7 / 15
パラレル レティシアの初恋の結末 その2
しおりを挟む
覗いてくださりありがとうございます。
レティシアの片思い3の続きとして読んでください。
*****
リオへのアピールをやめたレティシア。学園ではよく目にしていたレティシアとリオが一緒にいる光景が一切なくなった。
「ルーン様に心境の変化があったのかしら」
「マール様のご婚約の噂は本当かもしれませんわ」
「あのルーン様が振られた?」
「ルーン様へアプローチする殿方も多いですし、見切りをつけたのはルーン様のほうではありませんの?」
レティシアの心境の変化を考察する生徒達のことをアリッサ・マートン侯爵令嬢は無駄なことと心の中で嘲笑った。
「平等の学園でも社交の場であることに変わりはないわ。心の内をさらけ出してた今までがおかしかったのよ」
「レティに敵意むき出しだった貴女が言うのね。まぁいいわ。無駄とわかっていても止められないのが好奇心。生きる糧だから仕方ないわ。でも勘違いしてレティを巻き込むなら公害ね」
アリッサとともに騒いでいる生徒達を眺めているセリアはめんどくさそうに呟いた。
セリアは煩わしい人間関係が嫌いだが、空気も人の思考を読むのも得意である。
いまだにリオを見つけると視線で追ってしまう癖が抜けないレティシア。
令嬢モードで感情の見せない微笑みを浮かべるレティシアにセリアは一度だけ聞いたことがある。
「リオ様に会うのはつらい?」
「ルーン公爵令嬢として振舞えていない私はリオに合わせる顔がないんです」
レティシアはリオに失恋してから無意識に浮かべる表情の種類が増えていた。
感情はもちろん心の中を隠した令嬢モードの笑顔は世間一般的には美しいがセリアにとってはうさんくさい顔である。
貴族らしいと評価されるのは人形のように美しいだけの芸術品のようなレティシア・ルーン。
セリアの親友は思い込みが激しく、感情豊かで、天邪鬼だが実は情に脆く、懐に入れた者には恐ろしいほどの包容力を発揮する矛盾だらけの人物である。その矛盾がセリアにとっては愉快で、他の者をたやすく魅了する。
変人と言われているセリアや敵対派閥でレティシアに敵意むき出しだった過去を持つアリッサ、博愛主義に見せているエイミーなどと癖のある者が多いが。
美しい所作で切なそうに微笑むレティシアは庇護欲をなぜか刺激させる。
レティシアに魅了された生徒や恩を売りたい生徒はリオを追い払うセリアを見てレティシアにとって余計な行動を始めた。
レティシアが気づけば余計なことをするなと生徒達を止めたが先に気付いたセリアは違う。
「私は私のためにやりたいように動いているのよ。自分の意思で勝手に動いてるのにレティに恩を売り付けようなんておこがましい。単なる迷惑よ。社交デビュー後の行動は全て自己責任でしょ?当人に頼まれもしないのに勝手に動いている自覚のないバカなどいないといいんだけど。思いやりで動くだけなら止めないわ」
レティシアがリオを避けたいと気付き、レティシアに恩を売りたい令嬢達が余計なことをしようとするのでセリアは釘を刺した。王家の覚えも目出度い天才のセリア・シオンは学園では王子の次に敵に回してはいけない人物である。セリアは常に実験の被験者を探しており、巻き込まれないようにするのは学園で平穏に生活するためのコツである。
セリアの危険な実験を止められるレティシアに助けられ恩を感じている生徒も多い。
セリアに睨まれ被験者にされたくない生徒達はセリアの言葉に従っている。
もちろんセリアはレティシアが周囲の気配りに気づかないように配慮するのも忘れていない。やる気さえあればどんなことでもこなしてしまうのがセリアである。
「レティが降りたなら、リオ様の価値は暴落するかしら?マール公爵は恋愛結婚で、貴族の恋愛にも理解があるお方だからリオ様が願うなら相手は問わないかもしれないわねぇ。マール公爵は格下の伯爵令嬢を夫人に選ばれたし…」
容姿端麗で資産家のマール公爵家の末っ子に惹かれる令嬢達がレティシアの代わりにアピールするのはリオにとって迷惑でも、親友にリオを近付けたくないセリアにとっては好都合だったので煽っていた。
「今日も人気ねぇ」
「卒業式にパートナーに選ばれたい気持ちは理解できます。無礼講な学園の方針を利用してご縁を繋ごうとする気持ちも。私は良識的な態度なら気にしません」
セリアの思惑にレティシアは一切気付かない。
レティシアはセリアだけは心境を読むことを放棄している。
セリアと関わる上で大事にしてるのは安全か危険かの判断だけである。
レティシアはリオにアピールする生徒を眺め、美しく微笑みながら珍しくリオに興味を持っているセリアに返した。
レティシアはリオの動向を調べることはしない。リオの噂を耳にしても気にしないように努めるだけで情報は精査しない。嘘でも真実でも今のレティシアにとってはどうでもいいことである。
リオの婚約が正式に発表されていないなら他の令嬢がアピールするのは非常識な行動ではない。
慎み深いことを求められる貴族令嬢が殿方に積極的にアピールするのは、はしたないと囁かれても仕方がないことでも、それで良縁を掴めれば勝ち組という考えをレティシアは否定はしない。肯定もしないが。
レティシアにとって重要なのはリオの前で平静を装うこと難しいということだけである。
「社交デビューをおえたなら全て自己責任ですわ。覚悟はありますよね?」
入学前にアリッサはレティシアに無礼をはたらき、心身ともに追い詰められた過去を持つ。
レティシアの言葉は言葉通りに受け止めてはいけないとアリッサはよく知っている。
ルーン公爵令嬢はわかりやすい言葉で教えてくれる善良な性格ではない。
社交デビュー後の行動は全て自己責任というモットーのレティシア。レティシアのモットーを忘れ、リオへのアピールは無礼講と宣言したと勘違いした生徒に待っているのは過酷な現実である。
「マール様への好意を口にして、ただ一緒にいただけ。抱き着くのははしたないけど、それ以上の行動を匂わせることは一切しなかった。恋の駆け引きもしないで常に正々堂々としていたレティシア・ルーン。社交界の花のこの程度のはしたなさなら社交界では微笑ましいこと、若気の至りですまされる。でもそれはそれまでに築いてきた公爵令嬢としての信頼があるから。服装を乱したり、事故を装い抱き着いたり、低俗なこと。淑女教育を受けてこなかったようなものね。はしたない」
アリッサは妹のアリスに恋に狂ってもわきまえるようにきちんと教育している。
レティシアの言葉に背中を押されかつてのレティシア以上に積極的にアピールする令嬢が目立っているので教材には困らない。
アリッサは冷めた視線を向け、セリアはあえて助長させる。
「そういえばレティシア様はエイベル様と一緒でしたわ。ですがお二人の関係に変化はありませんねぇ」
「無表情のエイベル様はレティシア様と一緒の時は表情豊かですので見物ですわ」
レティシアはリオへのアピールをやめて、エイベルと一緒にいることが増えたことを除けば傍目には変化がない。
共にいる時間が増えてもレティシアとエイベルの態度に変化はない。
リオの教室からは元気に授業に取り組んでいるレティシアの姿が見えていた。
リオがエイベルの部屋を訪ねても暇な時間は訓練場で訓練に精を出す二人は留守が続いていた。
レティシアへのリオからの面会依頼は弟のエドワードが応対した。
「姉様はお元気ですよ。最近は母上が留守なので僕達は忙しいんです。僕達はもう子供ではないのでリオに気に掛けていただかなくても大丈夫ですよ。この通り立派に成長したでしょう?」
ルーン公爵家の社交はレティシアとエドワードが中心にこなしている。武術は得意だが社交が苦手なルーン公爵夫人に任せるより、社交上手な夫人達に育てられ知識豊富で社交上手に育ったレティシアに任せるほうが有意義なものになるというルーン公爵の判断だった。
その内情はルーン公爵家ではレティシアだけが知らなかった。
同世代の令嬢達の中で一番社交界に顔を出す多忙なレティシアを捕まえることはリオは諦めた。
エドワードは爽やかな笑みを浮かべ、大事な姉との時間を奪うリオを遠ざけることに成功していた。
リオはいつも通り元気なレティシアを見れば安堵し、エイベルの腰に抱き着き弱ったレティシアに抱いた感情について考えないように放棄した。
生徒会の仕事やマール公爵からの課題、やることに追われるうちにレティシアのいない生活になれつつあった。
いつもなら手伝いに現れるレティシアが現れないためリオが多忙に追われていると気付いているのはリオの侍従だけだった。
「集中できないなら剣を握るな!!集中力が切れれば終わりだ。相手が格上でも集中して諦めなければ勝機があるって知ってるだろう!?」
エイベルはレティシアが手伝っているので多忙に追われず、むしろ暇だった。
空いた時間に鍛練に励む。
レティシアはエイベルと共に鍛練に参加しているが、時々怒号が飛ばされる。
余計なことを考えるなというエイベルの言葉に余計なことを考えないように努力する。
エイベルはいつもより切れが悪くても、集中しようと努力しているレティシアには何も言わず、怪我せず鍛練できるように調整するだけである。
常にコンディション最高の状態でいられるわけではないとエイベルもわかっている。
「エイベルのほうが強いですが、格下なんて言葉は失礼すぎます。思い上がりと」
レティシアの反論が終わる前に、エイベルはレティシアを華麗に投げ飛ばした。
レティシアはふと目に入った空の青さに動きを止めた。
受け身を取らないレティシアに気付いてエイベルは風の魔法でレティシアの体を包んだ。
怪我なく着地したレティシアはエイベルに怒られ、ため息を飲み込む。
「青空の下で食事をするのもいいかもしれませんね」
エイベルのお説教を終えたレティシアの溢した言葉に反省してないことへの怒りより呆れが勝った。エイベルは呆れた顔をして、本気で言っている様子のレティシアを見た。
周囲では訓練している他の生徒も多い。砂埃が舞い、賑やかな音が繰り広げられ食事を楽しめる雰囲気は一切ない。
強さだけを求める者が集まる訓練場。
ここには社交界の優美さのかけらもない。
単純で素直に、汚い言葉で自己表現するのもよくあること。腹の探り合いのない殺伐とした空間はレティシアの生きる世界とは正反対に感じた。
レティシアの希望とはいえ弓矢や魔法が飛んでくる場所での食事はエイベルはもちろん侍女のシエルも許さなかったので叶わなかった。
現実は厳しいとレティシアがため息をつく姿を美しいと魅入っていた生徒達はレティシアの本性を知ることはなく憧れを募られた。
もちろん周囲に気を配っていないレティシアもエイベルも気づくことはない。
****
パーティー会場でも学園と似たような光景が繰り広げられていた。
美しく着飾り目をギラギラさせた令嬢に囲まれるリオ。
学園と違うのはレティシアの隣には美しい銀髪と青い瞳の整った顔立ちの弟が付き添っていることくらいである。
ルーン公爵家嫡男は自他共に認めるシスコンであり、邪な男は姉に近付けない。
「いつでも僕を頼ってください。リオと喧嘩したなら僕がきちんとしますから」
レティシアをエスコートしていたエドワードは姉のリオに向ける切ない視線に気付き、優しく微笑んだ。
レティシアはエドワードの優しさに心がじんわりあたたかくなる。
エドワードの気遣いにふわりと自然な微笑みを溢した。
そして社交界で隙を見せたことを反省して気を引き締めた。
「喧嘩はしていませんよ。さて、今日も頑張りましょう」
エドワードは美しく微笑み、纏う空気を変えた姉に頷いた。
エドワードは姉が好きな男でも姉を大事にしない男に渡すつもりはない。
レティシアが嫁がずにルーン公爵邸にいてくればいいと思っているが、それが難しいことも理解していた。
だから相手を吟味しているがなかなか姉にふさわしい相手は見つからない。
姉がリオを諦めたなら、邪魔者排除を徹底するためセリアとも手を組んだ。
レティシアはセリアとエドワードという恐ろしく優秀で目的のためなら手段を選ばない二人が手を組んだと知れば恐怖に震えただろう。
レティシアのことをよく知る二人はレティシアに知られるような隙はみせない。
もちろん侍女のシエルにリオからレティシアへの面会依頼は全てエドワードを通しレティシアに気付かれないように処理するように命じるのも忘れていない。
最終学年の卒業が近づいている。
卒業後にはパーティーがあり、婚約者を招くことが許されている。
このパーティーにむけてステイ学園ではアプローチがさらに盛んになっている。
レティシアにとってわずらわしい男子生徒からのアプローチを避けるためエイベルの部屋で過ごすことが増えていた。
エイベルの部屋はいろんな意味でレティシアには都合がよかった。
エイベルの部屋に置かれている武術に関する本はレティシアには難しい。
エイベルの得意分野なので教えてもらおうためにエイベルの膝を枕にして寝転がるのをレティシアは気に入っていた。はしたないと指摘するだろう侍女や侍従は席を外させた。
学園内は無礼講とある程度の自由を両家の当主が許しおり、子供の頃から兄妹のような二人をよく知る側近達は間違いが起こることはないだろうと素直に命に従った。
「エイベル、ここ、意味がわかりません」
レティシアがエイベルに勉強の質問をするのは珍しい。
エイベルは目の前に出された内容に目を通し、解説する前に突っ込むことにした。
「ん?いや無理だろう。なんで上級編を読んでだよ」
「そこにあったから」
レティシアは武術の心得はあっても戦争の仕方や戦術は一切教わっていない。
逃走経路の確保の仕方と隠れ場所の見つけ方は教わっているが一般人向けの内容だけである。
エイベルはレティシアの生活に必要なさそうな本を取り上げようとするとレティシアの手は本から放れない。
「兵法なんて必要ないだろ?」
「せっかくだからビアード公爵夫人を目指そうかと」
呆れた声のエイベルにレティシアは首を横に振り、小さな声で返した。
レティシアの小さな声を拾ったエイベルは驚く。
「本気?」
「留学生と過ごして、他国に嫁ぐのは大変そうなのでエイベルがよければ」
エイベルの真顔の問いかけにレティシアはゆっくりと頷いた。
留学生にかけられた心労はレティシアの人生の中でも屈指に入る大きさだった。
常識の違う国に嫁ぐことの難易度の高さに比べれば、気心知れたエイベルと一緒にいるほうがありがたかった。
「エイベルは私がエイベルを好きじゃないから安心するんでしょ?」
「まぁな」
「愛人は受け入れますがたまには構って」
エイベルは珍しく弱音を口にして力なく笑うレティシアの頭に手を置いた。
ずっと追いかけた男を諦めきれないのに、次に進もうとしているレティシア。
エイベルは王家に忠誠を捧げているので、誰かを愛する予定はない。
後継をつくり、ビアードのために尽くしてくれる貴族令嬢であれば誰でもいい。
妻に迎えた令嬢をエイベルなりに大事にするつもりはあるが、家族第一になることはない。
「作らないから」
「子供に魔力が受け継がれなければごめんなさい」
「子供?」
「作らない?」
「いや、それは…。だってお前は」
気まずい顔をしたエイベルにレティシアは戸惑う。
レティシアの失恋はレティシアだけのもの。レティシアの我が儘で優しいエイベルに甘えているが、エイベルなら気にしないと思っているから甘えられた。
他人に左右されない価値観を持ち放任主義のエイベルはレティシアを心配することも、リオを嫌うこともないだろうと。
レティシアの問題に介入しないと信じていたから素を見せれた。
レティシアのことを勘違いしているエイベルに少しだけ苛立ちを覚えたレティシアはエイベルの膝から起き上がった。
そっとエイベルの頬を両手で包んで顔を近付けた。
気まずそうな顔のエイベルの唇にレティシアはゆっくりと唇を重ねた。
エイベルは柔らかい感覚に驚き、口づけされてることに気付き顔に熱がこもった。
「リオが好きでも口づけは簡単にできますわ。子供はエイベル次第、試してみる?」
レティシアは真っ赤な顔で固まるエイベルに悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。
「もちろん子供の作り方は知ってます。私の幼い体にエイベルが満足するかはわからないけど。まぁ薬を使ってもいいかな…。ルーンは薬もたくさん扱ってるので内緒で手に入れてあげるので安心して、聞いてます?」
我に返ったエイベルはレティシアの肩を勢いよく掴んで引き剥がした。
「待て、はなれろ!!わかった。お前、自分のし、してることわかってんのか!?」
「もちろん。私のお役目は家を守って後継者をつくることでしょ?」
「成人してからだバカ」
「エイベル、お顔が真っ赤ですわ。大きな体なのに純情過ぎませんか」
レティシアは真っ赤な顔で動揺しているエイベルがおかしく、こみあげてくる笑いが我慢できなかった。
腹を抱えて笑うレティシアの頭をエイベルが叩いた。
「お前、笑いすぎだ」
「こんなに真っ赤なエイベルはじめて見ました。お、お腹が痛い」
「あんまりふざけると本当に押し倒すぞ」
「どうぞ」
エイベルの脅しに怯えることなく楽しそうにニッコリ笑うレティシアにエイベルは頭を抱えた。
「お前は…。決めたら頑固、ありえない」
「あら?ご存じありませんでした?私と子供は作れそうですか?」
「きちんと婚姻を結んでからだ!!
なぁ、自棄になってるわけじゃないのか?本当に俺に娶られたいのか?」
真っ赤な顔で怒鳴っていたエイベルが真剣な声音でレティシアに聞いた。レティシアは久しぶりに心から笑わせてくれた真っ赤な顔のエイベルを見てふざけるのはやめた。
レティシアにはリオ以外にも親しい貴族子息はいる。
でもリオに失恋して、前を向けないレティシアが道を間違わないように不器用に道を示してくれたのはエイベルだけだった。
レティシアはルーン公爵家が第一だが、エイベルならレティシア自身を利用されても受け入れられる。
リオにいらなかったレティシアを冗談でも必要だと言ってくれるエイベルに心が慰められた。
「エイベルと過ごすのは楽しいですわ。どうぞ私を利用してくださいませ」
レティシアはエイベルに余計なことは言わない。
エイベルがレティシアを必要としてくれて、ルーン公爵家が認めてくれるなら駒として使い捨てられてもいい。
「マールが卒業しても気が変わらなかったらな」
「信用されてませんね」
「お前、マールに誘われたら行くだろ?」
「行きませんわ。初恋は終わりました」
令嬢モードで武装しているレティシアの心の内はエイベルにはわからない。
先程まで腹を抱えて笑っていたレティシアとは別人のように姿勢を正し、意思の強い瞳でエイベルを見返すレティシアが嘘をついているようには見えなかった。
「なんでそんなに急いでんの?」
「私に相手がいるほうが安心して旅立てるでしょう?」
レティシアは追いかけられることの心労を知った。今まで迷惑をかけたお詫びもかねて、リオのためにできるのは公爵令嬢らしく見送ること。
レティシアに婚約者がいれば、リオは自分の恋人との邪魔をすることはないと安心できるだろうとも思っている。
エイベルは感情を隠して微笑んでいるレティシアが虚勢をはっているような気がした。
弱さを見せずに、無理矢理でも強がる姿勢はエイベルにとっては好ましいものだった。
努力が報われなくても腐ることなく、もがきながらも前を向いて進んでいく姿勢も。
「わかった。お前がマールに俺とのことを告げて祝福されたらルーン公爵に申し込むよ」
「それは必要ですの?」
「俺は婚約破棄なんてされたくない。婚約したら破棄させないし結婚したら離縁もしない。お前が覚悟を決めてケジメをつけてくれないと信用できない」
「意地悪ですわ」
「今更だろ」
「約束ですわよ」
「ああ」
レティシアはいつまでも逃げるのを許さないエイベルの言葉に融通のきかない厳しい性格にため息を飲んだ。
恋を知らない鈍感なエイベルがレティシアの心情を推し量るなど、不可能かと諦めた。
でもエイベルの言うように周囲にわかるようにけじめをつけるのも必要かとリオとの向き合い方を思案はじめた。
***
レティシアは先触れはせずに、朝からリオの教室の前で待っていた。
一緒にいることの増えたエイベルとレティシアの仲を誤解し、レティシアに求愛する生徒は少しだけ減った。
そのおかげかレティシアは挨拶されてもそれ以上は捕まらずリオを待つことができた。
レティシアはリオを見つけて礼をした。
「おはよう。久しぶりだな」
「おはようございます。リオ兄様。お祝いが遅れて申しわけありません。ご婚約おめでとうございます」
「は?」
淑女らしく礼をして、微笑むレティシア。
いつも望んでいたレティシアの態度にリオが安堵の笑みを見せる前に爆弾が落とされリオは目を見張った。
レティシアは笑顔で礼を言わずに、目を見張ったリオの態度に警戒されていると勘違いして胸が痛む。胸の痛みを態度に出さないように微笑み続けながら誤解を解くために言葉を選ぶ。
「いつ旅立たれるんですか?もしお時間がありましたらうちでお祝いをさせてくださいませ」
「俺の赴任先はまだ決まってないし、外交官になるのなんて当然すぎてお祝いなんていらないよ。気持ちだけで充分だ」
ルーン公爵家でレティシアが用意する祝いは盛大なものになる。
ルーン公爵家は本邸には信用した者しか招かない。普段は別邸をパーティーやお茶会など社交の場として提供している。
レティシアがリオのために用意するだろう本邸を使用したルーン公爵家の最大のおもてなしにリオは首を横に振った。
レティシアはリオからのお断りにまた胸が痛んだ。
それでも令嬢モードで美しい微笑みは崩さない。
外交官になれば国外を飛び回る。新人外交官は特に忙しいと知るレティシアは赴任するまであとわずかの自由な時間をリオがどう使いたいか察してさらに胸が痛む。
胸の痛みに令嬢モードが綻びそうになる。呼吸を忘れたことに気づいて小さく息を吐いた。
レティシアは声が震えないように意識して、口を開いた。
「確かにお祝いするよりお相手の方と過ごしたいですものね。配慮が足りずに申しわけありませんでしたわ」
「シア?」
リオはレティシアが無意識に握っている拳に気づいた。
微笑みながら、何かを我慢しているレティシアの仕草にリオが問う前にレティシアが爆弾を落とした。
「リオ兄様、私にも婚約を申し込んでくださる方がいますのよ。お父様のお許しがあれば前向きに考えていきたいと思っております。今までご迷惑をおかけしました。レティシアはリオ兄様の幸せを祈っておりますわ。では失礼しますね」
礼をして立ち去ろうとするレティシアにリオが制止の声をかけた。
「待って、婚約って、誰と…」
「ビアード様ですわ。私の能力を見込んでビアード公爵夫人にとお誘いいただきました。婚約しましても従兄妹には変わりありません。御用の際は遠慮なくお声をかけてください」
「ビアードなんて、大丈夫なのか?お前…」
魔力のないレティシアが公爵夫人になることを心配してるリオにレティシアは胸が痛む。
誹謗中傷の嵐から守ってくれる背中は頼もしくて格好いい。
でもレティシアは自分の足できちんと立てるように頑張ってきた。
ルーン公爵家の後楯ではなくレティシアの能力を見込んでくれた人がいる。
それはレティシアにとってありがたいことであり努力の成果でもある。
だから令嬢モードで取り繕いながら、得意な微笑みを浮かべ穏やかに話すことができる。
レティシアの令嬢モードは王族も勘の鋭いビアードも騙すので、特殊な特技を持たないリオも騙せると信じてレティシアは笑みを深くする。
「リオ兄様、今まで守ってくださりありがとうございました。ビアード様はああ見えて優しいので、ご心配無用ですわ」
「お前は望んで縁を結びたいのか?」
真剣な顔でレティシアを心配するリオにレティシアの胸はまた痛む。諦めたもしもが浮かびそうになるので、片手を背中に隠して爪をたてた。
レティシアの手のひらに爪が食い込み、あたたかい血が流れる感覚にレティシアは微笑む。
小さな怪我はすぐに手当てすればすぐに治癒されるものである。
レティシアの胸の痛みも同じだろうという未来を信じる。
傷ついて、苦しいのは叶わぬ恋に囚われたレティシアが悪い。
優しく気遣うリオの身内への優しさはこれからも変わらない。美点をきちんと認められる自分になれると信じてレティシアは笑みを深くする。
リオは見たことのない大人への階段を登っているレティシアの美しい微笑みに目を奪われた。
「ええ。私を望んでくださるなら精一杯努めてみせますわ。誰かに必要とされるのは嬉しいものだと初めて知りましたの」
美しく微笑むレティシアの言葉にリオはなぜか胸が痛み固まった。
レティシアは方針しているリオに礼をして立ち去った。
「リオがフラれたのか?」
「ビアード様だと配当は!?」
リオは声を掛けるクラスメイトの言葉に答えない。
ただ見たことのないレティシアに戸惑っていた。
二人の様子を見ていたセリアが微笑みながらレティシアの背中を追いかけた。
「逃した魚の価値に今更気付いても遅い。もともと釣り合ってなかったもの」
「おはようございます。何か言いました?」
「おはよう。閃きが浮かんだのよ」
レティシアは妖艶な笑みを浮かべるセリアに詳細を聞くのはやめた。セリアが色気を纏い妖艶に微笑む時は怪しいものを発明する時なので、レティシアは関わらないようにしていた。
危険なものに不用意に近付かないのはレティシアの大切にする教えの一つである。
***
今朝のやりとりを見ていた生徒によりレティシアとエイベルの噂が広がっていた。
エイベルは友人に聞かれたが無言を貫きごまかした。
レティシアがあえて人目の多い場所でやらかしたことはわかっていた。
エイベルはリオを避けているレティシアにリオと向き合う機会を作らせた。
翌朝に動いたレティシアの思い切りのよさに感心しながら、リオが振られたというレティシアの中の事実と異なる周囲の誤解に笑った。
レティシアは周囲を誤解させるのが得意である。意図的なこともあるが、無意識な時のほうが事が大きくなりやすい。レティシアの気づかないところで大きくなり、踊らされたものは不幸な目に合うことも多い。
エイベルはリオに呼び出され、面倒に思いつつも応じた。
「ビアード、どういうことだ?」
「なにが?」
「レティシアと婚約するって」
「まだ打診してない」
「騙してるのか?」
「お前には関係ないだろ?」
「俺はあいつの」
人当たりがよく、どんな時も爽やかな顔で応対しているリオだがエイベルに不機嫌な顔を向けていた。
言いよどむリオにエイベルは呆れた顔を向けた。
「なに?」
「保護者だから」
エイベルは恋に興味はない。
それでも自分に向けられている怒りが嫉妬だと感じていた。
そして素直じゃないところがそっくりな従兄妹同士にエイベルの気づかいは無駄に終わったと悟った。
「なぁ、いいのか?俺は婚約したら破棄しないし離縁もしないよ」
「俺が口出しできることじゃない」
不機嫌そうなリオにエイベルは呆れしかない。
無駄を嫌うリオがエイベルにレティシアのことを聞く矛盾。レティシアに事実確認を再度しないわけがエイベルにはわからない。
「家を守って子供を作るだと。役不足かどうか試してもいいって」
「お前、まさか」
エイベルの挑発に殺気を出して睨むリオ。
殺気を受けて、手合わせしてもいいがリオではエイベルの相手にならない。
魔力の量がエイベルよりも多くても、自衛のためだけの訓練しかしていないリオ。エイベルはリオよりも魔力を持たないが、頭を使って環境はもちろん罠、薬などあるもの全てを利用して挑んでくるレティシアとの手合わせのほうが楽しかった。
レティシアはリオを追いかけるのをやめた。
リオが歩みよらなければ、二人が結ばれることはないとわかったエイベルはこれ以上お膳立てする気にはならなかった。
「成人前に俺は手を出さない。婚約したお前を安心して送り出したいんだと。お前には健気だよな。面倒だけど俺が引き受けてやるから達者で暮らせ」
「俺、婚約する予定はないんだが」
「俺に言われても。初恋は諦めたらしい。お前が引き取るなら好きにしていいけど、中途半端はやめろよ。あいつ宥めるの面倒だから」
エイベルはレティシアのことを好ましいと思っているがそれ以上に面倒に思っている。
いつものように我儘に喚き散らすならいい。
弱った顔で泣きそうな顔を我慢してエイベルから放れないレティシアを見ているのは気分のいいものではなかった。
前を向いて、虚勢を張ってる姿は好ましいが、バカなことを言いながら無邪気に笑っているレティシアを見ているほうがエイベルは安心した。
エイベルにとってリオとの無駄な時間が終わった日の放課後にレティシアはエイベルの部屋に入ってきた。
「リオに伝えましたが、祝福はされません。まぁルーンとビアードの縁談にマールはなにも利益を得られません。リオは卒業後の生活に浮かれすぎて、はめを外しているのかもしれませんね」
レティシアが気まずそうな顔でエイベルを見て話した。
レティシアはリオの態度に思考すればするほど胸がえぐられていく。
リオと恋人との関係をレティシアが受け入れ、祝福していることも、手を出すこともないと信じてもらえない。
レティシアが決めたことにリオへの恋煩い以外はどんなことにも背中を押してくれたリオ。
レティシアの決断に微笑みながら祝福してくれると思ったのに、現実は違った。
リオと話せば話すほど胸が痛み、令嬢モードが綻びそうになっていく。
レティシアはリオへの恋が叶わなかった後の関係の変化まで覚悟できていなかった。
高望みしたレティシアの末路は真っ暗で考えても考えても胸が痛いだけで答えがでない。
エイベルは一人で話しているのにどんどん声に力のなくなっていくレティシアを眺めていた。
レティシアの瞳に力がなく、見たことないほど暗いレティシアをどうすればいいかわからない。
レティシアはエイベルに望むことはいつも口に出していた。
放っておけないほど暗い顔をしたレティシアにエイベルはそっと近づき抱きしめ、頭を撫でた。
人には乗り越えないといけない壁がある。
でもレティシアの顔を暗くしている壁は乗り越えなければいけない壁にはエイベルには見えなかった。
「マールが好きならそれでいい。俺は役割をこなすしか望まない。しばらく父上は留守だから、婚約の話はできない」
「え?祝福されて、」
「お前はマールに告げたんだろう?お前なりに頑張ったならそれでいい」
「頑張った?」
「それはお前が自分で決めろ」
レティシアはエイベルの言葉に目を丸くした。
不器用に慰めてくれるのがわかり、体の力が抜けた。目の前の胸に頭を預け、少しだけ優しくなった頭を撫でる手に目を閉じた。
真っ暗になった世界の中、エイベルの先ほどの言葉が胸にストンと落ちてきた。
「頑張った。うん。でも、駄目でした」
レティシアの冷たい体と力のない声。
落ち込んだり立ち止まったりする者を鼓舞する力のある言葉をかけるのはレティシアの得意なことだった。エイベルもレティシアに鼓舞されたことは何度もある。
だから同じような言葉を返すことにした。
「駄目でも無駄にしなければいい。努力は報われる。結果が望み通りにならなくても、いつか役に立つ時がくるかもしれないだろう?」
レティシアはリオにふさわしくなるために頑張ってきた。
魔力がなくても公爵家三男と結ばれても認められるように。武術は人並みだが、魔法を使わない医術は得意である。他にも他の令嬢達に負けないものをたくさん持っている。
高望みの先にあるのは真っ暗闇ではないかもしれない。
窓からは星の輝きが姿を覗かせている。
初恋を捨てられないレティシアを知っているのに婚約を望んでくれたエイベルにレティシアの胸の痛みが和らいでいく。
リオへの気持ちを忘れられると信じたいのに現実は難しい。
それでも胸の痛みを和らげ、必要としてくれるエイベルがいるなら卑屈にならず前向きに歩いていける気がした。
「エイベルの苦手は私の得意なことばかり」
「人には得手不得手があるのは仕方ないことだろう」
苦手なことを素直に認めるのは貴族ではありえないことである。
でもそんな貴族らしくないエイベルをレティシアは嫌いじゃない。
初恋は貴族らしさの塊、身内に特別優しい気配り上手な年上の従兄。
これから共に歩むのは真っすぐで誠実だけど貴族らしくない頼りない兄弟子。
これから待つ慌ただしくなるだろう毎日を想像してレティシアは小さく笑った。
「仕事、手伝います」
元気になり、エイベルの腕から抜け出し書類を手に取るレティシアにエイベルが笑う。
侍従を呼び夕食の準備を命じる。
そろそろレティシアを寮に送らなければいけない時間だが、エイベルは今日くらいはいいだろうと書類をすごい速さで片付けていくレティシアの好きにさせることにした。
「この結末に悔いはありません。痛みは知らないほうがいい。でも痛みを知ったからには次からは用心するものでしょう?政略結婚が主流の貴族令嬢が恋を知るなど愚かなこと。でも叶わぬ恋のおかげで得たものもあると笑い話にいつかしてみせます。胸が痛いですが、忘却に逃げずに乗り越えられればきっと誇らしいことでしょう?」
リオとともに卒業するエイミーにリオのことを聞かれてレティシアは美しく微笑んだ。
誰も卒業パーティーのパートナーに選ばなかったリオ。
レティシアは令嬢モードで武装しなければリオを笑顔で見送れない。
「卒業おめでとうございます。リオ兄様、いえもう兄様とお呼びするわけにはいきませんね。失礼しました」
「ありがとう。レティシアの好きにすればいい。あのさ、」
美しく微笑むレティシアにリオは微笑み返しながら言いよどむ。
二人の会話が止まった隙に他の令嬢達がリオに近づくために声をかける。
レティシアに振られたと噂されるリオは相変わらず一部の令嬢達に大人気でアピールされ続けている。
「私は失礼します」
レティシアはリオに群がる着飾った令嬢達に場所を譲り人ごみに紛れていく。
「シア」
懐かしい愛称の幻聴が聞こえ、首を横に振る。
手を伸ばして、呼び止めれば足を止めてくれる従兄はもういない。
いつまでも子供ではいられない。
「無礼講なんだから踊れば?」
学園では無礼講。婚約者ではなくてもダンスに誘うことは許されている。
令嬢に囲まれるリオを切なそうに見つめるレティシアは無神経なことを言うエイベルの足を力を込めてを踏んだ。
「無礼講でしょう?」
レティシアは顔を顰めたエイベルにニコリと子供のような笑みを向けた。
卒業する先輩への挨拶を全てすませたレティシアは会場を後にする。
リオへの未練があるからではなく、ルーン公爵令嬢として必要だったので出席しただけである。
そして初恋が報われなくてもマール公爵家とルーン公爵家の関係性は変わらないとアピールも忘れていない。
無礼講のパーティーでレティシアにダンスを申し込もうとする男子生徒につかまる前に逃げる。
外に出れば、夜空に美しい星が輝いている。
追いかけてきたエイベルは星の美しさを知らないので夜空に魅入られるレティシアの気持ちはわからない。
「星の話を知ってますか?」
「星は方位を表すものだ」
情緒の欠片もないエイベルの話にレティシアはため息をつく。
星の名前も逸話も国によって異なりロマンチックな話もバイオレンスな話もたくさん存在する。
様々逸話を聞かせてくれたリオの話に耳を傾けることはもうない。
優しい声で語られるロマンチックな話にうっとりすることも。
レティシアにとって幸せで心が満たされた時間があったことは幸せなことである。
リオと過ごせた子供の時間は幸せなものだった。
大人になったレティシアの世界に幸せの塊のような人はもういない。
これからはレティシアの力で幸せを掴めるように歩いていくしかない。
大柄な体格なのに初心なエイベルが真っ赤になって慌てそうなお話はないかと思考を巡らす。
レティシアの話を聞き、真っ赤な顔で怒るエイベルにレティシアは笑う。
お互いに恋することはないだろう。
それでもバカな話をして笑い合えるのは幸せなことだと一つの幸せを見つけたレティシアはやわらかな笑みをこぼした。
切なさの欠片もなく笑っているレティシアにエイベルもつられて笑う。
「近づくことで深まることもあれば愛に狂って憎しみに変わることもあります。それなら離れて無理矢理でも手放したほうがいい。愛に狂い、憎しみにかられたゆえに愚行を犯し、罰として星となり囚われ身動きがとれないなんて不幸なことでしょう?そうはなりたくありません」
リオに狂っているレティシアにとってリオとの時間は船旅のようなもの。
過酷な嵐を抜けた後はうっとりするほど快適な世界が広がる。
自然は魔法で操作できても、魔法を使えないレティシア自身ではコントロールできない日々が続くだろう。
期待と不安に揺さぶられ生きていく。
夢や希望はいずれ欲になり、欲はどんどん大きくなっていく。
今はリオと一緒にいるだけで幸せでも、いずれリオからの特別が欲しくなる時がくるかもしれない。
リオに与えられる優しさで満足せず、愛してほしいと望んでしまう時が。
手を伸ばせば届く距離にあるのに、決して手に入らないもの。
それなら手を伸ばせないほうがいい。
優しい人を傷つけることも煩わせることもしたくない。
レティシアはリオに狂っても理性が働くうちに最良の道を選びたい。
リオの幸せを心から祝えないレティシアにできる精一杯が今である。
「本当に俺でいいのか?」
エイベルの問いかけにレティシアは視線を星空からエイベルに移した。
エイベルもリオとは違ったタイプだが整った顔立ちである。
でもレティシアはエイベルの顔を見ても何も思わない。
レティシアはリオに狂っているがエイベルに狂うことはない。
エイベルの最善を考え冷静に行動できる。
近くにいても深まるものはない。
婚約しようとも、しなくともレティシアとエイベルの関係は変わらないだろう。
エイベルとなら地に足をつけて、レティシアの意思で道を選んで足を進めていけるように思えた。
「エイベルが私を望んでくださり、お父様が認めてくださるなら」
ルーン公爵令嬢として美しく微笑んだレティシアの瞳は強さを宿している。
暗さも揺らぎもない、いつも通りのレティシアにエイベルが笑う。
「お前が決めたなら信じるよ」
「ようやくですか。まぁ仕方ないから許してあげます。脳筋エイベルには期待してませんもの」
「お前は、」
夜空の下で子供のようか軽口を叩き合う二人の会話は周囲には聞こえていない。
星空の下で見目麗しい二人が語り合う姿は美しい。
二人だけの空気が作られており、二人に声をかけたい生徒達を遠ざけた。
その中にリオも含まれたことはレティシアは生涯知ることはなかった。
レティシアの片思い3の続きとして読んでください。
*****
リオへのアピールをやめたレティシア。学園ではよく目にしていたレティシアとリオが一緒にいる光景が一切なくなった。
「ルーン様に心境の変化があったのかしら」
「マール様のご婚約の噂は本当かもしれませんわ」
「あのルーン様が振られた?」
「ルーン様へアプローチする殿方も多いですし、見切りをつけたのはルーン様のほうではありませんの?」
レティシアの心境の変化を考察する生徒達のことをアリッサ・マートン侯爵令嬢は無駄なことと心の中で嘲笑った。
「平等の学園でも社交の場であることに変わりはないわ。心の内をさらけ出してた今までがおかしかったのよ」
「レティに敵意むき出しだった貴女が言うのね。まぁいいわ。無駄とわかっていても止められないのが好奇心。生きる糧だから仕方ないわ。でも勘違いしてレティを巻き込むなら公害ね」
アリッサとともに騒いでいる生徒達を眺めているセリアはめんどくさそうに呟いた。
セリアは煩わしい人間関係が嫌いだが、空気も人の思考を読むのも得意である。
いまだにリオを見つけると視線で追ってしまう癖が抜けないレティシア。
令嬢モードで感情の見せない微笑みを浮かべるレティシアにセリアは一度だけ聞いたことがある。
「リオ様に会うのはつらい?」
「ルーン公爵令嬢として振舞えていない私はリオに合わせる顔がないんです」
レティシアはリオに失恋してから無意識に浮かべる表情の種類が増えていた。
感情はもちろん心の中を隠した令嬢モードの笑顔は世間一般的には美しいがセリアにとってはうさんくさい顔である。
貴族らしいと評価されるのは人形のように美しいだけの芸術品のようなレティシア・ルーン。
セリアの親友は思い込みが激しく、感情豊かで、天邪鬼だが実は情に脆く、懐に入れた者には恐ろしいほどの包容力を発揮する矛盾だらけの人物である。その矛盾がセリアにとっては愉快で、他の者をたやすく魅了する。
変人と言われているセリアや敵対派閥でレティシアに敵意むき出しだった過去を持つアリッサ、博愛主義に見せているエイミーなどと癖のある者が多いが。
美しい所作で切なそうに微笑むレティシアは庇護欲をなぜか刺激させる。
レティシアに魅了された生徒や恩を売りたい生徒はリオを追い払うセリアを見てレティシアにとって余計な行動を始めた。
レティシアが気づけば余計なことをするなと生徒達を止めたが先に気付いたセリアは違う。
「私は私のためにやりたいように動いているのよ。自分の意思で勝手に動いてるのにレティに恩を売り付けようなんておこがましい。単なる迷惑よ。社交デビュー後の行動は全て自己責任でしょ?当人に頼まれもしないのに勝手に動いている自覚のないバカなどいないといいんだけど。思いやりで動くだけなら止めないわ」
レティシアがリオを避けたいと気付き、レティシアに恩を売りたい令嬢達が余計なことをしようとするのでセリアは釘を刺した。王家の覚えも目出度い天才のセリア・シオンは学園では王子の次に敵に回してはいけない人物である。セリアは常に実験の被験者を探しており、巻き込まれないようにするのは学園で平穏に生活するためのコツである。
セリアの危険な実験を止められるレティシアに助けられ恩を感じている生徒も多い。
セリアに睨まれ被験者にされたくない生徒達はセリアの言葉に従っている。
もちろんセリアはレティシアが周囲の気配りに気づかないように配慮するのも忘れていない。やる気さえあればどんなことでもこなしてしまうのがセリアである。
「レティが降りたなら、リオ様の価値は暴落するかしら?マール公爵は恋愛結婚で、貴族の恋愛にも理解があるお方だからリオ様が願うなら相手は問わないかもしれないわねぇ。マール公爵は格下の伯爵令嬢を夫人に選ばれたし…」
容姿端麗で資産家のマール公爵家の末っ子に惹かれる令嬢達がレティシアの代わりにアピールするのはリオにとって迷惑でも、親友にリオを近付けたくないセリアにとっては好都合だったので煽っていた。
「今日も人気ねぇ」
「卒業式にパートナーに選ばれたい気持ちは理解できます。無礼講な学園の方針を利用してご縁を繋ごうとする気持ちも。私は良識的な態度なら気にしません」
セリアの思惑にレティシアは一切気付かない。
レティシアはセリアだけは心境を読むことを放棄している。
セリアと関わる上で大事にしてるのは安全か危険かの判断だけである。
レティシアはリオにアピールする生徒を眺め、美しく微笑みながら珍しくリオに興味を持っているセリアに返した。
レティシアはリオの動向を調べることはしない。リオの噂を耳にしても気にしないように努めるだけで情報は精査しない。嘘でも真実でも今のレティシアにとってはどうでもいいことである。
リオの婚約が正式に発表されていないなら他の令嬢がアピールするのは非常識な行動ではない。
慎み深いことを求められる貴族令嬢が殿方に積極的にアピールするのは、はしたないと囁かれても仕方がないことでも、それで良縁を掴めれば勝ち組という考えをレティシアは否定はしない。肯定もしないが。
レティシアにとって重要なのはリオの前で平静を装うこと難しいということだけである。
「社交デビューをおえたなら全て自己責任ですわ。覚悟はありますよね?」
入学前にアリッサはレティシアに無礼をはたらき、心身ともに追い詰められた過去を持つ。
レティシアの言葉は言葉通りに受け止めてはいけないとアリッサはよく知っている。
ルーン公爵令嬢はわかりやすい言葉で教えてくれる善良な性格ではない。
社交デビュー後の行動は全て自己責任というモットーのレティシア。レティシアのモットーを忘れ、リオへのアピールは無礼講と宣言したと勘違いした生徒に待っているのは過酷な現実である。
「マール様への好意を口にして、ただ一緒にいただけ。抱き着くのははしたないけど、それ以上の行動を匂わせることは一切しなかった。恋の駆け引きもしないで常に正々堂々としていたレティシア・ルーン。社交界の花のこの程度のはしたなさなら社交界では微笑ましいこと、若気の至りですまされる。でもそれはそれまでに築いてきた公爵令嬢としての信頼があるから。服装を乱したり、事故を装い抱き着いたり、低俗なこと。淑女教育を受けてこなかったようなものね。はしたない」
アリッサは妹のアリスに恋に狂ってもわきまえるようにきちんと教育している。
レティシアの言葉に背中を押されかつてのレティシア以上に積極的にアピールする令嬢が目立っているので教材には困らない。
アリッサは冷めた視線を向け、セリアはあえて助長させる。
「そういえばレティシア様はエイベル様と一緒でしたわ。ですがお二人の関係に変化はありませんねぇ」
「無表情のエイベル様はレティシア様と一緒の時は表情豊かですので見物ですわ」
レティシアはリオへのアピールをやめて、エイベルと一緒にいることが増えたことを除けば傍目には変化がない。
共にいる時間が増えてもレティシアとエイベルの態度に変化はない。
リオの教室からは元気に授業に取り組んでいるレティシアの姿が見えていた。
リオがエイベルの部屋を訪ねても暇な時間は訓練場で訓練に精を出す二人は留守が続いていた。
レティシアへのリオからの面会依頼は弟のエドワードが応対した。
「姉様はお元気ですよ。最近は母上が留守なので僕達は忙しいんです。僕達はもう子供ではないのでリオに気に掛けていただかなくても大丈夫ですよ。この通り立派に成長したでしょう?」
ルーン公爵家の社交はレティシアとエドワードが中心にこなしている。武術は得意だが社交が苦手なルーン公爵夫人に任せるより、社交上手な夫人達に育てられ知識豊富で社交上手に育ったレティシアに任せるほうが有意義なものになるというルーン公爵の判断だった。
その内情はルーン公爵家ではレティシアだけが知らなかった。
同世代の令嬢達の中で一番社交界に顔を出す多忙なレティシアを捕まえることはリオは諦めた。
エドワードは爽やかな笑みを浮かべ、大事な姉との時間を奪うリオを遠ざけることに成功していた。
リオはいつも通り元気なレティシアを見れば安堵し、エイベルの腰に抱き着き弱ったレティシアに抱いた感情について考えないように放棄した。
生徒会の仕事やマール公爵からの課題、やることに追われるうちにレティシアのいない生活になれつつあった。
いつもなら手伝いに現れるレティシアが現れないためリオが多忙に追われていると気付いているのはリオの侍従だけだった。
「集中できないなら剣を握るな!!集中力が切れれば終わりだ。相手が格上でも集中して諦めなければ勝機があるって知ってるだろう!?」
エイベルはレティシアが手伝っているので多忙に追われず、むしろ暇だった。
空いた時間に鍛練に励む。
レティシアはエイベルと共に鍛練に参加しているが、時々怒号が飛ばされる。
余計なことを考えるなというエイベルの言葉に余計なことを考えないように努力する。
エイベルはいつもより切れが悪くても、集中しようと努力しているレティシアには何も言わず、怪我せず鍛練できるように調整するだけである。
常にコンディション最高の状態でいられるわけではないとエイベルもわかっている。
「エイベルのほうが強いですが、格下なんて言葉は失礼すぎます。思い上がりと」
レティシアの反論が終わる前に、エイベルはレティシアを華麗に投げ飛ばした。
レティシアはふと目に入った空の青さに動きを止めた。
受け身を取らないレティシアに気付いてエイベルは風の魔法でレティシアの体を包んだ。
怪我なく着地したレティシアはエイベルに怒られ、ため息を飲み込む。
「青空の下で食事をするのもいいかもしれませんね」
エイベルのお説教を終えたレティシアの溢した言葉に反省してないことへの怒りより呆れが勝った。エイベルは呆れた顔をして、本気で言っている様子のレティシアを見た。
周囲では訓練している他の生徒も多い。砂埃が舞い、賑やかな音が繰り広げられ食事を楽しめる雰囲気は一切ない。
強さだけを求める者が集まる訓練場。
ここには社交界の優美さのかけらもない。
単純で素直に、汚い言葉で自己表現するのもよくあること。腹の探り合いのない殺伐とした空間はレティシアの生きる世界とは正反対に感じた。
レティシアの希望とはいえ弓矢や魔法が飛んでくる場所での食事はエイベルはもちろん侍女のシエルも許さなかったので叶わなかった。
現実は厳しいとレティシアがため息をつく姿を美しいと魅入っていた生徒達はレティシアの本性を知ることはなく憧れを募られた。
もちろん周囲に気を配っていないレティシアもエイベルも気づくことはない。
****
パーティー会場でも学園と似たような光景が繰り広げられていた。
美しく着飾り目をギラギラさせた令嬢に囲まれるリオ。
学園と違うのはレティシアの隣には美しい銀髪と青い瞳の整った顔立ちの弟が付き添っていることくらいである。
ルーン公爵家嫡男は自他共に認めるシスコンであり、邪な男は姉に近付けない。
「いつでも僕を頼ってください。リオと喧嘩したなら僕がきちんとしますから」
レティシアをエスコートしていたエドワードは姉のリオに向ける切ない視線に気付き、優しく微笑んだ。
レティシアはエドワードの優しさに心がじんわりあたたかくなる。
エドワードの気遣いにふわりと自然な微笑みを溢した。
そして社交界で隙を見せたことを反省して気を引き締めた。
「喧嘩はしていませんよ。さて、今日も頑張りましょう」
エドワードは美しく微笑み、纏う空気を変えた姉に頷いた。
エドワードは姉が好きな男でも姉を大事にしない男に渡すつもりはない。
レティシアが嫁がずにルーン公爵邸にいてくればいいと思っているが、それが難しいことも理解していた。
だから相手を吟味しているがなかなか姉にふさわしい相手は見つからない。
姉がリオを諦めたなら、邪魔者排除を徹底するためセリアとも手を組んだ。
レティシアはセリアとエドワードという恐ろしく優秀で目的のためなら手段を選ばない二人が手を組んだと知れば恐怖に震えただろう。
レティシアのことをよく知る二人はレティシアに知られるような隙はみせない。
もちろん侍女のシエルにリオからレティシアへの面会依頼は全てエドワードを通しレティシアに気付かれないように処理するように命じるのも忘れていない。
最終学年の卒業が近づいている。
卒業後にはパーティーがあり、婚約者を招くことが許されている。
このパーティーにむけてステイ学園ではアプローチがさらに盛んになっている。
レティシアにとってわずらわしい男子生徒からのアプローチを避けるためエイベルの部屋で過ごすことが増えていた。
エイベルの部屋はいろんな意味でレティシアには都合がよかった。
エイベルの部屋に置かれている武術に関する本はレティシアには難しい。
エイベルの得意分野なので教えてもらおうためにエイベルの膝を枕にして寝転がるのをレティシアは気に入っていた。はしたないと指摘するだろう侍女や侍従は席を外させた。
学園内は無礼講とある程度の自由を両家の当主が許しおり、子供の頃から兄妹のような二人をよく知る側近達は間違いが起こることはないだろうと素直に命に従った。
「エイベル、ここ、意味がわかりません」
レティシアがエイベルに勉強の質問をするのは珍しい。
エイベルは目の前に出された内容に目を通し、解説する前に突っ込むことにした。
「ん?いや無理だろう。なんで上級編を読んでだよ」
「そこにあったから」
レティシアは武術の心得はあっても戦争の仕方や戦術は一切教わっていない。
逃走経路の確保の仕方と隠れ場所の見つけ方は教わっているが一般人向けの内容だけである。
エイベルはレティシアの生活に必要なさそうな本を取り上げようとするとレティシアの手は本から放れない。
「兵法なんて必要ないだろ?」
「せっかくだからビアード公爵夫人を目指そうかと」
呆れた声のエイベルにレティシアは首を横に振り、小さな声で返した。
レティシアの小さな声を拾ったエイベルは驚く。
「本気?」
「留学生と過ごして、他国に嫁ぐのは大変そうなのでエイベルがよければ」
エイベルの真顔の問いかけにレティシアはゆっくりと頷いた。
留学生にかけられた心労はレティシアの人生の中でも屈指に入る大きさだった。
常識の違う国に嫁ぐことの難易度の高さに比べれば、気心知れたエイベルと一緒にいるほうがありがたかった。
「エイベルは私がエイベルを好きじゃないから安心するんでしょ?」
「まぁな」
「愛人は受け入れますがたまには構って」
エイベルは珍しく弱音を口にして力なく笑うレティシアの頭に手を置いた。
ずっと追いかけた男を諦めきれないのに、次に進もうとしているレティシア。
エイベルは王家に忠誠を捧げているので、誰かを愛する予定はない。
後継をつくり、ビアードのために尽くしてくれる貴族令嬢であれば誰でもいい。
妻に迎えた令嬢をエイベルなりに大事にするつもりはあるが、家族第一になることはない。
「作らないから」
「子供に魔力が受け継がれなければごめんなさい」
「子供?」
「作らない?」
「いや、それは…。だってお前は」
気まずい顔をしたエイベルにレティシアは戸惑う。
レティシアの失恋はレティシアだけのもの。レティシアの我が儘で優しいエイベルに甘えているが、エイベルなら気にしないと思っているから甘えられた。
他人に左右されない価値観を持ち放任主義のエイベルはレティシアを心配することも、リオを嫌うこともないだろうと。
レティシアの問題に介入しないと信じていたから素を見せれた。
レティシアのことを勘違いしているエイベルに少しだけ苛立ちを覚えたレティシアはエイベルの膝から起き上がった。
そっとエイベルの頬を両手で包んで顔を近付けた。
気まずそうな顔のエイベルの唇にレティシアはゆっくりと唇を重ねた。
エイベルは柔らかい感覚に驚き、口づけされてることに気付き顔に熱がこもった。
「リオが好きでも口づけは簡単にできますわ。子供はエイベル次第、試してみる?」
レティシアは真っ赤な顔で固まるエイベルに悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。
「もちろん子供の作り方は知ってます。私の幼い体にエイベルが満足するかはわからないけど。まぁ薬を使ってもいいかな…。ルーンは薬もたくさん扱ってるので内緒で手に入れてあげるので安心して、聞いてます?」
我に返ったエイベルはレティシアの肩を勢いよく掴んで引き剥がした。
「待て、はなれろ!!わかった。お前、自分のし、してることわかってんのか!?」
「もちろん。私のお役目は家を守って後継者をつくることでしょ?」
「成人してからだバカ」
「エイベル、お顔が真っ赤ですわ。大きな体なのに純情過ぎませんか」
レティシアは真っ赤な顔で動揺しているエイベルがおかしく、こみあげてくる笑いが我慢できなかった。
腹を抱えて笑うレティシアの頭をエイベルが叩いた。
「お前、笑いすぎだ」
「こんなに真っ赤なエイベルはじめて見ました。お、お腹が痛い」
「あんまりふざけると本当に押し倒すぞ」
「どうぞ」
エイベルの脅しに怯えることなく楽しそうにニッコリ笑うレティシアにエイベルは頭を抱えた。
「お前は…。決めたら頑固、ありえない」
「あら?ご存じありませんでした?私と子供は作れそうですか?」
「きちんと婚姻を結んでからだ!!
なぁ、自棄になってるわけじゃないのか?本当に俺に娶られたいのか?」
真っ赤な顔で怒鳴っていたエイベルが真剣な声音でレティシアに聞いた。レティシアは久しぶりに心から笑わせてくれた真っ赤な顔のエイベルを見てふざけるのはやめた。
レティシアにはリオ以外にも親しい貴族子息はいる。
でもリオに失恋して、前を向けないレティシアが道を間違わないように不器用に道を示してくれたのはエイベルだけだった。
レティシアはルーン公爵家が第一だが、エイベルならレティシア自身を利用されても受け入れられる。
リオにいらなかったレティシアを冗談でも必要だと言ってくれるエイベルに心が慰められた。
「エイベルと過ごすのは楽しいですわ。どうぞ私を利用してくださいませ」
レティシアはエイベルに余計なことは言わない。
エイベルがレティシアを必要としてくれて、ルーン公爵家が認めてくれるなら駒として使い捨てられてもいい。
「マールが卒業しても気が変わらなかったらな」
「信用されてませんね」
「お前、マールに誘われたら行くだろ?」
「行きませんわ。初恋は終わりました」
令嬢モードで武装しているレティシアの心の内はエイベルにはわからない。
先程まで腹を抱えて笑っていたレティシアとは別人のように姿勢を正し、意思の強い瞳でエイベルを見返すレティシアが嘘をついているようには見えなかった。
「なんでそんなに急いでんの?」
「私に相手がいるほうが安心して旅立てるでしょう?」
レティシアは追いかけられることの心労を知った。今まで迷惑をかけたお詫びもかねて、リオのためにできるのは公爵令嬢らしく見送ること。
レティシアに婚約者がいれば、リオは自分の恋人との邪魔をすることはないと安心できるだろうとも思っている。
エイベルは感情を隠して微笑んでいるレティシアが虚勢をはっているような気がした。
弱さを見せずに、無理矢理でも強がる姿勢はエイベルにとっては好ましいものだった。
努力が報われなくても腐ることなく、もがきながらも前を向いて進んでいく姿勢も。
「わかった。お前がマールに俺とのことを告げて祝福されたらルーン公爵に申し込むよ」
「それは必要ですの?」
「俺は婚約破棄なんてされたくない。婚約したら破棄させないし結婚したら離縁もしない。お前が覚悟を決めてケジメをつけてくれないと信用できない」
「意地悪ですわ」
「今更だろ」
「約束ですわよ」
「ああ」
レティシアはいつまでも逃げるのを許さないエイベルの言葉に融通のきかない厳しい性格にため息を飲んだ。
恋を知らない鈍感なエイベルがレティシアの心情を推し量るなど、不可能かと諦めた。
でもエイベルの言うように周囲にわかるようにけじめをつけるのも必要かとリオとの向き合い方を思案はじめた。
***
レティシアは先触れはせずに、朝からリオの教室の前で待っていた。
一緒にいることの増えたエイベルとレティシアの仲を誤解し、レティシアに求愛する生徒は少しだけ減った。
そのおかげかレティシアは挨拶されてもそれ以上は捕まらずリオを待つことができた。
レティシアはリオを見つけて礼をした。
「おはよう。久しぶりだな」
「おはようございます。リオ兄様。お祝いが遅れて申しわけありません。ご婚約おめでとうございます」
「は?」
淑女らしく礼をして、微笑むレティシア。
いつも望んでいたレティシアの態度にリオが安堵の笑みを見せる前に爆弾が落とされリオは目を見張った。
レティシアは笑顔で礼を言わずに、目を見張ったリオの態度に警戒されていると勘違いして胸が痛む。胸の痛みを態度に出さないように微笑み続けながら誤解を解くために言葉を選ぶ。
「いつ旅立たれるんですか?もしお時間がありましたらうちでお祝いをさせてくださいませ」
「俺の赴任先はまだ決まってないし、外交官になるのなんて当然すぎてお祝いなんていらないよ。気持ちだけで充分だ」
ルーン公爵家でレティシアが用意する祝いは盛大なものになる。
ルーン公爵家は本邸には信用した者しか招かない。普段は別邸をパーティーやお茶会など社交の場として提供している。
レティシアがリオのために用意するだろう本邸を使用したルーン公爵家の最大のおもてなしにリオは首を横に振った。
レティシアはリオからのお断りにまた胸が痛んだ。
それでも令嬢モードで美しい微笑みは崩さない。
外交官になれば国外を飛び回る。新人外交官は特に忙しいと知るレティシアは赴任するまであとわずかの自由な時間をリオがどう使いたいか察してさらに胸が痛む。
胸の痛みに令嬢モードが綻びそうになる。呼吸を忘れたことに気づいて小さく息を吐いた。
レティシアは声が震えないように意識して、口を開いた。
「確かにお祝いするよりお相手の方と過ごしたいですものね。配慮が足りずに申しわけありませんでしたわ」
「シア?」
リオはレティシアが無意識に握っている拳に気づいた。
微笑みながら、何かを我慢しているレティシアの仕草にリオが問う前にレティシアが爆弾を落とした。
「リオ兄様、私にも婚約を申し込んでくださる方がいますのよ。お父様のお許しがあれば前向きに考えていきたいと思っております。今までご迷惑をおかけしました。レティシアはリオ兄様の幸せを祈っておりますわ。では失礼しますね」
礼をして立ち去ろうとするレティシアにリオが制止の声をかけた。
「待って、婚約って、誰と…」
「ビアード様ですわ。私の能力を見込んでビアード公爵夫人にとお誘いいただきました。婚約しましても従兄妹には変わりありません。御用の際は遠慮なくお声をかけてください」
「ビアードなんて、大丈夫なのか?お前…」
魔力のないレティシアが公爵夫人になることを心配してるリオにレティシアは胸が痛む。
誹謗中傷の嵐から守ってくれる背中は頼もしくて格好いい。
でもレティシアは自分の足できちんと立てるように頑張ってきた。
ルーン公爵家の後楯ではなくレティシアの能力を見込んでくれた人がいる。
それはレティシアにとってありがたいことであり努力の成果でもある。
だから令嬢モードで取り繕いながら、得意な微笑みを浮かべ穏やかに話すことができる。
レティシアの令嬢モードは王族も勘の鋭いビアードも騙すので、特殊な特技を持たないリオも騙せると信じてレティシアは笑みを深くする。
「リオ兄様、今まで守ってくださりありがとうございました。ビアード様はああ見えて優しいので、ご心配無用ですわ」
「お前は望んで縁を結びたいのか?」
真剣な顔でレティシアを心配するリオにレティシアの胸はまた痛む。諦めたもしもが浮かびそうになるので、片手を背中に隠して爪をたてた。
レティシアの手のひらに爪が食い込み、あたたかい血が流れる感覚にレティシアは微笑む。
小さな怪我はすぐに手当てすればすぐに治癒されるものである。
レティシアの胸の痛みも同じだろうという未来を信じる。
傷ついて、苦しいのは叶わぬ恋に囚われたレティシアが悪い。
優しく気遣うリオの身内への優しさはこれからも変わらない。美点をきちんと認められる自分になれると信じてレティシアは笑みを深くする。
リオは見たことのない大人への階段を登っているレティシアの美しい微笑みに目を奪われた。
「ええ。私を望んでくださるなら精一杯努めてみせますわ。誰かに必要とされるのは嬉しいものだと初めて知りましたの」
美しく微笑むレティシアの言葉にリオはなぜか胸が痛み固まった。
レティシアは方針しているリオに礼をして立ち去った。
「リオがフラれたのか?」
「ビアード様だと配当は!?」
リオは声を掛けるクラスメイトの言葉に答えない。
ただ見たことのないレティシアに戸惑っていた。
二人の様子を見ていたセリアが微笑みながらレティシアの背中を追いかけた。
「逃した魚の価値に今更気付いても遅い。もともと釣り合ってなかったもの」
「おはようございます。何か言いました?」
「おはよう。閃きが浮かんだのよ」
レティシアは妖艶な笑みを浮かべるセリアに詳細を聞くのはやめた。セリアが色気を纏い妖艶に微笑む時は怪しいものを発明する時なので、レティシアは関わらないようにしていた。
危険なものに不用意に近付かないのはレティシアの大切にする教えの一つである。
***
今朝のやりとりを見ていた生徒によりレティシアとエイベルの噂が広がっていた。
エイベルは友人に聞かれたが無言を貫きごまかした。
レティシアがあえて人目の多い場所でやらかしたことはわかっていた。
エイベルはリオを避けているレティシアにリオと向き合う機会を作らせた。
翌朝に動いたレティシアの思い切りのよさに感心しながら、リオが振られたというレティシアの中の事実と異なる周囲の誤解に笑った。
レティシアは周囲を誤解させるのが得意である。意図的なこともあるが、無意識な時のほうが事が大きくなりやすい。レティシアの気づかないところで大きくなり、踊らされたものは不幸な目に合うことも多い。
エイベルはリオに呼び出され、面倒に思いつつも応じた。
「ビアード、どういうことだ?」
「なにが?」
「レティシアと婚約するって」
「まだ打診してない」
「騙してるのか?」
「お前には関係ないだろ?」
「俺はあいつの」
人当たりがよく、どんな時も爽やかな顔で応対しているリオだがエイベルに不機嫌な顔を向けていた。
言いよどむリオにエイベルは呆れた顔を向けた。
「なに?」
「保護者だから」
エイベルは恋に興味はない。
それでも自分に向けられている怒りが嫉妬だと感じていた。
そして素直じゃないところがそっくりな従兄妹同士にエイベルの気づかいは無駄に終わったと悟った。
「なぁ、いいのか?俺は婚約したら破棄しないし離縁もしないよ」
「俺が口出しできることじゃない」
不機嫌そうなリオにエイベルは呆れしかない。
無駄を嫌うリオがエイベルにレティシアのことを聞く矛盾。レティシアに事実確認を再度しないわけがエイベルにはわからない。
「家を守って子供を作るだと。役不足かどうか試してもいいって」
「お前、まさか」
エイベルの挑発に殺気を出して睨むリオ。
殺気を受けて、手合わせしてもいいがリオではエイベルの相手にならない。
魔力の量がエイベルよりも多くても、自衛のためだけの訓練しかしていないリオ。エイベルはリオよりも魔力を持たないが、頭を使って環境はもちろん罠、薬などあるもの全てを利用して挑んでくるレティシアとの手合わせのほうが楽しかった。
レティシアはリオを追いかけるのをやめた。
リオが歩みよらなければ、二人が結ばれることはないとわかったエイベルはこれ以上お膳立てする気にはならなかった。
「成人前に俺は手を出さない。婚約したお前を安心して送り出したいんだと。お前には健気だよな。面倒だけど俺が引き受けてやるから達者で暮らせ」
「俺、婚約する予定はないんだが」
「俺に言われても。初恋は諦めたらしい。お前が引き取るなら好きにしていいけど、中途半端はやめろよ。あいつ宥めるの面倒だから」
エイベルはレティシアのことを好ましいと思っているがそれ以上に面倒に思っている。
いつものように我儘に喚き散らすならいい。
弱った顔で泣きそうな顔を我慢してエイベルから放れないレティシアを見ているのは気分のいいものではなかった。
前を向いて、虚勢を張ってる姿は好ましいが、バカなことを言いながら無邪気に笑っているレティシアを見ているほうがエイベルは安心した。
エイベルにとってリオとの無駄な時間が終わった日の放課後にレティシアはエイベルの部屋に入ってきた。
「リオに伝えましたが、祝福はされません。まぁルーンとビアードの縁談にマールはなにも利益を得られません。リオは卒業後の生活に浮かれすぎて、はめを外しているのかもしれませんね」
レティシアが気まずそうな顔でエイベルを見て話した。
レティシアはリオの態度に思考すればするほど胸がえぐられていく。
リオと恋人との関係をレティシアが受け入れ、祝福していることも、手を出すこともないと信じてもらえない。
レティシアが決めたことにリオへの恋煩い以外はどんなことにも背中を押してくれたリオ。
レティシアの決断に微笑みながら祝福してくれると思ったのに、現実は違った。
リオと話せば話すほど胸が痛み、令嬢モードが綻びそうになっていく。
レティシアはリオへの恋が叶わなかった後の関係の変化まで覚悟できていなかった。
高望みしたレティシアの末路は真っ暗で考えても考えても胸が痛いだけで答えがでない。
エイベルは一人で話しているのにどんどん声に力のなくなっていくレティシアを眺めていた。
レティシアの瞳に力がなく、見たことないほど暗いレティシアをどうすればいいかわからない。
レティシアはエイベルに望むことはいつも口に出していた。
放っておけないほど暗い顔をしたレティシアにエイベルはそっと近づき抱きしめ、頭を撫でた。
人には乗り越えないといけない壁がある。
でもレティシアの顔を暗くしている壁は乗り越えなければいけない壁にはエイベルには見えなかった。
「マールが好きならそれでいい。俺は役割をこなすしか望まない。しばらく父上は留守だから、婚約の話はできない」
「え?祝福されて、」
「お前はマールに告げたんだろう?お前なりに頑張ったならそれでいい」
「頑張った?」
「それはお前が自分で決めろ」
レティシアはエイベルの言葉に目を丸くした。
不器用に慰めてくれるのがわかり、体の力が抜けた。目の前の胸に頭を預け、少しだけ優しくなった頭を撫でる手に目を閉じた。
真っ暗になった世界の中、エイベルの先ほどの言葉が胸にストンと落ちてきた。
「頑張った。うん。でも、駄目でした」
レティシアの冷たい体と力のない声。
落ち込んだり立ち止まったりする者を鼓舞する力のある言葉をかけるのはレティシアの得意なことだった。エイベルもレティシアに鼓舞されたことは何度もある。
だから同じような言葉を返すことにした。
「駄目でも無駄にしなければいい。努力は報われる。結果が望み通りにならなくても、いつか役に立つ時がくるかもしれないだろう?」
レティシアはリオにふさわしくなるために頑張ってきた。
魔力がなくても公爵家三男と結ばれても認められるように。武術は人並みだが、魔法を使わない医術は得意である。他にも他の令嬢達に負けないものをたくさん持っている。
高望みの先にあるのは真っ暗闇ではないかもしれない。
窓からは星の輝きが姿を覗かせている。
初恋を捨てられないレティシアを知っているのに婚約を望んでくれたエイベルにレティシアの胸の痛みが和らいでいく。
リオへの気持ちを忘れられると信じたいのに現実は難しい。
それでも胸の痛みを和らげ、必要としてくれるエイベルがいるなら卑屈にならず前向きに歩いていける気がした。
「エイベルの苦手は私の得意なことばかり」
「人には得手不得手があるのは仕方ないことだろう」
苦手なことを素直に認めるのは貴族ではありえないことである。
でもそんな貴族らしくないエイベルをレティシアは嫌いじゃない。
初恋は貴族らしさの塊、身内に特別優しい気配り上手な年上の従兄。
これから共に歩むのは真っすぐで誠実だけど貴族らしくない頼りない兄弟子。
これから待つ慌ただしくなるだろう毎日を想像してレティシアは小さく笑った。
「仕事、手伝います」
元気になり、エイベルの腕から抜け出し書類を手に取るレティシアにエイベルが笑う。
侍従を呼び夕食の準備を命じる。
そろそろレティシアを寮に送らなければいけない時間だが、エイベルは今日くらいはいいだろうと書類をすごい速さで片付けていくレティシアの好きにさせることにした。
「この結末に悔いはありません。痛みは知らないほうがいい。でも痛みを知ったからには次からは用心するものでしょう?政略結婚が主流の貴族令嬢が恋を知るなど愚かなこと。でも叶わぬ恋のおかげで得たものもあると笑い話にいつかしてみせます。胸が痛いですが、忘却に逃げずに乗り越えられればきっと誇らしいことでしょう?」
リオとともに卒業するエイミーにリオのことを聞かれてレティシアは美しく微笑んだ。
誰も卒業パーティーのパートナーに選ばなかったリオ。
レティシアは令嬢モードで武装しなければリオを笑顔で見送れない。
「卒業おめでとうございます。リオ兄様、いえもう兄様とお呼びするわけにはいきませんね。失礼しました」
「ありがとう。レティシアの好きにすればいい。あのさ、」
美しく微笑むレティシアにリオは微笑み返しながら言いよどむ。
二人の会話が止まった隙に他の令嬢達がリオに近づくために声をかける。
レティシアに振られたと噂されるリオは相変わらず一部の令嬢達に大人気でアピールされ続けている。
「私は失礼します」
レティシアはリオに群がる着飾った令嬢達に場所を譲り人ごみに紛れていく。
「シア」
懐かしい愛称の幻聴が聞こえ、首を横に振る。
手を伸ばして、呼び止めれば足を止めてくれる従兄はもういない。
いつまでも子供ではいられない。
「無礼講なんだから踊れば?」
学園では無礼講。婚約者ではなくてもダンスに誘うことは許されている。
令嬢に囲まれるリオを切なそうに見つめるレティシアは無神経なことを言うエイベルの足を力を込めてを踏んだ。
「無礼講でしょう?」
レティシアは顔を顰めたエイベルにニコリと子供のような笑みを向けた。
卒業する先輩への挨拶を全てすませたレティシアは会場を後にする。
リオへの未練があるからではなく、ルーン公爵令嬢として必要だったので出席しただけである。
そして初恋が報われなくてもマール公爵家とルーン公爵家の関係性は変わらないとアピールも忘れていない。
無礼講のパーティーでレティシアにダンスを申し込もうとする男子生徒につかまる前に逃げる。
外に出れば、夜空に美しい星が輝いている。
追いかけてきたエイベルは星の美しさを知らないので夜空に魅入られるレティシアの気持ちはわからない。
「星の話を知ってますか?」
「星は方位を表すものだ」
情緒の欠片もないエイベルの話にレティシアはため息をつく。
星の名前も逸話も国によって異なりロマンチックな話もバイオレンスな話もたくさん存在する。
様々逸話を聞かせてくれたリオの話に耳を傾けることはもうない。
優しい声で語られるロマンチックな話にうっとりすることも。
レティシアにとって幸せで心が満たされた時間があったことは幸せなことである。
リオと過ごせた子供の時間は幸せなものだった。
大人になったレティシアの世界に幸せの塊のような人はもういない。
これからはレティシアの力で幸せを掴めるように歩いていくしかない。
大柄な体格なのに初心なエイベルが真っ赤になって慌てそうなお話はないかと思考を巡らす。
レティシアの話を聞き、真っ赤な顔で怒るエイベルにレティシアは笑う。
お互いに恋することはないだろう。
それでもバカな話をして笑い合えるのは幸せなことだと一つの幸せを見つけたレティシアはやわらかな笑みをこぼした。
切なさの欠片もなく笑っているレティシアにエイベルもつられて笑う。
「近づくことで深まることもあれば愛に狂って憎しみに変わることもあります。それなら離れて無理矢理でも手放したほうがいい。愛に狂い、憎しみにかられたゆえに愚行を犯し、罰として星となり囚われ身動きがとれないなんて不幸なことでしょう?そうはなりたくありません」
リオに狂っているレティシアにとってリオとの時間は船旅のようなもの。
過酷な嵐を抜けた後はうっとりするほど快適な世界が広がる。
自然は魔法で操作できても、魔法を使えないレティシア自身ではコントロールできない日々が続くだろう。
期待と不安に揺さぶられ生きていく。
夢や希望はいずれ欲になり、欲はどんどん大きくなっていく。
今はリオと一緒にいるだけで幸せでも、いずれリオからの特別が欲しくなる時がくるかもしれない。
リオに与えられる優しさで満足せず、愛してほしいと望んでしまう時が。
手を伸ばせば届く距離にあるのに、決して手に入らないもの。
それなら手を伸ばせないほうがいい。
優しい人を傷つけることも煩わせることもしたくない。
レティシアはリオに狂っても理性が働くうちに最良の道を選びたい。
リオの幸せを心から祝えないレティシアにできる精一杯が今である。
「本当に俺でいいのか?」
エイベルの問いかけにレティシアは視線を星空からエイベルに移した。
エイベルもリオとは違ったタイプだが整った顔立ちである。
でもレティシアはエイベルの顔を見ても何も思わない。
レティシアはリオに狂っているがエイベルに狂うことはない。
エイベルの最善を考え冷静に行動できる。
近くにいても深まるものはない。
婚約しようとも、しなくともレティシアとエイベルの関係は変わらないだろう。
エイベルとなら地に足をつけて、レティシアの意思で道を選んで足を進めていけるように思えた。
「エイベルが私を望んでくださり、お父様が認めてくださるなら」
ルーン公爵令嬢として美しく微笑んだレティシアの瞳は強さを宿している。
暗さも揺らぎもない、いつも通りのレティシアにエイベルが笑う。
「お前が決めたなら信じるよ」
「ようやくですか。まぁ仕方ないから許してあげます。脳筋エイベルには期待してませんもの」
「お前は、」
夜空の下で子供のようか軽口を叩き合う二人の会話は周囲には聞こえていない。
星空の下で見目麗しい二人が語り合う姿は美しい。
二人だけの空気が作られており、二人に声をかけたい生徒達を遠ざけた。
その中にリオも含まれたことはレティシアは生涯知ることはなかった。
10
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。



王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話
ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。
完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。




犬になりたい男の後悔
夕鈴
恋愛
テリーヌ・アナム伯爵令嬢は連日最愛の姉に面会を求める男を今日も兵に捕えさせ追い出した。最愛の姉ロアーナの部屋に行くと犬の縫いぐるみを抱きしめている姿に顔を緩ませる。
ロアーナはつまらない女と言われ婚約破棄され、可愛がっていた仔犬に逃げられた幸の薄い令嬢である。
身体が弱く、子供の頃はずっと部屋で過ごしてたロアーナは極度の人見知り。
そんなロアーナは慣れた人の前では表情豊かな可愛らしい少女であり、テリーヌは自他共に認めるシスコンである。
伯爵令嬢として問題のある姉妹と外面だけを見ていた元婚約者の物語。
*小説家になろうにも投降しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる