皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴

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番外編

皇太子夫婦の日常4

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雪が解け色とりどりの花が咲き乱れる頃に皇太子夫妻の御子のお披露目が発表された。
民の強い希望でパレードの用意が進められた。
リーンは親子でお揃いの正装に苦笑したが民から献上されたものなので感謝して袖を通した。
夫が似合わないのは気づかないフリをした。ルオは自分の服には無関心なので全く気にしなかった。
ラディルを抱き、馬車に乗ろうとするリーンをルオが抱き上げた。不思議そうに見つめる妻に笑いかけそっと馬車に乗り込みルオの膝の上に座らせた。

「ルー様?」
「落としたりしないよ。護衛もいるし俺の両手が塞がっても問題ない。ラディルをリーンが抱くならいいだろ?」

パレード用の大きい馬車でも抱き上げられると窮屈だった。リーンは落とされる心配はしていない。ラディルを抱きたい夫に譲ることにした。

「ルー様、どうぞ。ラディルを抱いてください」
「せっかくだから民にも幸せのお裾分けはいいけどさ。ちゃんと二人は俺のものってしっかりアピールしないと」

降りようとするリーンをルオは放さずニヤリと笑った。
公務中にふざけているルオにリーンはにっこり笑い返した。人目があるため皇太子を睨めなかった。ただ大事な訂正だけは忘れなかった。

「私はルー様の物ですが、ラディルは違います」
「手を出すなら命を差し出せって」

事実でも祝いの場で幸せそうに笑いながら言う言葉ではない。馬車がゆっくりと動き出したので本気かふざけているのかわからないルオは放ってリーンはラディルと一緒に民達に手を振った。ラディルはイナ達と手を振る練習をしたので楽しそうに手を振っていた。手を振る仕草はルオより優雅と親バカの一人のスサナは馬で並走し見守っていた。スサナは後方の馬車に乗る予定だったが本人の強い希望で馬で並走に変更された。後方の馬車だとラディルが見えない。また非常時に傍にいられないという主張にリーンが折れた。スサナに護衛の腕は求めていなかったがラディルも初めての公務に慣れたスサナが傍にいるほうがいいかと考え直した。
最近はスサナは空いた時間は護衛騎士と鍛錬していた。リーンはスサナが武術が好きなことを知っていたので黙認した。イナと協力してラディルの世話を抜かりなくしているので好きにさせていた。

「妃殿下!!」
「皇子様!!」
「ルー殿下、おめでとうございます!!」

歓声はルオよりもリーンの名が多かった。視察の数はルオより少ないが、いつも笑顔で民達に声をかける美しい皇太子妃は不愛想な皇子よりも人気があった。

「リーン様!!」

大国からの移民達を見つけてリーンはラディルと一緒にニコッと笑った。
その中には昔、リーンにオルゴールを贈った青年もいた。リーンはまた会えたらオルゴールを作ってほしいと頼んでみようかと思った。リーンの大事なものはルオが守ってくれる。お腹に当たっている手の持ち主は嘘をつかないから。ラディルを抱きしめると振り返った息子に笑いかけ頭を撫で、民に手を振るように促した。ニコッと笑って頷いたラディルはリーンと一緒にまた手を振った。この光景を見たスサナは笑みを浮かべ、民達からは盛大な歓声が響いた。民は初めて見る慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべるリーンと無邪気な笑顔で母と笑い合う皇子の姿に目を奪われた。小国民の風貌を持たなくても嫌悪は起きなかった。


ルオは二人の様子を見ながら、思いを巡らせていた。リーンと儀礼用の馬車に乗るのは二度目だった。初めて乗った時は嫌悪の視線に心が挫けそうだった。あの時に諦めずに足掻いた昔の自分を褒めた。

ルオは無気力な人間だ。皇族は自由には生きられない。だから適当に生きればいいと思っていた。リーンはオルがルオに利用されていたと怒っていた。でもルオは利用されたとは思っていない。兄と一緒にいるのは楽だった。自分と違って我が強い兄に振り回されるのは面倒なことになっても他の人間よりも楽だった。

ただリーンと出会って世界が変わった。リーンは決まった言葉しか言わない登場人物ばかりのルオの世界にはいない人間だった。
華奢で絵画の中の住民のような容姿で優雅な仕草をする姫は浮世離れしていた。小国民にない色を持ちルオとは住む世界が違う人間だった。それでも話す言葉は他の貴族と変わらなかった。綺麗な笑顔で小国を褒め、自己紹介して礼をして立ち去った姫に興味はわかなかった。
だが祭りで見たリーンは別人だった。簡素な服を身に付け民と同じように髪を結っても輝かしい金髪は目立っていた。宮殿では綺麗な笑みしか浮かべない姫が無邪気に笑っていた。平民に教えを乞い、下手な踊りを楽しそうに踊っている姿から目が離せなかった。初めて自分の世界で想定外な行動をする人間だった。言葉を交わすほど惹かれた。ただ手に入れられないのはわかっていた。
兄がリーンに選ばれた時は初めて悔しさを知った。父から報せを聞いて自分よりも兄の方が優れているので仕方ないと言い聞かせた。もともと諦めていた初恋だった。兄のように我を通すための賢さも情熱もない自分にリーンは相応しくない。リーンと頻繁に文をかわす兄に羨ましいと思う心は我慢できずにいたため、父に外交を任されたのは有り難かった。初めて兄と一緒にいるのが楽でなくなった。島国への婿入りの話はリーンの花嫁姿を見れないのは残念でも、未練を断ち切るのに丁度良いと受け入れた。思い返せば兄と仲睦まじいリーンを見たくなく投げやりだった昔の自分に苦笑した。

兄が自分の代わりに国を発つとは思わなかった。兄が国を発って準備に明け暮れて、リーンの傍にいられることに気付いたのは結婚式の時だった。騙した罪悪感よりもリーンの傍にいられるのが嬉しかった。差し出す手にそっと重ねられた小さい手に心が躍って浮かれた。入れ替わりが知られてからは散々拒絶されて怒られて泣かせた。一緒にこの馬車に乗った時に向けられた冷たい視線に心が冷えた。それでも花を配るリーンは美しかった。民達に向けた慈愛の笑みに目を奪われた。嫌われても好きな気持ちは変わらなかった。
ルオの視線に気づいたリーンが振り返り首を傾げた。

「ルー様、どうしました?」

あの時はルオの視線に気づいても、振り向いてくれなかった。今は大事な民よりも自分を見てくれることが嬉しくてたまらなかった。

「俺が幸せにするって言ったのに、幸せにされてばっかりだなって」

リーンは昔を思い出しているルオに笑いかけた。リーンも確かにこの馬車に初めて乗った自分が今の自分を見れば目を丸くするのはよくわかった。散々拒絶した過去は消えない。

「ルー様は自己評価が低すぎます。私はルー様のおかげで幸せです。こんなに可愛い我が子に優しい夫。きっと世界で一番幸せです。でもルー様がこれからもたくさんの幸せをくださるのを楽しみにしてます。私は我儘な大国の姫ですから」

リーンはルオの傍にいると見える世界が違った。知らない気持ちもたくさん教わった。諦めたものを、拾って差し出してくれるのはルオだけだった。今の幸せに満足しても、また違う大きな幸せをくれる人だった。リーンの冷たい心を温かくしてくれるのはルオだった。

「俺の妃だろ?」
「はい。ルー様が生きている限りは貴方の妻です。これから何があっても私の心はルー様のものです」

リーンはルオの妻でいたい。許されるなら民よりもルオを選びたい。それでもずっと妃でいられるかはわからない。

「俺が愚王でも?」

ルオがふざけていても絶対に肯定する気はなかった。

「ありえません。私の夫は優秀です。大器晩成なので成長途中です。ラディルと一緒に私が鍛えて差し上げます」

楽しそうに笑うリーンにルオも釣られて笑った。両親が二人の世界に浸っている中ラディルだけが笑顔で手を振っていた。

「リーン達のために頑張るよ。そのかわり最期まで傍にいて。何があろうとも俺の妻はリーンだけだ。」

大国の姫のリーンには役割がある。ルオの傍にいるために努力することは決めた。ただ長い人生の中で最期まで傍にいられるかはわからなかった。
ルオは即答せずに穏やかな笑みを浮かべた妻を不思議に思った。いずて側室を娶ると思っているのか・・?それとも大国のトラウマスイッチを押したんだろうか?
ルオは言葉を変えることにした。

「何があっても離さないから覚悟して。」

ルオの言葉にリーンは嬉しそうに笑い見つめ返した。ルオに捕まるのは大歓迎だった。

「ルー様はいつも命令しませんね。私も離さないでいただけると嬉しいです」

ルオはラディルが自分達を見ていないのを確かめリーンに唇を重ねた。民達の盛大な歓声が響いた。リーンは不意打ちに赤面し王族の仮面が剥がれそうだった。ルオは民達に手を振り羨ましいと騒ぐ男にニヤリと笑い返した。リーンは必死に平静を装い笑顔を作って手を振った。ルオはリーンに見惚れる男達に、牽制して不意打ちでリーンの頬や髪に口づけを落として、赤面させていた。羞恥で目を潤ませ自分を見つめる妻に機嫌よく笑っていた。ルオは愛想を振りまく皇子ではなかった。ただリーンが嫁いできて、不愛想な皇子が変わった。国も豊かになった。民にとってリーンは幸運の女神だった。またリーンにそっくりなラディルも歓迎した。この祭りの後からリーンとラディルの肖像画が飛ぶように売れた。絵師に皇太子妃と御子の肖像画が欲しいと願うものが増えた。テト達も用意していたがリーンの許可がないため皇室御用達店舗とは別の店舗で売りはじめた。


馬車が止まると民達は皇太子夫妻の演説を聞くため静かになった。
先に演説するのはリーンだった。
リーンはラディルの生誕のために祈りを捧げてくれたことへ感謝を告げた。民達は感動した。
まさか異国の大きな国から嫁いだ皇太子妃に感謝されるとは思わなかった。自分達が祈ったことを知っているとも思わなかった。民達に恥じないように皇族として務めを果たすのでこれからも見守ってほしいと愛らしく笑うリーンに大歓声があがった。
演説をする直前にルオに悪戯されすぎたため、羞恥で王族の仮面が外れていた。
初めて素のリーンの顔を見せてしまったことにルオはやりすぎたと後悔した。ルオは一言感謝を告げただけだった。小国には民の前で演説する習慣はほとんどなかった。ルオは演説が面倒で式典からは常に逃げていた。リーンのお飾りの妃計画が徐々に狂っていることは気付いていなかった。


ラディルのお披露目は無事に終わった。離宮に帰るとパレードでの態度にルオは怒られたので素直に謝った。まだ大国の習慣が抜けてないリーンは小国ではそこまで民が求めていないことを知らない。常に笑顔で手を振る皇族はいない。単なる顔見せなので馬車に揺られているだけで良かった。でもリーンが王族の仮面を剥がすほど動揺させたことは反省していたので、機嫌をとることにした。本気で怒らせると部屋から出ていくのは避けたかった。イナの部屋に引っ越したリーンに避けられるのがルオには一番辛かった。

ルオが必死にリーンの機嫌を取っている頃、民達は仲睦まじい皇太子夫妻の第二子は皇女か皇子か賭けが行われた。後にその話を聞いたリーンは気が早い民達に笑って、乗り気なルオの相手はしなかった。初のお役目を立派にこなした我が子を褒めながらご褒美を考えることにした。


***

ルオの念願の皇太子宮が完成した。リーンの想像よりも大きかった。広い執務室に各々の部屋、客室、控えの間、書庫に調理場に食堂、離宮よりも設備が整っていた。当初の計画と違っていた。図案は確認していたが、仕上がりが全く違っていた。ただルオに任せると言ったため上機嫌な夫に何も言えなかった。ルオの個人資産なので目を瞑ることにした。

皇太子夫妻が合同で執務を行うことでルオの効率があがった。リーンやラディルの前なので張り切って執務に取り組んでいた。
リーンはラディルを膝の上に乗せて大国の歴史を聞かせていた。

「うー」
「そうよ。それで大国ができたの」
「あー」
「でもめでたしめでたしじゃないの。続きは明日にする?」
「うー」
「偉いわね。もう少しだけね。次は初代・・」

大国の歴史は長い。神託を受けた小さい村で育った少年が徐々に仲間を増やし、領土を大きくしていった。大陸を統一したのは3代目の王の時である。現国王は第48代目の王だった。

「リーン様、もしかして歴代王は全員覚えてるんですか?」

何も見ずに、話すリーンにルオの側近が目を見張って聞いた。

「はい。私は国王夫妻と宰相だけですが。大国は私が教えるから小国はルー様に任せるわ。でも混乱しないように簡単な大国から覚えようね」
「あー」

ニコニコしているリーンとラディルを見て、ルオは教師を探すことにした。ルオは歴代の皇帝の名も覚えていない。建国神話さえも怪しい。大国の歴史を簡単というリーンに歴史の浅い小国はどう思われているか誰も聞けなかった。

「大国なら王子は臣下の歴史も覚えるけど、必要かしら・・・。私ももう一度復習しないと」

ルオはリーンの何気ない言葉に余計なことは言わないことにした。ラディルの教育はリーンに任せると決めていた。リーンはいずれラディルを大国の王族と渡り合えるようにすると公言していた。イナは大国の厳しい英才教育を知っているので、静かに見守っていた。二人の家臣の温度差が凄かった。

***
小国には大国から大量の本が送られてきた。母に頼んだもの以外の本も含まれていた。品書きを見ながら父が贈ってくれたことに気付き、リーンは一見厳しいけど本当は優しい父を思い浮かべた。
母からの手紙を読んでいると使者に面会を求められたので、宮殿で会うことにした。
使者の風貌を見て、リーンは目を見張った。
お茶を用意させ人払いをした。護衛には決して中の会話を誰にも聞かせるなと命じた。ルオであっても。

リーンは大国の礼をした。

「頭をあげろ。元気そうだな。おめでとう」

使者に扮した義兄であり大国の第二王子の声に頭をあげた。

「甥への挨拶は後だ。どこまで情報を掴んでる?」

冷たい声の義兄にリーンは気合いを入れた。久々に大国の姫の顔を作った。
王子とリーンは静かな目で見つめ合い、しばらくするとリーンが綺麗な笑みを浮かべた。

「国王陛下の退位の噂は耳にしております。」

母からの手紙に暗号で大国が荒れると綴られていた。大国が荒れる原因は一つだけである。戦争で荒れるほど弱い国ではない。逆らう国があるなら、裏から内部崩壊、表から王子が制圧はお手の物である。逆らった国は平民以外は皆殺しである。大国に牙を剥くなら待っているのは滅亡である。
大国は全大陸を征服する力を持っている。ただ利が少ないのでやらない。小国は大国なら3日で滅ぼせる。目の前の義兄の気分で1日でもできるだろう…。

王子はリーンを見つめて口を開かなかった。リーンはゆっくりと口を開いた。

「もちろん私は王太子である義兄様に付きます。小国も掌握してます。後ろ盾にするにはまだ力が足りないでしょうが、物資の援助はお任せください」

リーンは大国で争いが始まれば支援を求められることはわかっていた。小国の力は必要ない。でも諸外国に小国は大国の国王の認める王太子を推していると目に見える形で示す必要があった。小国が逆らうつもりはないことも。
小国では輸送に適した、芋の栽培は成功している。芋を使った保存食の研究も進めている。また解毒と傷に効く薬草も大量に栽培している。
飢饉対策と公表しているが大国への支援のためとはリーンしか知らない。そのため国の事業とは別でリーンが個人で所有し生産させているものもある。ルオには内緒にしている。裏工作もしっかりしてあるため調べられてもリーンまでたどりつけるのは大国出身の情報部隊だけだろう。
目の前の義兄は知っているだろうが・・。
小国は広大な土地がある。大国にとっては今の時点では大量の食糧庫としての役割しか担えない。指揮できる信頼できる優秀な人材が少なすぎた。また時間も足りなかった。

「リーン、私に隠していることはないか?」

リーンは定期的に第二王子に報告の文を送っていた。新種の情報もさり気なく綴っていた。大国がすでに入手している情報でも、リーンが大国のために動く気があることをアピールしていた。

義兄の見極められる目を見てバレていることに気付いた。リーンの情報など大国は必要としていない。ただ一つだけ敢えて報告してないことがあった。リーンは動揺が悟られないように笑みを浮かべた。

「小国を掌握するために最善でした。聡明な義兄様には私からの説明は不要かと存じます」

ルオとオルが入れ替わったことの言質を取られるわけにはいかなかった。

「見込みはあるか?」

ここで義兄の期待に答えられなければ、ルオとはいられなくなる。いずれ小国は滅ぼされる。大国の王族を欺いた罪は重い。

「義兄様、私は大国の姫です。小国の皇族に遅れをとったりしません。食糧庫としてお役に立ちましょう。私は義兄様の期待に答えられるように精進致します」

「リーンの忠誠は?」

リーンは跪いた。

「父である国王陛下に捧げております。」

迷わず答えたリーンに王子の口角が上がった。
仲睦まじい皇太子夫妻のことは知っていた。ただ義妹は情に脆く甘いところがあるので、大国よりも小国を選ぶ愚かなただの女になっていないか懸念があった。義妹は今のところは大丈夫かと判断した。
兄王子はリーンがただの馬鹿な女になれば、連れて帰るつもりだった。嫁いでもリーンに惚れている他国の王族もいた。離縁したら喜んで貰いうけるという友人も知っていた。王子の友人は大国の次に大きい皇国の王子。ただ正妻を迎えているため婚約者候補から外れた。約束を守る男なのでリーンを差し出せば、生涯自分を裏切ることはない。無能な義妹なら差し出すつもりだった。男に狂った愚かな女に大国の後ろ盾はいらない。
小国でリーンは殺され、友人の妾にするのは簡単だった。皇太子の入れ替わりを知ったリーンが殺されたと情報を流すだけで、小国の隣の隣国が動く。隣国の王族はリーンと親交が深い。大国が動かなくても小国は滅びる。リーンは小国民の心を掴んでいるので、滅ぼされた小国にはリーンの弟を送って属国として支配するほうが簡単だ。隣国も姉の想いを継ぎたいとリーンにそっくりな弟が望めば、小国を差し出し支援するだろう。小国は広大だが利用するには隣国には荷が重く利が少ない。

「安心したよ。リーンの夫は謁見する価値はあるかい?」

リーンは跪いたまま顔を上げなかった。冷たい声でゆっくりと答えた。

「ありません。全て私の思いのままです。従順な妻を演じてますゆえ、ご容赦ください」

王子は小国の情報は持っていた。リーンなら簡単に操ることも。皇太子はもう一人の義弟が気に入るので善良な男だとよく分かった。
母親の身分が低いのに優秀な王子と姫はよく似ていた。自分が優秀なことがわかり愚かな貴族に目をつけられないように諸外国を飛びまわる義弟と身分の高い妃を持つ義姉に目をつけられないように一番価値の低い小国に嫁いだ義妹、実兄よりも自分に懐いて臣下にくだることを表明している義弟も。
三人の母である寵妃も決して第二妃の邪魔になることはせず、慎ましく過ごしている。
第二王子は自分の邪魔にならないように立ち回るリーン達を評価していた。

切り札はあるので今はリーンが掌で転がす皇太子の見極めはやめることにした。

「愚兄が来たらわかっているか?」

リーンはわかりやすい言葉に目を丸くした。慌てて平静を装い冷たい声を出した。

「すぐに報せを送ります。小国が手を貸すことはありません。」
「リーン達は物分かりがいい。無能は嫌いだ。見切りをつけたら帰っておいで」
「ありがとうございます。」

リーンは優しい声に小国の見極めが終わったことに安心した。ただまだ油断はできなかった。

「何人か送ろうか?人手不足だろう?」
「優秀な者は義兄様のお傍に。」

人手不足でも義兄の配下を近くに置きたくなかった。忍ばせられても、直接預かるのとでは事情が変わる。

「そうか。リーンが私のために動くなら願いは叶えるよ。裏切らなければ」

優しい顔を浮かべ自愛に満ちた声で掛けられた言葉に決して頷いたらいけない。大国の姫は非情で冷酷。大国のためなら手段を選ばず、身内も切り捨てる。表では嫁いだ国の民を愛するフリをする。夫に愛を捧げ、慈愛に満ちた妃を演じる。
ただ本当に大事な者は決して悟らせてはいけない。脳裏に浮んだ母親達の顔を消しゆっくりと瞬きをして、冷笑を浮かべた。

「母も兄も弟も国王陛下に必要なければお斬りください。」
「リーン、動揺が出ている。気をつけろ。父上に怒られそうだからここまでにしようか。甥には会わせてくれるか?」

心の準備が整う前に攻めてくる王太子には適わなかった。
王子の冷たい雰囲気が払拭された。
リーンは差し出される手に口づけを落とし、ゆっくりと立ち上がり穏やかな笑みを作った。

「人見知りゆえ、泣いてもお許しください」
「そこまで狭量ではない。」

義兄は子供を殺すことはない。弟も懐いていたことを思い出した。

「失礼しました。義兄様が子供に好かれることを忘れてました。」

イナが連れたラディルを見て王子は穏やかに笑った。

「大国の血が勝ったか。」

王子に頭を撫でられ、笑うラディルにリーンは心の中でほっと息をついた。王子に見つめられてもラディルは目を逸らさなかった。

「悪くないな。」
「ありがとうございます。」
「さて、姉上に会いに行きたいんだが、土産の勧めはあるか?」

ここで断れば、今までのやりとりは無駄になる。
外国に嫁いだ義姉達の情報は集めていた。

「出立までに用意させましょう。部屋を用意させましょうか?」
「いや、せっかくだから見て回るよ。」
「では船に積んでおきます」
「じゃあ、また」

王子は出国の予定も訪問する国も教えない。
必要なことしか話さず無駄なことは口にしない。リーンは調べて用意するだけだ。
立ち去る王子に礼をして見送った。部屋から王子の気配がなくなり、しばらくして顔をあげた。
第二王子は常に護衛を忍ばせている。宮殿に忍んでいることは気づかないフリをする。第二王子に心酔する騎士達は大国でも屈指の精鋭だ。リーンの護衛騎士より優秀で万能。リーンの護衛に敵わない小国の騎士に遅れをとることは決してない。
イナを呼びいくつか指示を出して、義姉の好むものを船に積ませる準備も整えさせた。ラディルを外に控えるスサナに預け、部屋に戻りぐったりと座り込んだ。
皇太子妃の顔を作り離宮に戻る前に一人で休みたかった。
久々の義兄との面談は心臓を掴まれた気がした。使者で義兄がくるとは思わなかった。母からの手紙に感謝した。母は義兄がリーンを訪ねるのをわかっていた。母の先見には敵わない。父の容体は悪いのだろうか。大国の情報は手に入りにくい。他愛もない文の中に初めて暗号が隠されていた。検閲で引っかかるのでこの暗号が使われるのは次はないだろう。もしかしたら義兄はわかって見逃したかもしれないが・・。

第一王子は正妃の子である。ただ他国から嫁いだ正妃は療養中のため名ばかりである。行事や正妃の執務には側室筆頭の第二妃が出席し取り仕切っている。第二妃は宰相を父に持ち第二王子の生母でもあった。
大国の王族は優秀だが第二王子は別格である。
第一王子は武術に優れた。第二王子は武術は平凡だが謀の天才だった。また民からの人気もある。第二王子の施策は常に絶大な富をもたらしていた。
リーンは第一王子は王位を狙うとは思えなかった。正妃の母国はすでに大国の姫が掌握している。国王陛下が正妃を迎えるかわりに妹を国主に差し出した。両国の友好のための婚姻だった。
第二王子は無駄なことはしない。この忙しい時期に諸国に嫁いだ姫を回るほどのことがおこるとは思えなかった。国王が王太子と決めた第二王子を敵に回し第一王子につく王族も民もいないだろう。大国では国王の命令は絶対である。疑念を持つことも許されない。ただ第二王子に聞くこともできない。頼りになる兄も小国にはいないので王族関連は誰にも相談できない。

「リーン、大丈夫か?」

ルオに肩を叩かれてリーンは思考の海から抜け出した。考えても仕方ない。第二王子には敵わない。ルオ達を見逃してもらったことに感謝することにした。心配そうにしているルオににっこり微笑んだ。自分が冷たい顔をしているのを見られたことをごまかしたかった。ルオの前では大国の姫の冷酷な面を見せたくなかった。リーンはルオの首に手を回して抱きついた。

「ごめん。疲れただけ」
「たまには出かけるか?」

魅力的な誘いだが、義兄とうっかり会うのは避けたかった。特にルオとは会わせたくなかった。できれば一生あんな冷たい会話に巻き込みたくない。ルオは大国の外面だけ見ればいい。リーンは嫌われたくなかった。ルオの胸に顔を埋めてしばらくしてゆっくりと顔をあげた。

「お出かけよりもゆっくりしたい」

笑ったルオに抱かれて離宮に戻った。リーンはルオの腕に抱かれて悪い女に引っかかったルオに同情した。ルオに口づけられ、段々何も考えられなくなり愛する人の熱に溺れた。
ルオは自分の腕の中で眠るリーンを見つめた。大国の使者がリーンと面会していると知り挨拶するために向かうとすでに帰ったあとだった。部屋にはぼんやりとしたリーンがいた。声を掛けても気づかなかった。何度か声を掛け、ようやく気付いたリーンは作り笑いを浮かべて抱きついた。リーンは大国のことはあまり話さない。ルオが思うよりも抱えているものが多いのかもしれない。話したくないなら無理に聞く気はなかった。抱き上げた体は冷たかった。離宮に戻っても作った笑みを浮かべていた。何度か口づけてとろんとした顔で力が抜けていったリーンを抱いた。
自分の腕の中で眠るリーンに怖い事がおきないように守るために力をつけたかった。いずれ大国にも負けない国を作ると言っていた。もしそんな国が作れればずっと無邪気な笑みを浮かべて隣ですごしてくれるんだろうか。リーンの憂いをルオが知るのは先の話だった。
リーンを迎えに行き、全く帰ってこない主に側近が痺れを切らしていた。ルオが寝室にいることを聞き迎えに行きたくても、寝室に非常時以外で入室を許されたのはイナだけだった。イナは出かけていなかった。家臣達はルオはリーンに叱ってもらうことにして仮眠を取ることにした。ルオが戻らないと進まない案件ばかりだった。ルオは徹夜になるとは知らずにリーンを眺めていた。
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