皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴

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番外編

ルオの危機 後編

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ルオは父から離縁の話を聞き、離宮に駆け込んだ。
リーンは面会謝絶を命じていたため、執務室の前でルオは剣を向けられる。
ルオは引くわけにはいかなかったので、剣を抜いた。リーンは扉の外から聞こえる剣の音に驚き、侍従に確認させると頭が痛くなった。

「剣を引きなさい」

リーンの声に護衛騎士は剣をおさめる。
リーンは覚悟を決めて挨拶することにした。王族の姫であると何度も自分に言い聞かせた。
入室してきたルオを見てリーンは頭を下げる。

「殿下、騎士の無礼をお許しください」
「構わないから頭をあげて」

リーンは頭を上げない。

「殿下、おめでとうございます。そして今までお世話になりました」

ルオはリーンの肩を掴んで顔をあげさせる。

「誤解なんだ。俺は側室を娶らない」
「殿下、気遣いは不要です。私のことはお気になさらず」

リーンは社交用の穏やかな顔で微笑みをつくる。

「俺はリーンしか抱いてない。令嬢の顔も名前も知らないんだよ。リーンにしか興味がわかない。同じ顔に見えるんだよ」

ルオの言葉はリーンにとって信じられないものだった。令嬢が同じ顔に見えるなら医務官が必要な非常事態である。離縁するので気にしないように努めた。心配する権利はリーンにはない。

「気遣いは不要です。生涯の約束を果たしてください」
「してない。俺はリーンにしか誓ってない」
「私は代わりですから」
「ありえないから。言っただろ?リーンしか娶らないって。まず大国の姫を迎えいれて、代わりにできるほどうちは大きい国じゃない」
「私が押しかけたのでは、」
「同盟。両国合意の政略結婚」
「私がルオを好きになったから」

ルオは気付いた。穏やかな顔をしているリーンが混乱していることを。
リーンの言っていることがおかしかった。
リーンが婚姻の意味がわからないはずはない。婚姻の意味を理解していたから、自分達の入れ替わりがわかってもすぐに離縁して帰国しなかった。
ルオはリーンの頬に手を添えて瞳を見つめた。

「リーン、落ち着いて。混乱してるよ」

リーンはルオの行動にぼんやりしそうになるのを、必死で抗う。自分を優しく見る瞳も声にも甘える立場ではないと首を横に振った。

「子供がいるなら身を引かないと」
「いないから。兄上の子供でも認知しない。俺はリーンの子供しか認めない」

王族の仮面が剥がれそうだった。ルオの言葉に嬉しく思う自分は駄目と必死にいい聞かせる。

「どうすれば」
「今まで通り皇太子妃として側にいて。頼むから」
「邪魔」
「邪魔じゃない。俺はリーンを愛してる。生涯妻はリーンだけだよ」
「だって、皇太子妃としてちゃんとしないと。私は王族」
「十分やってるよ。まずリーンがいなくなれば、国が回らなくなる。外交やリーンがはじめた事業を引き継げる者がいない」
「引き継ぎ資料作った」
「資料だけで、こなせたら苦労しないよ。リーンがいなくなったら国として大打撃」
「邪魔だから帰れって」
「国外追放じゃ甘いか。斬首にするか」
「斬首されたらお父様が激怒するから、穏便に離縁で」
「いや、リーンじゃないから。離縁する気ないから」
「そんなに邪魔なんだ」

ルオは放心しているリーンを優しく抱きしめる。

「不安にさせてごめん。リーン、愛してるよ」

リーンはルオの甘い声で囁かれた言葉に自分の心臓が速くなり、顔が赤くなるのがわかった。
ルオはリーンの様子に笑った。ルオはリーンほど鈍くはない。

「俺が愛しいのはリーンだけだよ。皇帝は民のためのものでも、ルオだけはリーンのものだ。俺の心はリーンのものだよ」

リーンはぼんやりしてまた自分がおかしくなるのがわかった。

「駄目なの」

ルオはリーンがいっぱいいっぱいになると本音を零すことを知っていた。

「何が?」
「ほかの人を大事にするの想像したら、嫌で。でも許されない。悲しくて、でも喜ばしいことなのに」

リーンの嫉妬が嬉しくてたまらなかった。

「俺は生涯リーンだけだ。そんな心配しなくていい」
「皇太子妃だから」
「うちは緩いからいい」
「でもルオ、人気ある」
「バカだな。興味ないんだ。俺は他の女と過ごす時間があるならリーンの下にいくよ」
「前に、妾をご自由にって」
「リーンに何を言われようと迎え入れない。リーンに勧められても受け入れない」
「いいのかな」
「いいんだよ。俺はリーンが愛しくてたまらない」

ルオから与えられた言葉に王族の仮面が壊れ、リーンの目から涙がこぼれた。

「何も言い返せなかった」
「怖い思いをさせて悪かった」
「うん。私はルオを好きでいていいのかな」
「もちろん」
「おかしくなって、醜態さらしたらどうしよう」
「そしたら俺がフォローするよ。これからも俺の傍にいてくれる?」
「うん。離れるの嫌」

リーンはルオに体を預けて目を閉じた。
意識を手放したリーンにルオが慌てる。護衛騎士はリーンの様子に眠っているだけと判断した。

「殿下、寝てるだけです。しばらくすれば起きますよ」
「命に別状は」
「ありません。ただ連日の疲れがでただけでしょう。医務官呼んだら、起きますので、今は寝かせてあげてください」


ルオはリーンを抱きかかえて、寝室に寝かせた。
離れがたくルオもそのまま休むことにした。ルオも寝不足だった。
涙に濡れたリーンの頬を優しく拭う。自分の胸に寝ぼけてくっついてきたリーンを抱きしめてこれからのことを考えた。
ルオはリーンの下賜を願う貴族を近づけないことを決めた。夜会もルオなしで参加させないと。最優先はリーンにバカなことを吹き込んだ令嬢の断罪だった。

***

後日公爵令嬢の噂を知った公爵が面会の申し入れた。
事実無根で皇子に一目惚れした令嬢の妄想だった。留学という名の療養から帰ってきていた娘の行動を公爵は知らなかった。
ルオは夜会のことの箝口令を敷いた。リーンの耳に入れた者は処罰すると命じ、ルオは個人で公爵に面会する気はなかった。
会議が終わり、貴族の集まった場で公爵はルオに頭をさげる。

「このたびは申しわけありませんでした」
「謝罪はいらない。許す気はない」
「そんな……」

皇族は温厚な人柄なので、公爵は謝罪さえすれば許されると思っていた。

「妃への不敬。虚偽。俺からリーンを奪おうとした大損害は重罪だ。国としての損害も。俺の妃を邪魔だから大国に帰れとはな。貴殿の娘は俺の妃より優秀なのか」
「体は丈夫です。離宮からほとんどでない妃殿下よりはお役にたつと」

公爵は娘が可愛かった。
リーンは影で動くがあまり表立って動かない。手柄は全部ルオの名前にしていた。ただリーンの手腕に気付いている者も多かった。
公爵の言葉に驚きの目を向ける貴族もいた。
この場で妃よりも自分の娘が有能と言えるものはいない。大国の教育に小国がかなうわけがない。大国王族の有能さは遠く離れた小国でも有名だった。

「国外追放と首を差し出すのとどちらを望む?」
「殿下!?」

ルオは冷たい目で慌てる公爵を見た。

「妃は戯言を信じて離縁を申し出た。ただ俺は彼女以外を娶る気はない。貴殿は知らなくても俺の妃は優秀だ。妃がいなくなれば、商人達はうちから引き上げるだろう。うちの国の繁栄は俺の手腕じゃない。俺はことを荒立てたくないから穏便な方法を選んでくれることを願うよ」
「噂の収束は責任を持ってわが家がつとめます」

すでに夜会から一週間が経っていた。動くにしても遅すぎた。

「不要だ。すでに動いている」
「娘は留学させます」

リーンを泣かせて傷つけただけで、ルオには重罪である。予定通り帰参していれば、リーンは離縁して大国に帰っていたかもしれない。想像するだけで、ルオの背筋が凍る。
すでに沙汰を伝えたのに、留学させるという公爵にルオの視線がさらに冷たくなる。

「国外貴族と婚姻させろ。俺達の前に姿を見せたら、首を落とす」

公爵は真っ青な顔で恐る恐る尋ねた。

「それは妃殿下の望みですか?」
「まさか、俺の希望だ。妃への面会も許さない。取りなしてもらおうなど考えるな」
「娘は殿下を慕っています」
「それが?」
「ずっと慕ってました。一度だけ会えばお気に」
「ここで首を差し出しても構わない」
「娘も親愛なる民ではありませんか」
「罪人にむける寵などない。爵位も返上しろ。不愉快だ。1週間待つ。それだけだ」

ルオは茫然とする公爵を残し立ち去った。
父よりこの件は自分が預かる許可をもらっていた。皇帝や周りの貴族達はルオの冷酷な一面に押し黙っていた。宰相だけは目を細めて見ていた。
この件から皇太子の妃への寵愛がさらに噂になる。皇太子妃への不敬は厳しい処罰を受けることも。
小国の皇族は穏やかな者ばかりだった。皇族は自由に罰を与える権利を持っていたが、ほとんど使われることがなかったので忘れさられていた権利だった。
リーンの臣下もリーンの耳にいれないように手を回していた。リーンは情報を集めているが統率しているのは侍従だった。
リーンはルオに宥められて公爵令嬢の件は頭から抜け落ちた。
ルオに見つめられて、腕の中で甘い言葉をなげかけられて、陥落していた。
リーンが対処しようとするとルオが関わらなくていいと止めていた。
倒れた後に、目が覚めたリーンはルオの腕の中で子供のように泣いた。令嬢が怖かった、悲しかった。ルオを信じられなくてごめんなさいと。
ルオは自分が嫉妬していることに気付かず、混乱している妻を宥めた。一緒にいたかったと泣く妻を責める気はなかった。ただ今度は飛び出す前に話してほしいとだけ伝え、頷く妻を優しく慰めることにした。
ルオは自分と離れたがらない妻を歓迎していた。別れ際に無意識にルオの服を掴んだリーンにルオは顔をゆるませていた。

宮殿から離宮に戻ったルオはリーンを散歩に誘う。
護衛騎士は、妃殿下を連れて穏やかな顔をして散歩している皇太子は先ほど冷たい顔をした同一人物に見えなかった。護衛騎士は幼馴染の冷酷な一面を知らなかった。二人を見守るイナに疑問を聞くことにした。

「イナ、なんで怒っていたんだ?」
「姫様が悲しんでましたので」
「嫉妬して、離縁まで行くか?誰も止めないのかよ。」
「イナは姫様のお心が一番大事です。それに一度無礼を許せば二度目があります」

イナはルオが公爵家を謝罪だけで許せば、大国に報告するつもりだった。
国王の耳に入れば、リーンは帰国させられ気づけば離縁させられただろう。大国は礼儀に厳しい国。自国の貴族も手中に収めきれない皇族なら見込み違い。大国の利にならないなら勝手に自滅させ有能な姫は呼び戻し他国に嫁ぎなおさせることに躊躇いはない。
大国の姫の需要は大きい。またリーンは人気があったので、二度目の婚姻でも、嫁ぎ先には困らなかった。
大国の姫に見捨てられた小国は他国からの評価もさがるが、イナの知ったことではなかった。

「大事な姫様はうちの殿下に惚れてるだろう?」
「帰国した姫様への縁談は国王陛下が決めるでしょう。傷ついた姫様を癒やしてくれる相応しい方を選んでいただけますよ。それにイナが姫様の心をお慰めします」
「イナはうちの殿下が相手じゃなくてもいいのか」
「臣下は主の幸せが一番です。」

護衛騎士はイナが怖かった。
そしてルオはまたリーンを赤面させて、幸せそうに笑っていた。もともとルオはリーンを溺愛していた。ただこの後からさらに拍車がかかるとは誰も予想していなかった。
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