛かりなものだった。
貴族だけが集まる王宮行事と違い、従軍した兵の家族も招いていたため細かく指示を出していた。
正妃と側妃では立場が違い、側妃候補になったアリストアよりも巫女のほうが立場が上である。
アリストアはこれからの身の振り方を思考しながら足りないところを指摘し命じる。
いつもと変わらないアリストアを見て冷静さを取り戻し、誤報かと思う者も多かった。


祝賀会ではアリストアは初めてエドウィンのエスコートなく一人で会場に足を運ぶ。
初めてエドウィンとお揃いでないドレスを着て、アリストアには視線を向けずに会場で寄り添うエドウィンと巫女を見てツンと痛む小さな棘には気付かないフリをして前を向いて微笑む。
立場が変わり、一人で入場したアリストアに同世代の令息達が近づいた。

「アリストア様、噂は間違いでは」
「いいえ。お恥ずかしながら私では役不足でしたわ。私は私にできることを励みます」

無垢な笑みを浮かべるアリストアのエスコートを申し出ようとする侯爵令息より先に近づいてきた青年が口を挟む。

「アリストア、不服があるなら異議を」
「ごきげんよう。叔父様。必要ありません。お側に置いていただけることに嬉しく存じます。私のことは後日に致しませんか?祝いの場に相応しくありませんわ」

姪の願いに詳しい話をする場は後日設けることにして、手を差し出す。

「次の夜会は私がドレスを贈ろう。いつでも帰って、いや後日だな。ダンスを申し込んでも?」
「光栄ですわ」

アリストアは叔父の手に笑みを浮かべて手を重ねる。
エスコートされながらダンスの場に導かれる。
久しぶりにエドウィン以外のリードに合わせて軽やかにステップを踏む。

「麗しの姪のエスコートする栄誉を」
「光栄ですわ」

側妃候補に落とされたアリストアへの好奇な視線を気付かないフリをして叔父のエスコートを受けながらエドウィンと公式の場で初めて披露された巫女を祝福する。
エドウィンは巫女のエスコートに夢中でありアリストアのことは頭にない。

「どうぞ。もうすぐ父上達の挨拶がある。それが終われば―――」

巫女にワインの注がれたグラスを渡すエドウィンは自分が側にいなくても大丈夫なほど成長したアリストアを気遣うことはなかった。

「このたびはおめでとうございます。ご挨拶をさせてください。姪は挨拶はまだでしょうか」
「ご挨拶が遅れて申しわけありません。このたびの戦では――――」

アリストアは叔父と共に初めて巫女に挨拶をして感謝を告げる。
エドウィンにエスコートされている巫女を見て、これからさらに変わっていく自分の環境と立ち位置に心に刺さる小さな棘には気付かないフリをしてアリストアは大丈夫と顔を上げて微笑む。
美しいアリストアを見て妖艶な笑みを浮かべる巫女が口を開く前に、叔父がアリストアをそっと隠して引き離した。
獲物を捕える瞳を姪に向け醜い笑みを浮かべる教育に悪いものから。

「そろそろ行こうか。それでは」

アリストアは叔父に連れられエドウィン達の傍を離れる。
呼ばれる声にエドウィン達から視線を外して戦の立役者達に感謝を告げて申し込まれるままダンスを踊る。

「アリストア様が望んでくだされば」

公爵子息が甘い笑みを浮かべアリストアに新たな道を囁く。

「私はエド様と巫女姫様のお役に立てれば光栄です。そのために励むことに異存はありません」

アリストアは公爵子息との会話にあることに気付き、靄がかかりそうなどんよりとした心が一気に晴れた。
最愛の人の隣にいる未来は変わらない。
幼い頃の約束がある。
立場は変わっても隣で歩めるという幸せに気づくと笑みが零れた。
アリストアが無意識に浮かべた幸せそうな笑みに公爵子息は顔を真っ赤にしていた。
どんなときも美しく無垢な笑みを浮かべるアリストア。
清廉された空気を持つ俗世の欲を知らない無垢な美少女と正反対の美女を婚約者に選んだエドウィンは羨望の眼差し以外が送られていることに気づいていなかった。










盛り上がっている祝賀会の場で一人だけ戸惑っている存在に気付いている者は少なかった。
主役の一人であるディアスは早々に会場から出ていた。

「諦めろよ」
「父上に嵌められた」

戦の英雄の一人は報奨金以外は喜べない褒美を与えられ機嫌が悪かった。
ディアスの人生で一番いらない褒美を断れない状況に追い込み押し付けた父にいずれ抗議に行くことに決め、愛馬と共に夜の遠乗りに駆け出した。
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