お人形姫の策略

夕鈴

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人形姫の昔話 希望を探す旅

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アルは読み終えた紙を魔法で燃やす。
アルにとっては受け入れたくない事象を覆すために、調べても調べてもほしいものは見つからない。
アルが燃やした紙は塵も残さず消えた。
初めて塵さえ残さない業火の炎を生み出す魔法を使った時、アルはまだ幼かった。
当時アルを取り囲む妹以外の存在の中、アルにとって嫌な言葉を口にしないのは、この魔法を教えてくれたセオドアだけ。
幼いお姫様の戯言と思いながらも、表面上は真面目に、どんな言葉も諫めず、意見を述べるセオドアとアルは話しやすかった。

「私には嫌いなものを消すことは簡単。でも、その先に私の欲しいものはない。魔法を使えないだけで、差別され蔑まれ、理不尽に傷つけられ、捨てられる。同じ命なのに、数分後に生まれただけで…。おかしいでしょ?」
「おかしいか?たとえアルの中で理不尽でも、それがまかり通るのがこの国だ。嫌なら変えればいい。アルはそれが許される立場を掴む可能性がある立ち位置にいる」
「セオドア?」
「利用されるか、利用するかはアル次第。アルの言っていることはアルにとっては差別でも、俺にとっては区別であり、必要なこと。高貴な血の下で生まれた俺達にとって慕い慕われ夫婦になるなんて夢物語。でもその奇跡が稀に起こっている。アルは人より才能がある。努力すれば…」


アルは邂逅に浸りながら、幼い頃からブレないある一つのことを中心に思考する。
覚悟を決めて、貫くことは言葉で言うほど簡単ではない。
王族の決定は間違いを許されない。
そんな言葉は詭弁である。
正解なんて人の数だけあるので、アルの決定が大衆にとって間違いにならないように手を回すために努力するのがアルの日常である。


***


アルは最近勢力を伸ばしている帝国に忍び込む。
明日は皇太子の襲名披露のため帝国中が賑わっている。
その賑わいとは正反対の静けさに支配されている離宮を目指す。
離宮に入ったアルの耳に悲痛な声が響く。

「皇太子として襲名されるのは一人だけ。お前が受けろ」

扉の奥ではそっくりな顔の二人の皇子が深刻な顔で話し合っている。
一人の少年は鞘から剣を抜き、自らの首にあてる。
アルには気付いていない少年達に近づき、魔法で剣を取り上げる。

「え!?」

双子が不吉とされる帝国。
成人するまで生き残れないだろうと幼い頃から戦場に駆り出された双子の皇子達。
皇帝や貴族達の思惑は外れ、どんな苦境も乗り越え、帝国に勝利を導いてきた双子皇子に皇帝は残酷な命令を下した。

「成人までは慈悲深い神が見逃してくださったのだろう。だがこれ以上は許されん。不吉な片割れは贄にすれば、これからも栄誉を授けてくださるじゃろう。帝位争いにおいて同族殺しは運命じゃ」

冷酷な皇帝の命令は絶対である。
皇太子位を拒絶しても、双子の皇子に生き残る未来はない。
双子皇子には二人で殺されるか、一人だけ生き残るかしか選択肢はない。
剣を取り上げられ驚く兄皇子と安堵した顔をしている弟皇子。
双子が残した功績よりも、迷信に踊らされている大人に振り回される子供達をアルは静かに見つめる。

「双子が不吉?生まれる命に貴賤はない。環境が貴賤をつけるだけ。本当にそれでいいの?」

動揺している皇子達とは正反対の静かさでアルが問いかける。

「君は、どうやって」

離宮は皇子が逃げないように厳重な警備が敷かれている。
アルは警備の騎士を魔法で眠らせたが、説明することなく、警戒している皇子の言葉を遮る。

「貴方が生きることを放棄して、弟君に椅子を与えるのは自己満足じゃない?残された弟君が喜ぶとでも?貴方の自己満足と大衆の正義を押し付けられた片割れは一生消えない傷を負う。貴方の判断を喜べるような人なら、きっと貴方は自分の命を犠牲にしてまで、こんな選択をとらない」
「兄上!!皇太子位は兄上のものだ。僕が、」
「弟を犠牲にしてまで生きてたまるか!!」

口論をはじめた皇子達の言葉を聞けば聞くほどお互いを思いやる兄弟の絆がアルの胸に突き刺さる。
皇子達を見つめるアルの体が次第に震えていく。
皇子達はアルの変化に気付かず、口論を続けている。


「なんで、二人して生きることを放棄するのよ!!足掻きなさいよ!!そんな理不尽受け入れないで」
「君は黙っ!?な!?待って、泣かないで」

アルの悲痛な声に振り返った兄皇子はアルのアメジストの瞳から涙が落ちていることに狼狽える。

「愚か者の指図は受けないわ。貴方のせいで涙がでるんじゃない、ふざけないで、誰が…、人の涙よりも自分達の心配をしなさいよ」

嗚咽とともに叫ばれる声。
小さなアメジストの瞳から絶え間なく涙が落ちる。

「お茶でも淹れようか。確か、」

弟皇子は兄の剣を握りしめ泣いている少女のために部屋に常備されているはずの茶器を探そうとする。
離宮の窓には鉄格子がはめられているが、部屋は豪華な調度品で整えられている。
訳ありの貴族を閉じ込めるための宮のため、出ようとしない限りは快適な空間である。

「いらないわ。そんなことより自分達のことを考えてよ」
「泣いてる女の子を放っておけるような教育は受けてないから。ねぇ、小さなお姫様、最期のお客様にはどうか」
「最期にしないで」

アルは他人を気遣える皇子達の優しさにさらに涙が溢れ出す。
アルの目に映る世界は欲と絶望に溢れている。
優しい者は運命に逆らおうとせず、受け入れ消えていく。
大切な者をもつ者はとくに。
アルは選べなくなり身動きがとれなくならないように、大切な者は増やさない。
でも目の前に広がる冷たい現実に心が悲鳴をあげるのを止める術をしらない。


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