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番外編
皇太子夫婦の日常6
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皇太子宮の執務室ではデジロによるラディルの授業が行われていた。
一年かけて大国の歴史の授業は終えたので、デジロが小国の授業をはじめていた。ラディルがどこまで理解しているかはわからないが概要を聞くことも、長時間座って話を聞くことも大事な勉強というリーンの方針だった。
デジロの授業は楽しく、いつも一人で授業を受けていたので誰かと一緒に授業を受けることも新鮮だったため時間が許せばリーンも一緒に受けていた。
ラディルは母が隣に腰を下ろしたので、膝の上に座り直す。ラディルはデジロの授業が好きだが母と一緒に受ける授業が一番好きだった。スサナも勉強するために常に参加し、ルオの側近も休みを返上して参加した。
デジロは医務官のはずが、教師になっていた。偏屈な自分の話を興味津々に聞く人間はリーンと兄王子以外で初めてだった。知識に貪欲なリーンを見て兄王子とそっくりと言いリーンから苦情を受けても聞き流した。リーンは兄ほど自分は変人ではないと思っている。
「今日の希望は小国の歴史ですか・・。まずは地図どこだっけ」
イナが小国の地図を壁に勢いよく貼った。デジロは授業のために準備はせず、頼まれたことを話すだけである。見兼ねたイナが授業に必要なものを準備した。デジロのためにリーンやラディルが待つのは許せない。リーンの腹心は主の意図を読み取り動く。不便な思いをさせるのはイナのプライドが許さないがデジロは何を言っても無駄なのでイナが動くしかなかった。デジロはイナに感謝をしていなかったが便利なので好きにさせていた。
イナはデジロの教師は反対だがリーン達が楽しそうなので協力しているだけである。
デジロは小国の辺縁にある小さい村を丸で囲む。
「ここに小国で秘蔵と言われる洞窟があります。初代皇帝の隠した宝や文献があると言われていますが、戯言です。ただ皇帝の血筋でないものが入ると罠が発動されるので注意がいります。皇族向けの仕掛けと迷宮も用意されているので、3日分の食料を用意するのは忘れないでください」
デジロの言葉にルオの家臣達は凝視しお互いに顔を見合わせた。初代皇帝の隠れ家に秘宝が隠されていると言われていたが見つかっていない。
「殿下、執務やめてきてください。その資料は後でいいです。今はデジロ様の話を聞いてください。リーン様の隣に座っていいですから」
ルオは声を荒げる家臣に渋々近づいた。ルオは早く執務を終わらせてリーン達と過ごす時間を作りたい。妻と息子に尊敬の目を向けられるデジロの授業は見たくなく、もともと勉強嫌いのルオはリーンの授業しか同席するつもりはなかった。
「小国の初代皇帝の洞窟が見つかりました」
「は?」
興奮した声を出すルオの側近と無関心な様子で話すルオを無視して、デジロは授業を進めていた。皇太子が騒いでもデジロには関係ない。
ラディルが手をあげたので話すのをやめた。一人で語り続けるデジロにラディルが手をあげた時は、中断して話を聞いてほしいとリーンが頼んでいた。
「先生、宝はないの?」
目を輝かせるラディルにデジロはゆっくり頷く。
「ガラクタばかりです。洞窟は深いのに貴重なものはありません。皇帝の日記も読む価値はありません。単なる自慢話ばかりで時間の無駄です。行くなら皇国の迷宮ですかね」
「お母様、皇国の迷宮は楽しいかな?」
振り向いてニコニコしている息子にリーンは笑う。
「どうかな。もう少し強くなってからデジロ様に連れて行ってもらって。お母様は弱くて足手まといだからお留守番してます」
リーンは良識ある判断ができ護衛が一緒ならラディルの冒険を止めない。
「お土産楽しみにしてて」
「ええ。でもラディルがいないと寂しいから、早く帰ってきてね」
「うん。先生、皇国の迷宮はどこにあるの?」
デジロの授業の脱線はよくあるので誰も気にしない。小国の皇子は皇国の洞窟に興味津々だった。
皇国の迷宮も伝承の世界のものであり、公式に見つかったとは発表されてない。
「価値がないなら、敢えて行かなくてもいいだろう?」
地図に示された場所は遠かった。ルオは伝説の初代の洞窟も宝も興味はない。調査に行くのは自分で行けば数カ月は帰ってこれないのはリーンやラディルと離れなくないルオには拷問だった。
デジロの皇国の迷宮の話が終わったので休憩になりリーンはお茶を飲みながらデジロから小国の洞窟に眠っている宝の話を聞いて閃いた。
デジロが入れたなら皇族がいなくても入れる。博物館を作り展示すれば、観光名所になり、3日ならリーンでも行けそうだった。護衛を連れて、テト達を誘ったら喜んで付いてきてくれるだろう。隣に座るルオが行きたくないのは理解した。それに大事な御身を危険にさらすのはいけない。リーンの頭の中で博物館を建設する計画がまとまった。
「デジロ様、小国の迷宮に案内してくれませんか?」
「リーン!?」
ルオは隣で穏やかな顔でお茶を飲む妻の顔を驚いて見るとにっこりと笑い返される。
「私にお任せ下さい。せっかくなので博物館を作りましょう。罠を解除できれば、洞窟も観光名所になるかしら…。」
「罠の解除だと廃材がでますよ。骸骨が多くて、歩きにくいですよ」
「デジロ様、特別料金をお支払いするのでお願いできませんか?」
デジロはリーンが病気は治っても虚弱体質と見立てていた。だが兄譲りで頑固なので、止めても無駄だと知り、生首に怯えない姫が骸骨に怯えるとも思えず頷く。
「空気は悪いが、まぁ平気か。薬を持って行くか」
デジロの了承にリーンが明るい笑顔を見せ、旅立つ話をしているとルオが声を荒げる。
「リーン、待って。駄目。許可しない。危ないだろう!!ラディルはどうするんだ」
リーンはルオの動揺は気にせず、笑顔で答える。
「ラディルはスサナとルオがいれば平気よ。もう少し歩けないと連れてはいけないわ。」
ルオはリーンの様子に調査団の派遣を決め、余計なものを見つけたデジロを冷たい顔で見た。
「デジロ、皇族の血を持っていけば罠は発動しないのか?」
デジロはルオから出る冷気は気にしない。与えられた職務に忠実に質問に答えるだけだった。興味がなくても、人の質問にしっかり答えることを教えたのは兄王子である。たとえ内容が理解できない無能な相手でもと。兄王子は旅をしながらデジロの教育もしていたが途中で無駄だと匙を投げた。
「最初だけは。後半は関係ありません。皇帝は面倒になったんでしょう。最初は意気揚々と罠を仕掛けたのに後半はおざなりです。うちの殿下が隠したい物があるなら処分すればいいって。杜撰すぎます。俺としては楽でありがたかったですが」
デジロと兄王子は迷宮巡りをしていた時期があった。体力のないデジロは最初は苦労した。兄王子は文献を調べる貴重な戦力のデジロの別行動は認めず最初の頃は護衛に背負わせていた。
文句を言う護衛の背中で眠るデジロは何度かわざと落とされた。デジロが苦労したと聞けば兄王子の護衛は剣で斬りたくなっただろう。兄王子への忠誠心だけがデジロへ剣を向けたい護衛騎士の衝動を止めていた。大国民であるデジロ達は小国の初代皇帝の宝への敬意は全くなかった。
「リーン、調査団を送るから行くのはやめて。」
「最初だけはルー様が行ってほしい。皇太子が足を運んで発見したなら箔がつくわ。これは絶対に儲かると思うの。最初だけ立ち会ってくれればあとは私達に任せて!!」
にっこり笑うリーンが可愛くても頷けなかった。
「リーン、許可出さないよ」
「ルー様、責任者は必要よ。私は有能だから任せて」
リーンは頭は良いが体力はない。
「駄目。」
「お父様、ラディルも行きたい。」
「危険だから駄目」
愛しい妻と息子の頼みでも譲れなかった。
「ラディルはまだ早いわ。お父様に剣で勝てるようになったらね」
父の言葉に膨らんだ頬を突っつきながらリーンは笑う。
「殿下、行くしかありませんよ。リーン様がきっと足を運びますよ。」
ルオの味方はいなかった。リーンとデジロが二人で長旅なんて絶対に許せない。絶対に危険なこともさせたくない。リーンが洞窟で倒れる姿を想像してルオは余計なものを残した初代皇帝を恨んだ。
「リーン、俺が行ってくるから手配だけ頼むよ。リーンの計画通りに進めるから。」
「ルー様、無理しないで」
「リーンとラディルが行くのが一番許せない。二人は留守番。俺の留守中は離宮から出ない。視察も禁止」
ルオの無茶にリーンは苦笑し首を横に振る。移動だけでも半月以上かかる道のりである。
「ルー様、無理よ。何ヶ月かかるかわからないわ」
「一月で終わらせる。騎士団を連れていく。デジロも借りる」
ルオは強行するつもりだった。ルオの視察にいつも付いていく護衛騎士がいれば嘆いただろうがこの場にはいなかった。
「俺の主は姫様です」
「リーンの上にいるのは俺だ。好きに仕えと義兄上にも言われている。拒否権なんてない。」
ルオはデジロの意思は聞かない。余計な情報をもたらした責任をとらせるつもりだった。ルオが早く帰れるために。ルオがリーン達と離れるのにデジロが一緒なのも許せなかった。見当違いな嫉妬に巻き込まれるデジロに同情の声は上がらなかった。
「どこの王族も横暴・・。」
デジロの言葉にリーンへの侮辱にイナが睨んだがデジロは気付かない。デジロの率直な言葉は一部の家臣の反感を買うのはどこにいっても変わらない。
リーンは自分より力と体力のあるルオにやる気があるなら任せることにした。
***
リーンはテト達を呼び協力を頼み、大国出身の研究員の派遣も手配をした。
不機嫌なルオの報告を聞いた皇帝は初代の秘蔵の洞窟の発見に興奮した。初代皇帝の洞窟は歴代皇帝も探していたが一度も見つからず情報も掴めない。小国の歴史が変わる瞬間だった。ルオを調査の責任者に命じて、いくつか指示を出すとルオはげんなりした顔で頷く。ルオは興味があるなら父が行けばいいと進言したが、宰相が許さなかった。
翌月、ルオは侍従と共に騎士団と調査団を率いて旅立った。侍従は旅の途中にデジロから話を聞くと情報の宝庫であり、デジロの語る小国の歴史は史実と違っていた。
ルオ達は馬で村を目指していた。
研究員や物資は後から付いてくるように馬車に護衛を付けて手配した。デジロの馬車がいいと言う希望は無視されルオの護衛騎士の馬に相乗りさせられた。
小国の馬は厳しい環境で育つため丈夫であり、リーンがデジロと共に餌を改良してからはさらに強化され大国の名馬達にも引けを取らず無理な早駆けも耐えられた。旅立つ前にルオは騎士達に体力作りと馬術の強化を命じた。騎士達は冷気を出したルオの様子に戦争が始めるのかと緊張していた。時々、リーンとラディルが差し入れを持って声を掛けにきたので、耐えられた。リーン達が顔を出せばルオは穏やかな顔で迎えていたので、リーンは地獄の訓練を知らなかった。
ルオは2週間かけて目的地に到着した。後続の馬車は1週間遅れて予定通りの到着をした。
サタはルオのことを良く知っていたので、予定通りに動かないことを読んでいた。事前に洞窟のある村を調べていたので、皇太子の到着の報せを受けて合流した。この件は運動神経皆無なテトの代わりにサタが任されていた。野営の準備を進める騎士達を見ながらルオに近づいた。
調査に集中するため接待を受けたくないというルオの希望を聞いたリーンが村長に大事な調査のため接待や干渉不要の手紙を書いて事前に手配していた。リーンはルオが皇帝の悲願達成のため力を入れていると思い、快くルオの希望を叶える準備をした。ルオは調査に行きたくなかったが、打ち合わせの時にリーンが時々向ける尊敬の視線が嬉しく、リーンとの打ち合わせの時間だけは至福だった。
サタの首には皇太子妃の賓客証が下げられていた。リーンが信頼している証である。この証を持つ者への危害と非礼はどんな身分であろうとも許さないと公言されている。妃を寵愛する皇太子の怒りに触れるのを恐れて愚かな真似をする者はいない。この証はルオの許可がないと発行されず、リーンはデジロにも与えたかったがルオが許さなかった。デジロに護衛をつけることでリーンは折れた。
「サタ、来たのか」
「はい。この件は私が。殿下、どうぞ」
サタはルオにペンダントを渡した。ペンダントの中にはリーンとラディルの肖像画が描かれていた。
「流行ってるんです。リーンの許可がないので、殿下の足を運ぶ店舗にはありませんが。」
「俺以外の男が持つのは複雑だ」
「女性仕様ならお許しをいただけますか?あと殿下の肖像画も売りたいんですが・・。夫婦でならいいですか?」
「リーンと相談してくれ。サタとのことは勝手に決めると拗ねるから」
「わかりました。」
サタは相変わらずなルオに苦笑した。ルオはサタに金貨を1枚投げ、サタはありがたく受け取った。ルオは上客だった。ルオはしばらく会えない二人の肖像画を見ながら、早く帰るために撃を飛ばしはじめる。
野営の準備が終わったので洞窟の調査が始まった。
デジロの価値のないと言った洞窟は小国民にとっては宝の宝庫である。小国の歴史が変わるものばかりだったがデジロと兄王子にとって小国の歴史に価値はない。欲しいのは医学と薬学の知識だけ。また大国の宝に見慣れている兄王子にとって歴史の浅い小国の宝はガラクタと同じだった。デジロは宝の目利きはできないので兄王子の評価をそのまま受け取った。ルオは初代の宝はいらなかったが皇帝が興味を持ち宮殿まで持ち帰らなければいけなかった。
リーンの希望の博物館の建設は中止だが、洞窟だけは好きにしていいと許可されたのでサタが同行し、利用価値があるか見極める予定である。デジロが3日必要と言ったのは迷わなければである。
サタはルオ達が罠を解除している間、転がる骸骨を眺めながら考え込んでいた。デジロはルオと騎士達を見ながら、兄王子の言葉を思い出し無能と呟き、騎士に睨まれたのをルオが取りなしていた。ルオはデジロの取り扱いに要注意な意味を実感した。デジロも兄王子も腹心達も手先は器用で感も良く罠にかかることもなく、解除も簡単だった。小国の騎士は指示しないと罠にかかり、解除もできない。リーンが人材不足に悩むのがよくわかった。この中でデジロに無能と言われなかったのはサタだけである。
罠の解除を待ってる間にサタは迷宮の地図をデジロと一緒に作っていた。サタは利用価値を見出したのでルオに頼み罠は全部解除してもらった。罠の解除がなければ早めに切り上げられたがリーンの願いを無視することはできない。
当初はリーンは半年の予定を組んでいたが、ルオが三月の予定に組み替えたがルオの心の中では一月で終わらせる予定だった。罠の解除や宝の輸送のためにすでに二月が経過していた。
***
ルオ達が洞窟で罠の解除をしている頃、リーンは大国からの客人を迎えていた。ルオが留守なことを神に感謝を捧げていた。
ルオに報せを送ろうとする皇帝を止め、非公式な訪問なので、会う必要はないと進言した。リーンは久々に義兄と過ごしたいと願い接待は自身がするので、気遣いはいらないと皇帝に伝えた。家族の時間を大切にする皇后がリーンの言葉に頷いたため、大国からの客人はリーンが引き受けることになった。小国の皇帝陛下夫妻と絶対に関わらせたくない客人だった。
皇太子宮の客室に客人達を案内し、お茶とお菓子を出し人払いをする。
王太子が訪ねて一年以上経ってから訪問されるとは思わなかった。リーンは目の前にいる大国の第一王子とは親しくない。母は正妃の話し相手をしていたが、リーンは正妃の顔は肖像画でしか知らない。
大国にいた頃、第一王子の情報は持っていたがリーンとしては関わりたくない相手だった。離宮に入る時に剣は預からせてもらった。この王子は興奮すると、剣に手をかける癖のある第二王子とは違った意味で恐ろしい人物である。リーンは第一王子に大国式の礼をする。
「リーン、頭をあげろ。挨拶はいい」
大国の王子は無駄な時間が嫌いだ。公式の場なら礼儀のないものは許されない。ただ王子が長い正式な挨拶を不要と言うなら従うだけだった。リーンはゆっくりと頭をあげ穏やかな笑みを浮かべる。
「お久しぶりです。お元気そうで良かったですわ」
「お前もな。リーン、大国のことをどう思う?」
第一王子は武に優れたがそれ以外は平凡である。
「大切な母国です」
「私は大国を変えたい」
決意を秘めた顔で見つめられてリーンは警戒する。
「義兄様、私には理解できませんわ。」
「リーンは嫁ぐ時に国王から命じられているだろう?」
国主に嫁ぐ姫に出される命令は極秘である。国王以外は口に出すことは許されない。話した姫の命はなく、他言しないと誓約をしている。
王太子である第二王子ならともかく、他の者には匂わせることさえ許されない。リーンは国王陛下と王太子である第二王子以外の前で大国に忠誠を示し跪かない。王太子に決められた時点で秘密の継承は始まっている。
「存じません。父からの言葉はいただきましたが、国王陛下からは命じられてません」
「嫁いだ姫が国を支配するんだろう?。嫁いでも心はいつも大国に」
情報をどこで掴んだのか自分で辿りついたのかはわからないがリーンは知らないフリしかできず、首を傾げる。
「私にはわかりません。国王陛下にお尋ね下さい」
「おかしいだろう。力があるのに統一せずに影で支配なんて。お前だって辛いだろう?私が国を変える。力を貸してほしい。リーンなら父上を説得できるだろう?」
謀叛の誘いには乗らない。武に優れる第一王子は騎士団を率いて、第二王子を支えるとばかり思っていた。
第二王子に何かあっても、第一王子は選ばれない。天才でなくても、文武両道でバランスの良い第四王子がいる。まともな思考を持つ王族は第二王子と第二妃に逆らわない。国で一番の後ろ盾を持ち、優秀で民や貴族の支持も集める王太子には敵わない。国王陛下の定めた王太子に逆らうなど自殺行為で一族を殺されても弁明できない。第一王子の裏に誰がいるかはわからないがリーンにできることは拒むことだけである。
「おっしゃる意味がわかりません。また小国の皇太子妃が大国の国王陛下に逆らうことはできません。小国は国王陛下と同盟を結んでます。力が必要でしたら国王陛下を通してお願いします」
「私は皇太子妃ではなくリーンに頼んでいる」
迷いなく言う第一王子が勘違いしていることはわかった。
リーンは父は優しくても甘い人間でないことを知っている。父はどんなに愛しても、国王に逆らう人間は斬る。
「お断りします。私は父を信じてます。」
「リーンは皇太子を騙すことに罪悪感はないのか?」
「私は精一杯皇太子妃として努めてます。」
「仲睦まじい皇太子夫妻。夫を騙す妃が愛されると思うか?」
王族の姫は愛など求めていない。リーンは揺さぶりをかけられても動じない。
「政略結婚ですから愛など必要ありません。私は民のために務めを果たすだけです。」
「聞き分けの良いリーンらしくないな。リーン、よく考えろ。お前の母は私の母の話し相手だ」
大国にいれば正妃の子の第一王子よりもリーンのほうが身分が下なので逆らえない。リーンの意思ではなくても目の前で首が飛んでも不服を言える立場ではない。
母の命が惜しければ協力しろと言われても頷けない。リーンの母は先を読むのが得意である。きっと身を守るだろう。弟も側にいる。いざとなればきっと兄が動いてくれる。リーンが第一王子についた時点で兄達の命と小国の終わりが待っている。
「私は大国の姫ではなく小国の皇太子妃です。小国が対談するのは大国の国王陛下と陛下の命を受けた使者だけです」
「このままだと大国は悲劇を生み続ける。どこかで断ち切らないといけない」
第一王子の意図がわからない。この王子が王位を継げば大国の貴族の傀儡になるだろう。大国の貴族に唆されたのだろう。どこの国にも愚かな貴族はいる。リーンは夢物語に興味はない。
「私は悲劇とは無縁です。小国に利のないことは関わるつもりはありません」
「リーンは私に付かないか・・。」
「はい。脅しに屈する気はありません。剣を突きつけられても小国は同盟主の大国の国王陛下に応じます。私をここで殺せば護衛騎士が動きます。ここは敵を逃げ出せる作りにはなってません。」
「変わったな・・。後日、また答えを聞きにくる。」
「かしこまりました。用があれば申し付け下さい。」
リーンは礼をして立ち去りラディルを連れて離宮に戻る。第一王子が滞在中はラディルを離宮から出さずに護衛を徹底することを命じる。第一王子に監視をつけたいが、自分の騎士は第一王子に敵わない。リーンは第二王子に手紙を書いて、侍従に早馬で届けさせる。侍従を離したくないが、このやり取りを任せられるのは彼だけである。リーンの侍従である筆頭補佐官は武術も強く万能であり、第二王子を見つけて接触できる。そして王族をよく知っているため安心して任せられる。もし第一王子が大国の姫の情報を流して歩けば厄介なことがおこる。義姉達はうまく立ち回っており、国主に疑われるようなことはないが今後嫁ぐ姫達は違う。
リーンはルオに騙さないでと言ったのに、リーンは騙し続ける。落ち込む気持ちは隠して執務に戻ることにした。第一王子にもてなしは断られた。
第一王子がリーンを訪ねたのは後ろ盾探しだろう。大国に対抗するのは他国を連合軍でまとめあげないと無理である。大国の次に大きい皇国は必ず味方につけないといけない。ただ皇国は第二王子と親交が深い。第一王子につくことはない。大国と皇国が組むなら、他の国をまとめあげても敵わない。武に優れる第一王子が気付かないわけがない。第一王子の行動がリーンには読めなかった。できるのは第一王子を拒んで、第二王子の指示を待つだけである。心を落ち着けるために、デジロが残していった薬湯を口に含む。デジロの薬湯は味に工夫がされており、美味しかった。兄の薬湯の懐かしい味も好きだが、デジロの薬湯も好きだった。リーンの好物は兄の薬湯から兄とデジロの薬湯に変わった。
薬湯を飲んでお腹が膨れたリーンは夕食はほとんど手をつけられなかった。
***
研究者達が洞窟を調べ、宝や文献を調べている頃ルオはイライラしていた。あとは馬車に運びこむだけだったが研究者達が調べ出した。サタは研究者の見解を聞いてメモを取っている。
「殿下、明日出立しましょう。今日は無理です」
「あいつら、宮殿で調べればいいものを」
「殿下が研究者が中に入る前に洞窟に足を踏み入れたからでしょう。罠だって貴重な遺産です。それを躊躇うことなく破壊して」
「将来は俺の国なら好きにしていいだろうが。デジロを残すから俺は帰っていいか?リーンとラディルに会いたい。きっと二人も寂しがってる」
「皇帝陛下は宮殿まで宝を持って帰るようにっと」
「帰りは馬車だと時間がかかる。兵に背負わせられないか?」
「貴重な宝が壊れます。」
「形あるものいつかは壊れる。一刻も早く帰りたい」
「皇帝陛下のいらないものがあればリーン様念願の博物館ができますよ。中止になって悲しんでたでしょう?リーン様は殿下が直々に持ち帰ったものを見たら喜びますよ。ラディル様も冒険の話が好きなので、説明したら喜ばれますよ」
ルオはペンダントの中の肖像画を見つめて、美しい妻と我が子を思い出し余計に帰りたくなった。
「リーンが呼んでる」
「呼んでません。さっさと休んでください。お体を大事にしないとリーン様が悲しまれます。」
サタは相変わらずのルオに笑い、ルオに手紙を差し出した。
「俺、リーン以外興味ない」
「いいんですか?いらないなら処分しますが」
サタのニヤリとした顔を見てルオは手紙を開くと見慣れた流暢な文字が綴られていた。
ルオの体への気遣いと執務の心配はいらないこと。ラディルのことが綴られていた。ルオへの感謝と体が心配なので帰りはゆっくり帰って来てほしいと締めくくられていた。
もう一枚にはルオの絵とお仕事頑張ってくださいとラディルから綴られていた。
ルオは感動で震えていた。二人から手紙をもらうのは初めてだった。サタは荒れるルオを見て、ルオ宛にリーンとラディルの手紙を届けてほしいと父に頼んだ。テトの監修のもと二人が書いた。テトはリーンに任せれば報告書になることを知っている。
ルオの様子にサタ達は笑いながら眺める。リーンがお飾りの麗しの皇太子妃を演じてもルオが頼れる皇太子に見えない。ラディルはしっかりしているので、いいかと思うことにした。サタはルオが歴史に名を残す皇帝になるとは思っていなかった。遠い未来でサタの手がけた小国の観光名所の初代の洞窟が偉大なるルオル皇帝の偉業の一つとされた。
伝説とされた初代の遺産を探し出し、自ら小国の謎を解明し正しい史実に戻した。正しい史実が後世に受け継がれるように初代の洞窟には正しい史実を綴らせた。また歴代の皇帝に敬意を示し、歴代の皇帝の肖像画と共に歴史も飾った。歴代の皇帝への敬意を払うルオル皇帝は子孫達に初代皇帝と同等に憧れを集めていた。
事実は違った。
歴史を解明したのはデジロと大国出身の研究者とリーンである。持ち帰った文献をリーンがラディルに読み聞かせ、疑問を研究者に調べさせていた。
歴史を正したのは勉強嫌いのルオはラディルに覚え直させるのを可哀想に思ったからである。
またルオの「史実を正すか・・・」と呟きを聞いたリーンが尊敬の目を向けて同意したからだった。皇族の都合の良いように書き換えられた史実を正すことは覚悟のいることである。覚悟を決めた夫の成長に感動していた。まさかラディルのためとはリーンは気付かなかった。
何もなく寂れた洞窟に歴代の肖像画と小国の歴史を貼ったのはサタだった。
肖像画は明るく照らされた道の壁に飾られた。
最後の肖像画の先にある暗い道が迷宮の入り口だった。
サタは地図を頼りに、村人を雇い迷宮を案内できるように仕込んだ。サタは洞窟の迷宮ツアーを企画した。解除した罠を飾り、初代の隠し部屋には初代皇帝とルオの肖像画と模写した初代の日記を飾った。
ツアーに参加するための装備はサタの商会で用意した。危険なことも説明し遺書を書かせた上でのツアーでも参加者は多かった。
サタが肖像画を飾ったのは盗まれても困らないため警備が不要だったからである。また飾った肖像画はサタの商会で取り扱っていたので、宣伝にも丁度良く、歴史を綴ったのは空いたスペースを埋めるためだった。また新しい情報には人が集まるので集客効果を狙っていた。
綴った歴史の評判も良かったので、洞窟の壁に職人を呼んで石碑として刻ませた。
予想以上に収益をもたらしたので、サタは極秘で初代の隠し部屋の本棚にリーンの絵姿をまとめた冊子を1冊置いた。サタも絵が得意だったので、自分が描いたものをモデルにお抱え絵師に描かせた。リーンの少女時代から成人するまでの絵姿の冊子を作り初代の隠し部屋の本棚に忍ばせた。リーンは隠し部屋を訪れることはなかったので、知らなかった。皇太子妃とは書かず、偶然見つけた者により女神の絵姿と噂され、冊子を探しに迷宮に足を運ぶものが増えた。
迷宮の人気が高まったので初代の部屋にサタは白紙の冊子とペンを用意した。初代の部屋への到達記念に一筆書く者もいた。その一人はラディルだった。成長したラディルはよく洞窟に遊びに来ていた。その度に書き込んでいた。冊子を読んでいた民がラディルの名前を見つけて噂が広がり、民に人気のラディルの日記を読むため、訪れるものも増えた。
サタは冊子のことは知らないフリを通し商会で売ることはなかった。ツアー参加時は案内に護衛もつけるので物が盗まれることはなかった。
初代皇帝の遺産は宮殿の宝物庫に保管された。ルオが皇帝に即位した翌年にリーンの念願の博物館を建設し寄贈する。ルオの父は複雑そうな顔をしたがルオは強行した。ルオにとっては宝よりも妻の笑顔の方が価値があった。
皇族の秘宝を民へ展示したのは小国ではルオが初めてだった。初代皇帝の遺産は小国民の物で誰もが目にする資格があると言葉を残した。博物館は誰でも入ることができ、博物館の周りには露店も多く、リーンの念願の観光名所になった。
この頃ラディルはお忍びを好み平民に紛れて遊んでいた。皇族も平民も関係なく遊べる場が欲しいと言う呟きを聞いたルオが動いた。博物館はラディルの遊び場として建設されたので、子供向けの作りになっていた。ラディルとルオの初めての共同の事業だった。
ルオの思惑など知らないリーンは民のために真剣に話し込む皇帝と皇太子を尊敬の目で見つめていた。
ルオの偉業の影には愛する家族の影があった。ルオは国民のためより家族のために動いていた。民を慈しむ多少の心はあっても、家族への愛情には敵わなかった。そのことを知る者は記録に残すことはしなかった。おかげで、ルオの偉業は勘違いされ解釈され語り継がれるのは誰も知らなかった。
一年かけて大国の歴史の授業は終えたので、デジロが小国の授業をはじめていた。ラディルがどこまで理解しているかはわからないが概要を聞くことも、長時間座って話を聞くことも大事な勉強というリーンの方針だった。
デジロの授業は楽しく、いつも一人で授業を受けていたので誰かと一緒に授業を受けることも新鮮だったため時間が許せばリーンも一緒に受けていた。
ラディルは母が隣に腰を下ろしたので、膝の上に座り直す。ラディルはデジロの授業が好きだが母と一緒に受ける授業が一番好きだった。スサナも勉強するために常に参加し、ルオの側近も休みを返上して参加した。
デジロは医務官のはずが、教師になっていた。偏屈な自分の話を興味津々に聞く人間はリーンと兄王子以外で初めてだった。知識に貪欲なリーンを見て兄王子とそっくりと言いリーンから苦情を受けても聞き流した。リーンは兄ほど自分は変人ではないと思っている。
「今日の希望は小国の歴史ですか・・。まずは地図どこだっけ」
イナが小国の地図を壁に勢いよく貼った。デジロは授業のために準備はせず、頼まれたことを話すだけである。見兼ねたイナが授業に必要なものを準備した。デジロのためにリーンやラディルが待つのは許せない。リーンの腹心は主の意図を読み取り動く。不便な思いをさせるのはイナのプライドが許さないがデジロは何を言っても無駄なのでイナが動くしかなかった。デジロはイナに感謝をしていなかったが便利なので好きにさせていた。
イナはデジロの教師は反対だがリーン達が楽しそうなので協力しているだけである。
デジロは小国の辺縁にある小さい村を丸で囲む。
「ここに小国で秘蔵と言われる洞窟があります。初代皇帝の隠した宝や文献があると言われていますが、戯言です。ただ皇帝の血筋でないものが入ると罠が発動されるので注意がいります。皇族向けの仕掛けと迷宮も用意されているので、3日分の食料を用意するのは忘れないでください」
デジロの言葉にルオの家臣達は凝視しお互いに顔を見合わせた。初代皇帝の隠れ家に秘宝が隠されていると言われていたが見つかっていない。
「殿下、執務やめてきてください。その資料は後でいいです。今はデジロ様の話を聞いてください。リーン様の隣に座っていいですから」
ルオは声を荒げる家臣に渋々近づいた。ルオは早く執務を終わらせてリーン達と過ごす時間を作りたい。妻と息子に尊敬の目を向けられるデジロの授業は見たくなく、もともと勉強嫌いのルオはリーンの授業しか同席するつもりはなかった。
「小国の初代皇帝の洞窟が見つかりました」
「は?」
興奮した声を出すルオの側近と無関心な様子で話すルオを無視して、デジロは授業を進めていた。皇太子が騒いでもデジロには関係ない。
ラディルが手をあげたので話すのをやめた。一人で語り続けるデジロにラディルが手をあげた時は、中断して話を聞いてほしいとリーンが頼んでいた。
「先生、宝はないの?」
目を輝かせるラディルにデジロはゆっくり頷く。
「ガラクタばかりです。洞窟は深いのに貴重なものはありません。皇帝の日記も読む価値はありません。単なる自慢話ばかりで時間の無駄です。行くなら皇国の迷宮ですかね」
「お母様、皇国の迷宮は楽しいかな?」
振り向いてニコニコしている息子にリーンは笑う。
「どうかな。もう少し強くなってからデジロ様に連れて行ってもらって。お母様は弱くて足手まといだからお留守番してます」
リーンは良識ある判断ができ護衛が一緒ならラディルの冒険を止めない。
「お土産楽しみにしてて」
「ええ。でもラディルがいないと寂しいから、早く帰ってきてね」
「うん。先生、皇国の迷宮はどこにあるの?」
デジロの授業の脱線はよくあるので誰も気にしない。小国の皇子は皇国の洞窟に興味津々だった。
皇国の迷宮も伝承の世界のものであり、公式に見つかったとは発表されてない。
「価値がないなら、敢えて行かなくてもいいだろう?」
地図に示された場所は遠かった。ルオは伝説の初代の洞窟も宝も興味はない。調査に行くのは自分で行けば数カ月は帰ってこれないのはリーンやラディルと離れなくないルオには拷問だった。
デジロの皇国の迷宮の話が終わったので休憩になりリーンはお茶を飲みながらデジロから小国の洞窟に眠っている宝の話を聞いて閃いた。
デジロが入れたなら皇族がいなくても入れる。博物館を作り展示すれば、観光名所になり、3日ならリーンでも行けそうだった。護衛を連れて、テト達を誘ったら喜んで付いてきてくれるだろう。隣に座るルオが行きたくないのは理解した。それに大事な御身を危険にさらすのはいけない。リーンの頭の中で博物館を建設する計画がまとまった。
「デジロ様、小国の迷宮に案内してくれませんか?」
「リーン!?」
ルオは隣で穏やかな顔でお茶を飲む妻の顔を驚いて見るとにっこりと笑い返される。
「私にお任せ下さい。せっかくなので博物館を作りましょう。罠を解除できれば、洞窟も観光名所になるかしら…。」
「罠の解除だと廃材がでますよ。骸骨が多くて、歩きにくいですよ」
「デジロ様、特別料金をお支払いするのでお願いできませんか?」
デジロはリーンが病気は治っても虚弱体質と見立てていた。だが兄譲りで頑固なので、止めても無駄だと知り、生首に怯えない姫が骸骨に怯えるとも思えず頷く。
「空気は悪いが、まぁ平気か。薬を持って行くか」
デジロの了承にリーンが明るい笑顔を見せ、旅立つ話をしているとルオが声を荒げる。
「リーン、待って。駄目。許可しない。危ないだろう!!ラディルはどうするんだ」
リーンはルオの動揺は気にせず、笑顔で答える。
「ラディルはスサナとルオがいれば平気よ。もう少し歩けないと連れてはいけないわ。」
ルオはリーンの様子に調査団の派遣を決め、余計なものを見つけたデジロを冷たい顔で見た。
「デジロ、皇族の血を持っていけば罠は発動しないのか?」
デジロはルオから出る冷気は気にしない。与えられた職務に忠実に質問に答えるだけだった。興味がなくても、人の質問にしっかり答えることを教えたのは兄王子である。たとえ内容が理解できない無能な相手でもと。兄王子は旅をしながらデジロの教育もしていたが途中で無駄だと匙を投げた。
「最初だけは。後半は関係ありません。皇帝は面倒になったんでしょう。最初は意気揚々と罠を仕掛けたのに後半はおざなりです。うちの殿下が隠したい物があるなら処分すればいいって。杜撰すぎます。俺としては楽でありがたかったですが」
デジロと兄王子は迷宮巡りをしていた時期があった。体力のないデジロは最初は苦労した。兄王子は文献を調べる貴重な戦力のデジロの別行動は認めず最初の頃は護衛に背負わせていた。
文句を言う護衛の背中で眠るデジロは何度かわざと落とされた。デジロが苦労したと聞けば兄王子の護衛は剣で斬りたくなっただろう。兄王子への忠誠心だけがデジロへ剣を向けたい護衛騎士の衝動を止めていた。大国民であるデジロ達は小国の初代皇帝の宝への敬意は全くなかった。
「リーン、調査団を送るから行くのはやめて。」
「最初だけはルー様が行ってほしい。皇太子が足を運んで発見したなら箔がつくわ。これは絶対に儲かると思うの。最初だけ立ち会ってくれればあとは私達に任せて!!」
にっこり笑うリーンが可愛くても頷けなかった。
「リーン、許可出さないよ」
「ルー様、責任者は必要よ。私は有能だから任せて」
リーンは頭は良いが体力はない。
「駄目。」
「お父様、ラディルも行きたい。」
「危険だから駄目」
愛しい妻と息子の頼みでも譲れなかった。
「ラディルはまだ早いわ。お父様に剣で勝てるようになったらね」
父の言葉に膨らんだ頬を突っつきながらリーンは笑う。
「殿下、行くしかありませんよ。リーン様がきっと足を運びますよ。」
ルオの味方はいなかった。リーンとデジロが二人で長旅なんて絶対に許せない。絶対に危険なこともさせたくない。リーンが洞窟で倒れる姿を想像してルオは余計なものを残した初代皇帝を恨んだ。
「リーン、俺が行ってくるから手配だけ頼むよ。リーンの計画通りに進めるから。」
「ルー様、無理しないで」
「リーンとラディルが行くのが一番許せない。二人は留守番。俺の留守中は離宮から出ない。視察も禁止」
ルオの無茶にリーンは苦笑し首を横に振る。移動だけでも半月以上かかる道のりである。
「ルー様、無理よ。何ヶ月かかるかわからないわ」
「一月で終わらせる。騎士団を連れていく。デジロも借りる」
ルオは強行するつもりだった。ルオの視察にいつも付いていく護衛騎士がいれば嘆いただろうがこの場にはいなかった。
「俺の主は姫様です」
「リーンの上にいるのは俺だ。好きに仕えと義兄上にも言われている。拒否権なんてない。」
ルオはデジロの意思は聞かない。余計な情報をもたらした責任をとらせるつもりだった。ルオが早く帰れるために。ルオがリーン達と離れるのにデジロが一緒なのも許せなかった。見当違いな嫉妬に巻き込まれるデジロに同情の声は上がらなかった。
「どこの王族も横暴・・。」
デジロの言葉にリーンへの侮辱にイナが睨んだがデジロは気付かない。デジロの率直な言葉は一部の家臣の反感を買うのはどこにいっても変わらない。
リーンは自分より力と体力のあるルオにやる気があるなら任せることにした。
***
リーンはテト達を呼び協力を頼み、大国出身の研究員の派遣も手配をした。
不機嫌なルオの報告を聞いた皇帝は初代の秘蔵の洞窟の発見に興奮した。初代皇帝の洞窟は歴代皇帝も探していたが一度も見つからず情報も掴めない。小国の歴史が変わる瞬間だった。ルオを調査の責任者に命じて、いくつか指示を出すとルオはげんなりした顔で頷く。ルオは興味があるなら父が行けばいいと進言したが、宰相が許さなかった。
翌月、ルオは侍従と共に騎士団と調査団を率いて旅立った。侍従は旅の途中にデジロから話を聞くと情報の宝庫であり、デジロの語る小国の歴史は史実と違っていた。
ルオ達は馬で村を目指していた。
研究員や物資は後から付いてくるように馬車に護衛を付けて手配した。デジロの馬車がいいと言う希望は無視されルオの護衛騎士の馬に相乗りさせられた。
小国の馬は厳しい環境で育つため丈夫であり、リーンがデジロと共に餌を改良してからはさらに強化され大国の名馬達にも引けを取らず無理な早駆けも耐えられた。旅立つ前にルオは騎士達に体力作りと馬術の強化を命じた。騎士達は冷気を出したルオの様子に戦争が始めるのかと緊張していた。時々、リーンとラディルが差し入れを持って声を掛けにきたので、耐えられた。リーン達が顔を出せばルオは穏やかな顔で迎えていたので、リーンは地獄の訓練を知らなかった。
ルオは2週間かけて目的地に到着した。後続の馬車は1週間遅れて予定通りの到着をした。
サタはルオのことを良く知っていたので、予定通りに動かないことを読んでいた。事前に洞窟のある村を調べていたので、皇太子の到着の報せを受けて合流した。この件は運動神経皆無なテトの代わりにサタが任されていた。野営の準備を進める騎士達を見ながらルオに近づいた。
調査に集中するため接待を受けたくないというルオの希望を聞いたリーンが村長に大事な調査のため接待や干渉不要の手紙を書いて事前に手配していた。リーンはルオが皇帝の悲願達成のため力を入れていると思い、快くルオの希望を叶える準備をした。ルオは調査に行きたくなかったが、打ち合わせの時にリーンが時々向ける尊敬の視線が嬉しく、リーンとの打ち合わせの時間だけは至福だった。
サタの首には皇太子妃の賓客証が下げられていた。リーンが信頼している証である。この証を持つ者への危害と非礼はどんな身分であろうとも許さないと公言されている。妃を寵愛する皇太子の怒りに触れるのを恐れて愚かな真似をする者はいない。この証はルオの許可がないと発行されず、リーンはデジロにも与えたかったがルオが許さなかった。デジロに護衛をつけることでリーンは折れた。
「サタ、来たのか」
「はい。この件は私が。殿下、どうぞ」
サタはルオにペンダントを渡した。ペンダントの中にはリーンとラディルの肖像画が描かれていた。
「流行ってるんです。リーンの許可がないので、殿下の足を運ぶ店舗にはありませんが。」
「俺以外の男が持つのは複雑だ」
「女性仕様ならお許しをいただけますか?あと殿下の肖像画も売りたいんですが・・。夫婦でならいいですか?」
「リーンと相談してくれ。サタとのことは勝手に決めると拗ねるから」
「わかりました。」
サタは相変わらずなルオに苦笑した。ルオはサタに金貨を1枚投げ、サタはありがたく受け取った。ルオは上客だった。ルオはしばらく会えない二人の肖像画を見ながら、早く帰るために撃を飛ばしはじめる。
野営の準備が終わったので洞窟の調査が始まった。
デジロの価値のないと言った洞窟は小国民にとっては宝の宝庫である。小国の歴史が変わるものばかりだったがデジロと兄王子にとって小国の歴史に価値はない。欲しいのは医学と薬学の知識だけ。また大国の宝に見慣れている兄王子にとって歴史の浅い小国の宝はガラクタと同じだった。デジロは宝の目利きはできないので兄王子の評価をそのまま受け取った。ルオは初代の宝はいらなかったが皇帝が興味を持ち宮殿まで持ち帰らなければいけなかった。
リーンの希望の博物館の建設は中止だが、洞窟だけは好きにしていいと許可されたのでサタが同行し、利用価値があるか見極める予定である。デジロが3日必要と言ったのは迷わなければである。
サタはルオ達が罠を解除している間、転がる骸骨を眺めながら考え込んでいた。デジロはルオと騎士達を見ながら、兄王子の言葉を思い出し無能と呟き、騎士に睨まれたのをルオが取りなしていた。ルオはデジロの取り扱いに要注意な意味を実感した。デジロも兄王子も腹心達も手先は器用で感も良く罠にかかることもなく、解除も簡単だった。小国の騎士は指示しないと罠にかかり、解除もできない。リーンが人材不足に悩むのがよくわかった。この中でデジロに無能と言われなかったのはサタだけである。
罠の解除を待ってる間にサタは迷宮の地図をデジロと一緒に作っていた。サタは利用価値を見出したのでルオに頼み罠は全部解除してもらった。罠の解除がなければ早めに切り上げられたがリーンの願いを無視することはできない。
当初はリーンは半年の予定を組んでいたが、ルオが三月の予定に組み替えたがルオの心の中では一月で終わらせる予定だった。罠の解除や宝の輸送のためにすでに二月が経過していた。
***
ルオ達が洞窟で罠の解除をしている頃、リーンは大国からの客人を迎えていた。ルオが留守なことを神に感謝を捧げていた。
ルオに報せを送ろうとする皇帝を止め、非公式な訪問なので、会う必要はないと進言した。リーンは久々に義兄と過ごしたいと願い接待は自身がするので、気遣いはいらないと皇帝に伝えた。家族の時間を大切にする皇后がリーンの言葉に頷いたため、大国からの客人はリーンが引き受けることになった。小国の皇帝陛下夫妻と絶対に関わらせたくない客人だった。
皇太子宮の客室に客人達を案内し、お茶とお菓子を出し人払いをする。
王太子が訪ねて一年以上経ってから訪問されるとは思わなかった。リーンは目の前にいる大国の第一王子とは親しくない。母は正妃の話し相手をしていたが、リーンは正妃の顔は肖像画でしか知らない。
大国にいた頃、第一王子の情報は持っていたがリーンとしては関わりたくない相手だった。離宮に入る時に剣は預からせてもらった。この王子は興奮すると、剣に手をかける癖のある第二王子とは違った意味で恐ろしい人物である。リーンは第一王子に大国式の礼をする。
「リーン、頭をあげろ。挨拶はいい」
大国の王子は無駄な時間が嫌いだ。公式の場なら礼儀のないものは許されない。ただ王子が長い正式な挨拶を不要と言うなら従うだけだった。リーンはゆっくりと頭をあげ穏やかな笑みを浮かべる。
「お久しぶりです。お元気そうで良かったですわ」
「お前もな。リーン、大国のことをどう思う?」
第一王子は武に優れたがそれ以外は平凡である。
「大切な母国です」
「私は大国を変えたい」
決意を秘めた顔で見つめられてリーンは警戒する。
「義兄様、私には理解できませんわ。」
「リーンは嫁ぐ時に国王から命じられているだろう?」
国主に嫁ぐ姫に出される命令は極秘である。国王以外は口に出すことは許されない。話した姫の命はなく、他言しないと誓約をしている。
王太子である第二王子ならともかく、他の者には匂わせることさえ許されない。リーンは国王陛下と王太子である第二王子以外の前で大国に忠誠を示し跪かない。王太子に決められた時点で秘密の継承は始まっている。
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「おかしいだろう。力があるのに統一せずに影で支配なんて。お前だって辛いだろう?私が国を変える。力を貸してほしい。リーンなら父上を説得できるだろう?」
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「おっしゃる意味がわかりません。また小国の皇太子妃が大国の国王陛下に逆らうことはできません。小国は国王陛下と同盟を結んでます。力が必要でしたら国王陛下を通してお願いします」
「私は皇太子妃ではなくリーンに頼んでいる」
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リーンは父は優しくても甘い人間でないことを知っている。父はどんなに愛しても、国王に逆らう人間は斬る。
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「私は悲劇とは無縁です。小国に利のないことは関わるつもりはありません」
「リーンは私に付かないか・・。」
「はい。脅しに屈する気はありません。剣を突きつけられても小国は同盟主の大国の国王陛下に応じます。私をここで殺せば護衛騎士が動きます。ここは敵を逃げ出せる作りにはなってません。」
「変わったな・・。後日、また答えを聞きにくる。」
「かしこまりました。用があれば申し付け下さい。」
リーンは礼をして立ち去りラディルを連れて離宮に戻る。第一王子が滞在中はラディルを離宮から出さずに護衛を徹底することを命じる。第一王子に監視をつけたいが、自分の騎士は第一王子に敵わない。リーンは第二王子に手紙を書いて、侍従に早馬で届けさせる。侍従を離したくないが、このやり取りを任せられるのは彼だけである。リーンの侍従である筆頭補佐官は武術も強く万能であり、第二王子を見つけて接触できる。そして王族をよく知っているため安心して任せられる。もし第一王子が大国の姫の情報を流して歩けば厄介なことがおこる。義姉達はうまく立ち回っており、国主に疑われるようなことはないが今後嫁ぐ姫達は違う。
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薬湯を飲んでお腹が膨れたリーンは夕食はほとんど手をつけられなかった。
***
研究者達が洞窟を調べ、宝や文献を調べている頃ルオはイライラしていた。あとは馬車に運びこむだけだったが研究者達が調べ出した。サタは研究者の見解を聞いてメモを取っている。
「殿下、明日出立しましょう。今日は無理です」
「あいつら、宮殿で調べればいいものを」
「殿下が研究者が中に入る前に洞窟に足を踏み入れたからでしょう。罠だって貴重な遺産です。それを躊躇うことなく破壊して」
「将来は俺の国なら好きにしていいだろうが。デジロを残すから俺は帰っていいか?リーンとラディルに会いたい。きっと二人も寂しがってる」
「皇帝陛下は宮殿まで宝を持って帰るようにっと」
「帰りは馬車だと時間がかかる。兵に背負わせられないか?」
「貴重な宝が壊れます。」
「形あるものいつかは壊れる。一刻も早く帰りたい」
「皇帝陛下のいらないものがあればリーン様念願の博物館ができますよ。中止になって悲しんでたでしょう?リーン様は殿下が直々に持ち帰ったものを見たら喜びますよ。ラディル様も冒険の話が好きなので、説明したら喜ばれますよ」
ルオはペンダントの中の肖像画を見つめて、美しい妻と我が子を思い出し余計に帰りたくなった。
「リーンが呼んでる」
「呼んでません。さっさと休んでください。お体を大事にしないとリーン様が悲しまれます。」
サタは相変わらずのルオに笑い、ルオに手紙を差し出した。
「俺、リーン以外興味ない」
「いいんですか?いらないなら処分しますが」
サタのニヤリとした顔を見てルオは手紙を開くと見慣れた流暢な文字が綴られていた。
ルオの体への気遣いと執務の心配はいらないこと。ラディルのことが綴られていた。ルオへの感謝と体が心配なので帰りはゆっくり帰って来てほしいと締めくくられていた。
もう一枚にはルオの絵とお仕事頑張ってくださいとラディルから綴られていた。
ルオは感動で震えていた。二人から手紙をもらうのは初めてだった。サタは荒れるルオを見て、ルオ宛にリーンとラディルの手紙を届けてほしいと父に頼んだ。テトの監修のもと二人が書いた。テトはリーンに任せれば報告書になることを知っている。
ルオの様子にサタ達は笑いながら眺める。リーンがお飾りの麗しの皇太子妃を演じてもルオが頼れる皇太子に見えない。ラディルはしっかりしているので、いいかと思うことにした。サタはルオが歴史に名を残す皇帝になるとは思っていなかった。遠い未来でサタの手がけた小国の観光名所の初代の洞窟が偉大なるルオル皇帝の偉業の一つとされた。
伝説とされた初代の遺産を探し出し、自ら小国の謎を解明し正しい史実に戻した。正しい史実が後世に受け継がれるように初代の洞窟には正しい史実を綴らせた。また歴代の皇帝に敬意を示し、歴代の皇帝の肖像画と共に歴史も飾った。歴代の皇帝への敬意を払うルオル皇帝は子孫達に初代皇帝と同等に憧れを集めていた。
事実は違った。
歴史を解明したのはデジロと大国出身の研究者とリーンである。持ち帰った文献をリーンがラディルに読み聞かせ、疑問を研究者に調べさせていた。
歴史を正したのは勉強嫌いのルオはラディルに覚え直させるのを可哀想に思ったからである。
またルオの「史実を正すか・・・」と呟きを聞いたリーンが尊敬の目を向けて同意したからだった。皇族の都合の良いように書き換えられた史実を正すことは覚悟のいることである。覚悟を決めた夫の成長に感動していた。まさかラディルのためとはリーンは気付かなかった。
何もなく寂れた洞窟に歴代の肖像画と小国の歴史を貼ったのはサタだった。
肖像画は明るく照らされた道の壁に飾られた。
最後の肖像画の先にある暗い道が迷宮の入り口だった。
サタは地図を頼りに、村人を雇い迷宮を案内できるように仕込んだ。サタは洞窟の迷宮ツアーを企画した。解除した罠を飾り、初代の隠し部屋には初代皇帝とルオの肖像画と模写した初代の日記を飾った。
ツアーに参加するための装備はサタの商会で用意した。危険なことも説明し遺書を書かせた上でのツアーでも参加者は多かった。
サタが肖像画を飾ったのは盗まれても困らないため警備が不要だったからである。また飾った肖像画はサタの商会で取り扱っていたので、宣伝にも丁度良く、歴史を綴ったのは空いたスペースを埋めるためだった。また新しい情報には人が集まるので集客効果を狙っていた。
綴った歴史の評判も良かったので、洞窟の壁に職人を呼んで石碑として刻ませた。
予想以上に収益をもたらしたので、サタは極秘で初代の隠し部屋の本棚にリーンの絵姿をまとめた冊子を1冊置いた。サタも絵が得意だったので、自分が描いたものをモデルにお抱え絵師に描かせた。リーンの少女時代から成人するまでの絵姿の冊子を作り初代の隠し部屋の本棚に忍ばせた。リーンは隠し部屋を訪れることはなかったので、知らなかった。皇太子妃とは書かず、偶然見つけた者により女神の絵姿と噂され、冊子を探しに迷宮に足を運ぶものが増えた。
迷宮の人気が高まったので初代の部屋にサタは白紙の冊子とペンを用意した。初代の部屋への到達記念に一筆書く者もいた。その一人はラディルだった。成長したラディルはよく洞窟に遊びに来ていた。その度に書き込んでいた。冊子を読んでいた民がラディルの名前を見つけて噂が広がり、民に人気のラディルの日記を読むため、訪れるものも増えた。
サタは冊子のことは知らないフリを通し商会で売ることはなかった。ツアー参加時は案内に護衛もつけるので物が盗まれることはなかった。
初代皇帝の遺産は宮殿の宝物庫に保管された。ルオが皇帝に即位した翌年にリーンの念願の博物館を建設し寄贈する。ルオの父は複雑そうな顔をしたがルオは強行した。ルオにとっては宝よりも妻の笑顔の方が価値があった。
皇族の秘宝を民へ展示したのは小国ではルオが初めてだった。初代皇帝の遺産は小国民の物で誰もが目にする資格があると言葉を残した。博物館は誰でも入ることができ、博物館の周りには露店も多く、リーンの念願の観光名所になった。
この頃ラディルはお忍びを好み平民に紛れて遊んでいた。皇族も平民も関係なく遊べる場が欲しいと言う呟きを聞いたルオが動いた。博物館はラディルの遊び場として建設されたので、子供向けの作りになっていた。ラディルとルオの初めての共同の事業だった。
ルオの思惑など知らないリーンは民のために真剣に話し込む皇帝と皇太子を尊敬の目で見つめていた。
ルオの偉業の影には愛する家族の影があった。ルオは国民のためより家族のために動いていた。民を慈しむ多少の心はあっても、家族への愛情には敵わなかった。そのことを知る者は記録に残すことはしなかった。おかげで、ルオの偉業は勘違いされ解釈され語り継がれるのは誰も知らなかった。
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