皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴

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番外編

ルオの危機 前編

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ルオは遠方の視察中のためリーンは夜会に一人で参加していた。
貴族から挨拶を受け終り、必要な対談は全て終わった。ワインで乾いた喉を潤し、大国と比べ品質の劣る味に良質なワインの生産についての計画を練る。
ゆっくりとワインを味わっているリーンに一人の令嬢が決意を秘めた顔で近づく。
リーンの前に立ち勢いよく言い放った。

「妃殿下とはいえ、殿下を独り占めはいけません。大国の王族とはいえ許されません。身の程をわきまえなさい!! 」

令嬢の大きな声が響き視線が集まる。
リーンに人差し指を突き付け、眉をつり上げて睨んでいる姿に人々は唖然とする。

緩い小国とはいえ大国出身の皇太子妃への無礼な態度は許されない。
声を張り上げ、睨み付け、人を指差す行為は淑女としてあるまじき行為でもある。
リーンはグラスを給仕に渡し、剣に手をかけている護衛騎士を見て首を横に振る。
夜会にあるまじき緊迫した空気を取り戻すため美しい笑みを浮かべながら、目の前のふくよかなご令嬢を観察する。
リーンより背が高く、丸みを帯びた体に肌の質を見て年上。
小国は爵位によりドレスの色が決まっているため、公爵令嬢だが初対面である。
本来は令嬢から名乗るべきだが、先程からいかにリーンが身の程知らずか勢いよく話している令嬢に挨拶する様子はないのでリーンは言葉が切れた一瞬を逃さず、礼をして微笑む。

「皇太子妃のリーンと申します」

「厚かましい!!でも仕方ありません。私を殿下の側室に迎え入れてください。私が立派なお世継ぎを産みます。お体の弱い妃殿下にかわり私がお役目を果たします」


リーンはさらに声を荒げる令嬢に目を丸くした。
大国の姫は挨拶を無視されることも、高慢な態度で怒鳴る令嬢に会ったこともなかった。
もしも存在すれば大国なら首が飛んでいただろう。
護衛騎士の令嬢に向ける視線は氷のように冷たく手は剣に置かれたままである。
周りの貴族は眉を潜めているが令嬢を窘めに入る者は誰一人いない。

「妃殿下、私は殿下とは将来の約束をしてました。まさか、私の留学中に無理矢理婚姻するなんて。たとえ大国の姫とはいえ―――」

リーンは貴族の令嬢から嫌味を言われる経験はある。ただこんなに激しく攻め立てられることはなかった。義姉は美しい仕草で淡々と嫌味を並べるだけである。リーンは初めての経験に戸惑い混乱していたが王族のため顔だけは平静を装っていた。

「殿下は私と愛し合っております。それはもう―――」

令嬢の熱弁は止まらない。
リーンはご令嬢が話している殿下は誰のことかわからない。
そして側室になるために、妃に直談判する令嬢の存在も知らない。
皇帝や臣下から相談されるなら理解はできるがリーンから勧めるのはおかしい。
でも最初の頃はご自由にと言っていた。それなら仕方ないのかもしれない。ルオがリーンに言えないから直談判にきたのだろうか…。
ただ今のリーンには側室を持てるのは皇帝のみという事実は頭から抜け落ちていた。
小国では皇子は一夫一婦である。
静かに自分の言葉に耳を傾けるリーンに令嬢は自分の言葉に酔いながら気持ち良さそうに続ける。悪い魔女に捕まった王子を救うヒロインのような気分で。

「大国からお仕掛けてくるなど迷惑です。もう大国に帰られても構いませんよ。私が帰るまで、代わりを務めてくださったことは感謝します。殿下は私だけ、」

リーンは戸惑いながらも平静な顔を装っている。

迷惑……。
まずリーンはおしかけてない。
名目上は同盟ありきの婚姻で、小国への友好の証に送られた。
リーンの婚約者候補は強制的に集められた者はいないはずである。無理矢理婚姻を進めるほど大国にとって小国は価値のある国ではない。実は事情が違ったのだろうか…。
でもリーンはルオへの恋心は自覚している。一緒にいたいと望むのはおしかけたこと?
あれ?おかしい気がする。
さらにリーンは混乱し、よくわからなくなってきた。
令嬢の非常識な言葉はずっと続いていた。
周りの緊張していく空気もありリーンはこのままではまずいと気づき微笑む。

「申しわけありませんが、気分が優れませんので失礼します。皆様はどうぞ最後まで夜会をお楽しみください」

自身の混乱がおさまらず醜態を晒す前にリーンは礼をして退席した。
令嬢はリーンに自分が勝ったと思い、優越感に浸り声高らかに笑い出す。
小国の温厚な貴族達でも非常識な令嬢に話しかける者は誰もいなかった。
令嬢は近くの下位貴族に自分と皇子がいかに想い合っているかのエピソードを語りはじめる。下位貴族は公爵家には逆らえず静かに話を聞くしかできない。大声で話される皇子とふくよかな体の令嬢とのロマンスが誤解を生んだ。
貴族達には皇太子夫妻は仲睦まじく見えていた。
ただ何も言わず真っ青な顔をして退室した皇太子妃の様子も誤解を招く一端を担い、夜会では皇太子と令嬢の恋仲と懐妊が囁かれた。

***

中座したリーンは離宮の執務室に足を進めた。
頭が混乱していても、やるべきことはわかっていた。
リーンは執務室に入り、椅子に座りペンを持ち執務を黙々と片付けた。
直近の視察の予定はなく、いくつかの面会予定は手紙ですませるように手配する。
不足や緊急時は侍従に全てを任せるための委任状を書き、書類の一番上に置く。
リーンの中でやるべきことを終えたので、立ち上がりとぼとぼと歩き出す。
護衛騎士は虚ろな瞳の主の行動を止めない。
どんな時でもどこに行こうとも護衛騎士の役割は変わらず、御身を危険にさらさないように守るだけである。
リーンは真っ暗闇の中を進んでいく。後ろ姿は頼りなくもヒールで草が生い茂る地面を踏む足取りはしっかりとしていた。


***


研究員のリーンの兄王子は突然現れた汚れている妹に目を見張る。
深夜に研究所を訪ねた妹に付き添う護衛騎士を見て察した。
髪は乱れ、葉がつき、頬やドレスは泥で汚れている。
兄王子は見慣れない汚れたリーンを眺めながら宮殿から研究所まで歩いて来た妹の体力に感慨深いものを感じた。
気配に敏い妹が人目を避けてきたから、薄汚れていることに苦笑した。
リーンは兄の見慣れた顔に、泣きそうな顔で微笑み意識を手放した。護衛騎士がリーンを支えて抱きあげる。
兄王子は静かに眠っている妹を騎士に命じて自室のベッドに運ばせた。靴を脱がせ、ドレスを緩めて、髪についた葉を払う。頬についた泥を落としてぐっすり眠る妹の頭を撫でる。

「体力がついたな。ゆっくりおやすみ」

しばらく起きないリーンを放置して研究に戻った。リーンの体力のなさを兄王子はよく知っているので倒れたくらいでは動じない。

***

ルオは遠方の視察が終わり、足早に離宮に帰り愛妻を探していた。
リーンの執務室には処理済みの書類の山がまとめてあるも気配はない。寝室にも姿はなく、離宮の中を歩き回っているとイナを見つけた。

「イナ、リーンは?」
「存じません」

ルオはイナの冷たい視線と返答に戸惑う。
イナはリーンの全てを把握している有能な侍女という認識だった。冷気を感じることもなかった。

「え?」
「私はこれで失礼します」
「イナ!?」

イナの主はリーンである。ルオに呼ばれる声を無視して礼をして立ち去る。
イナはリーンの姿を消した理由も場所も察していた。
イナは皇太子夫妻の仲を暖かく見守るつもりだったが、昨日の夜会でリーンが受けた無礼は許せない。全ての責任は皇族、元凶はルオと認識しており説明する義理となかった。
リーンは療養中のため面会謝絶にしてあるので、姿を消したことはリーンの側近しか知らない。

ルオは自分の執務室に行くと側近から冷たい視線を投げかけられ、全く理由がわからなかった。
無言の圧力に負けて椅子に座り渡される書類を捌きはじめた。
ルオは護衛騎士に視線を送る。幼馴染の騎士は頷いて情報収集のために離れていく。
3日離れただけで、離宮の雰囲気が緊張感に溢れていた。

***

リーンが目を醒ましたのは昼過ぎだった。
リーンは見慣れない天井に自分のいる場所が分からなかったが、近くには騎士の気配があり、部屋には懐かしい匂いで溢れておりほっと息をつく。
ルオが自分以外との間に後継者を作ったならリーンは必要なくなる。ルオは側室も妾も持たないと言っていてもリーンは必要なら受け入れる覚悟もあった。
でもこんな仕打ちはあんまりだった。

兄王子はベットの上で膝を抱えてうずくまる妹に、温かい薬湯をコップに注ぎ渡した。
昔、リーンのために調合した苦くない薬湯を。
リーンは懐かしい匂いに顔をあげて、コップを両手で受け取り中身を眺める。
しばらくして、少しずつ口に含むと広がる懐かしい味に泣きたくなった。

「リーン、好きなだけいていい」

リーンは兄の優しさにコクンと頷く。
兄王子は一人になりたいリーンのために部屋を出ていく。
大国の王族は決断を他人に委ねない。
リーンは一人で抱え込む癖があり、自分の中でうまく消化できるまでは決して口に出さないので放置する。
話し相手は護衛騎士がいる。
何かあれば騎士が呼びにくる。この護衛騎士はリーン以外の都合は気にしない周囲にとっては迷惑な騎士だった。
リーンを絶対に裏切らないので引き離すことはしない。

***

ルオは皇帝に呼び出され、執務室から抜け出した。

「は?」

ルオは護衛騎士と合流し、報告を飲み込めず復唱させた。

「公爵令嬢が後継を身籠り、皇太子妃殿下に身を引けと迫られました。青い顔をした皇太子妃殿下は静かに微笑み退席したそうです」
「リーンは大丈夫なのか!?真っ青って、父上はこんな時に呼び出すなんて、」

ルオにとって全くの事実無根だった。
リーンの真っ青な顔は見たことがなく、心配でたまならくても、父の命令を無視できない。唯一の救いは国内の内輪の夜会だったことである。


皇帝はルオが入室すると人払いした。
夜会でのことは耳に入っていた。
ルオは夕方帰参予定だったが、昨日の視察が終わった時点でそのまま馬を走らせたので、早朝帰参した。
宮殿には顔を見せずに離宮に帰ったので、皇帝は帰参を知らなかった。
当時のルオは夕方までリーンと過ごしたあとに、皇帝に帰参の報告に向かう予定だった。
ルオの護衛騎士を見たと臣下に言われて、皇帝は慌てて息子を呼び出した。

「リーンの下賜の希望が殺到しておるがどうする」

リーンは小国の貴族達にも人気があり今朝から手紙と謁見願いが殺到していた。
ルオが公爵令嬢を迎えいれるならリーンとの離縁が必要なため、リーンへ想いを寄せる者は我先にと動き出した。
ルオの眉間に皺が寄った。

「絶対に下賜しません」
「側室を娶るのは構わんが、順序がある」
「事実無根です。俺はリーン以外娶りません。リーンに子供ができないなら、兄上に頼んで養子をもらいます」

皇帝は息子が妃を好いていることは知っていたが、ここまで断言するとは思わなかった。
息子達は何かに固執するタイプではない。
それでも皇帝としては諫めなければいけない言葉だったがルオが言わせなかった。

「俺はリーン以外を妻にするなら皇族位を返上します」

ルオは譲る気はなかった。
皇帝になる決意は、リーンが隣にいる前提である。
リーンとの穏やかな時間を過ごすためなのに、リーンがいないなら必要ない。ルオは面倒なことは嫌いで目的もなく、民のために尽くせるほどできた人間でもない。
寝る間を惜しんで執務に励むなんて、昔のルオならやらない。
目的がありリーンが傍にいるから励めただけである。
ルオの努力を認めていた皇帝は息子の言葉に複雑だった。
ルオは暗い顔をした父のことは気にしない。
リーンの顔を見に行きたいのに父からの呼び出し、さらに下賜の話とルオの機嫌は悪かった。

「俺の側室希望の令嬢は追放でよろしいかと」
「お前にしては、過激だな」
「大衆の場で、妃を侮辱しました」
「お前ではなく、オルの子かもしれん」
「それが何か?」

皇帝はいつになく冷たい空気をさらす息子が怒っていることに、ようやく気づいた。

「俺は失礼してもいいですか?」

何を言っても聞く様子のない息子に皇帝は頷く。
ルオはリーンに一刻も早く会いたかった。
嫌な予感に襲われていた。
リーンが姿を消すのは2度目だった。

「殿下、ご案内しますよ。執務室はこちらです」

ルオはリーンの護衛騎士に背中を捕まれ自分の執務室に放り込まれた。
離宮だったので、不敬を口にする者はいない。諌める筆頭のリーンもいないためリーンの側近は遠慮しない。
ルオは側近から渡された書類を机に置く。

「急ぎのものはあるか」
「リーン様がすでに仕上げてくださってます」
「出てくる。残りは帰ってからやる。事実無根だ。俺はリーンだけだ!!」

ルオは声を荒げて、腹心の止める声を無視して出ていく。
側近達は追いかけても無駄なので止めなかった。
最近のリーンは不安定で初恋に気付いた妻への配慮にかける仕打ちや守れていない事実に私情で主への態度が冷たくなっていた。

***
ルオはリーンの兄王子を訪ねると研究中のため面会を断られた。兄王子はルオにリーンを会わせる気はなく、妹が望まないなら仲裁する気も一切ない。
ルオはテト達の商会を訪ねると驚いた顔に迎えられた。

「殿下、どうされました?」
「リーンは来てないか?」
「来てません。もしかして喧嘩ですか!?」

ワクワクした顔のサトに付き合う心の余裕はなかった。

「いや、邪魔をした」

ルオは別の商会や孤児院を目指した。
ルオは焦り、リーンのゆかりの場所を探し回っていた。冷静なら自分一人で探すことはなく、リーンの行き先も突き止められたはずである。

ルオが自分を探し回っているなど知らないリーンは覚悟を決めていた。兄の薬湯をすでに3杯飲み終えた。
いささか飲み過ぎのためお腹がタポタポである。昔から兄の薬湯はいつもリーンを慰めてくれていた。
ルオと肌を重ねたが、身籠っていないため離縁は問題ない。

「ご馳走さまでした。お兄様、ありがとうございました」
「兄は妹を助けるものだ。嫁いでも変わらない」
「帰ります」
「餞別だ」

兄王子はリーンの瞳に光が戻ったので、お土産に薬湯をいくつか渡す。リーンは胸にギュッと抱いて嬉しそうに笑った。薬湯を喜ぶ妹に複雑でも口に出さずにローブを着せて送り出した。
徒歩ではなく馬に乗り護衛騎士に連れられてリーンは離宮に誰にも見つからずに帰った。

「おかえりなさい、姫様」
「ただいま」

離宮に帰るとイナが出迎えた。
汚れているリーンには何も言わず湯浴みの用意を整える。

「イナ、洗ってくれる?」
「お任せください」

リーンは全て身支度を自分で整えられる。イナはリーンのお願いに笑いお湯に浸かっている髪を丁寧に洗っていく。

「ずっとついてきてくれる?」

主の問いにイナは即答する。

「もちろんです。イナは姫様が修道院に行ってもお付き合いします」

リーンはイナの言葉が嬉しかった。
ずっと側にいてくれる存在に心が暖かくなる。イナには苦労をかけているのに、リーンに仕え傍にいてくれる。イナが用意してくれたお湯が暖かく、髪を洗う手も優しい。

「ありがとう」

弱っているリーンにはイナの存在がありがたかった。リーンはもう一度冷静になり、考える。
ルオと離れるのは寂しくても自分に価値がないなら引き下がるべきである。
それにルオが他の女性を大事にする姿も見たくなかった。
離れて時間がたてば忘れられると自分に言い聞かせる。次の縁談は父に任せることを決めた。自分の見る目を信用できなくなっていた。
湯浴みを終えて着替えたリーンは皇帝に謁見を願い出た。
兄の薬湯とイナのおかげで持ち直し、皇太子妃として最後の役目を真っ当するために。
皇帝は療養中のリーンからの謁見をすぐに受けた。



「リーン、体調はどうだ?」
「ご心配おかけして申し訳ありません。体調は回復しました。皇帝陛下、私は皇太子妃位を返上したく存じます」

リーンは頭を下げた。

「頭をあげなさない。理由を聞いても?」

顔をあげたリーンは社交用の穏やかな顔をした。

「殿下の子を身籠られた公爵令嬢にお譲りいたします。公爵家なら申し分ない家格でしょう。皇太子殿下は即位されるまで、側室を持つことは許されません。相応しい方がいるなら私は身を引きます。大国には私の非と伝えます。大国から咎がないように致しますので、ご安心ください」

凛と微笑むリーンに皇帝は悩んだ。
事実無根と言えるほどの情報はなく、ルオは否定してもオルのことまでわからない。
リーンの意思の強い瞳から離縁を決めていることも伝わってきた。

「一度、息子と話し合ってくれんか」
「時間がありません。お子が産まれる前にお二人の婚姻の手続きが必要です。私と離縁する前に、お子が生まれることは避けねばなりません。皇太子妃の最後の仕事をさせてくださいませ」

皇帝の想像通りリーンの決意は固かった。
すぐに動かなければ最悪の事態を招く。
リーンが嫁ぐ際にいくつかの制約があり、今回の件は触れていた。
皇帝に即位して、翌年側室に子供が授かるなら許された。大国はリーンが皇后となり世継ぎを産めなければ、側室の受け入れを許すと。
大国は小国が嫁いだ姫を蔑ろにしたら報復する。今回は十分な理由になるため、迅速かつ慎重に動かないと戦争になる。
リーンが帰国してから、妊娠の発表をしてもらわないと説得できなかった。

「いつ発つつもりか?」
「遅くとも明朝には。皆様には大国に帰国次第謝罪の手紙を送ります」

皇帝はリーンの言葉に目を見張った。
大国の姫の準備にしては早すぎる。半日で帰国の準備を整えるなど正気のようには思えなかった。

「発つ前に必ず挨拶にきなさい」
「かしこまりました。準備があるので失礼します」

リーンは礼をして立ち去った。
皇帝は息子をすぐに呼び戻すように命令を出す。
二人の離縁は小国の危機だった。
リーンはイナに帰国の準備を命じた。
大半の荷物は小国の使用人に下げ渡させるので、イナなら半日あれば十分だと思っていた。
リーンは最後の引き継ぎの書類と手紙を纏めはじめる。
何も考えたくなかったので忙しいのは、ありがたかった。
ルオに会わずに去りたかった。
会えば決意が揺らぎそうで、ルオの前で平静を装える自信はなく、惨めな自分は見られたくなかった。


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