指先で描く恋模様

三神 凜緒

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生徒の一日 その2

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それは今朝の事であった。東谷君と登校してる時に聞いたんだけど、お母さんが手首を痛めて家事が出来なくなったって言うんだ。それで夕飯はコンビニ弁当、朝は買い置きしていたパンを食べて事なきを得たみたいだけど、これからどうしようか悩んでいたんだ。
もちろん、お弁当も持ってきていないから、購買のお世話になろうとしてたみたいなんだけど…

「良かったら…その…お昼、ボクが調理実習で作ってあげようか?」
「大丈夫なのか?」
「うんっ♪ 大丈夫大丈夫~♪ 何とかなるよ~~(*^▽^*)」

などと安請け合いしちゃったんだけど…せめて食べれるモノは作りたいよね。
そして、出来れば『美味しい』と言って欲しいな~♪ なんて乙女の野望を抱いている!
なんてバレたら恥ずかしいから、その時のボクは何とかポーカーフェイスを守りながら、自然と勧めれたと思うんだ…


――――
「今日は皆の予想通り、紅葉狩りで弁当持参する為に皆に料理を学んで貰うんだけど~今回作る料理はなんと…汁物です!」

各種色とりどりの食材を前に、ほぼ男だけで構成されている集団は悩んでいた…
調理実習は良い。親の負担を減らすためにも、料理を覚える事には何の不満もない。
男たちのエプロン姿にどんな需要があるかは知らないが、皆洗濯したての清潔な三角巾を被り、普段は工作室で動かしている油汚れの指で包丁を握る。

「汁物って…ざっくりとしたメニューですね……何故それをチョイスしたんですか?…それにどうやって持ち歩くんですか?」
「味噌汁、豚汁、コンソメスープ、コーンスープ、それに中華スープなどなど、どの汁物を作るかは班ごとに決めて欲しいんだけど、持ち運びは、口の大きい魔法瓶を使えば大丈夫」

レパートリーの豊富な事で…それだけの食材を用意する学校も凄いなと思いながら、ここに入学してから半年間で悟ったのは、この学校の特色というのはきっと、例の大僧正の校長先生が作っているんだろうな~って現実だ(;^ω^)

「余った食材は全部、私が後で美味しく調理しちゃいます♪」
「お弁当に汁物ってのは斬新ですよね~なんでそんなチョイスを?」
「お手軽料理ならサンドイッチやおにぎりとかも良いけど…秋の山は寒いからね~凍えながら歌を作りたいならそれもイイけど?」
「ああ~~~~」

そういえば今年って結構寒いよね~ 風もよく吹いているし、運動部の人だったら平気かもだけど、文化部のボクたちにはちょっときついかも…
なんて、思い出しながら体を抱きしめてブルブルと震えてる真似をしていると…

「「「頑張って暖かい料理を作ります!」」」
「は~い、皆頑張ってね~♪」

周りの男子たちが直立不動で、元気よく答えていた…おいおい…
もしかして、運動部も寒いのは嫌いなのかな? それとも、運動部の男子がこのクラスには少ないのかな~?
35人もいると、全員の部活なんて把握してないからさっぱりだ~

「二人とも、どれ作る?」
「どれでも良いけど…コーンスープは地雷な気がする。絶対にねばついて水筒から出て来なくなるもん」
「それは確かに…なら定番の味噌汁でも作る? それぐらいならアタイでも作れそうだけど?」
「美桜、味噌汁なら作れるの!?」

いきなりの料理作れない親友からの裏切りの言葉…絶句していると『それぐらいは、親から教わったよ~』と呆れられてしまった…ボクだって…ボクだって~~(無理です(;^ω^))
―――それはともかく、日本人らしい料理だけど、それも定番すぎて意外性が無いかも…いやここは確実な物を選ぶのがイイのかな~? 東谷君もその方がイイって思うのかな~?

「私もそれなら作り慣れているかな? ……樹はどれを作りたい?」
「えっと~その…ちゅ…中華スープかな?」
「中華スープ? なんでまた?」

そりゃもちろん、美桜と差を感じない為に味噌汁を回避したい…からじゃなくて(-_-;)
首を傾げて、腕を組みながら何で中華スープに惹かれてしまったのか考える…

「いや中華って辛いイメージあるでしょ? 体を温める目的ならそれがイイかなって?」

それに東谷君は確か辛い物が好きな筈だし、きっとそっちの方が喜んでくれるよね!
なんて事は二人には内緒だけど、とにかくここは中華推し一択である!

「中華料理って何なんだろう?」
「最後に何でもゴマ油入れれば良いんじゃない?」
「それでイイのか!? 葵っ!」

そんな単純な事でイイのだろうか? ボクはそんなに料理について詳しくはないんだけど、中華って…中華ってそんな単純なのかっ!?

「中国四千年の歴史は全て、ゴマ油に集約されるのか!?」
「そうそう、最後にゴマ油を入れれば全部中華料理なのよ~♪」
「畳みかけてぶっちゃけた!」
「それでイイの!?」

葵のぶっちゃけ理論…淡々とした声を出しながら機械的に綺麗な手つきで包丁を振るう
。まあ、言ってくれちゃうよ…ほんとに…料理得意なんだな~って感心しちゃう。
今の時間は料理の腕の差がヒエラルキーに直結するのだから、最下層の住人?であるボクはただ盲目に従うのみである。

「中華は辛いよね! 辛いと体あったまるよね~きっと!」

一体どこの誰が盲目的に従っているのか? というツッコミはナシで頼みます!
何て誰に向かって言ってるのか分からない言い訳をしながら、尚も中華スープを二人に推してみる!

「そうだけどさ~樹、辛いの苦手じゃん~」
「うう~そうだけどさ~大丈夫だよ、きっと! それにっ――!」

東谷君は辛いの好きみたいだし、それに合わせて作らなきゃきっとおいしく食べて貰えないよね!
思い出すのは今朝の出来事。安請け合いしちゃったからってのはあるけど、それでも好きな人に手料理を食べて貰うのはきっと女の幸せ。このチャンスを逃す訳にはいかない!
試行錯誤した末に、何で中華スープを推すのか二人に説明した。

「こいつ…どこまで行っても東谷君を中心に物事を考えておるな‥?」
「そそっ…そうかな~~~?」
「…まあ~~親友の恋の応援もイイでしょう~私たちは今の所目当ての男いないし、その時になったらちゃんと手伝いなさいよ~?」
「分かってるよ~二人とも~」

二人に主に説明したのは、手作り料理を食べさせたいから出来るだけ自分メインで調理をしたいという事だった。
だって、ほぼ全て葵がやったらボクの手作り料理だとは彼に言えないもんね♪

「野菜は出来るだけ均一の大きさにするんだよ? 鍋に入れた時に生煮えが出ないようにするためだから…ああっ…樹そうじゃない…もっと丁寧にやって?」
「皮むきはこっちでやっておくから、樹はある程度野菜を切ったら煮込みに入って?」
「は~い。わかった~」

熱の通りの悪い野菜から一つずつ薄切りしたニンジンや大根を入れていく。
十分に熱が通ったら変わり種にコーンを入れて、春雨もいれちゃう。
いりごまを風味づけに加えてから、塩コショウを入れて味付け。

「思ったよりも早く出来そうだね…」
「そりゃ三人掛かりだもん。早いに決まってるよ♪」
「ついでに今朝コメを研いだのもあるから、そろそろ火を入れた方が良いかな?」
「お願い~」

一人ではまだまだ出来ない平行作業を、二人はそっと手伝ってくれる。
他の班の人たちは…結構味噌汁が多い気がする。中華スープを選んだ班は少ないかも。
だけど、皆も四苦八苦しながらも楽しそうに料理してる~♪

「中華スープを作る班に言っておくけど、唐辛子は種の部分が一番辛いから、あまり入れすぎないようにね~?」
「は~~~い」

何か先生が言ってるようだけど、その時のボクは先生の言葉が右から左に流れていた。
味見をする時はちゃんと、小皿にスープを移してから一口。
先生の言う通り、味見を大事にしているのだ。その味は…初めてとは思えないぐらい出来の良い物が作れたと思う。

「唐辛子は…やっぱり全部すりつぶした方が美味しいよね? うん…」
「まあ~辛いとは思うけど~大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫~♪」

もちろん入れた後は味見をするよ~♪ と心の中で呟きながら、唐辛子を数個、切り刻んで、種も包丁ですり潰してから、パパっと全部入れてしまう……

「う~ん…良い香りだね~♪」
「よく見ていなかったんだけど~どれだけ入れたの?」
「良く分からないけど…多分大丈夫だと思う」
「おいおいおい…!!」

何か二人が妙に騒いでいるけど、何でそこまで騒いでいるんだろう?
不思議に思い首を傾げながら、もう一度小皿にスープに注ぎ、少し香りを嗅ぐと鼻を突く刺激的な香りがしてきた。
あまり嗅ぎ慣れてない感じだけど、これがきっと東谷君の好みなんだよねっ!!

「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫~♪」

何か葵が何か心配してるようだけど…まずは一口味見を……~~~~

「う~~~~~ん(バタン!)」
「おおいっ!! 辛いのが苦手なのは知っていたけど…やっぱりこうなったか~~!!」

その後の記憶があいまいなんだけど、皆の心配する声に持ち運ばれる感覚。
気づいたら、保健室にいて、東谷君が傍にいたんだよね…何かすごく心配かけちゃったみたい…うううっ…
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