皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴

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番外編

リーンと大事なもの

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ルオは予定を調整して、リーンの視察に同行した。
どこでも人気な妻に複雑だった。
残念ながら不愛想なルオよりもいつも笑顔で美人のリーンのほうが人気があり、民が話しかけるのはリーンである。ルオが複雑だったのは民にリーンが取られ自分が放置されいるからである。
リーンは子供に花かんむりを貰って、頭に飾っていた。
花が咲き誇り、子供と戯れるリーンはルオの目には、女神のように映っている。

「お姫様、僕と結婚してください」

花を差し出す少年にリーンは微笑む。
リーンが花を受け取る前に慌ててルオは抱き寄せてリーンの口を塞ぐ。

「リーンは俺と結婚してる。他をあたって」

リーンが手を叩くので、ルオは口元を抑えていた手を離した。

「子供ですよ」
「子供でもだめ。愛しい妻が他の男と結婚の約束なんて許せない」

リーンは不機嫌な顔をするルオに笑う。
子供にできない約束をするなと窘められるとは思わなかった。
リーンはルオの腕から抜け出し少年の前に膝を折り、視線を合わせる。

「ごめんなさい。私は貴方とは結婚できない。私より素敵な女の子はたくさんいるわ。でも、そのお花は頂いてもいいかな?」

少年はルオに邪魔され渡せなかった花を両手で持ち直し、リーンの胸の前に差し出した。リーンはニッコリ笑い花に手を伸ばし、受け取る。

「綺麗なお花をありがとう」

真っ赤な顔でうなずく少年の額にリーンはそっと口づけを落とし微笑み視線を合わせる。

「素敵な出会いがありますように。貴方の幸運を祈ります」

ゆっくりと立ち上がったリーンにルオは詰め寄った。
少年とのやりとりを邪魔しようとするルオをリーンの護衛騎士が止めていた。

「リーン!?」

真赤な顔で慌てるルオにリーンは首をかしげる。

「何して、さっき」
「花をもらっただけよ」
「違う、そっちじゃなくて」
「ルー様?」
「なんで、口づけを」
「祝福のおまじないだけど、この国はしないの?」
「しない。やめて。お願いだから」
「文化の違いは難しいわね。気をつけます。謝ってくる」
「いいから。もう帰ろう。視察は終わり」

ルオの様子がおかしいのでリーンは頷いた。
ルオに手を引かれ大国から医務官を呼び寄せようかと思いながら馬車に乗り込んだ。
馬車の道がいつもと違うことに気づき首を傾るリーンにルオが笑いかける。

「たまには寄り道を」
「ルー様、休まれたほうが」
「具合は悪くないから。少し付き合って」

リーンはルオの額に手を当てると熱はなかったので、民の様子を眺めるのが好きなリーンは快く頷いた。
ルオはリーンを貴族が利用する店が揃う貴族街に連れてきた。
馬車を降りて、ルオに手を引かれて歩くリーンはぼんやりと眺めているだけだった。

「あ、」

リーンの声を拾って、ルオは店に入ると画廊だった。
一枚の絵の前でリーンが足を止めた。

「おかあさま」

絵には美しい女性が赤子を抱いて描かれていた。
リーンの様子にルオは購入を決めた。店主に声をかけるルオをリーンは止める。

「ルー様、見ていただけです。必要ありません」

ルオはリーンの様子に苦笑する。
リーンの大事な物が壊れることは離宮ではおこらない。もし起こるなら、警備の見直しが必要になり、ルオも手段を選ばない。

「俺が欲しいから。俺達の部屋に飾ろうか」
「え?ルー様が?」
「そう。素晴らしい絵だから。飾ってもいい?」

リーンが静かに頷いたのでルオは絵を購入し侍従に預けた。
その後も手を繋いで散策し、冷たい風が吹き始めたので馬車に乗り、冷えたリーンの体を温めるためにルオは抱きしめた。リーンは静かにルオに身を預けた。

***

リーンはルオが購入した部屋に飾られた絵の前に立ち眺めていた。
描かれた女性の面影が母に似ていた。王族は国王と正妃しか肖像画を残さない。だからリーンは母の肖像画を持っていない。嫁ぐ祝いを聞かれ父の肖像画入りのベンダントを願った。父はリーンの欲しい物に驚いても快く贈ってくれた。
母からは髪飾り、兄からは薬湯、弟からは木箱を。
弟の木箱の中に全部を仕舞いこみ、壊れたら悲しいので隠していた。肖像画を見たら懐かしくなり、思わず木箱を取り出した。
椅子に座り箱を開けて中身を見つめるリーンをルオは静かに眺めていた。
ルオはリーンに色々事情があると察していたが無理に聞く気はなかった。切ない顔をしているリーンを背中からそっと抱きしめた。リーンは驚き、振り返るとルオと目が合い曖昧に笑う。

「嫁ぐ時にいただいたの」

金のペンダント以外は大国の姫の持ち物にしては質素なものだった。そしてルオは一度も見たことがなかった。

「リーン、うちの国では大事な物が壊れたり、なくなったりしないよ。ここは大国ではなく小国だ」
「ルオ?」
「もしもなくなることがあれば、俺が取り返してやるよ。だから大事な物も、欲しい物も口に出していい」
「別に大事じゃ」
「口に出さなくてもわかるよ。それに家族からもらったものを大事じゃないなんて言うなよ」
「本当に壊れないかな」
「ああ。大丈夫だよ。リーンが投げつけたりしなければ」
「しない!!」
「なら壊れないよ。リーンもリーンの大事なものも俺が守るよ。だから、怖がらなくていい」

リーンはなぜかルオの瞳に吸い込まれそうだった。
初めてだった。ただストンとルオの言葉がリーンの中に落ちてきた。

「大事なの。ずっと隠してたの。見つからないように」
「明日はその髪飾りをつけてあげるよ」
「そのうち着付けも出来そうだね」
「たぶんできる。ただ理性が保つ自信がないから無理だろうな」
「ルオはよくわからない」
「お互い様だよ。名残り惜しいけどそろそろ休まないとだな。俺の愛しいお妃様はご所望のものはありますか?」

お道化た顔で自分を見るルオにリーンが笑った。

「湯たんぽを所望します」
「かしこまりました」

ルオはリーンを抱き上げて寝室に移動した。
ベッドに降ろして抱き寄せると嬉しそうに胸に顔を埋めるリーンが愛しかった。自分の腕の中で寝息をたてはじめたリーンの長い髪を梳きながら眺めていた。
ルオはリーンに好かれたい。欲を言うなら愛されたい。
女神のようなリーンが自分を想ってくれるのは奇跡のようにも思えていた。
ただ、昔に諦めた初恋の少女が妻になった。
それなら足掻けば、希望はあるかもしれない。
どうすればいいかわからない。
それでもリーンが自分が側にいることを許してくれて喜んでくれている。
愛しい妻の心を得るためにどうしようかと悶々としていた。
ルオは気づいていなかった。リーンの中でルオの存在が大きくなっていることに。リーンが打算もなく我儘を素直に言えるのはルオだけだった。
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