不運な王子と勘違い令嬢

夕鈴

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10後編

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 青年は手紙を受け取った。
 ベッドに眠る女の傷を魔法で綺麗に消す。
 眠りから目覚めないように魔法を重ねた。
 女への興味を失い、手紙の返事を書き始めた。
 青年の望みはたった一人に認められること。



***

 牢の中で楽しそうにレオと話すレティシアが浮かんでいた。レオとレティシアが手を組み、クロードを裏切る光景が繰り広げられていた。
 ルーン公爵家の権威を落とし、レティシアの醜聞として十分なものが。
 ただし生温かい空気が流れていたのは最初だけだった。
 レオは部屋から出て壁に佇み、手元の鏡で中の様子を映し出す。

「ありえませんわ!!誰か私の話を聞いてくださいまし。嘘でしょう?レオ殿下!?一緒に学園にもどり、殿下を困らせよう作戦気に入りませんでしたの!!
 歪んだ兄弟愛のために死ぬなんて嫌ですわ。相手は変態ですわよ。耐えられませんわ」

 鉄格子を掴むレティシアの叫びに一部の貴族が必死に笑いを堪えていた。レティシアの声が部屋に響くも扉の外からは何も聞こえない。

「ずっと邪魔だった」

 レティシアは聴こえる声に部屋を見渡す。

「え!?誰かいますの!?」
「いつも邪魔ばかり。ねぇ?貴女は気づいてる?踏みつけられた者の気持ち?家柄だけの貴女には何も残らない」
「どなたですか?取引しませんか?」
「誰にも認められない。だから捨てられたの。役に立たないお人形」
「お顔は見せてくれませんの?構いませんわ。初めまして、私は」
「愛らしい少女に全てを奪われ」

 穏やかな顔でレティシアは何度も声を掛ける。
 時間が経つにつれてレティシアは聴きたくない言葉ばかり紡ぐ声に耳を塞ぐ。

「どんな時も優雅であれ。ルーン公爵令嬢としてウンディーネ様、」

「陛下、殿下、もうおやめください。これ以上は娘の名誉に関わります」

 ルーン公爵はレティシアから監禁されて交渉に失敗して意識を失っただけと聞いていた。目を閉じて耳を塞ぎ淑女の仮面が外れた姿を自分に隠した矜持の高い娘が、誰にも見せたくないのがわかり抗議の声をあげる。
 止める権利を持つ国王は穏やかな顔で首を振り、クロードは穏やかな顔のまま無言。抗議の声は無視され映像が流れていく。


 耳を塞ぎ、目を閉じたレティシアの結ばれていた唇が開いた。

「私はルーン公爵令嬢。劣っていても持ってるもの。優雅に、隙は見逃さない。違う。違う。一度読んでも覚えられなくても、きちんと覚えてるもの。社交が劣るなら情報で、私にできる戦いを、お母様や伯母様のように、勝てばいいんですもの。大事なのは結果ですわ」

 耳から手を下ろして、膝の上に置きレティシアは姿勢を正した。
 青い瞳を細めて、美しい笑みを浮かべた。
 

 平静を装い姿勢を正すも止まない幻聴に王太子の婚約者の仮面にヒビが入る。

「愛らしい笑顔なんていらないもの。アリア様のようにどんなときも優雅に微笑む。王に相応しい殿下の隣に相応しくあるために、後見だけでもお役に立てれば光栄ですわ。民のためにがんばる殿下が幸せになれるように、私は殿下のためにありますもの。エイベルが裏切っても殿下が作る国は輝かしいものです。クロード殿下は負けません。殿下が努力して捧げてきた時間も、殿下が掴んだものも決して裏切りません」

 アリアは目を見張る。
 クロードのためにと姿勢を正して語る姿は覚えのあるもの。レティシアがクロードを裏切るような性格をしていないことを思い出す。アリアの教え通りに佇む姿に笑みをこぼした。

 姿勢を正しているレティシアの膝の上に置かれている指先がかすかに震え、瞳が揺れ始めた。
  

「陛下、殿下、おやめください。これ以上は娘の名誉に関わります」

 ルーン公爵の抗議の声は無視される。穏やかな顔で見ているクロードには聞こえていなかった。

 公爵令嬢の仮面が、最後には淑女の仮面が外れ背筋を伸ばして座っていた体が床に崩れ落ち耳を塞ぐ。
 監禁され一睡もせず一日経つ頃には幻聴がレティシアの心に入り込む。

「やめて!!消えて!!お願い、ゆうがに、ウンディーネさまのおしえを」

 耳を塞いでいるレティシアの青い瞳からポロポロと涙がこぼれる。

「リオ、たすけて、エドワード、おじ様、いやあぁぁぁ。わ、我願う。ルーンの」

 嗚咽まじりの声とともにレティシアの腕の魔導具が壊れ、全身が青い光で包まれる。

「ノームよ。かのものを鎮めよ」

 レティシアとレオの魔力がぶつかり合い負けたレティシアは意識を失いバタリと倒れる。髪飾りが壊れ、長い銀髪が床に広がる。レオがレティシアの腕と足に魔封じを施し歪んだ笑い声が響く。

「まだまだこれからだ。兄上はどうするか。食事を置いておくよ。食べさせようか」

 レティシアは用意された食事に口をつけない。レオの声にレティシアは首を横に振る。

「威勢もないか。お楽しみはこれからだ。助けはこない」
「待ってれば、きっと、兄さまが、約束、」
「兄上はリアナといるから来ないよ」

 虚ろな瞳で力なく呟くレティシア。しばらくして意識を失う。
 レオがレティシアの額に手を置くと、呼吸が荒くなり、眉間に皺が寄り魘され始めた。
 目を醒ますとレティシアは真っ青な顔で泣き叫び、魔力を放出するも楽しそうに笑うレオの魔力に負けて意識を失う。

「いやぁぁ。やめて!!お願い!!邪魔しないから、どうして、殿下、ごめんなさい。もう嫌、我終焉を望むもの。血も魔力もお返しします」

「殿下!!これ以上は娘の名誉に関わります。どうかお止めください」

 何度も映像を止めるように進言しても聞き流されたルーン公爵の厳しい声が響く。
 愛娘が必死に積み上げてきたものが壊されていく。最後までルーン公爵家の教えに従い抗おうとした娘の心が砕けた姿を大衆の目に曝されるのは許せなった。
 レティシアが唱えているのは体を消滅させるための詠唱だった。
 魔力が豊富でルーンの血を引く利用価値の高いレティシアに許される自害方法は一つだけだった。

「無実は証明されました。これ以上は規定通りに。被害者はレティシアです。王家に忠義を貫いた娘に」
「父上、これ以上貶められるなら僕達も覚悟を決めましょう」

 エドワードが立ち上がり王族を冷たい眼差しで見つめ微笑んだ。
 ルーン公爵夫人は映像を流す手を止めない王宮魔導士を鋭い目で睨んだ。
 王宮魔導士は体が震え、集中力が乱れ記憶さらしの映像が消える。
 ビアード公爵とスミス公爵が警戒して剣に手を添えた。

「クロード、クロード」

 クロードは国王に肩を叩かれ我に返る。
 ルーン公爵夫人の殺気にあてられ、真っ青な顔の貴族達を見ながらゆっくりと椅子から立ち上がる。

「これを見て、まだ不貞を言うものがいるかい?レティシアとレオが私的に話したのは監禁された日が初めてだ。レティシアは私を裏切っているかい?無礼講だ。異議のある者は答えよ」

 冷気を纏うルーン公爵夫人とエドワード、笑みを浮かべながらも冷たい声音のクロードに異を唱えられる者は誰一人いなかった。

「今後レティシア・ルーンとレオとの不貞を口にするなら不敬罪に処す。目にしたものは箝口令を敷く。この儀はここまで」

 王家と上位貴族が認めたものはフラン王国の常識になる。
レティシアは被害者でレオとは何も関係はなかったと証明された。
顔色の悪い貴族達が退室し、国王夫妻、クロード、ルーン公爵夫妻、エドワード、レート公爵、ビアード公爵が残り、レオの記憶さらしが再開された。

「ウンディーネ様、助けて、捨ててください。傲慢な私が、ごめんなさい、殿下、お父様、おかあさま、アリアさま」

 憔悴するまで弱り生きる気力を失い、暗い瞳を閉じて涙をこぼしたレティシアを見たクロードの握った拳からポタポタと血が流れた。
アリアは真っ青な顔で震えた。
ルーン公爵夫人とエドワードは無表情でレオを見た。
ビアード公爵は無表情でルーン公爵家を警戒して国王の傍に控えていた。
たった一人穏やかな顔の国王は意識を失ったレオを見た後にクロードを見た。

「満足か?」
「いいえ。ですが後悔はしていません。私は裏切り者を重用してまで栄華を極めたいとは思いません。廃嫡にしたいならどうぞ。レオの望み通りですよ。私は生涯忘れませんし許しません。弟が好きにするなら私も好きにしても構いませんよね。失礼します」

 国王は冷笑を浮かべ部屋を出て行くクロードの背中を眺めた。
 アリアは震えを止めるように自身の体を抱き、ルーン公爵に縋るような視線を向けた。

「レティの容態は」
「峠は越えました。ルーン公爵家としては娘を王妃にするつもりはありません。事を荒立てるつもりもありません」
「王家の力が必要ならいつでも。レティに会えるのを信じています。ルーンの力を」
「失礼します」

 アリアの言葉にルーン公爵夫人とエドワードの纏う空気が冷たくなった。
 ルーン公爵はアリアの言葉を遮り、礼をして妻と息子を連れて愛娘の待つルーン公爵邸を目指した。数刻前までレティシアを糾弾していたアリアに妻が不敬を働く前に。
 これ以上愛娘を悲しませないために。

 ****
 
 ルーンの花を抱いて眠っていたレティシアは目を開けた。
 暗闇の中、ほのかに香る馴染んだ匂いと血の匂いに慌てて起き上がった。

「殿下」
「レティ!? ごめん。どうしても顔が見たくて、寝込みを襲うつもりは」
「殿下、お怪我を、血が、血の匂いが」

 レティシアは動揺しているクロードの言葉を遮り、明かりをつけた。濃厚な血の匂いがするクロードの握り拳を見て眉を寄せた。クロードを無視して手をがっしりと掴んで血が流れている手のひらに治癒魔法をかける。

「危害は加えません。次はきちんと王宮の治癒士に治してもらってください。守秘義務は守りますよ。ルーンが誇る治癒士はどんな時も職務に忠実です。決して私情で動きません」

 深夜に忍び込んだクロードは冷たい声で手を握るレティシアの手を引いて抱き寄せた。

「ごめん。お願いだから、少しだけ」

 レティシアはクロードの冷たい体と震えに驚き、背中にそっと手を回し治癒魔法をかける。

「きちんとお休みください」

 クロードはレティシアを抱きしめ、温かい肩に頭を預けた。背中に回る懐かしい腕にとうとう涙がこぼれた。

 レティシアがクロードに抱えてくれていた想いは知らなかった。
 いつも自分の声を聞き、支えてくれる少女が一心に幸せを願っていたことも、ずっと隣で相応しくあるために努力してくれていたレティシアに愛しさが溢れていた。
 愛しい少女の不安に気付かなかった。
 クロードの甘さが辛い目にあわせた。
 昔も今もレティシアはクロードに助けを求めない。
 心が壊れたレティシアが選んだ魔法は消滅。
 ルーンの血は治癒効果があり、レティシアの不貞行為が証明され裁くなら被験者として研究所に差し出すようにアリアから命じられていた。

「レティ、もう二度と許さないから、どうか」

 レティシアは濡れる肩に気付かずに、クロードに抱きしめられながら懐かしい温もりにどんどん瞼が重くなり耐えられず目を閉じた。

「ごめん。私が鈍かった。え?」

 クロードは顔を上げると、寝息にようやく気づいた。眠るレティシアをそっとベッドに寝かせた。

「無詠唱の治癒魔法か」

 手の傷は綺麗に塞がり、ずっと重たかった体が軽くなっていた。
 レティシアから直接注がれた魔力が体に馴染んでいき、頭がクリアになっていく。

「殺しはレティは嫌がるか。私が欲しいものをくれるのは君だけなんだ。今度こそ守るから」

 レティシアの寝顔を眺めながらクロードはこの後の計画を変更した。レティシアの手を握って魔力を送っていると人の気配に慌てて布団をかけて部屋から消えた。
 クロードは失念していた。レオとクロードの魔力は性質がよく似ていることを。
 部屋に入ったシエルは魘されているレティシアに駆け寄り手を握る。


「お嬢様は私達の自慢です。王国一のご令嬢です。努力家で優秀で」
「シエル?」
「お茶をご用意しますか?」

 目を開けて全身に汗をかいているレティシアが起き上がり頷いた。

「変な夢を見ました。いけませんね」

 レティシアはクロードが泣いている夢を見た。
 ありえない夢に首を横に振り魔法で汗を流す。
 シエルが用意した鎮静作用のあるお茶を飲み、ルーンの花を抱えて再び眠った。
 




 明け方に帰宅したルーン公爵夫妻はレティシアの部屋を訪ねた。
 ぐっすり眠る寝顔を眺め、憔悴した顔のまま何度も自決しようとした愛娘の手を握る。

「苦しくても、生きててくれて良かった」
「レティシア、すまなかった。護衛が足りなかった。婚約さえ結ばなければ」

 魘されはじめたレティシアにルーン公爵は癒しの眠りの魔法をかけ、ルーン公爵夫人はずっと手を握っていた。

「レティ、大丈夫よ。守ってあげるわ。怖いものは吹きとばすわ」
「レティシアは立派なルーン公爵令嬢だ。どうか私達よりも生きてくれ」


 その頃エドワードはルーンの魔導士に命じてレティシアの部屋に仕掛けをしていた。

「魔法陣を探してください。殿下の仕掛けたものを。ルーンの力の見せ所です」

 この日からクロードはレティシアの部屋に姿を見せなくなる。
 レティシアの部屋に仕掛けられた転移魔法封じの結界とルーン公爵夫人が物理で追い返しているのを知るのは一部の者だけ。クロードを傷付けてもルーンの治癒魔導士が癒すため何も問題はないとルーン公爵以外が考えていた。もちろんルーン公爵は知らない。


 ****

 ルーン公爵夫妻はレティシアを王都から離れたルーンの別邸に連れてきた。
 ウンディーネを祀る神殿の近くの別邸は本邸よりも水の魔力が漂っているため療養には最適だった。
 マール公爵夫人の提案で昔からレティシアが好きな大きな泉でピクニックを始めた。

「泳いでもよろしいでしょうか?」
「少しだけにしなさい」
「ありがとうございます。エドワード、行きましょう」
「姉上、手をどうぞ、お気をつけください」

 水の魔力の満ちている泉にエドワードとレティシアが飛び込み泳ぎはじめる。水の精霊の加護を持つルーン一族は筋力が衰えても魔力を纏えば水の中なら自由自在である。
 レティシアもエドワードも歩く前に泳ぎを覚え、ルーン一族らしく水遊びが一番好きな子供だった。

「後悔したなら、これから取り戻しなさい。赤子のレティを抱いて泣かれてから常に隠れて眺めているだけ。頼られなかったのは当然よ。レティではなく貴方達が頑張りなさい」
「お姉様、だって」
「言い訳するならうちで引き取ってもいいわよ。子供の成長は早いわ」

 楽しそうに水遊びをしている二人を見守る不器用なルーン公爵夫妻にマール公爵夫人が釘を刺す。レティシアの家族の枠に入っているのはエドワードとマール公爵夫妻と息子達。

「多忙過ぎたレティにようやく子供の時間が訪れたわね」
「レティに武術を覚えさせたほうがいいかしら。扉を脚力で壊せれば」
「しばらく療養させなさい」

マール公爵夫人は全てを物理で解決させたい妹の発想にため息をつく。
手のかかる妹と違い、絶望した姪が見事に乗り越えた頼もしい姿に微笑む。
そして潜んでいる息子達に妹が気付かないように注意を逸らす。


「レティが楽しそうだ。体力も戻って来たか」
「シアよりもご自身の体調管理をお願いします。面会はさせられませんが、食事をしてくださるなら明後日は庭に連れ出しますよ」
「回復薬を飲んでいるよ」
「殿下、行きますよ。バレてます。エドワードに」

リオは魔力の気配に結界で覆う。
パチンと結界が弾けて冷たい水に襲われびしょ濡れになる。

「入学前から魔法が使えるなんて凄いですわ」
「雨乞いはまだできません」
「雨乞いは入学したら教えてあげますよ。治癒魔法よりも簡単ですよ」

楽しそうに話すレティシアとエドワードを眺め、制服姿のクロードはリオと共に転移魔法で消えた。
マール公爵夫人はリオからクロードを力づくで追い返すルーン公爵夫人とエドワードについて相談を受けていた。
 王家とルーン公爵家の対立はフラン王国の危機のため眺めるだけならと協力した。
 夫にしつこく求婚され、マール一族の執念深さを知るマール公爵夫人は優しく甘いレティシアがクロードから逃げられるとは思えない。それでも中立の立ち位置を選んでいた。
 





レティシアは休養日に訪ねてきたリオから渡される本に首を傾げた。

「リオ兄様、貴重な魔導書をよろしいんですか?」
「もう読み終わった。俺は結界を極めないから、いらない。うちよりもルーン向きだろう」
「これを覚えればリオでも壊せない結界を作れますか?ありがとうございます」

 クロードが手に入れたとは気づかずにレティシアは泉に足をつけながら魔導書に読み更ける。
 魔封じされた場所でも使える結界魔法が記されている禁書とも、クロードがルーン公爵家を攻略するために無茶をしているとは気づくことはなかった。

「今は作るなよ。どれも魔力を大量に使うものばかりだ。体が本調子に戻ってからにしろよ」
「体は動きませんが魔力は問題ありません。ここは水の魔力に溢れているので体が軽く調子も良いですわ」
「姉上、そろそろ戻られませんか。明日は母上が乗馬を教えてくださるそうですよ」
「馬に乗るのは初めてですわ」
「待て、まともに歩けないのに乗馬は早いだろうが。叔母上の感覚がおかしいのは相変わらずか…」
「お話するようになってから気付きましたが、お母様は少し変わってますわ。今日は楽しそうなお顔でビアード公爵家の訓練に出かけていかれました。ビアード公爵とお友達とは知りませんでしたわ」
「ターナー伯爵家出身なので気が合うのでしょう。僕も母上のように強くなれるように励みます」
「ルーンは安泰ですわ。私も頑張らないといけませんわ」
「姉上はゆっくり休んでください」
「衰えた容姿を戻すのが先決ですね。やせ細り、酷い容姿では社交にでれませんわ」
「姉上は常にお美しいです」

 ルーン公爵家は自然に笑うようになったレティシアのために権力と力を使い、ようやく訪れた平穏な時間を守っていた。
 我慢強いレティシアが泣き叫ぶほど苦しめられた姿はルーン公爵夫人とエドワードの庇護欲を刺激し、今までの厳しさが嘘のように過保護になった。


 学園に入学していないエドワードは体力と筋力を戻すための訓練を始めた姉が無理をしないように常に寄り添い、クロードとの面会は断り、近づけないように見張っていた。
 ルーン公爵は頻繁に顔を見に行き、ルーン公爵夫人はレティシアの悪夢に魘される手を握り王家への呪詛とともに娘への優しい言葉を掛け続けた。
 レティシアは優しい両親とエドワード、時々リオやマール公爵夫妻と過ごしながらトラウマを克服する決意をする。

「シエル、学園についてきてくれますか?」
「はい。どこまでもお嬢様についていきます。今度こそお守りします」
「ありがとうございます」

 悪夢に魘されると手を握ってくれるシエルの手をギュっと包みレティシアは微笑む。
 レティシアの希望で目覚めて二か月後に学園に復学する。
 ルーン公爵は復学手続きとともにレティシアが目覚めたことを王家に公表した。
 レティシアはルーン公爵令嬢としての新たな一歩を踏み出した。
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