指先で描く恋模様

三神 凜緒

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乙女の疑問と解決策

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売店の雰囲気はここに初めて来た時とは違う、閑散とした空気を纏っていた。大半の生徒がバスに乗車しているので、どうしても雰囲気の落差というものを感じてしまう。
この感覚に慣れている人って、どういう心境なんだろう?
ボクは寂しがり屋だから、この感覚を何度も味わうのは多分耐えられないかも?
先程は売り切れるまでにぎわった防寒具のコーナーも人がおらず、未だに大量の売れ残りがある雨具を取り扱ったコーナーにも人がいない。奥にある小さな電気ストーブの前に、小柄なおばさんが一人暖を取っているだけだった。
他に残っているのはせいぜい…高そうな綺麗な毛の塊…? これは…カツラかな…

「ボク今気づいたんだけどさ…お寺って有名な所は大体、入館料?じゃなくて…参拝料みたいなものを取る所がほとんどだよね?」
「そうなの? 家はお寺とかお城巡りしないから、分からないや…」
「お寺とかには生活費やら、寺の保全やら修繕費が掛かるから、ないと本当に困ると思うよ?」

入るだけで1500円。奥の秘仏とかを見ようとしたら更に1000円とか、かかる時があるのはちょっとやりすぎかな~とは思ったんだけど、お坊さんの袈裟が凄く豪勢だなとか思った事もあるけど、きっと仕方ない事なんだろう~うん…
などと考えながら、そのカツラを近くで見ると…さっき雨具を売っていたおじさんの髪と瓜二つだな~とか何となく思い出していた。

「ここのお寺の人って、どうやって生活費稼いでいるんだろう? 参拝料とか取ってる様子もないし…不思議だよね?」
「何か他に収入の当てがあるのか、副業でもしてるんじゃない?」
「なるほど…一体どんな副業だろうね?」
「さあね~皆目見当もつかん」
「うん~~」

三人で永遠に解けない謎を胸に抱きながら、他人が使っていたと思われるカツラを触る気にもなれず、さっさと用事を済ませに行った…
お手洗いから出てくると、二人ともすでに終わっていたみたいで、二人でキーホルダーや、人形などを見ていたみたいだけど、何も手にしていないみたい…買いたい物がないのかな?

「さ~て…ここまでは首尾よくこれた訳だけど、どうやって二人を探すの? 東谷君はここにいないみたいだし、工藤先生の行動パターンとか分かるの?」
「それが分かれば苦労しないんだけどね…ただ解決する方法はある!」
「おお! こんな何もヒントがない状態でか!」

ほう~っと、二人して感心したような声が響く中、ボクは腕を組み、胸を張りながら宣言した! それ位自信があって、これ位しか手が無いんじゃないかって思うんだ—――

「それは――! ‥‥‥東谷君に電話で訊けばイイんじゃないかな?」
「うわ~~オイオイオイ……そういう発想で来たか!」
「間違っちゃいないかも知れないけど…凄くガックリ…」

別に黙って跡を付けようとか思ってる訳じゃないし、一番怖いのは入れ違いになる事。それなら連絡出来る本人に事情を窺った方が良いと判断したのだ。
当たり前だが、彼の電話番号は知っている訳で…電話帳から彼の名前を見つけて、通話ボタンを押そうとして…その動きが止まった。

「う~ん……てなわけで…美桜たのむ!」
「おいこら!! 何でアタイがしなくちゃいけないんだ!」

テンポよくバトンタッチしたつもりだったが、思い切り頭をはたかれてしまった。
確か、美桜も東谷君とメアド交換してる筈だから、連絡しても問題はない筈。
それはそれとして、確かに他力本願なのは分かるよ…でもさ…!!

「グググッ…そりゃだってさ…ボクが直接訊いたらさ~思いっきり嫉妬してるみたいじゃない…ね?」
「可愛く首を傾げてもダメだ! 全部その通りだろうが! まったく…何を恥ずかしがっとるんだ~~」 

愚痴を言われながらも、何とか拝み倒し、了承してくれた…本当に持つべきものは友達だね! と混じりけ一つない純粋無垢な笑顔で感謝していたんだけど~

「何か満面の笑みでロクな事を考えてないでしょ? まったく~自分の事でしょうが…今度アタイが困った事があったら助けなさいよ?」
「それはいつもの事でしょ? 分かってるって…ほんとに感謝感激です!」
「こいつらは…相変わらず固い友情で結ばれた二人だな~(棒読み)」

今は時間が惜しいと、すぐに頼むと美桜は自分のスマホを取り出し、こちらと少し距離を
おいてから、東谷君に電話をかけてくれた。耳に当てた数秒後には通話が出来たみたいで、普段とは違う少し余所行きの口調で喋り始める。

「東谷君? いきなりごめんね~ちょっと訊きたいんだけど~今どこにいるの? えっ…千枚田の所に来てるって? それで誰かいたの……ふんふん…誰もいなかったのね…分かった。他に工藤先生が行きそうな場所に心当たりとかは…そう…どこにもないのね…うんありがとう…こっちもバスから出た所でね…ちょっと探しに行こうかなって…それじゃ、また後で……って事みたいよ?」

つまりは東谷君もアテが外れたって事か~、そうなると別の場所を探さなきゃいけないんだけど…パンフレットとにらめっこをしても、皆目見当がつかない…どうしよ?

「工藤先生はもしかして、お寺に行ってるんじゃない?」
「お寺? どうしてそう思うの」

それまで意見を言わないでいた葵が、突然思いついたように口を開いた。
この山の山頂であり、恐らく修行僧が沢山いる場所の筈…
何となく興味も時間もなくて行かなかったんだけど、工藤先生は興味があるって事?

「工藤先生は携帯の電池が切れてる可能性が高い。なら集合がかかってる事を知らない可能性がある。今回の校外学習の目的が何か短歌とか作るのが目的、そして霧が出てからいなくなったのなら…霧に隠れた被写体とか探してる可能性が高いかなと…それに一番相応しいのはお寺ぐらいかな~とね」

ドローンとか使えば、雲海に浮かぶお寺とか撮れるかも知れない…などという考えが浮かぶ。三人で腕を組み、限りある時間の中でどのような方法が良いか…無音の中腕を組んで考えていたんだけど…

「なるほど…葵は冷静だな…樹はどう思う?」
「どうって…他に案もないし、棚田にいないのであれば、可能性は高いんじゃないかな?」
「確かに…それじゃ後で三人仲良く先生に怒られるの覚悟で…行ってみますか~」

いつも通りの軽い口調で美桜はウィンクしながら皆を見回す。ちょっとした冒険、きっと担任は困った顔をするんだろうけど…諦めて貰おう! うん~

「とにかく前が見えないなら、足元をしっかりと見て。道沿いには手すりが必ずあったから、離さず歩く事…それから……」
「――――これが必要なのではないかな?」
「「「ええっ!?」」」

ずっと三人でしか話していなかったから、そこに先程までいなかった…初めて見る顔なのに、どこかで見た事のあるような…ボロボロの袈裟姿のお坊さんが立っていた。
その手には、三着分の合羽と、手袋に耳当てがあった。

「この霧の深さだ…一雨来ても可笑しくはないからね。そこの君は買ってくれたようだが、お二人はまだでしょう? 売れ残りで良かったら、工藤君の分も持って行きなさい」
「どうも…ありがとうございます…あの…どうしてこれを?」
「どうしてか…か…それはきっと私が忘れ物のカツ…ではなく、偶然居合わせるように導いて下さったお釈迦様の御意思だからでしょう」

今一瞬、カツ…何とかって聞こえたけど、そういえば…さっき見つけたカツラが無くなってるね…もしかして、こういうお坊さんがそこかしこにいるのかな?
初めて見掛けた時は、カツラをして商品が売れなくてものすごく落ち込んでいたのに、今のこの人はすごく立派なお坊さんに見える…不思議な感じ…

「ありがとうございます。あの…これ商品代です」
「うん? 何故これを…私は善意の押し売りをするつもりはないのだが…」

先程買った時に大体の値段は覚えていた。これで足りるかは分からないが、それでもボクは…三人分の雨具の代金を手渡した。
勿論最初は受け取って貰えそうになかったけど、ボクが強い意志でそのお金を差し出すと、その人は諦めて受け取ってくれた。

「ありがとうございます。ボクも善意の押し売りをするつもりはありません。これはあなたからの善意を、ボクなりにお返ししているだけです。何があろうとも、善意には善意で返す、人の善意を当たり前と思うなと、それが人の道だと母には教わりましたから…三人分のお金をボク一人で出すのも、これがボクの我が儘だと知っているからです…」

深々と頭を下げると、ボクは二人に雨具を渡し、一気に外に出た。
何からしくない言葉を口にして、少し恥ずかしい…こんな立派な事を言う人間じゃないのに、大体が母の受け売りだけど…一番好きな言葉だったから、それを守っているだけだった。
後ろから、二人も合羽に袖を通しながら、後をついて来てくれている。

「樹~ありがとね♪ それじゃ、目指すはあの果樹園があった場所からもう少し上にあったお寺までだね…迷わないようにゆっくりいこう?」
「うん……いこっか……」

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