指先で描く恋模様

三神 凜緒

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昼休みの歓談 その2

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恋をする時はいつだって心は真っ白になっている。
真っ白なまま、好きな人の横を歩く。ただ黙って、人は人を求め、想いを重ねる。
恋はきっと、もっとも純粋で厄介な想いの押し付けなんだろうな…

ボクがずっと彼に想いを伝えられないのも、これが押し付けなのを知っているからかな?
昔の人の表現が少し遠回しなのは、押し付けるのが嫌だったからかな?
なんて…冷静に考えれたらボクはきっと、大人なんだろうな~だけど


最近、紅葉狩りを前にしてか、国語や古語の授業に熱が籠ってる気がする。
今も授業で皆が率先して、手を上げて先生に色々と質問を繰り返していた…

「大久保先生~~、すごく疑問なんですけど~どうして私たちは国語をしてるんですか?」
「いきなり核心を突くようなセリフを吐くんだな~美桜君は…まあ分からんでもないが。あっはっはっは~」
「ここは小学生の授業か何かですか~~あははは」
「イイじゃないのよ~~~! もう~~~」

このクラスの人は何だろう…短歌や俳句を作る事よりも、その目新しいお祭り騒ぎを楽しんでるような気がする…
でもきっと、それが本来の青春の姿なんだろうな~

「なぜ人が国語を…文学を学ぶのかと言われれば、それが自分たちのアイデンティティだからだ…!」

いつものオーバーアクションで、強く握りこぶしを振り上げて、美桜の子供みたいな質問に熱を込めて解説しているね…さすが大久保先生…!

「アイデンティティ? どういう意味ですか…」
「うむ…数学というのは皆も知っての通り世界共通の学問であり、どの国でも基本的に答えは一つしかないな?」
「はい…確かにそうですね…」

何を当たり前の事を? と生徒たちが首を傾げているが、その熱のコメ肩に誰も水を差したりはしない…黙ってその解説を聞き入っている…

「それに、我々は無意識に他国の文化レベルの高さと、科学力やGDP、街の発展具合などで測っているだろ?」
「そうですね~、パっと見で分かりやすい指針ですよね」

先生の言葉で思い出すのは、高層ビルの立ち並ぶ街並みをテレビで見ると、確かに文化レベルが高いなとか、逆にボロボロの小屋が立ち並ぶ町はまだまだ発展してないな~とか、色々と思いだすが…それが一体何なんだろう?

「だが我々の知らない所で、ちゃんと国々にはそれぞれの文学が存在する。他の国の人には理解されにくいモノだが、逆にいえばそれが民族の個性を表したモノだといえる」
「ほうほうほう…つまり?」

ダンッ! とジャンプして教壇に立ち、遥かなる星を指さすように天井に指を伸ばし、力強くこれが自分の人生を捧げるモノだと言わんばかりに大きな声で告げる…

「つまりだ…国語を学ぶという事はつまり、日本人たらしめるモノを学ぶという事なのだ。私はこれを若人に伝える為にその人生を捧げているのだ!!」
「おおおおおおぅ!!先生とは思えない行儀の悪さだ…!!」
「感心する所、そこかい!!」

熱を込めて演説していたのに、最後は生徒から冷静なツッコミにコケる先生…絵になるね~
ひょっとしたら、先生は誰よりも日本人なのかも知れないな~って思うのは多分ここなんだろうな…いつでも最後は漫才になる所が面白くて好き~
先生はどんな質問でもバカにした事はなく、いつも真剣に悩み、熱を込めて話してくれる雰囲気があるからか…東谷君の教室でも人気者らしい~すごいね…まるで子供みたいだ…


「ってな事が、大久保先生の授業であってさ~」
「相変わらずだな~あの人も…いつも熱血で…何で体育教師じゃないんだろう?」
「ほんと…謎だよね~それだけが! ははははは~」

お昼休みになると、ボクは再び東谷君の教室に向かい。一緒に、お弁当を持って一階のフロアに来ていた。
ボクが他のクラスに顔を出すのが怖がってるのが分かったのか、今日は廊下で待っていてくれたのだ…ボクが来ると、当たり前のように手を軽く上げて『それじゃ、いくか~』と軽い口調で歩き出す彼についていく時、少しだけドキドキしていた…

「しっかし~百人一首って、読んでも読んでも理解できない所があるよ~」
「何が分からないんだ?」
「えっと…その…読み手の過去とか…どうしても解説書だけでは分からない所があって…」
「まあ~百人の人生書いてたら、何冊いるか分からないよな…それだけで…」

本を読みながら食事なんて行儀悪いから、今は持っていないけど、ただ、気になってる歌を口をゆすいで綺麗にしてから、彼に聞こえるように歌ってみた。

「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」
(意 この大空で、例え故郷に帰れず一生を終えようとも想い起せば、ここから見える月も、故郷春日の三笠の山から見た月もきっと同じである筈…同じであって欲しい)

「阿部仲麻呂《あべのなかまろ》の望郷の歌だな…その人の事が気になったのか?」
「月を題材にした歌は他にもあったんだけどさ…妙に心に残る内容で…」

何が心に引っかかっているのか分からず、それを東谷君に話すと、彼も食事の手を止めて真剣に悩んでくれていた。目を閉じて、しばらく唸ってから彼は落ち着いた声色で訊ねる。

「どこが印象的だったんだ?」
「とても切なくて悲しい曲なのに…何か今の人たちよりも凄く心が満たされている人だったんじゃないかな~って…おかしいかな?」
「おかしくはないさ、今の人よりも、昔の人は『足るを知っている』…と云う事かもな…」

足るを知る…時々、両親や先生が云う言葉だ。だけどその意味をしっかりと教わった事も無いし、多分自分じゃ理解出来ないんじゃないかな~って思ったけど、東谷君は分かるのかな?

「足るを知る? って…我慢していたのかな?」
「『足るを知る』ってのは、我慢する事じゃないんだよ。きっとずっと一生我慢し続けるには心がもたないよ…ただ…まあこれでもいいや~って妥協する事を楽しむ事じゃないか?」
「妥協を楽しむ?」

何を言っているのか、分かるようで分からない…全く我慢しない人生はきっと我が儘でどうしようもないと思うけど、それを楽しむなんて…考えた事がない…

「妥協と云うのはさぼるって意味じゃないぞ? 阿部仲麻呂《あべのなかまろ》は中国の高官を務めていたぐらい優秀な人だったらしいからね。ただ、全て満たされないからこそ、生まれる作品もあれば、全ての人間が全てを満たされる程の富も権力もこの世界にはないからな~。限りあるモノなら皆で分け合った方が美味しいと思わないか?」

ふと思い出すのが、何故か父親の一人で晩酌している姿だった。ボクや妹はもちろん、母親もお酒を飲めないので、いつも一人酒。ただそれじゃあ寂しいかなと、近くで父親の話を聞きながら、おつまみを摘まんだりするんだけど…
おつまみを取られているのに、父親はボクが来るといつも嬉しそうだった…

「そうだね~家でもケーキとか買ったら、独り占めして食べるよりも、家族四人で分け合った方が何故か美味しいよね…あれは何でだろう?」
「その感覚がきっと、足るを知るって事だと俺は思うな…」

本当に時々だけど、東谷君はこんな事を云う事がある。それが東谷君の生き方を表しているんだろうな~って思うと、この人とならずっと一緒にいたいなって思えるんだ。

「なるほど…!! 凄いですね東谷先生~♪」
「先生やめい~~~(;^ω^)」

それをはっきりと云うには恥ずかしくて、思わず茶化しちゃうのは…ボクがまだまだ臆病だからかな…
でもきっと、必死に恋する姿にはまだまだ足るを知れないはきっと、ボクが女の子だからなんだと思う…
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