傾国の再来は隠される

ひづき

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 がたん、と。不意に音がしたので振り向く。そんなに大きな音ではなかったが何故か不穏な気配を感じたのだ。夫婦の寝室を繋ぐ内扉からアルフゼットが入ってきて後ろ手に扉を閉めるところだった。物音の正体がアルフゼットだと知り、ジェルヴェは警戒を緩める。しかし、おかしいことに変わりは無い。初夜が終わるにしては───いくらなんでも早すぎる。

「アル兄…、アルフゼット様?」

 正式に公爵となったアルフゼットを流石に兄と呼ぶのは躊躇われて、言い直す。しかし特段反応は無い。

 アルフゼットの様子がおかしい。呼吸が浅く、顔が紅潮しており、目が虚ろだ。初夜に向かう新郎に催淫効果のある強精剤入りの酒を飲ませてから新婦の寝室に入室させる慣習があるので、恐らくそれのせいだろう。問題は何故その状態で花嫁を置き去りに主寝室に来たのか、という点である。

 腕を掴まれたジェルヴェは、されるがまま寝台に押し倒されていた。

「…!?」

 予想外すぎて頭がついていかない。アルフゼットは焦点の合わない目をしたまま、ジェルヴェの執事服のボタンを外し始めた。ジェルヴェは混乱のあまり、抵抗すべきか否か悩む。これは都合のいい夢なのではないかと本気で疑い、アルフゼットの顔を凝視するばかりだ。一方のアルフゼットは度を越した興奮に手が震えるらしく、ボタンを上手く外せないようで、舌打ちをすると諦めてジェルヴェのスラックスを力づくで左右に引きちぎる勢いで剥ぎ始めた。

 ここまで来てようやくアルフゼットが本気だと悟ったジェルヴェは慌てて藻掻く。藻掻く為に脚をバタつかせるが、下肢から衣類を奪われてしまった。殴るしかないと意を決して振りかぶった拳をあっさり捕まれ、腕を捻りあげられながら身体を反転させられて。無防備な臀部がアルフゼットの前に晒される。利き腕が痛いのと恥ずかしいのとで生理的な涙が浮かぶ。

 ぬるりと、熱い先端がジェルヴェの尻の割れ目をなぞる。なぞるが、慎ましい中心に入るわけが無い。かろうじて自由に動く手で胸ポケットを探り、ジェルヴェは小瓶をアルフゼットに差し出した。

「もう、逃げませんから。せめて潤滑剤を使ってください。お互い、痛いのは嫌でしょう?」

「─────」

 荒い息を繰り返しながらも、このままでは入らないことが理解出来たようで。アルフゼットは差し出された小瓶の栓を開けると、容赦なくその開口部をジェルヴェの後腔に突き刺した。ジェルヴェは痛みに眉を顰める。小瓶を引き抜くと思うように入り込まなかった液体が零れていく。それを熱い指が掬い、穴に指ごとねじり込んで塗り込んで。作業的なその行為にさえ、羞恥からジェルヴェは息を乱した。

 再び熱い肉棒の先端が尻の谷間を撫でる。潤滑剤の助けを受け、にゅるんにゅるんと滑るように泳ぐ。ぐりゅん、と差し入れられる痛みに、ジェルヴェは這い蹲るような姿勢のまま声を押し殺した。

 ずちゅ、ずちゅ、と粘着質な音が響き、それを追いかけるようにアルフゼットの荒い吐息が、ジェルヴェの耳を擽る。ジェルヴェは背中にアルフゼットの温もりを感じながら、性処理の道具に徹する。道具なのだから、快楽など拾ってはいけないと己を戒める。





「───すまなかった」

 5回程射精し、ようやく我に返ったアルフゼットが死にそうな程青い顔で頭を抱えていた。

 数分ほど気を失っていたジェルヴェは、混乱するアルフゼットを前に、異様なほど冷静だった。腰と肛門の痛みに耐えつつ、どうしたものかと思案する。己の下半身の状態といい、乱れた寝具といい、とにかく後始末が必要なのは明確だ。

「謝罪も話も後です。取り敢えず湯あみしてきて下さい」

「湯あみなら俺よりルヴェの方が───」

 当然と言えば当然の気遣いと発想だろう。ジェルヴェは嘆息する。

「後始末の邪魔だから引っ込んでろって言えば伝わります?」

 丁寧に相手をする体力がないジェルヴェは、表情ひとつ動かさずにアルフゼットに要求を突きつけた。罪悪感で死にそうな顔をしているアルフゼットに逆らえるはずもなく、すごすごと浴室に向かう以外の選択肢は無い。

 アルフゼットのことを頭から追い出したジェルヴェは寝台の上で脚を大きく開き、痛みに眉を顰めながらも指を差し入れて注がれた子種を掻き出す。やはり色々と無理があったらしく血液混じりだ。だが、今は都合が良い。そう思わないとやってられない。ある程度掻き出したそれを、既に汚れているシーツで拭い、手早く下半身に衣類を身につける。上半身の衣類は皺が見られるが、それだけのようだ。汚れも破れもないことに安堵する。

 剥ぎ取って丸めたシーツを手に、腰を庇いながら、ジェルヴェはノックもせずに内扉を開け放った。身体の痛みに苛立ったから、というのがノックをしなかった理由である。

 夫人の寝室では、ネグリジェ姿の女性が寝台に腰掛けて小さく丸まっていた。

「あ、あなたは…」

 確かに会うのは幼少期以来だ。とはいえ、散々虐めた実弟を忘れるものだろうか。あるいは気づいた上で動揺しているのか。どちらかは判断がつかないが、狼狽えているのは間違いない。


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