お人形姫の策略

夕鈴

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人形姫の昔話 騎士の誕生

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兄弟で過ごす最後の夜に突然現れ、号泣している少女に双子皇子は困惑していた。
困惑した皇子達は互いに見つめ合い無言で思考を巡らせた。
不審な侵入者を警戒すべきなのに、自分達のために美しい涙を流す少女を警戒する気は失せた。
こんなに騒いでも誰も訪ねてこないことに違和感があるが、目の前の少女の涙を止めたい気持ちが勝る。
皇子達は少女を見つめると、涙で濡れているが、意思の強い瞳に見つめ返される。

「帝国の事情を知らないのか?」
「馬鹿にしないで。調べたからここにいるのよ。神殿も皇帝も、貴方達に守られた民さえも不吉な双子の死は当然と思っている。厚顔無恥な者ばかり。でも、皇族はそんな者さえも守らないといけない義務があるなんて迷惑な話よね。帝国民ではない私には関係ないけど」

皇子が諦め、受け入れたものを嫌と全身で訴える皇子達より明らかに年下に見える少女。
少女が纏うのは装飾はないが、質のいい生地のドレス。
平凡な顔に乱暴な砕けた口調でも、仕草には気品を持ち合わせている。

「もしも二人で生きたいって言えば君の涙は止まるの?」

弟皇子の言葉にアルの目が大きく見開く。

「改革すればいいだけだもの。簡単でなくても、貴方達はそれができる立場にある」
「反逆なんてうまくいかない」
「バカね。改革よ。幻影魔法で亡骸は用意してあげる。姿を変えてあげるから侍従にでもすればいいじゃない。そして、二人で理不尽なこの国をゆっくりと変えていけばいい」
「夢物語か」

ため息とともに馬鹿にしたような物言いの兄皇子。

「夢じゃない。よく見てなさい」

平凡な顔の丸みを持った体系のアルの姿が華奢で美しい美少女の姿に変わる。

「私のこの姿を知る者はほとんどいないわ。寝ている時でさえもこの姿にはならない」
「女神?」

変身魔法を初めて見た皇子達は驚き、呟いた。

「残念ながら神ではないの。でも、私は皇子様達が子供のように感じている私を優しい嘘で騙して、なだめようとしているのはわかっているの」
「は!?」
「ねぇ、なんで無関係な姫君が僕達に力を貸すの?」
「双子は不吉じゃない。幸せになれることを証明したいの。貴方達が好きなわけじゃない。皇太子妃になりたいわけでもない。国のために尽くしたのに、報われず、不条理に捨てられる双子という境遇に、思うところがあるの。幸せを諦めないでほしい」

大きく美しいアメジストの瞳から落ちた涙が床を濡らしていく。
双子皇子は互いに見つめ合う。

「兄上、僕達に生きてほしいと泣く姫君のために賭けてみるのはどうかな?」
「どうせ死ぬなら厳つい男よりも美しいお姫様のためのほうがいいよなぁ。お姫様、一度でいいから花をくれないか?」
「諦めないでと言っているのに、墓参りに来いなんて願いなんて絶対に叶えない。でもハッピーエンドなら両手に抱えきれないほどの花を贈ってあげる」

潤んだ瞳で美しく微笑んだアルに皇子達は見惚れる。

「美しいお姫様は僕達のことをよく知っているようだけど、僕達はお姫様のことを知らない」
「信じてほしいなら私のことを教えてですって?私は貴方達の信頼を求めていないし、信じてほしいとも思わない。でも、そうね。もしも貴方達が私の満足する結果を残してくれるなら一人に一つづつ、どんな質問でも答えてあげる」

涙を拭いて、挑戦的な笑みを浮かべるアルに双子皇子の好奇心は刺激される。

「どれだけ自分勝手で自信家なんだ」
「あら?お姫様ってそういうものでしょ?」

呆れる兄皇子にアルは妹のようにあざと可愛らしく首を傾げる。

「生意気なのに、可愛いのが悔しい」
「あら?世界にはもっと可愛らしいものがたくさんあるわ。この程度で心が揺さぶられるなんてお気の毒なお子様」

笑いながら口喧嘩を始めたアルと兄皇子。
弟皇子はお茶を用意しながら、数分前の殺伐とした空気とは正反対の明るい空間に笑う。
初めて見る弟の明るい笑顔に兄皇子は目を奪われる。

「弟の素直な表情を引き出すのも、自然な笑顔を誘導するのも兄の役目よ。貴方が放棄しないことで運命は変わったの」
「うちの弟が好きなのか?」
「いいえ。貴方達一個人に興味はないの。まぁ、久しぶりだからサービスしてあげる」
「は?」

パチンとウインクして可愛く笑うアルは可愛い。
可愛いさは正義という民の言葉を兄皇子はこの時初めて知った。

「さて、お遊びはここまで。私も忙しいのよ。まずは計画を話すわ。皇族なんだから演技はできるでしょ?
幻影魔法で亡骸を用意するわ。私の魔法を見抜ける者はこの国にも貴賓にもいないから安心して。貴方達のうち一人の姿を変えてあげる。侍従にして今まで通り一緒にいればいいわ」
「本気?」
「お姫様、実は箱入りでしょ?」

アルの話す計画に双子皇子は突っ込みをいれる。

「宰相を殺して、貴方を宰相の外見にしてもいいんだけど、私利私欲まみれの殺生はしたくないの」

アルは今まで魔法任せの力業で物事を通してきた。
魔法をあてにしない皇族が支配する帝国はアルの母国よりも血生臭く、厄介である。
アルは自分の計画を馬鹿にしている皇子達を不満げに睨む。

「帝国は天性の才能に左右される魔法より科学を選んだ。だが魔法への対抗する研究も進んでいる」
「あら?私の幻影魔法は帝国を負かした国にも通用しているわ。厳重な警備が敷かれているここに私がいるのに、兵達が来ないのはどういうことかしら?」

アルの魔法を信じない皇子達。
双子皇子は殺生を好まないと本気で言っている甘いアルの策が無謀としか思えない。

「お姫様が望んでいるのは僕達が生き残り、双子が帝国を支配すること?」
「別に支配まで望んでない。二人が生きて、幸せになれればいい。いずれ双子が不吉という慣習を正してほしいと思っているけど、そこまで期待してない」
「は?」

アルの話を聞けば聞くほど皇子達はアルの考えが理解できない。

「二人を国外に逃がしてあげることもできるけど、望まないでしょう?皇族として生まれた義務を放棄し、私利私欲のために生きるのを体に流れる血は許してくれない。捨てられたなら好きに生きることを許されるけど」
「何に許されるんだ?」
「信仰しだいじゃない?」
「僕達が逃げたいって言えば、お姫様が庇護してくれるの?」
「路銀を渡して、帝国とは縁のない国に送るわ。あとは自分達で好きにすれば?私の視界に入らないなら、関与することも、エゴを押し付けることもしない」

双子皇子が興味をひかれる美少女は関わるつもりは一切ないと言い切る。
双子皇子は二人で見つめ合い、頷いた。

「いいよ。お姫様の欲しい物を献上しよう。ねぇ、兄上?」
「策は練り直す必要があるが」

双子皇子はアルの前に跪き、アルの手に口づけを落とした。
アルは満足げに笑い、二人に抱き着いた。

「ありがとう⋯運命なんかに負けない。絶対に掴んでみせる」

アルの呟きは顔を真っ赤にしている少年達には聞こえなかった。


***


皇太子襲名で賑わう夜。
披露宴を終えた皇太子は人払いした私室に一人でいた。

「お姫様、これで満足か?」

皇太子の呟きにローブを被った元皇子をつれたアルが現れた。

「うまくいったでしょ?あとは二人次第。最後に質問に答えてあげる」

皇太子になった元兄皇子はアルの手をとり、甘い声音で囁いた。

「どんな能力が、いやどうすればお前の心に住める?」

どんな質問にも答えるとアルは約束したが、アルが考えたことのない質問だった。

「私に夢を見せてくれるなら、一生貴方を忘れない」

皇太子の色香に反応せず、素っ気なく答えるアルに元弟皇子が噴出して笑う。


「色仕掛けは通じないのか。どうすれば僕をお姫様の近くにおいてくれる?」
「私が貴方を保護する利も必要性もわからない。だからありえない」
「どんな質問にも答える約束だよね?僕にお姫様の側にいる方法を教えてよ」

悩んでいるアルに元弟皇子は笑みを深くした。

「わからないなら答えを見つけるまで僕をお姫様の傍において」
「わかった。傍に椅子を用意するけど、私は何も話さないから、好きにして」
「は?」

アルは双子皇子がいつでも会えるための方法を用意した。
アルの夢を叶えるために帝国を掌握をはじめた兄皇子。
アルの傍で心に住む方法を模索する弟皇子。
二人が時々入れ替わっていることに気付いているのはアルだけである。


「未来の女王陛下に世界の頂点の椅子をやろう」
「何事も情報収集が大事だよ。それに傍にいるほうがチャンスもあるだろうし」

アルは厄介な双子皇子に気に入られたことは気付かなかった。
兄のジャックと弟のソン。
未来の女王陛下の唯一の騎士となる男の過去を知る者はほとんどいない。
双子が話している姿を見てアルは嬉しそうに笑う。
アルは双子の会話に耳を傾けることはないので、微笑ましい光景ではないことに気付くことはなかった。

「僕は生まれだけでアル様の心を掴み寵愛されるルア様が羨ましいし妬ましい。もしアル様が満足されるようなルア様が幸せなれる環境を用意できれば、アル様のお心はルア様から放れるかもしれない。ならその可能性にかけたい」
「アルの野望を適えれば、アルが暗躍する必要がなくなる。厄介な恋敵は弟だけで十分だ」
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