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番外編
リーンの側近 初めての侍女
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三大陸のうち、西の大陸を統一したのが大国である。
3代目の王が統一を成し遂げてから、数多の争いも、大災害も大国王家によって沈められ、民を率いて富を増やし、代々国力が強くなり長い年月をかけ世界で一番力を持つ国に成長した。
初代国王は王族たるもの国のために命を捧げよ。王家に仕える忠臣達は大国民たるもの王家に命を捧げよが口癖だった。長い年月をかけてその言葉は受け継がれ、いつの間にか国の指針になっていた。
王族たるもの国のために命を捧げよ。
大国民たるもの王家に命を捧げよ。
幼い頃より教え込まれる教えの捉え方はそれぞれであるが王家には逆らわないは大国民の常識である。
大国貴族は王家のために忠義を尽くせと先祖の教えがある。表向きは教え通りに見せかけるが、二心を持つものも多い。
王家に忠義を尽くすことを第一に考える貴族と家を大きくすることを第一とし国を思いのままに動かすかことを企む貴族。
貴族をはじめ全てを利用し、国を豊かに導くことが王族の務めだった。
大国貴族の令嬢の道は3つ。
王族に仕える。
家のためになる婚姻。
市井に降りる。
王族のためか家か自分のために生きるかだった。家名を捨てても能力さえあれば生きていけるのが大国である。
有力貴族達は娘は、妃か王族の侍女として差し出す。
王族に認められることは大国の貴族として名誉なことであり、一族から誰も王家に認められなければ無能と陰であざ笑われた。
令嬢達の一番の憧れは王族の妃。
次点は姫の腹心。
姫に仕えれば、王族との面識ができる。姫は他国の賓客の接待を任されるため姫に仕えることが一番の良縁への近道だった。一時的でも姫に仕えれば王族に認められる教養を持ち忠義を尽くす令嬢として評価された。王族に仕えた令嬢は貴族子息や民にも人気が高く令嬢の価値を高めるには一番簡単な方法だったが姫の侍女は競争率が高い。大国貴族は身の回りのことは全て自分でできるように教育されるため近くに置くのは少数精鋭のみ。
ごくまれに数多の従者を持つ者もいた。ただ有能と認められる王族は腹心は片手の数しか持たない。そのため、幼い頃から仕えさせようとする手を回す貴族が多かった。
***
後宮の管理は正妃の役目である。そして側妃達を束ね、妃や姫を使い王の補助も。正妃の下には側室筆頭妃。公式ではこの二人以外の妃には身分の差はない。
実際は生家の身分が引き継がれているため、上位貴族を親に持つ妃に逆らうことは許されず良識のある妃は弁えていた。
正妃は他国から輿入れしたため、侍女の選定は側室筆頭の第二妃が任されていた。第二妃は最低限の教養があり、王族に危害さえ加えなければ受け入れる。侍女の仕えたい姫と妃に面会させ了承が取れれば仕えさせた。優秀な姫の育成も後宮を預かるものの役目で、人を見る目と扱い方を覚えさせるためには良い教材だった。
令嬢達は公務で見せる慈愛のある姫の顔しか知らない。いつも笑みを浮かべる姫達の裏の顔は。そのため父の希望に沿った姫か自分が好きな王子を兄弟に持つ姫を選んでいた。
後宮で働く女官は侍女と下女。
侍女は専属の主の命令だけに従い、下女にも命令する権利を持つ。後宮の姫は乳母が世話をするので、侍女がいなくても困らない。有事の際は侍女よりも身分が低く命令に忠実な下女を使うので、専属の侍女を持たない姫もいた。稀に姫の中では自分を主と認める侍女を持つことを優秀な証と思う者もいた。
令嬢達は当主に最低3年は姫に仕えるように命じられる。後宮に侍女としてあがり、すぐに辞任させられれば無能と評され一族の恥。唯一の例外が王族や有力貴族に見初められ、婚姻を望まれた時だけである。
王や王子に取り入りたい貴族も多い。
貴族の間では第七妃が寵妃と有名だった。無能を切り捨てる王が王家の役に立たない病の姫を生かしているだけで王が病を持つ姫を大事にしていることも。
第七妃は慎ましさと美しさで後宮入りが決まった弱小伯爵家出身の令嬢である。
妃の生家への国からの報奨を伯爵は辞退した。王族のために生きる伯爵は野心はなく、自分の能力はわかっていたので、領地も爵位の格上げも断り、娘が王の役に立つことを願う善良な人間だった。
第七妃は献上品は全て正妃と第二妃に差し出し、慎ましい妃は静かに話を聞くだけで王に進言することは決してないため家臣達が取り入ることはできなかった。
当時第七妃の子供は王子と姫だが変わり者の王子に取り入れる者はいなかった。姫は病のためいつ死ぬかわからない。侍女になることは令嬢の価値はあがるが、王の評価とは関係ない。
ほとんどの貴族は病を抱える姫に取り入ろうとしなかった。思惑を持っていても利用価値のない二人に近づく貴族はほとんどいなかった。
王は死にゆく姫を支えた侍女の家なら厚遇するかもしれないと目をつけたのがイナの父である。
イナの父である伯爵は野心はあっても力も能力もない男。
周囲に認められるために王の信頼が欲っして王子の側近に差し出した息子は「王子は言葉が通じないから仕えられない」と二日で辞退した。王子への不敬な言葉と主を見余った息子の所為で伯爵家の評価はさらに下がっていた。どんな異質な王子でも臣下に付きたいと申し入れたのに自己都合で辞退するのは無能の証。自分の能力に見合った王子を選べなかった家臣を優秀な王子が重用することはないので伯爵子息は出世は望めなくなった。
「イナ、侍女になりなさい」
イナは平凡な容姿のため王子に見初められるのは無理だとわかっているので突然の父の言葉に刺繍をしていた手を止め顔を上げる。
「お父様、どうしてですか?」
「第七妃殿下の姫様にはまだ侍女がいない。どうせ数か月くらいだろう。我慢して仕えなさい。その後は好きにしていい」
イナは侍女になるつもりはなかった。成人したら家を出て一人で自由に暮らそうと用意をはじめていたが父に逆らい癇癪に付き合うのも面倒なので頷く。家の評価はもう下がりようがないので、給金を貯めて成人したら辞任しようと思いながら。
***
イナは侍女試験を合格し美しい第二妃と面談し第七妃の姫に仕えたいと願うとすぐに了承された。
第七妃のもとに案内されイナが挨拶をすると澄んだ瞳で静かに見つめられイナは一瞬寒気に襲われる。
「リーンに仕えるのが嫌になったら穏便に返してあげるわ。間違っても愚かなことだけはしないで」
しばらくすると上品な笑みを浮かべた妃がイナはなぜか怖かった。
イナ達は騎士が扉の前に立つ部屋に入ると扉の開く音に気付いたリーンがゆっくりと目を開けて、のろのろとベッドから起き上がる。
「リーン、寝てていいわ」
「お顔が見たいです」
体を起こしたリーンは第七妃を見てニッコリ笑う。
イナの前には金髪の痩せ細った小さい姫が愛らしい笑みを浮かべていた。
「リーンの侍女を連れてきたわ」
「お初にお目にかかります。イナと申します」
イナが礼をして顔を上げるとリーンは布団の中からイナに向けて右手を伸ばす。
「リーンです」
差し出される細い手に、イナは意図がわからず見つめていると、部屋の隅に控えていた医務官が呆れた声を出す。
「握手ですよ。姫様はあまり話せません」
リーンの体がふらつき、崩れ落ちるのを第七妃が手を伸ばし支える。
「リーン!!」
「ごめ、ん、なさ」
「母上、そろそろ時間が。リーンは俺が」
リーンの部屋を訪ねた王子は動揺する母と意識を失いそうな妹に近づき、リーンをそっとベッドに寝かせる。
「治療の邪魔になります。行きましょう。お客様もどうぞ、気にせず。お見苦しい姿を見せて申しわけありません」
王子は爽やかにイナに声を掛け第七妃の手を取りリーンの部屋から連れ出す。
呆然として動けないイナの前にはベッドに横になり真っ青な顔で胸を押さえるリーンがいた。
「邪魔なんで出てってください」
医務官はイナに声を掛けても動かないので放置を決め、リーンの体をゆっくりと起こし、薬を飲ませ、目を閉じたリーンをベッドに寝かせて離れる。
王子は部屋に戻ると、眠るリーンと呆然とするイナを見て口を開く。
「やめていいよ。侍女がいなくても困らない。俺達に近づいても父上の後ろ盾は無理だ。侍女の変更の申請をすればいい」
イナは必要ないと言われてもここで帰れば父の癇癪と令嬢達からの蔑みが待っているので頷きたくなかった。
「恐れながら、事情を教えていただけませんか」
「デジロ、説明しろ」
「姫様は妃殿下の訪問に、無理して起き上がり応対しました。胸の痛みで話せなくなったので、挨拶代わりに手を出し、痛みで体に力が入らず倒れました。必死で我慢してましたが限界でした」
「御苦労だった。次からは仕える相手の下調べを。子供にも容赦のない王族は多いから。次の主を決めるまでリーンに仕えるフリをして後宮にいてもいいけど」
「無能」
「子供だ。仕方ない。気をつけて」
イナは王子の言葉に礼をして退室する。
あの時、リーンの差し出す手を取れば倒れなかったかもしれない。自分よりも幼い少女に気を遣われたイナは自己嫌悪に襲われながら後宮を歩いていると、声が聞こえて視線を向けた。
「譲りなさい」
「私が先にいましたわ。場所を譲る謂れはありません」
「教養のない血が混ざると」
「そのお考えが・・・」
微笑み合いながら静かに罵り合う姫を見て、イナの姫への幻想が崩れた。広い後宮内でお茶する場所を争っている風景に呆れた。
イナは公の場に出る慈愛の笑みを浮かべる姫しか知らなかった。足を進めてもまともな姫には出会えず、母を気遣うリーンだけがまともに見えた。イナは女の戦いには巻き込まれたくなかった。
ただ王子の言葉を思い出すと今のままでは戻れずリーンのことを調べることにした。
リーンの部屋には限られた者しか入れず国王の気まぐれで生かされているだけの姫。偏屈姫。調べても碌な情報はなくイナは調べているうちに段々腹が立ってきた。痛みを我慢して愛らしい笑みを浮かべた姫は意地悪な姫には全く見えなかった。
イナがリーンの部屋の前に行くと扉の中から若い医務官が桶を持ち出て来た。桶の中のタオルと水と金の髪を見てイナは目を見張る。髪の手入れには必要なものは多く明らかに足りない。
イナがリーンの部屋に入ると、ベッドの中で起き上がっているリーンと視線が合いニッコリと笑いかけられる。
「驚かせて、ごめんなさい」
イナにはお茶が気に入らないと不機嫌な顔で侍女を罵った姫のほうがよっぽど意地悪に見えた。
病のため体に負担をかけさせてはいかないので、あまり話させないように配慮する。
「いえ、お気になさらないでください。姫様、敬語はいりません」
イナはリーンの枕元に置いてある櫛を見て、まだクビになっていないので侍女の仕事をすることにした。
「お髪を整えてもよろしいですか?」
きょとんとするリーンに近づき、イナは丁寧に髪の手入れをはじめる。
「ありがとう」
手入れをするとリーンのすさんだ髪が、徐々に輝きを取り戻す。イナはリーンが最低限の世話しかされていないことがわかり自分にできることを見つける。後宮で見た姫の中で一番好感の持てた姫の傍にいることにした。今までリーンの世話をしていた医務官はイナの細かさに呆れてもイナは譲らない。イナは医務官にリーンの体調を細かく聞きながら世話をする。眠る時間は長いが起きると愛らしい笑顔を浮かべる姫は可愛いくリーンの部屋の外で起こる醜い争いのあとは特に心が洗われた。
イナは有能な姫は社交に忙しく、常に後宮に残るのは幼い姫か無能の烙印を押された姫とは知らなかった。
***
起きるといつも笑顔のリーンでも顔が曇る時がある。
「姫様、飲んでください」
高齢の医務官に渡された顔よりも大きなコップを震える手で持ち、泣きそうな顔でリーンが口に含む。
「交代します」
「時間か。姫様、しっかりお飲みください」
「はい。ありがとう、ございました」
高齢の医務官が退室すると、若い医務官が近づきリーンの手からコップが取り上げる。
「もう少しだけ起きててください」
小さいコップに新たに入れられた薬を渡されリーンはニコッと笑いゆっくりと飲み始める。鼻を刺す異臭のする大きなコップの中身は一生懸命飲んでいるのに、全然中身が減っていなかったリーンが解放されたことにほっとする。医務官により治療は異なり、若くて無礼な医務官がくるときだけはリーンが安心した顔をするので口に出さないがリーンが問題ばかりおこす若い医務官を気に入っているのをイナは知っていた。
リーンはあまり話さないが、その分リーンの瞳が話していた。リーンの視線をうまく読み取れず若い医務官に何度無能と言われてもイナは諦めず傍で世話をした。そして医務官の中で一番優秀そうな無礼な医務官を質問攻めにしながら、リーンの体調について学んだ。
ほとんどベッドに横になり過ごしているリーンは体調が良く起き上がれる時は読書をする。
高熱で起き上がれないリーンが名残惜しそうに本を一瞬見つめたのを見つけたイナが代わりに読み聞かせると嬉しそうに笑う顔が可愛くイナがリーンのためにできることが増えた日だった。
兄王子や王がリーンに与える本は絵が多く、様々な国の物。イナは兄王子の読み聞かせる異国語を聞きながら必死に覚えた。読み聞かせる時に発音を間違うと無礼な医務官に訂正されるのが悔しかったわけではない。
イナは自分に懐いてくれているリーンが可愛く好きになり、生まれて初めて父に感謝した。
***
兄王子はすぐにやめると思った侍女がリーンと親しくなった様子を微笑ましく見ていた。イナの兄のように無能なら遠ざけようとしたが、イナの根性が気に入りやめた。医務官にリーンの状態を聞きながら世話をする姿は好感が持ち、無能でもきちんと考えて主の利になるように動く者は嫌いではなかった。なによりリーンの傍に家族以外の味方が増えるのは歓迎した。
イナがリーンに本を読んでいると兄王子が入ってきた。
「リーン、旅に出る」
兄王子はお忍びが趣味だが、告知することはなかった。
「お兄様?」
「リーンの病を治す薬を絶対に見つけて帰ってくる。それまで待ってて」
リーンが手を伸ばすと兄王子がリーンを起こして抱きしめる。
「無事で、帰ってくるって約束」
「約束する。俺ともだ。生きて待ってて」
「はい」
「早いが誕生日祝いにラセルをリーンにやる。俺はいらない」
「ラセル様が悲しむ。お兄様が、帰って、くるまで、お預かりします」
「行ってくるな」
「いってらっしゃいませ」
リーンは自分の額に口づけを落として去っていく兄を見送る。リーンはいつまで生きれるかわからないからいつも笑顔でいると決めていた。いつ死んでもいいように泣くのをやめた。家族のためにリーンにできるのは笑顔でいることだけだった。
リーンは兄の背中を見て決めた。兄は約束を守る。
今日からは1日でも長く生きれるように努力する。兄の背中を見ながら初めて死ぬのを待たずに生きようと。イナはずっと兄王子の出て行った扉を見つめているリーンの手を握った。
「姫様、イナはずっとお傍にいます。決して離れません」
「ありがとう。イナ、生きれ、るように、頑張る」
「イナもお手伝いします」
イナはいつもの愛らしい笑みではなく凛とした美しい笑みを浮かべたリーンを見て決めた。
家のためじゃなくてリーンのために傍にいようと。大好きな兄を一心に信じて、生きると決めた主を。
イナは休みには家に帰ってくるように父に言われても帰らない。リーンの世話は全て自分がしたいイナは休みの日もリーンの傍で過ごした。侍女は必要なものは全て支給されるので買い出しもいらない。侍女は高給取りであり、生活の保障もされているので独立準備は成人を待つだけ。休みにしたいこともなく家でバカな家族の相手をするよりもリーンと過ごすほうが有意義だった。リーンに仕えるイナは第七妃の庇護下であり美味しい食事もお菓子を下賜され家にいるよりも豪華で快適な生活を送っていた。
無礼な医務官が突然姿を消し、残った医務官達の治療はリーンにとって苦しいものばかり。
兄王子が旅立ってからは、イナはリーンの診察に常に付き添っていた。何もできなくても苦しむリーンの側で手を握るのは唯一のできることだった。
リーンは医務官に差し出される薬湯をじっと見つめて動かない。
「姫様、飲んでください」
「嫌」
「飲んでください」
「嫌」
「駄目です」
リーンが兄王子が旅立ってから治療に嫌な顔をするのは初めてだった。
リーンの口に無理矢理飲ませようとする医務官の手をイナは掴む。医務官とイナとの攻防が始まり、しばらくして第七妃が現れ、イナは掴んでいる医務官の手を放して礼をする。
「どうしました」
「妃殿下、姫様が薬を嫌がりまして」
「私が代わります。飲ませたら呼びましょう」
「かしこまりました」
医務官は幼く不満を言わないリーンには不敬を働けても、妃には逆らえないので礼をして退室した。
ラセルはリーンの泣きそうな声とイナと医務官の口論が聞こえ第七妃を呼びに走った。兄王子に何かあればすぐに母を呼べと命じられ、緊急時の妃の侍女とのやり取りを教えられていた。
ラセルに呼ばれて母が来たとは知らないリーンは泣きそうな顔で母を見つめた。
「お母様、リーンは死にたくない。これ飲むと苦しくなるの。お兄様、待てない」
第七妃は娘の言葉に真っ赤な唇を噛んだ。後宮内ではうまく立ち回っていたので、リーンを殺すものはいないと思っていた。第二妃はリーンに興味がなく、息子が旅立ち王の後継争いから手を引いたと判断されていた。妃は自分の甘さに後悔し、薬湯を違うコップに移す。
「イナ、これからは薬湯を飲むときは医務官を追い出しなさい。私の名を使いなさい」
「わかりました」
「リーン、内緒よ。危いものはイナに渡してお母様に届けさせて。わかるわね?」
「はい。でもお母様は・・・」
「3人目だから大丈夫よ。お母様は貴方に生きてほしい」
「はい。リーンは生きます。お兄様のように」
第七妃は袖の中にリーンの嫌がる薬を忍ばせ医務官を中に入れて美しい笑みを浮かべ労りの言葉を告げて立ち去る。
リーンは体力の限界を迎えベッドに横になり目を閉じ、彷徨う小さい手をイナが握りながら目の前の医務官の勤務の時は決して離れないことを決めた。王族のリーンに無理矢理飲ませる不敬の塊を冷たく睨み頭の中で報復を考えていた。
第七妃は極秘で薬を調べさせると致死量の毒だった。毒薬を治療に使うこともあるが、致死量を飲ませることは決してない。
国王は第七妃のもとに頻繁に通い、多忙で会いにいけない愛娘のことは第七妃にいつも尋ねていた。やる気のない医務官の報告は信用していない。
「リーンはどうだ?」
「陛下、ある医務官を非常に怖がりまして・・」
「外すか」
「申し訳ありません」
「リーンの動揺は命に関わる。医務官の代わりはいる。一応調べておくか」
第七妃の憂い顔に王は優しく体を抱きしめる。
野心家ばかりの妃の中で自分に逆らわず、子供のことだけに心を向ける寵妃の傍は居心地が良く、王に何も望まず、家族に寄り添う姿が好ましかった。
翌日医務官を調べさせ、王族の暗殺未遂に国王自ら首を落とした。
イナは話を聞き反省し、リーンの部屋に訪ねるラセルに武術を教わり始める。
兄王子が薬を持ち帰国してから徐々にリーンの体は良くなった。毎日診察は受けても常に医務官に付き添われることはなくなり起き上がれる時間も増えて穏やかな時間が流れはじめる。そしてリーンへの本格的な教育がはじまった。
その頃、リーンに仕えたいと1人の侍女が紹介された。
他の姫の侍女だったが暇を出された令嬢はあと1年は侍女として仕えなければいけなかった。プライドの高い姫はおさがりの侍女は受け入れない。また優秀な姫は無能な侍女はいらない。
他の姫にも断られ、最後の選択肢として部屋から出ない弱小の伯爵令嬢の侍女を持つ姫を選んだ。
リーンは令嬢達は侍女を続ける事情があることは知っていたので快く迎え入れた。
イナと一緒に新しい侍女はよく仕えていたためリーンに不満はなかった。
姫の身の回りの世話は侍女の仕事であり食事の手配もその一つ。
侍女の手配がなく、申し出がない限りは決まった料理が用意される。
食事の手配を任されているイナは留守であり、リーンは目の前に用意された食事を見て固まる。
品数豊かな豪華な食事は他の姫なら喜んだがリーンは胃が弱く、消化に良いものを少量しか食べられない。
自分を見つめる自信満々な新しい侍女の姿にリーンは諦めて行儀よく食事を始める。リーンの特技は吐き気を我慢すること。穏やかな表情で食べ、侍女が出て行った瞬間に桶の中に全て吐き出した。
侍女がナプキンを忘れたので、取りに戻るとリーンが血を吐いていた。
真っ青な顔で血を吐くリーンが侍女は気味が悪かった。リーンは慌てて、口元を拭いゆっくりと震える侍女に近づき、手を伸ばすと勢いよく振り払われる。
「汚い手で触らないで」
勢いよく振り払われた細く小さいリーンの体は突き飛ばされ、頭がテーブルにぶつかった。
「役立たずが!!さっさと死ねばいい」
イナはリーンの部屋から聞こえる声に慌てて部屋に入ると倒れて頭から血を流すリーンがいた。騎士に拘束された侍女には目をくれず、医務官を呼び治療させる。
リーンの治療中に自白剤を飲まされた侍女の報告書をラセルに渡され、イナが報告書を握り潰していると眠っているリーンの目がゆっくり開く。
リーンの手がピクリと動き、いつもはイナに伸ばされるはずの手は布団の中のまま。
イナは悲しい瞳で布団の中で拳を握った震える冷たい主の手を両手で包み込む。
「汚くありません。イナは姫様が生きてるだけで嬉しいです」
扉が開き、イナは部屋に入ってきた適任者に任せるために礼をして部屋を出る。リーンには兄王子の言葉が一番と知っていた。
自分を呼び出した父に苛立ち、成人したらすぐに家を出ると心に決めた。
リーンならイナが戻るまで食事を待っていた。
もともと食事に無頓着なリーンはイナが用意しなければ、兄王子に贈られた薬湯ですませてしまう。
食事に気付かないことも多いので、リーンに食事をさせるのはイナの大事な役目。
イナは新しい侍女が用意するとは思わず、リーンへの嫌がらせにしては酷すぎた。
イナは新しい侍女が姫達に不満を持っていることは知っていた。またリーンの兄王子に相手にされず、仲を取り持ってくれないリーンにも鬱憤が貯まっていることも。
表面的には真面目に仕えているので放置した。
姫に仲介を頼むなど無礼だが、令嬢の事情を知るリーンが許していた。私情を抑え微笑みを浮かべながら王族に仕えることを求められる貴族令嬢がバカなことをするとは思えず任期が終わるまでは我慢しようと思っていた。
リーンは侍女の処罰は望まなかったが国王は許さなかった。侍女の実家の侯爵家も共に裁かれ侯爵家は消えた。
王族に不敬を働くと命がないのは常識なので誰も同情しなかった。
リーンの病も完治し、社交デビューするとリーンの評価は一変する。
常に笑顔で美しい姫は民や貴族の支持を集めた。
第二妃は常に自分を立てる第七妃もリーンも評価した。誰もが嫌がる辺境の孤児院や被災地への慰問も笑顔で了承し、不満も一切口にせず社交をこなし、第二妃が求める成果を必ず持ち帰る。他の姫達がリーンを嫌っても第二妃のお気に入りだったため余計に嫌われていた。この頃は正妃は心の病に罹り療養中だったので後宮は第二妃が取り仕切っていた。
イナはリーンが認められるのは嬉しかったが外の世界はリーンに残酷だった。姉姫達に意地悪されてもいつもリーンは笑っている。
「リーン、侍女の希望がありますが受けますか?」
「許されるならお断りを。私ではなく義姉様達に。私は妃殿下がつけてくださったイナだけで充分です」
「わかりました。あまりに目に余るなら言いなさい」
「ありがとうございます」
イナは常に微笑むリーンが姉姫達の悪意ある言葉をそのまま受け止めていたとは気づかなかった。
その頃、王族の姫として仮面が上手に被れるようになったリーンは悩んでいた。
リーンは他の姫達に言われるように役立たずの王族の姫である。
目の前で剣を合わせている義兄達のように才能はない。
義兄のようになんでも作り出す手も持っていない。頭もよくない。
でもリーンには優秀な家臣がいる。
手を握ってくれるイナも頭を撫でくれるラセルもいる。
リーンは決意した。兄に頼みごとをするときは姫でなはく、娘として頼めと教わっていたリーンは自室にお茶を飲みに訪ねた父にお願いすることにした。
「お父様、お誕生日の贈り物にお願いがあります」
「リーンの会いたい以外のお願い初めてだな。何が欲しい?」
「リーンは大国の姫として相応しくありません。お勉強してお父様達のお役にたてるように留学させてください」
「り、留学?」
「本の知識ではなく、自分の目で見て、足で歩くと見える世界が変わると皇子様達は教えてくださいました。希望があるなら受け入れてくださるとお話もいただきました」
国王は元気になった愛娘の願いを叶えてやりたかった。リーンに留学を誘った他国の皇子の存在は不愉快だったが・・。
「留学先は私が決めてもいいか?」
「はい。よろしくお願いします」
にっこり笑った愛娘を見て、リーンを誘った皇子達のいない国に留学させることを決めた。
留学先が決まり、執務の空いた時間にリーンを呼び待っている王の机の上に宰相が行程表を置いた。
王はリーンと同じ年頃の姫のいる国をいくつか巡らせ、すぐに帰国させるつもりだった。
宰相が用意したものに、非難の視線を向けているとリーンが礼をして入ってきた。
王の机の上には2枚の紙が置いてある。
宰相は王が話す前にリーンに行程表を渡す。
リーンは書類を読むと、半年と7年と記載があった。
「お父様、しっかりお勉強して社交をこなしてまいります」
王は目を輝かせる愛娘に弱かった。宰相の思惑もわかっていた。
リーンが訪問するのは安全な友好国だが半分の国は王太子の婚約者を決めてない国。王はリーンにお見合いさせるつもりはまだなかった。
できれば可愛い愛娘は自国の貴族に嫁がせ、自分の傍で過ごして欲しかった。王は恐る恐る愛娘に聞いた。
「リーン、どっちがいい?」
「両方行って参ります。有事の際は呼び戻してくださいませ」
「リーン様、お気をつけて。準備は私が進めましょう」
「ありがとうございます。こちらはいただいてもよろしいですか?」
「はい。リーン様のものですから」
リーンは愛らしい笑みを浮かべて礼をして退室した。目の前の父が固まっていることは気付かなかった。
「図ったな」
「まさか」
王は笑みを浮かべる宰相の首を落としたくても、自分が困るのでできなかった。
王は泣く泣くリーンを長い留学に送り出す決意をした。
留学が決まってからは時々暗い顔をしていたリーンが明るくなりイナは喜び一緒に留学準備を進めた。他の姫の侍女の嫌味をイナは気にしない。リーンが姫の中で一番優れているとイナは知っている。リーンが国王にもたくさんの人に愛されるのは同情ではなく、リーンの魅力である。
イナはこの頃には誰よりも優秀な侍女を目指していた。
リーンは留学中はいつも楽しそうだった。
たくさんの人を魅了しても鈍いリーンは向けられた好意に全く気づかない。リーンを傷物にしたら首を落とせと言う王の命令がなくても護衛騎士はリーン必死で守る。
残念ながら、どんなにリーンを口説いても社交辞令と思いこむ主の訂正は誰もしなかった。余計なことを言えば国王の怒りを買う恐れがあり、なにより愛らしい大事な姫は色恋より勉強に夢中のため邪魔は排除した。
護衛騎士は苦労してもイナとリーンには楽しい留学生活だった。特にイナは各国の服を着せてリーンを飾り立てるのを楽しんでいた。
リーン達が帰国して婚約者を決めた頃イナに縁談の話が来ていた。父がリーンにイナの帰参願いを出したので、イナは家に帰ってきた。帰りたくなくてもリーンの命令には逆らわない。
「イナ、よくやった。侯爵家からの縁談だ」
「お断りします」
「良縁だ」
「イナはリーン様の侍女として生きます」
「リーン様には先がない。病で亡くなり、最後まで姫を支えたイナのおかげでうちが取り立てられると思っていたが、この良縁を逃すのは惜しい」
父がリーンの死を願っていることは腹立たしいが、無視していた。
成人したら家を出る予定だったが旅に出たため、まだ籍は家にあった。
「お父様、今までお世話になりました。イナは家を出ます。伯爵家の名を捨てます」
「この縁談から逃げることは許さない」
「家を捨てたので、従いません。いつまでもお元気で」
イナは父の声を無視して家を出た。後宮に帰り、父の面会は無視すればいい。
リーンが異国に嫁ぐので試験に受からないと同行できないので、イナは勉強をしなければいけなかった。父に構う暇などなく、家に思い入れはなかった。母は幼い頃に亡くなった。兄ともほぼ関わりはない。リーンに仕えてからは全く家に帰らなかったので、イナの大事なものは家にはないので荷造りもいらなかった。
****
イナが家を捨てたことはリーンは知らなかった。
リーンは小国に嫁ぐための準備に追われていた。
新しい侍女が必要なため侍女候補の書類を眺めているとイナが入ってきた。イナが家に帰省する理由を伯爵から聞いていたリーンはイナに微笑む。
「今までありがとう」
イナは綺麗な笑顔を浮かべるリーンを見つめた。
「姫様、一緒にいきます」
「私が嫁ぐのは小国よ。イナの家の利もない。それに」
イナはリーンの考えていることがわかった。弱小国に嫁ぐ姫に付いていくなんて、貴族令嬢は望まないと。
「姫様、イナはずっと一緒にいると言いました。どこに行っても付いて行きます。家は捨てました」
「え?」
「昔から決めてました。イナは姫様と生きたいです。姫様の生きる未来を信じないなんて許せません。死にゆく姫を支え続けた健気な令嬢の肩書はいりません。置いてったら追いかけます」
「縁談はどうするのよ」
「断りました。家紋も父に返してきました。イナはただのイナになりました。背負う物はありません。随行侍女試験も合格しました。イナは大国の姫でもなく小国の皇太子妃でもなくリーン様に忠誠を捧げます。これからもお仕えさせてください」
リーンは驚いていたが真剣な顔をするイナを見てゆっくりと立ち上がった。
イナはリーンの顔を見て跪く。
リーンは跪いたイナに手を伸ばす。
「貴方に相応しい主であれるように努めます。貴方の忠誠を受け取ります」
イナはリーンの手に口づけを落としてリーンに手を引かれて立ち上がる。
「ありがとう。イナが一緒なら心強いわ」
「イナにお任せを。他の侍女は断ってください。姫様に付いていくのはイナだけでいいです」
「わかったわ。イナが来てくれるならいらないもの」
イナはリーンの信頼が嬉しかった。初めて会った時は手を握れなかった。でも今は迷うことなく握る。愚かな令嬢がリーンの手を振り払って傷つけた。誰が振り払ってもイナは握り続ける。
できればリーンに付いてきてと言われたかったが国のことを第一に考えるリーンは自分のことは後回し。リーンの机にある書類は弱小貴族の適齢期を過ぎた令嬢ばかり。形だけの侍女を連れていきほとんど自分一人でこなすつもりのリーンに苦笑した。
イナはリーンのことだけを考える。国王より幾つか密命を出されているがリーンのためにならないなら守る気はない。
イナはリーンのいらない侍女候補の書類の処分を引き受け退室した。
***
リーンに随行する家臣達が集められいた。
ほとんどがリーンの幼い頃から傍にいた者達ばかり。
「イナ、行くのか・・」
「当然です。なんでラセルが許されて、イナが外されたのか納得できません」
「護衛騎士の選定は殿下が決めたから。あの分厚い資料が全く読み終わらない。留学前より分厚いんだけど・・」
リーンについての分厚い資料が兄王子から随行者に渡されていた。リーンの体調管理に関するものだった。
「姫様のためなら当然です。イナはもう覚えました。小国の医療は遅れているのでイナ達が頼りです」
「大国よりは気楽だろうな。最近、暗殺凄かったし・・」
「どこに行ってもやることは変わりません」
イナの強気な笑みにラセルは苦笑する。
「イナはともかく、お前もとはな・・・」
ラセルは自分と同じ侯爵家なのに家を捨てたもう一人の友人を見た。
ラセルは三男のため快く役に立てと送り出されていた。
「イナならわかるでしょう?姫様以上の主はいません。それに苦労する姫様をお一人にできません。筆頭補佐官の地位は誰にも譲りません」
「イナも小国の侍女には負けません。姫様の侍女はイナだけでいいです」
「姫様の邪魔はするなよ。暗殺するなら一言相談を」
「死体の処理は心得てます」
「姫様の御身を守る責任者は俺だから。勝手をされると動きずらい。目に余るなら姫様に言うからな」
リーンに随行するのは忠臣ばかり。イナは周囲を見ながら、何があっても対応できる者達を揃えた兄王子に感謝した。
今後の打ち合わせを行いすぐに解散し各々が動き出す。
***
輿入れ日が近づき元気に動き回っているリーンを家臣達は微笑ましく見守っていた。
家族との別れや準備のために出立まで長い休みを与えられても拒否してイナはリーンの最後の大国での視察に同行していた。
「親しみのこもった手紙ってどう書くの?」
友人への婚姻祝いを確認し、商人と話し込んでいたリーンは無理難題に頼りになるイナに振り返る。
「親方が個人で贈るなら、大国式の手紙の書き方は良くないって」
留学中に出会った体が弱く狭い島から出られない姫に同情し、リーンが気にかけていた友人への祝いだった。姫の婿はリーンに惚れていた。恋慕った相手からの祝いの手紙は複雑かもしれないと一瞬思いながらもイナには関係ないので、主の期待に答え一緒に考える。
手紙を書き終わり、満足そうな主と最後の大国を満喫した。
***
リーンが嫁ぐ日はたくさんの民が集まっていた。
リーンは自分の名を呼ぶ民に笑顔で手を振る。国王もお忍びで娘の旅立ちを見送りにきていた。
目の合ったリーンが幸せそうに笑った姿に、小国に見切りをつけて早く帰国してほしいと思ったことを見抜いた息子に苦笑されていた。
イナは姫は民達に好かれているがリーンが一番好かれていると誇らしげに見つめていた。大国を出るとリーンの希望で同じ馬車に乗ったイナはのんびりと観光しながら道中を楽しんでいた。
婚礼の儀は小国式。
小国から取り寄せた婚礼衣装に身を包んだリーンは美しかった。
イナはリーンを飾り立てるのが楽しく、リーンと一緒に婚礼衣装や装飾品を決めた。贈り物さえしない小国の皇子に飽きれたが、リーンが気にしないので、遠慮なくリーンの婚礼衣装はイナの好みに飾り立てられている。
リーンの手を取る皇子が見惚れているのを見て、イナは笑う。確かにリーンの言うように誠実そうだった。
大国に来たときはあまり印象がなかった。リーンに一切興味がないように見えていたが余計なことは考えずに自慢の主の婚礼の儀式を堪能することにした。絵の得意な騎士にリーンの花嫁姿をイナの分も描いてもらうようにしっかりお願いしていた。
婚礼の儀を終えたリーンの初夜の準備を整えた。
リーンは一人で湯あみができるが今日は特別だった。部屋はあらかじめ整えられていたのでリーンの準備はイナ一人で充分であり、小国の侍女の手伝いはあらかじめ断っていた。
昔は体を拭くしかできなかった。湯あみができるほど回復した時は感動した。初めての湯あみに驚く幼いリーンの可愛さを思い出すと笑みが零れる。
緊張もせず、イナに全てを任せてくれるところは昔から変わらない。
湯あみが終わり夜着に身を包んだリーンも美しかった。
リーンを寝室に送り出しイナの仕事は終わり眠ろうとするとリーンが部屋に飛び込んできた。
イナはリーンの夜着が乱れてなかったので、気にせず好きにさせた。
***
翌日、リーンの家臣が集められ、急遽荷物の引っ越しが行われた。
執務室とイナの部屋で生活すると冷たい目で話すリーンに家臣達が戸惑った。
こんなに怒っているリーンは初めてだった。
リーンが怒ったのは風邪をひいた弟王子が部屋を抜け出して遊びに行ったときだけである。それでもここまで怒ることはなかった。
「殿下とは公務以外で関わりません。1年後に大国に帰国します」
「かしこまりました。」
「大国への報告はまだしません。顔も見たくない」
リーンの様子を見て、危害を加えられてないので暗殺はやめて家臣達は様子をみることにした。
近づけないでという意向通りに動いていた。
家臣達はオルのことは調べてあり面識もあった。
半分はリーンの留学に同行していた家臣達であり、留学に同行しなかった家臣達も小国を訪れ、リーンの輿入れ前に受け入れ体制の確認時にオルとの面識があった。
「イナ、あれ違くないか?」
「姫様が怒った理由がよくわかりました。」
「留学中に姫様と懇意にされていたルオ殿下ですよね。美食家でもないですし・・」
「入れ替わってんのに、誰も気づいてないこの国は平気なのか?」
「1年後には帰国でしょう。姫様の休みにはいいでしょう。婚礼まで忙しかったので」
「姫様の希望を叶えればいい。無体なことをすれば斬ればいい」
リーンの家臣達は小国の未来はどうでもよかった。
主が快適に過ごすことだけ気を配り、冷静になったリーンがルオのことで困惑しはじめるまで、イナ達は忠実に職務を全うしていた。
3代目の王が統一を成し遂げてから、数多の争いも、大災害も大国王家によって沈められ、民を率いて富を増やし、代々国力が強くなり長い年月をかけ世界で一番力を持つ国に成長した。
初代国王は王族たるもの国のために命を捧げよ。王家に仕える忠臣達は大国民たるもの王家に命を捧げよが口癖だった。長い年月をかけてその言葉は受け継がれ、いつの間にか国の指針になっていた。
王族たるもの国のために命を捧げよ。
大国民たるもの王家に命を捧げよ。
幼い頃より教え込まれる教えの捉え方はそれぞれであるが王家には逆らわないは大国民の常識である。
大国貴族は王家のために忠義を尽くせと先祖の教えがある。表向きは教え通りに見せかけるが、二心を持つものも多い。
王家に忠義を尽くすことを第一に考える貴族と家を大きくすることを第一とし国を思いのままに動かすかことを企む貴族。
貴族をはじめ全てを利用し、国を豊かに導くことが王族の務めだった。
大国貴族の令嬢の道は3つ。
王族に仕える。
家のためになる婚姻。
市井に降りる。
王族のためか家か自分のために生きるかだった。家名を捨てても能力さえあれば生きていけるのが大国である。
有力貴族達は娘は、妃か王族の侍女として差し出す。
王族に認められることは大国の貴族として名誉なことであり、一族から誰も王家に認められなければ無能と陰であざ笑われた。
令嬢達の一番の憧れは王族の妃。
次点は姫の腹心。
姫に仕えれば、王族との面識ができる。姫は他国の賓客の接待を任されるため姫に仕えることが一番の良縁への近道だった。一時的でも姫に仕えれば王族に認められる教養を持ち忠義を尽くす令嬢として評価された。王族に仕えた令嬢は貴族子息や民にも人気が高く令嬢の価値を高めるには一番簡単な方法だったが姫の侍女は競争率が高い。大国貴族は身の回りのことは全て自分でできるように教育されるため近くに置くのは少数精鋭のみ。
ごくまれに数多の従者を持つ者もいた。ただ有能と認められる王族は腹心は片手の数しか持たない。そのため、幼い頃から仕えさせようとする手を回す貴族が多かった。
***
後宮の管理は正妃の役目である。そして側妃達を束ね、妃や姫を使い王の補助も。正妃の下には側室筆頭妃。公式ではこの二人以外の妃には身分の差はない。
実際は生家の身分が引き継がれているため、上位貴族を親に持つ妃に逆らうことは許されず良識のある妃は弁えていた。
正妃は他国から輿入れしたため、侍女の選定は側室筆頭の第二妃が任されていた。第二妃は最低限の教養があり、王族に危害さえ加えなければ受け入れる。侍女の仕えたい姫と妃に面会させ了承が取れれば仕えさせた。優秀な姫の育成も後宮を預かるものの役目で、人を見る目と扱い方を覚えさせるためには良い教材だった。
令嬢達は公務で見せる慈愛のある姫の顔しか知らない。いつも笑みを浮かべる姫達の裏の顔は。そのため父の希望に沿った姫か自分が好きな王子を兄弟に持つ姫を選んでいた。
後宮で働く女官は侍女と下女。
侍女は専属の主の命令だけに従い、下女にも命令する権利を持つ。後宮の姫は乳母が世話をするので、侍女がいなくても困らない。有事の際は侍女よりも身分が低く命令に忠実な下女を使うので、専属の侍女を持たない姫もいた。稀に姫の中では自分を主と認める侍女を持つことを優秀な証と思う者もいた。
令嬢達は当主に最低3年は姫に仕えるように命じられる。後宮に侍女としてあがり、すぐに辞任させられれば無能と評され一族の恥。唯一の例外が王族や有力貴族に見初められ、婚姻を望まれた時だけである。
王や王子に取り入りたい貴族も多い。
貴族の間では第七妃が寵妃と有名だった。無能を切り捨てる王が王家の役に立たない病の姫を生かしているだけで王が病を持つ姫を大事にしていることも。
第七妃は慎ましさと美しさで後宮入りが決まった弱小伯爵家出身の令嬢である。
妃の生家への国からの報奨を伯爵は辞退した。王族のために生きる伯爵は野心はなく、自分の能力はわかっていたので、領地も爵位の格上げも断り、娘が王の役に立つことを願う善良な人間だった。
第七妃は献上品は全て正妃と第二妃に差し出し、慎ましい妃は静かに話を聞くだけで王に進言することは決してないため家臣達が取り入ることはできなかった。
当時第七妃の子供は王子と姫だが変わり者の王子に取り入れる者はいなかった。姫は病のためいつ死ぬかわからない。侍女になることは令嬢の価値はあがるが、王の評価とは関係ない。
ほとんどの貴族は病を抱える姫に取り入ろうとしなかった。思惑を持っていても利用価値のない二人に近づく貴族はほとんどいなかった。
王は死にゆく姫を支えた侍女の家なら厚遇するかもしれないと目をつけたのがイナの父である。
イナの父である伯爵は野心はあっても力も能力もない男。
周囲に認められるために王の信頼が欲っして王子の側近に差し出した息子は「王子は言葉が通じないから仕えられない」と二日で辞退した。王子への不敬な言葉と主を見余った息子の所為で伯爵家の評価はさらに下がっていた。どんな異質な王子でも臣下に付きたいと申し入れたのに自己都合で辞退するのは無能の証。自分の能力に見合った王子を選べなかった家臣を優秀な王子が重用することはないので伯爵子息は出世は望めなくなった。
「イナ、侍女になりなさい」
イナは平凡な容姿のため王子に見初められるのは無理だとわかっているので突然の父の言葉に刺繍をしていた手を止め顔を上げる。
「お父様、どうしてですか?」
「第七妃殿下の姫様にはまだ侍女がいない。どうせ数か月くらいだろう。我慢して仕えなさい。その後は好きにしていい」
イナは侍女になるつもりはなかった。成人したら家を出て一人で自由に暮らそうと用意をはじめていたが父に逆らい癇癪に付き合うのも面倒なので頷く。家の評価はもう下がりようがないので、給金を貯めて成人したら辞任しようと思いながら。
***
イナは侍女試験を合格し美しい第二妃と面談し第七妃の姫に仕えたいと願うとすぐに了承された。
第七妃のもとに案内されイナが挨拶をすると澄んだ瞳で静かに見つめられイナは一瞬寒気に襲われる。
「リーンに仕えるのが嫌になったら穏便に返してあげるわ。間違っても愚かなことだけはしないで」
しばらくすると上品な笑みを浮かべた妃がイナはなぜか怖かった。
イナ達は騎士が扉の前に立つ部屋に入ると扉の開く音に気付いたリーンがゆっくりと目を開けて、のろのろとベッドから起き上がる。
「リーン、寝てていいわ」
「お顔が見たいです」
体を起こしたリーンは第七妃を見てニッコリ笑う。
イナの前には金髪の痩せ細った小さい姫が愛らしい笑みを浮かべていた。
「リーンの侍女を連れてきたわ」
「お初にお目にかかります。イナと申します」
イナが礼をして顔を上げるとリーンは布団の中からイナに向けて右手を伸ばす。
「リーンです」
差し出される細い手に、イナは意図がわからず見つめていると、部屋の隅に控えていた医務官が呆れた声を出す。
「握手ですよ。姫様はあまり話せません」
リーンの体がふらつき、崩れ落ちるのを第七妃が手を伸ばし支える。
「リーン!!」
「ごめ、ん、なさ」
「母上、そろそろ時間が。リーンは俺が」
リーンの部屋を訪ねた王子は動揺する母と意識を失いそうな妹に近づき、リーンをそっとベッドに寝かせる。
「治療の邪魔になります。行きましょう。お客様もどうぞ、気にせず。お見苦しい姿を見せて申しわけありません」
王子は爽やかにイナに声を掛け第七妃の手を取りリーンの部屋から連れ出す。
呆然として動けないイナの前にはベッドに横になり真っ青な顔で胸を押さえるリーンがいた。
「邪魔なんで出てってください」
医務官はイナに声を掛けても動かないので放置を決め、リーンの体をゆっくりと起こし、薬を飲ませ、目を閉じたリーンをベッドに寝かせて離れる。
王子は部屋に戻ると、眠るリーンと呆然とするイナを見て口を開く。
「やめていいよ。侍女がいなくても困らない。俺達に近づいても父上の後ろ盾は無理だ。侍女の変更の申請をすればいい」
イナは必要ないと言われてもここで帰れば父の癇癪と令嬢達からの蔑みが待っているので頷きたくなかった。
「恐れながら、事情を教えていただけませんか」
「デジロ、説明しろ」
「姫様は妃殿下の訪問に、無理して起き上がり応対しました。胸の痛みで話せなくなったので、挨拶代わりに手を出し、痛みで体に力が入らず倒れました。必死で我慢してましたが限界でした」
「御苦労だった。次からは仕える相手の下調べを。子供にも容赦のない王族は多いから。次の主を決めるまでリーンに仕えるフリをして後宮にいてもいいけど」
「無能」
「子供だ。仕方ない。気をつけて」
イナは王子の言葉に礼をして退室する。
あの時、リーンの差し出す手を取れば倒れなかったかもしれない。自分よりも幼い少女に気を遣われたイナは自己嫌悪に襲われながら後宮を歩いていると、声が聞こえて視線を向けた。
「譲りなさい」
「私が先にいましたわ。場所を譲る謂れはありません」
「教養のない血が混ざると」
「そのお考えが・・・」
微笑み合いながら静かに罵り合う姫を見て、イナの姫への幻想が崩れた。広い後宮内でお茶する場所を争っている風景に呆れた。
イナは公の場に出る慈愛の笑みを浮かべる姫しか知らなかった。足を進めてもまともな姫には出会えず、母を気遣うリーンだけがまともに見えた。イナは女の戦いには巻き込まれたくなかった。
ただ王子の言葉を思い出すと今のままでは戻れずリーンのことを調べることにした。
リーンの部屋には限られた者しか入れず国王の気まぐれで生かされているだけの姫。偏屈姫。調べても碌な情報はなくイナは調べているうちに段々腹が立ってきた。痛みを我慢して愛らしい笑みを浮かべた姫は意地悪な姫には全く見えなかった。
イナがリーンの部屋の前に行くと扉の中から若い医務官が桶を持ち出て来た。桶の中のタオルと水と金の髪を見てイナは目を見張る。髪の手入れには必要なものは多く明らかに足りない。
イナがリーンの部屋に入ると、ベッドの中で起き上がっているリーンと視線が合いニッコリと笑いかけられる。
「驚かせて、ごめんなさい」
イナにはお茶が気に入らないと不機嫌な顔で侍女を罵った姫のほうがよっぽど意地悪に見えた。
病のため体に負担をかけさせてはいかないので、あまり話させないように配慮する。
「いえ、お気になさらないでください。姫様、敬語はいりません」
イナはリーンの枕元に置いてある櫛を見て、まだクビになっていないので侍女の仕事をすることにした。
「お髪を整えてもよろしいですか?」
きょとんとするリーンに近づき、イナは丁寧に髪の手入れをはじめる。
「ありがとう」
手入れをするとリーンのすさんだ髪が、徐々に輝きを取り戻す。イナはリーンが最低限の世話しかされていないことがわかり自分にできることを見つける。後宮で見た姫の中で一番好感の持てた姫の傍にいることにした。今までリーンの世話をしていた医務官はイナの細かさに呆れてもイナは譲らない。イナは医務官にリーンの体調を細かく聞きながら世話をする。眠る時間は長いが起きると愛らしい笑顔を浮かべる姫は可愛いくリーンの部屋の外で起こる醜い争いのあとは特に心が洗われた。
イナは有能な姫は社交に忙しく、常に後宮に残るのは幼い姫か無能の烙印を押された姫とは知らなかった。
***
起きるといつも笑顔のリーンでも顔が曇る時がある。
「姫様、飲んでください」
高齢の医務官に渡された顔よりも大きなコップを震える手で持ち、泣きそうな顔でリーンが口に含む。
「交代します」
「時間か。姫様、しっかりお飲みください」
「はい。ありがとう、ございました」
高齢の医務官が退室すると、若い医務官が近づきリーンの手からコップが取り上げる。
「もう少しだけ起きててください」
小さいコップに新たに入れられた薬を渡されリーンはニコッと笑いゆっくりと飲み始める。鼻を刺す異臭のする大きなコップの中身は一生懸命飲んでいるのに、全然中身が減っていなかったリーンが解放されたことにほっとする。医務官により治療は異なり、若くて無礼な医務官がくるときだけはリーンが安心した顔をするので口に出さないがリーンが問題ばかりおこす若い医務官を気に入っているのをイナは知っていた。
リーンはあまり話さないが、その分リーンの瞳が話していた。リーンの視線をうまく読み取れず若い医務官に何度無能と言われてもイナは諦めず傍で世話をした。そして医務官の中で一番優秀そうな無礼な医務官を質問攻めにしながら、リーンの体調について学んだ。
ほとんどベッドに横になり過ごしているリーンは体調が良く起き上がれる時は読書をする。
高熱で起き上がれないリーンが名残惜しそうに本を一瞬見つめたのを見つけたイナが代わりに読み聞かせると嬉しそうに笑う顔が可愛くイナがリーンのためにできることが増えた日だった。
兄王子や王がリーンに与える本は絵が多く、様々な国の物。イナは兄王子の読み聞かせる異国語を聞きながら必死に覚えた。読み聞かせる時に発音を間違うと無礼な医務官に訂正されるのが悔しかったわけではない。
イナは自分に懐いてくれているリーンが可愛く好きになり、生まれて初めて父に感謝した。
***
兄王子はすぐにやめると思った侍女がリーンと親しくなった様子を微笑ましく見ていた。イナの兄のように無能なら遠ざけようとしたが、イナの根性が気に入りやめた。医務官にリーンの状態を聞きながら世話をする姿は好感が持ち、無能でもきちんと考えて主の利になるように動く者は嫌いではなかった。なによりリーンの傍に家族以外の味方が増えるのは歓迎した。
イナがリーンに本を読んでいると兄王子が入ってきた。
「リーン、旅に出る」
兄王子はお忍びが趣味だが、告知することはなかった。
「お兄様?」
「リーンの病を治す薬を絶対に見つけて帰ってくる。それまで待ってて」
リーンが手を伸ばすと兄王子がリーンを起こして抱きしめる。
「無事で、帰ってくるって約束」
「約束する。俺ともだ。生きて待ってて」
「はい」
「早いが誕生日祝いにラセルをリーンにやる。俺はいらない」
「ラセル様が悲しむ。お兄様が、帰って、くるまで、お預かりします」
「行ってくるな」
「いってらっしゃいませ」
リーンは自分の額に口づけを落として去っていく兄を見送る。リーンはいつまで生きれるかわからないからいつも笑顔でいると決めていた。いつ死んでもいいように泣くのをやめた。家族のためにリーンにできるのは笑顔でいることだけだった。
リーンは兄の背中を見て決めた。兄は約束を守る。
今日からは1日でも長く生きれるように努力する。兄の背中を見ながら初めて死ぬのを待たずに生きようと。イナはずっと兄王子の出て行った扉を見つめているリーンの手を握った。
「姫様、イナはずっとお傍にいます。決して離れません」
「ありがとう。イナ、生きれ、るように、頑張る」
「イナもお手伝いします」
イナはいつもの愛らしい笑みではなく凛とした美しい笑みを浮かべたリーンを見て決めた。
家のためじゃなくてリーンのために傍にいようと。大好きな兄を一心に信じて、生きると決めた主を。
イナは休みには家に帰ってくるように父に言われても帰らない。リーンの世話は全て自分がしたいイナは休みの日もリーンの傍で過ごした。侍女は必要なものは全て支給されるので買い出しもいらない。侍女は高給取りであり、生活の保障もされているので独立準備は成人を待つだけ。休みにしたいこともなく家でバカな家族の相手をするよりもリーンと過ごすほうが有意義だった。リーンに仕えるイナは第七妃の庇護下であり美味しい食事もお菓子を下賜され家にいるよりも豪華で快適な生活を送っていた。
無礼な医務官が突然姿を消し、残った医務官達の治療はリーンにとって苦しいものばかり。
兄王子が旅立ってからは、イナはリーンの診察に常に付き添っていた。何もできなくても苦しむリーンの側で手を握るのは唯一のできることだった。
リーンは医務官に差し出される薬湯をじっと見つめて動かない。
「姫様、飲んでください」
「嫌」
「飲んでください」
「嫌」
「駄目です」
リーンが兄王子が旅立ってから治療に嫌な顔をするのは初めてだった。
リーンの口に無理矢理飲ませようとする医務官の手をイナは掴む。医務官とイナとの攻防が始まり、しばらくして第七妃が現れ、イナは掴んでいる医務官の手を放して礼をする。
「どうしました」
「妃殿下、姫様が薬を嫌がりまして」
「私が代わります。飲ませたら呼びましょう」
「かしこまりました」
医務官は幼く不満を言わないリーンには不敬を働けても、妃には逆らえないので礼をして退室した。
ラセルはリーンの泣きそうな声とイナと医務官の口論が聞こえ第七妃を呼びに走った。兄王子に何かあればすぐに母を呼べと命じられ、緊急時の妃の侍女とのやり取りを教えられていた。
ラセルに呼ばれて母が来たとは知らないリーンは泣きそうな顔で母を見つめた。
「お母様、リーンは死にたくない。これ飲むと苦しくなるの。お兄様、待てない」
第七妃は娘の言葉に真っ赤な唇を噛んだ。後宮内ではうまく立ち回っていたので、リーンを殺すものはいないと思っていた。第二妃はリーンに興味がなく、息子が旅立ち王の後継争いから手を引いたと判断されていた。妃は自分の甘さに後悔し、薬湯を違うコップに移す。
「イナ、これからは薬湯を飲むときは医務官を追い出しなさい。私の名を使いなさい」
「わかりました」
「リーン、内緒よ。危いものはイナに渡してお母様に届けさせて。わかるわね?」
「はい。でもお母様は・・・」
「3人目だから大丈夫よ。お母様は貴方に生きてほしい」
「はい。リーンは生きます。お兄様のように」
第七妃は袖の中にリーンの嫌がる薬を忍ばせ医務官を中に入れて美しい笑みを浮かべ労りの言葉を告げて立ち去る。
リーンは体力の限界を迎えベッドに横になり目を閉じ、彷徨う小さい手をイナが握りながら目の前の医務官の勤務の時は決して離れないことを決めた。王族のリーンに無理矢理飲ませる不敬の塊を冷たく睨み頭の中で報復を考えていた。
第七妃は極秘で薬を調べさせると致死量の毒だった。毒薬を治療に使うこともあるが、致死量を飲ませることは決してない。
国王は第七妃のもとに頻繁に通い、多忙で会いにいけない愛娘のことは第七妃にいつも尋ねていた。やる気のない医務官の報告は信用していない。
「リーンはどうだ?」
「陛下、ある医務官を非常に怖がりまして・・」
「外すか」
「申し訳ありません」
「リーンの動揺は命に関わる。医務官の代わりはいる。一応調べておくか」
第七妃の憂い顔に王は優しく体を抱きしめる。
野心家ばかりの妃の中で自分に逆らわず、子供のことだけに心を向ける寵妃の傍は居心地が良く、王に何も望まず、家族に寄り添う姿が好ましかった。
翌日医務官を調べさせ、王族の暗殺未遂に国王自ら首を落とした。
イナは話を聞き反省し、リーンの部屋に訪ねるラセルに武術を教わり始める。
兄王子が薬を持ち帰国してから徐々にリーンの体は良くなった。毎日診察は受けても常に医務官に付き添われることはなくなり起き上がれる時間も増えて穏やかな時間が流れはじめる。そしてリーンへの本格的な教育がはじまった。
その頃、リーンに仕えたいと1人の侍女が紹介された。
他の姫の侍女だったが暇を出された令嬢はあと1年は侍女として仕えなければいけなかった。プライドの高い姫はおさがりの侍女は受け入れない。また優秀な姫は無能な侍女はいらない。
他の姫にも断られ、最後の選択肢として部屋から出ない弱小の伯爵令嬢の侍女を持つ姫を選んだ。
リーンは令嬢達は侍女を続ける事情があることは知っていたので快く迎え入れた。
イナと一緒に新しい侍女はよく仕えていたためリーンに不満はなかった。
姫の身の回りの世話は侍女の仕事であり食事の手配もその一つ。
侍女の手配がなく、申し出がない限りは決まった料理が用意される。
食事の手配を任されているイナは留守であり、リーンは目の前に用意された食事を見て固まる。
品数豊かな豪華な食事は他の姫なら喜んだがリーンは胃が弱く、消化に良いものを少量しか食べられない。
自分を見つめる自信満々な新しい侍女の姿にリーンは諦めて行儀よく食事を始める。リーンの特技は吐き気を我慢すること。穏やかな表情で食べ、侍女が出て行った瞬間に桶の中に全て吐き出した。
侍女がナプキンを忘れたので、取りに戻るとリーンが血を吐いていた。
真っ青な顔で血を吐くリーンが侍女は気味が悪かった。リーンは慌てて、口元を拭いゆっくりと震える侍女に近づき、手を伸ばすと勢いよく振り払われる。
「汚い手で触らないで」
勢いよく振り払われた細く小さいリーンの体は突き飛ばされ、頭がテーブルにぶつかった。
「役立たずが!!さっさと死ねばいい」
イナはリーンの部屋から聞こえる声に慌てて部屋に入ると倒れて頭から血を流すリーンがいた。騎士に拘束された侍女には目をくれず、医務官を呼び治療させる。
リーンの治療中に自白剤を飲まされた侍女の報告書をラセルに渡され、イナが報告書を握り潰していると眠っているリーンの目がゆっくり開く。
リーンの手がピクリと動き、いつもはイナに伸ばされるはずの手は布団の中のまま。
イナは悲しい瞳で布団の中で拳を握った震える冷たい主の手を両手で包み込む。
「汚くありません。イナは姫様が生きてるだけで嬉しいです」
扉が開き、イナは部屋に入ってきた適任者に任せるために礼をして部屋を出る。リーンには兄王子の言葉が一番と知っていた。
自分を呼び出した父に苛立ち、成人したらすぐに家を出ると心に決めた。
リーンならイナが戻るまで食事を待っていた。
もともと食事に無頓着なリーンはイナが用意しなければ、兄王子に贈られた薬湯ですませてしまう。
食事に気付かないことも多いので、リーンに食事をさせるのはイナの大事な役目。
イナは新しい侍女が用意するとは思わず、リーンへの嫌がらせにしては酷すぎた。
イナは新しい侍女が姫達に不満を持っていることは知っていた。またリーンの兄王子に相手にされず、仲を取り持ってくれないリーンにも鬱憤が貯まっていることも。
表面的には真面目に仕えているので放置した。
姫に仲介を頼むなど無礼だが、令嬢の事情を知るリーンが許していた。私情を抑え微笑みを浮かべながら王族に仕えることを求められる貴族令嬢がバカなことをするとは思えず任期が終わるまでは我慢しようと思っていた。
リーンは侍女の処罰は望まなかったが国王は許さなかった。侍女の実家の侯爵家も共に裁かれ侯爵家は消えた。
王族に不敬を働くと命がないのは常識なので誰も同情しなかった。
リーンの病も完治し、社交デビューするとリーンの評価は一変する。
常に笑顔で美しい姫は民や貴族の支持を集めた。
第二妃は常に自分を立てる第七妃もリーンも評価した。誰もが嫌がる辺境の孤児院や被災地への慰問も笑顔で了承し、不満も一切口にせず社交をこなし、第二妃が求める成果を必ず持ち帰る。他の姫達がリーンを嫌っても第二妃のお気に入りだったため余計に嫌われていた。この頃は正妃は心の病に罹り療養中だったので後宮は第二妃が取り仕切っていた。
イナはリーンが認められるのは嬉しかったが外の世界はリーンに残酷だった。姉姫達に意地悪されてもいつもリーンは笑っている。
「リーン、侍女の希望がありますが受けますか?」
「許されるならお断りを。私ではなく義姉様達に。私は妃殿下がつけてくださったイナだけで充分です」
「わかりました。あまりに目に余るなら言いなさい」
「ありがとうございます」
イナは常に微笑むリーンが姉姫達の悪意ある言葉をそのまま受け止めていたとは気づかなかった。
その頃、王族の姫として仮面が上手に被れるようになったリーンは悩んでいた。
リーンは他の姫達に言われるように役立たずの王族の姫である。
目の前で剣を合わせている義兄達のように才能はない。
義兄のようになんでも作り出す手も持っていない。頭もよくない。
でもリーンには優秀な家臣がいる。
手を握ってくれるイナも頭を撫でくれるラセルもいる。
リーンは決意した。兄に頼みごとをするときは姫でなはく、娘として頼めと教わっていたリーンは自室にお茶を飲みに訪ねた父にお願いすることにした。
「お父様、お誕生日の贈り物にお願いがあります」
「リーンの会いたい以外のお願い初めてだな。何が欲しい?」
「リーンは大国の姫として相応しくありません。お勉強してお父様達のお役にたてるように留学させてください」
「り、留学?」
「本の知識ではなく、自分の目で見て、足で歩くと見える世界が変わると皇子様達は教えてくださいました。希望があるなら受け入れてくださるとお話もいただきました」
国王は元気になった愛娘の願いを叶えてやりたかった。リーンに留学を誘った他国の皇子の存在は不愉快だったが・・。
「留学先は私が決めてもいいか?」
「はい。よろしくお願いします」
にっこり笑った愛娘を見て、リーンを誘った皇子達のいない国に留学させることを決めた。
留学先が決まり、執務の空いた時間にリーンを呼び待っている王の机の上に宰相が行程表を置いた。
王はリーンと同じ年頃の姫のいる国をいくつか巡らせ、すぐに帰国させるつもりだった。
宰相が用意したものに、非難の視線を向けているとリーンが礼をして入ってきた。
王の机の上には2枚の紙が置いてある。
宰相は王が話す前にリーンに行程表を渡す。
リーンは書類を読むと、半年と7年と記載があった。
「お父様、しっかりお勉強して社交をこなしてまいります」
王は目を輝かせる愛娘に弱かった。宰相の思惑もわかっていた。
リーンが訪問するのは安全な友好国だが半分の国は王太子の婚約者を決めてない国。王はリーンにお見合いさせるつもりはまだなかった。
できれば可愛い愛娘は自国の貴族に嫁がせ、自分の傍で過ごして欲しかった。王は恐る恐る愛娘に聞いた。
「リーン、どっちがいい?」
「両方行って参ります。有事の際は呼び戻してくださいませ」
「リーン様、お気をつけて。準備は私が進めましょう」
「ありがとうございます。こちらはいただいてもよろしいですか?」
「はい。リーン様のものですから」
リーンは愛らしい笑みを浮かべて礼をして退室した。目の前の父が固まっていることは気付かなかった。
「図ったな」
「まさか」
王は笑みを浮かべる宰相の首を落としたくても、自分が困るのでできなかった。
王は泣く泣くリーンを長い留学に送り出す決意をした。
留学が決まってからは時々暗い顔をしていたリーンが明るくなりイナは喜び一緒に留学準備を進めた。他の姫の侍女の嫌味をイナは気にしない。リーンが姫の中で一番優れているとイナは知っている。リーンが国王にもたくさんの人に愛されるのは同情ではなく、リーンの魅力である。
イナはこの頃には誰よりも優秀な侍女を目指していた。
リーンは留学中はいつも楽しそうだった。
たくさんの人を魅了しても鈍いリーンは向けられた好意に全く気づかない。リーンを傷物にしたら首を落とせと言う王の命令がなくても護衛騎士はリーン必死で守る。
残念ながら、どんなにリーンを口説いても社交辞令と思いこむ主の訂正は誰もしなかった。余計なことを言えば国王の怒りを買う恐れがあり、なにより愛らしい大事な姫は色恋より勉強に夢中のため邪魔は排除した。
護衛騎士は苦労してもイナとリーンには楽しい留学生活だった。特にイナは各国の服を着せてリーンを飾り立てるのを楽しんでいた。
リーン達が帰国して婚約者を決めた頃イナに縁談の話が来ていた。父がリーンにイナの帰参願いを出したので、イナは家に帰ってきた。帰りたくなくてもリーンの命令には逆らわない。
「イナ、よくやった。侯爵家からの縁談だ」
「お断りします」
「良縁だ」
「イナはリーン様の侍女として生きます」
「リーン様には先がない。病で亡くなり、最後まで姫を支えたイナのおかげでうちが取り立てられると思っていたが、この良縁を逃すのは惜しい」
父がリーンの死を願っていることは腹立たしいが、無視していた。
成人したら家を出る予定だったが旅に出たため、まだ籍は家にあった。
「お父様、今までお世話になりました。イナは家を出ます。伯爵家の名を捨てます」
「この縁談から逃げることは許さない」
「家を捨てたので、従いません。いつまでもお元気で」
イナは父の声を無視して家を出た。後宮に帰り、父の面会は無視すればいい。
リーンが異国に嫁ぐので試験に受からないと同行できないので、イナは勉強をしなければいけなかった。父に構う暇などなく、家に思い入れはなかった。母は幼い頃に亡くなった。兄ともほぼ関わりはない。リーンに仕えてからは全く家に帰らなかったので、イナの大事なものは家にはないので荷造りもいらなかった。
****
イナが家を捨てたことはリーンは知らなかった。
リーンは小国に嫁ぐための準備に追われていた。
新しい侍女が必要なため侍女候補の書類を眺めているとイナが入ってきた。イナが家に帰省する理由を伯爵から聞いていたリーンはイナに微笑む。
「今までありがとう」
イナは綺麗な笑顔を浮かべるリーンを見つめた。
「姫様、一緒にいきます」
「私が嫁ぐのは小国よ。イナの家の利もない。それに」
イナはリーンの考えていることがわかった。弱小国に嫁ぐ姫に付いていくなんて、貴族令嬢は望まないと。
「姫様、イナはずっと一緒にいると言いました。どこに行っても付いて行きます。家は捨てました」
「え?」
「昔から決めてました。イナは姫様と生きたいです。姫様の生きる未来を信じないなんて許せません。死にゆく姫を支え続けた健気な令嬢の肩書はいりません。置いてったら追いかけます」
「縁談はどうするのよ」
「断りました。家紋も父に返してきました。イナはただのイナになりました。背負う物はありません。随行侍女試験も合格しました。イナは大国の姫でもなく小国の皇太子妃でもなくリーン様に忠誠を捧げます。これからもお仕えさせてください」
リーンは驚いていたが真剣な顔をするイナを見てゆっくりと立ち上がった。
イナはリーンの顔を見て跪く。
リーンは跪いたイナに手を伸ばす。
「貴方に相応しい主であれるように努めます。貴方の忠誠を受け取ります」
イナはリーンの手に口づけを落としてリーンに手を引かれて立ち上がる。
「ありがとう。イナが一緒なら心強いわ」
「イナにお任せを。他の侍女は断ってください。姫様に付いていくのはイナだけでいいです」
「わかったわ。イナが来てくれるならいらないもの」
イナはリーンの信頼が嬉しかった。初めて会った時は手を握れなかった。でも今は迷うことなく握る。愚かな令嬢がリーンの手を振り払って傷つけた。誰が振り払ってもイナは握り続ける。
できればリーンに付いてきてと言われたかったが国のことを第一に考えるリーンは自分のことは後回し。リーンの机にある書類は弱小貴族の適齢期を過ぎた令嬢ばかり。形だけの侍女を連れていきほとんど自分一人でこなすつもりのリーンに苦笑した。
イナはリーンのことだけを考える。国王より幾つか密命を出されているがリーンのためにならないなら守る気はない。
イナはリーンのいらない侍女候補の書類の処分を引き受け退室した。
***
リーンに随行する家臣達が集められいた。
ほとんどがリーンの幼い頃から傍にいた者達ばかり。
「イナ、行くのか・・」
「当然です。なんでラセルが許されて、イナが外されたのか納得できません」
「護衛騎士の選定は殿下が決めたから。あの分厚い資料が全く読み終わらない。留学前より分厚いんだけど・・」
リーンについての分厚い資料が兄王子から随行者に渡されていた。リーンの体調管理に関するものだった。
「姫様のためなら当然です。イナはもう覚えました。小国の医療は遅れているのでイナ達が頼りです」
「大国よりは気楽だろうな。最近、暗殺凄かったし・・」
「どこに行ってもやることは変わりません」
イナの強気な笑みにラセルは苦笑する。
「イナはともかく、お前もとはな・・・」
ラセルは自分と同じ侯爵家なのに家を捨てたもう一人の友人を見た。
ラセルは三男のため快く役に立てと送り出されていた。
「イナならわかるでしょう?姫様以上の主はいません。それに苦労する姫様をお一人にできません。筆頭補佐官の地位は誰にも譲りません」
「イナも小国の侍女には負けません。姫様の侍女はイナだけでいいです」
「姫様の邪魔はするなよ。暗殺するなら一言相談を」
「死体の処理は心得てます」
「姫様の御身を守る責任者は俺だから。勝手をされると動きずらい。目に余るなら姫様に言うからな」
リーンに随行するのは忠臣ばかり。イナは周囲を見ながら、何があっても対応できる者達を揃えた兄王子に感謝した。
今後の打ち合わせを行いすぐに解散し各々が動き出す。
***
輿入れ日が近づき元気に動き回っているリーンを家臣達は微笑ましく見守っていた。
家族との別れや準備のために出立まで長い休みを与えられても拒否してイナはリーンの最後の大国での視察に同行していた。
「親しみのこもった手紙ってどう書くの?」
友人への婚姻祝いを確認し、商人と話し込んでいたリーンは無理難題に頼りになるイナに振り返る。
「親方が個人で贈るなら、大国式の手紙の書き方は良くないって」
留学中に出会った体が弱く狭い島から出られない姫に同情し、リーンが気にかけていた友人への祝いだった。姫の婿はリーンに惚れていた。恋慕った相手からの祝いの手紙は複雑かもしれないと一瞬思いながらもイナには関係ないので、主の期待に答え一緒に考える。
手紙を書き終わり、満足そうな主と最後の大国を満喫した。
***
リーンが嫁ぐ日はたくさんの民が集まっていた。
リーンは自分の名を呼ぶ民に笑顔で手を振る。国王もお忍びで娘の旅立ちを見送りにきていた。
目の合ったリーンが幸せそうに笑った姿に、小国に見切りをつけて早く帰国してほしいと思ったことを見抜いた息子に苦笑されていた。
イナは姫は民達に好かれているがリーンが一番好かれていると誇らしげに見つめていた。大国を出るとリーンの希望で同じ馬車に乗ったイナはのんびりと観光しながら道中を楽しんでいた。
婚礼の儀は小国式。
小国から取り寄せた婚礼衣装に身を包んだリーンは美しかった。
イナはリーンを飾り立てるのが楽しく、リーンと一緒に婚礼衣装や装飾品を決めた。贈り物さえしない小国の皇子に飽きれたが、リーンが気にしないので、遠慮なくリーンの婚礼衣装はイナの好みに飾り立てられている。
リーンの手を取る皇子が見惚れているのを見て、イナは笑う。確かにリーンの言うように誠実そうだった。
大国に来たときはあまり印象がなかった。リーンに一切興味がないように見えていたが余計なことは考えずに自慢の主の婚礼の儀式を堪能することにした。絵の得意な騎士にリーンの花嫁姿をイナの分も描いてもらうようにしっかりお願いしていた。
婚礼の儀を終えたリーンの初夜の準備を整えた。
リーンは一人で湯あみができるが今日は特別だった。部屋はあらかじめ整えられていたのでリーンの準備はイナ一人で充分であり、小国の侍女の手伝いはあらかじめ断っていた。
昔は体を拭くしかできなかった。湯あみができるほど回復した時は感動した。初めての湯あみに驚く幼いリーンの可愛さを思い出すと笑みが零れる。
緊張もせず、イナに全てを任せてくれるところは昔から変わらない。
湯あみが終わり夜着に身を包んだリーンも美しかった。
リーンを寝室に送り出しイナの仕事は終わり眠ろうとするとリーンが部屋に飛び込んできた。
イナはリーンの夜着が乱れてなかったので、気にせず好きにさせた。
***
翌日、リーンの家臣が集められ、急遽荷物の引っ越しが行われた。
執務室とイナの部屋で生活すると冷たい目で話すリーンに家臣達が戸惑った。
こんなに怒っているリーンは初めてだった。
リーンが怒ったのは風邪をひいた弟王子が部屋を抜け出して遊びに行ったときだけである。それでもここまで怒ることはなかった。
「殿下とは公務以外で関わりません。1年後に大国に帰国します」
「かしこまりました。」
「大国への報告はまだしません。顔も見たくない」
リーンの様子を見て、危害を加えられてないので暗殺はやめて家臣達は様子をみることにした。
近づけないでという意向通りに動いていた。
家臣達はオルのことは調べてあり面識もあった。
半分はリーンの留学に同行していた家臣達であり、留学に同行しなかった家臣達も小国を訪れ、リーンの輿入れ前に受け入れ体制の確認時にオルとの面識があった。
「イナ、あれ違くないか?」
「姫様が怒った理由がよくわかりました。」
「留学中に姫様と懇意にされていたルオ殿下ですよね。美食家でもないですし・・」
「入れ替わってんのに、誰も気づいてないこの国は平気なのか?」
「1年後には帰国でしょう。姫様の休みにはいいでしょう。婚礼まで忙しかったので」
「姫様の希望を叶えればいい。無体なことをすれば斬ればいい」
リーンの家臣達は小国の未来はどうでもよかった。
主が快適に過ごすことだけ気を配り、冷静になったリーンがルオのことで困惑しはじめるまで、イナ達は忠実に職務を全うしていた。
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