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人形姫の師
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時は遡る。
双子姫がイーサンに出会うより前の話である。
成長してから有名なのは妹姫だが、かつては妹姫の話題はほとんどなく、姉姫だけが天才と謳われていた。
天才と謳われた姉姫は突然話すことができなくなった。
大人達が戸惑う中で動じなかったのは二人だけ。
一人は妹姫のルア。
そしてもう一人はアルの魔法の師であり、宰相の嫡男でイーサンの兄セオドア。
「話したくないなら話さなくていい。ただ幼く未熟なお姫様は意思表示をやめれば、臣下に都合よく解釈され利用されるだけだ。全てを掌握できるまでは、最低限の意思表示の方法は考えたほうがいい」
話さなくなったアルとセオドアの初めての授業。
動揺する大人達と違い、いつもと変わらない様子のセオドアをアルは無言で見つめる。
「アルは決断し、命令する立場にある。アルが将来座る椅子を誰に都合のいいものにするかはアル次第だ。さて授業をはじめるか」
セオドアの授業はアルが話さなくても問題はない。
セオドアが理論を説明し、お手本をみせればアルはどんな魔法も使えた。
セオドアは他人の魔力をコントロールすることに人よりも長けていたため、アルが魔力を扱えず暴走した時に安全に落ち着かせられることを期待され選ばれた。
未来の女王の側近候補にしたいという一部の大人の思惑もあったが…。
魔力を持たないルアはこの授業には参加しない。
「さすが天才。難易度の高い転移魔法もアルにとっては瞬き一つか。静かな環境での魔法のコントロールは完璧だ。そろそろ実地といこうか」
アルはセオドアに言われるままの場所に転移する。
今までは王宮内に転移していた。
初めて王宮以外の場所、王都の外れの路地裏にセオドアを連れて転移したアルは耳を塞いで座り込んだ。
「美しく整えられたものしか見ないのは簡単だ。権力者を夢や幻想で騙し、己の都合のいいように操ろうとする臣下も多い。アルは夢や幻想に憧れるタイプのお姫様じゃないだろう?」
セオドアは煌びやかな繁華街ではなく、浮浪者や物乞いがいる異臭漂う場所を選んだ。
将来アルが王位を継ぐことはもう決まっている。
セオドアの思惑通りに動く綺麗なだけの人形になってくれるなら、綺麗なものだけ見せて、甘い言葉を囁き、優しく育てた。
だがアルが女王から受け継いだのは美しい顔立ちだけではない。
アルの勘のよさは人の心を読んでいるんじゃないかと囁かれる女王譲りである。
毒耐性をつけるために用意された毒入りの料理にルアが手を出そうとすると魔法で消してしまう。
ルアが手を出さないなら、毒が盛られているとわかっていても無言で口に入れる。
才能に溢れるアルは操り人形にするより、きちんと育てたほうがいいとセオドアは誰よりも教育に力を入れている。
天才と名高いとはいえもうすぐ4歳を迎えるアルはまだまだ子供である。
愛読書は辞書という変わっている小さなお姫様にローブを着せたセオドアは優しく抱き上げた。
薄汚い路地裏から整えられた繁華街に移動しても、耳を塞いで震えるアルの様子は変わらない。
「天才にも苦手なものがあったのか」
セオドアの胸に顔を埋めて震えているアル。
アルが動揺している姿をセオドアは初めて見た。
アルはセオドアの言葉を拾い耳から手を放し、セオドアの胸から顔を上げた。
震えが止まり、静かな瞳でセオドアを見つめるアルの頭をセオドアは優しく撫でる。
「俺も兄だから妹の前で完璧でありたい気持ちはわかるよ。俺もアルの立場も常に完璧を求められるだろうが、息を抜く場所があってもいい。俺はアルの師だから弱音くらい胸に留めてあげるよ」
セオドアがアルより優れているのは年齢による経験値の差が大きい。
セオドアも神童ともてはやされたが、アルは天才である。
セオドアよりも豊富な魔力を持つアルに足りないのは体力と経験だけである。
「魔法は使えそうか?」
アルはセオドアの囁く声に首を横に振る。
呼吸をするように操れた体の中の魔力を制御できなかった。
アルは初めての挫折に目を見開く。
初めて動揺しているアルを見たセオドアは声を殺して笑いながら、アルの体に自身の魔力を流し込み、暴れている魔力を整える。
環境と運に恵まれ順風満帆な人生を歩む者は幸せ者である。野心を持たず、庇護者を手に入れ生きていくなら。
セオドアの可愛らしい弟はそれでもいい。
でもアルは違う。
挫折し、自分の未熟さに打ちひしがれながらも前を向き、努力を重ねさらに成長した上で、至高の椅子に座らないといけない。
挫折は人を成長させる。
挫折で砕ける者もいる。
初めて挫折を味わうアルの耳にセオドアは優しい声で囁く。
「俺はアルの協力者だ」
無言でセオドアを見つたまま動かないアルの頭を優しく撫でてセオドアはゆっくりと歩き出す。
しばらくして視線をセオドアではなく、周囲をゆっくり眺めはじめたアルの様子に安堵の息を吐く。
「何事も経験だ」
セオドアは屋台で売っている湯気の出る串焼きを買い、アルに食べさせる。
王宮での料理は離れた厨房から運ばれるため、王族が口にする前に冷めてしまうものばかりなので、香りを楽しめるように香辛料を贅沢に使った調理法が主流である。
熱い食べ物はアルにとっては全て初めてである。
セオドアは色々な物を買い、アルに少しづつ食べさせる。
生の野菜と果物を口に入れたアルが目を丸くする。
先程まで一口で食べるのをやめたアルが無言で食べ続ける姿にセオドアが笑う。
王宮では火を使い、調理されたものしかアルの前には並べられない。
食の好みがわかりやすい妹姫と違い食に興味のなかったアルが初めて気に入ったのは庶民の食べ物である。
セオドアは王宮への隠し通路を使い、アルを抱いたまま誰にも見つからずにアルの勉強部屋に戻った。
「ここなら魔法は使えるか?」
頷いたアルは魔法でお茶を淹れる。
セオドアは目の前に浮いているお茶の入ったカップを手に持ちお茶を飲む。
「また腕を上げたか」
話さなくなったアルの養育に悩む大人達。
話さないアルに態度を変えた者も多い。
話さなくなったアルは人の目がない死角では両親をはじめ、大人達に感情のない冷たい視線を向けるようになった。
アルは話さなくなってから侍女が掃除に手を抜くようになったが、魔法で一瞬で片付けるので気にしない。
身支度も魔法を使えば一瞬である。
「お姉様のドレスは私が選ぶわ。センスの悪い者に任せておけないもの」
姉の役に立たない侍女をルアが見つけるとクビにしはじめた。
アルは侍女を必要としていないのでルアのことを止めることない。
天才でもてはやされていた姉姫は無言で大人達を翻弄している。
我儘放題の妹姫は無邪気な笑顔で侍女達を翻弄する。
双子姫に翻弄される滑稽な大人をセオドアは冷めた視線で眺める。
「アル姫殿下はどうだ?」
「気が触れたわけでなく、正気ですよ。きっかけはわかりませんが、深入りはしないほうがいいと思います。踏み込めば、掌を返した者達と同じように切り捨てられるでしょう。教師達が役に立たないなら魔法以外の分野もうちが引き受ければいい。いい機会ではありませんか?」
未来の女王であるアルの教師役は王家に重宝される貴族達が推薦した者達。
様々な思惑がある者達が王家の意向を汲んだ上で教育している。
宰相である公爵は息子の話を聞きながら、小さなお姫様の反抗期をしばらく見守ることにした。
平凡な公爵には天才の気持ちはわからない。
神童といわれ、アルと似た境遇の息子ならうまくやるだろうと信頼して託すことにした。
話すことをやめたアルの行動を子供の反抗期と片付けた宰相は平凡ではないが、それを正すものは誰もいなかった。
***
話さなくなったアルに順応できない教師の代わりをセオドアは任されることになった。
セオドアはアルとの授業の時間が増えたので定期的にお忍びに出かけることにした。
王宮ではどんな魔法もそつなく使えるアルは外ではうまく使えない。
「集中力が足りないのか。今までは安全で慣れた環境で魔法を使っていた。まぁ、早めに弱点に気付けて良かった」
段々人気のない場所でなら、簡単な魔法を使えるようになったアルの成果をセオドアは褒める。
「社会見学に行くか。転移できるか?」
セオドアの言葉にアルは頷く。
アルはセオドアの手を繋いで転移魔法を使う。
セオドアは子供に見せるべきでないものも容赦なくアルに見せる。
初めて見るものに動揺して魔法が使えなくなるというアルの弱点克服には慣れるのが一番である。
セオドアが隣にいればアルが魔力を暴走させても、動けなくなっても安全に王宮まで帰ることができる。
アルの授業をしながら、セオドアは欲しい情報を手に入れることもできるので一石二鳥でもあった。
「戦争は利益を生む。だからなくならない。巻き込まれたくないなら、努力しないといけない」
木の上に座りアルを膝の上に乗せたセオドアは美しい宮殿が火の海に飲まれていくのを指さした。
アルは静かに見ている。
度重なる社会見学のおかげかどんな悲劇を前にしてもアルが耳を塞いで震えることはなくなった。
「人は誰しも弱くていい。そんな世界を夢みないか?」
色んなことを学んでいる途中の幼い未来の女王はまだ自分が作りたい国の形ができていない。
幼いお姫様は夢見ることを許されるお年頃である。
夢は人を強くさせることもある。
どんな時も感情を見せなくなったアルの心を育てるためにセオドアは言葉を紡ぐ。
セオドアにとっては子供騙しの夢物語。
ぼんやりと火の海を眺めていたアルの瞳が初めて揺れた。
アルの空虚な瞳が力を持ったことに気付いたセオドアが笑う。
「未来の女王陛下が決めたなら、私が道を整えて差し上げましょう」
おどけたセオドアに3歳とは思えないような艶やかな微笑みを返すアル。
セオドアの体に流れる血が沸騰するような感覚に襲われ、セオドアの体が熱くなる。
セオドアは初めてアルに仕えるのは悪くないかもしれないと思った。
これから魅力的に成長するだろう美しい姫はいつか多くの者を虜にするだろう。
美しい女王に忠誠を捧げる者が溢れ、国力は増し、国は栄華を極めるかもしれない。
セオドアの脳裏に浮かんだ未来予想図は、初めて魅了された未来の主にすぐに破かれることになる。
そのことを小さなお姫様に魅了された最初の臣下は予想できなかった。
双子姫がイーサンに出会うより前の話である。
成長してから有名なのは妹姫だが、かつては妹姫の話題はほとんどなく、姉姫だけが天才と謳われていた。
天才と謳われた姉姫は突然話すことができなくなった。
大人達が戸惑う中で動じなかったのは二人だけ。
一人は妹姫のルア。
そしてもう一人はアルの魔法の師であり、宰相の嫡男でイーサンの兄セオドア。
「話したくないなら話さなくていい。ただ幼く未熟なお姫様は意思表示をやめれば、臣下に都合よく解釈され利用されるだけだ。全てを掌握できるまでは、最低限の意思表示の方法は考えたほうがいい」
話さなくなったアルとセオドアの初めての授業。
動揺する大人達と違い、いつもと変わらない様子のセオドアをアルは無言で見つめる。
「アルは決断し、命令する立場にある。アルが将来座る椅子を誰に都合のいいものにするかはアル次第だ。さて授業をはじめるか」
セオドアの授業はアルが話さなくても問題はない。
セオドアが理論を説明し、お手本をみせればアルはどんな魔法も使えた。
セオドアは他人の魔力をコントロールすることに人よりも長けていたため、アルが魔力を扱えず暴走した時に安全に落ち着かせられることを期待され選ばれた。
未来の女王の側近候補にしたいという一部の大人の思惑もあったが…。
魔力を持たないルアはこの授業には参加しない。
「さすが天才。難易度の高い転移魔法もアルにとっては瞬き一つか。静かな環境での魔法のコントロールは完璧だ。そろそろ実地といこうか」
アルはセオドアに言われるままの場所に転移する。
今までは王宮内に転移していた。
初めて王宮以外の場所、王都の外れの路地裏にセオドアを連れて転移したアルは耳を塞いで座り込んだ。
「美しく整えられたものしか見ないのは簡単だ。権力者を夢や幻想で騙し、己の都合のいいように操ろうとする臣下も多い。アルは夢や幻想に憧れるタイプのお姫様じゃないだろう?」
セオドアは煌びやかな繁華街ではなく、浮浪者や物乞いがいる異臭漂う場所を選んだ。
将来アルが王位を継ぐことはもう決まっている。
セオドアの思惑通りに動く綺麗なだけの人形になってくれるなら、綺麗なものだけ見せて、甘い言葉を囁き、優しく育てた。
だがアルが女王から受け継いだのは美しい顔立ちだけではない。
アルの勘のよさは人の心を読んでいるんじゃないかと囁かれる女王譲りである。
毒耐性をつけるために用意された毒入りの料理にルアが手を出そうとすると魔法で消してしまう。
ルアが手を出さないなら、毒が盛られているとわかっていても無言で口に入れる。
才能に溢れるアルは操り人形にするより、きちんと育てたほうがいいとセオドアは誰よりも教育に力を入れている。
天才と名高いとはいえもうすぐ4歳を迎えるアルはまだまだ子供である。
愛読書は辞書という変わっている小さなお姫様にローブを着せたセオドアは優しく抱き上げた。
薄汚い路地裏から整えられた繁華街に移動しても、耳を塞いで震えるアルの様子は変わらない。
「天才にも苦手なものがあったのか」
セオドアの胸に顔を埋めて震えているアル。
アルが動揺している姿をセオドアは初めて見た。
アルはセオドアの言葉を拾い耳から手を放し、セオドアの胸から顔を上げた。
震えが止まり、静かな瞳でセオドアを見つめるアルの頭をセオドアは優しく撫でる。
「俺も兄だから妹の前で完璧でありたい気持ちはわかるよ。俺もアルの立場も常に完璧を求められるだろうが、息を抜く場所があってもいい。俺はアルの師だから弱音くらい胸に留めてあげるよ」
セオドアがアルより優れているのは年齢による経験値の差が大きい。
セオドアも神童ともてはやされたが、アルは天才である。
セオドアよりも豊富な魔力を持つアルに足りないのは体力と経験だけである。
「魔法は使えそうか?」
アルはセオドアの囁く声に首を横に振る。
呼吸をするように操れた体の中の魔力を制御できなかった。
アルは初めての挫折に目を見開く。
初めて動揺しているアルを見たセオドアは声を殺して笑いながら、アルの体に自身の魔力を流し込み、暴れている魔力を整える。
環境と運に恵まれ順風満帆な人生を歩む者は幸せ者である。野心を持たず、庇護者を手に入れ生きていくなら。
セオドアの可愛らしい弟はそれでもいい。
でもアルは違う。
挫折し、自分の未熟さに打ちひしがれながらも前を向き、努力を重ねさらに成長した上で、至高の椅子に座らないといけない。
挫折は人を成長させる。
挫折で砕ける者もいる。
初めて挫折を味わうアルの耳にセオドアは優しい声で囁く。
「俺はアルの協力者だ」
無言でセオドアを見つたまま動かないアルの頭を優しく撫でてセオドアはゆっくりと歩き出す。
しばらくして視線をセオドアではなく、周囲をゆっくり眺めはじめたアルの様子に安堵の息を吐く。
「何事も経験だ」
セオドアは屋台で売っている湯気の出る串焼きを買い、アルに食べさせる。
王宮での料理は離れた厨房から運ばれるため、王族が口にする前に冷めてしまうものばかりなので、香りを楽しめるように香辛料を贅沢に使った調理法が主流である。
熱い食べ物はアルにとっては全て初めてである。
セオドアは色々な物を買い、アルに少しづつ食べさせる。
生の野菜と果物を口に入れたアルが目を丸くする。
先程まで一口で食べるのをやめたアルが無言で食べ続ける姿にセオドアが笑う。
王宮では火を使い、調理されたものしかアルの前には並べられない。
食の好みがわかりやすい妹姫と違い食に興味のなかったアルが初めて気に入ったのは庶民の食べ物である。
セオドアは王宮への隠し通路を使い、アルを抱いたまま誰にも見つからずにアルの勉強部屋に戻った。
「ここなら魔法は使えるか?」
頷いたアルは魔法でお茶を淹れる。
セオドアは目の前に浮いているお茶の入ったカップを手に持ちお茶を飲む。
「また腕を上げたか」
話さなくなったアルの養育に悩む大人達。
話さないアルに態度を変えた者も多い。
話さなくなったアルは人の目がない死角では両親をはじめ、大人達に感情のない冷たい視線を向けるようになった。
アルは話さなくなってから侍女が掃除に手を抜くようになったが、魔法で一瞬で片付けるので気にしない。
身支度も魔法を使えば一瞬である。
「お姉様のドレスは私が選ぶわ。センスの悪い者に任せておけないもの」
姉の役に立たない侍女をルアが見つけるとクビにしはじめた。
アルは侍女を必要としていないのでルアのことを止めることない。
天才でもてはやされていた姉姫は無言で大人達を翻弄している。
我儘放題の妹姫は無邪気な笑顔で侍女達を翻弄する。
双子姫に翻弄される滑稽な大人をセオドアは冷めた視線で眺める。
「アル姫殿下はどうだ?」
「気が触れたわけでなく、正気ですよ。きっかけはわかりませんが、深入りはしないほうがいいと思います。踏み込めば、掌を返した者達と同じように切り捨てられるでしょう。教師達が役に立たないなら魔法以外の分野もうちが引き受ければいい。いい機会ではありませんか?」
未来の女王であるアルの教師役は王家に重宝される貴族達が推薦した者達。
様々な思惑がある者達が王家の意向を汲んだ上で教育している。
宰相である公爵は息子の話を聞きながら、小さなお姫様の反抗期をしばらく見守ることにした。
平凡な公爵には天才の気持ちはわからない。
神童といわれ、アルと似た境遇の息子ならうまくやるだろうと信頼して託すことにした。
話すことをやめたアルの行動を子供の反抗期と片付けた宰相は平凡ではないが、それを正すものは誰もいなかった。
***
話さなくなったアルに順応できない教師の代わりをセオドアは任されることになった。
セオドアはアルとの授業の時間が増えたので定期的にお忍びに出かけることにした。
王宮ではどんな魔法もそつなく使えるアルは外ではうまく使えない。
「集中力が足りないのか。今までは安全で慣れた環境で魔法を使っていた。まぁ、早めに弱点に気付けて良かった」
段々人気のない場所でなら、簡単な魔法を使えるようになったアルの成果をセオドアは褒める。
「社会見学に行くか。転移できるか?」
セオドアの言葉にアルは頷く。
アルはセオドアの手を繋いで転移魔法を使う。
セオドアは子供に見せるべきでないものも容赦なくアルに見せる。
初めて見るものに動揺して魔法が使えなくなるというアルの弱点克服には慣れるのが一番である。
セオドアが隣にいればアルが魔力を暴走させても、動けなくなっても安全に王宮まで帰ることができる。
アルの授業をしながら、セオドアは欲しい情報を手に入れることもできるので一石二鳥でもあった。
「戦争は利益を生む。だからなくならない。巻き込まれたくないなら、努力しないといけない」
木の上に座りアルを膝の上に乗せたセオドアは美しい宮殿が火の海に飲まれていくのを指さした。
アルは静かに見ている。
度重なる社会見学のおかげかどんな悲劇を前にしてもアルが耳を塞いで震えることはなくなった。
「人は誰しも弱くていい。そんな世界を夢みないか?」
色んなことを学んでいる途中の幼い未来の女王はまだ自分が作りたい国の形ができていない。
幼いお姫様は夢見ることを許されるお年頃である。
夢は人を強くさせることもある。
どんな時も感情を見せなくなったアルの心を育てるためにセオドアは言葉を紡ぐ。
セオドアにとっては子供騙しの夢物語。
ぼんやりと火の海を眺めていたアルの瞳が初めて揺れた。
アルの空虚な瞳が力を持ったことに気付いたセオドアが笑う。
「未来の女王陛下が決めたなら、私が道を整えて差し上げましょう」
おどけたセオドアに3歳とは思えないような艶やかな微笑みを返すアル。
セオドアの体に流れる血が沸騰するような感覚に襲われ、セオドアの体が熱くなる。
セオドアは初めてアルに仕えるのは悪くないかもしれないと思った。
これから魅力的に成長するだろう美しい姫はいつか多くの者を虜にするだろう。
美しい女王に忠誠を捧げる者が溢れ、国力は増し、国は栄華を極めるかもしれない。
セオドアの脳裏に浮かんだ未来予想図は、初めて魅了された未来の主にすぐに破かれることになる。
そのことを小さなお姫様に魅了された最初の臣下は予想できなかった。
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