どうしてこうなった

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 どうせジーンの想いには応えられない。そう思うからソランはジーンに何かを問うことはしない。ジーンは違うのだろうかとソランは考えつつ、彼に希望を持たせないのが最善なのだろうと結論を出す。とはいえ、理屈ではわかっても、どう答えれば最善に辿り着くのかが分からない。

 どうせコレっきりだと開き直り、ソランは正直に話すことにした。

「異母兄が実家を継いだんだが、投資話で騙されて多額の借金を背負ったようでな。どうも俺を売って金を工面するつもりらしい」

 売ると行っても娼館や性奴隷ではない。ソランの見目では大した値段はつかないからだ。五体満足で働き盛りの男性が高値で売れる場所は鉱山などの重労働現場である。金と引き換えに労働奴隷として雇われる。雇い主が払った分の金額を稼げば晴れて解放されるが、大概その頃には身体のどこかしらが不自由になってしまい、余命わずかとなるらしい。裁判で極刑を言い渡された犯罪奴隷と同等の扱いである。

「何故貴方が!僕と逃げましょう!」

「俺が逃げれば代わりに領民が増税で苦しむことになる。異母兄が妾の子である俺を憎む気持ちも分かるし、父が領民を慈しんできたのも知っている。だから俺は逃げない」

「そんな───」

 真っ直ぐジーンの目を見て宣言をするソランに、ジーンは最早言葉を失って呆然とする。

 鉱山は女っ気がなく、それこそ突っ込れば相手の顔も性別もどうでもいい連中ばかりらしい。そこで手酷く犯される前に、単なる穴としてではなく、個人として抱いて貰えたのは僥倖だったかもしれない。そんな結論に至り、ソランはジーンに微笑みを向けた。

「ありがとうな、ジーン」

 言うだけ言って、ソランは眠りにつく。ジーンはソランの身体を大切に抱き締め、祈るようにぎゅっと目を閉じる。



 ジーンが目覚めた時には既にソランの姿はなかった。ジーンは頭を掻きむしり、膝を抱える。その瞳に揺らぎはない。



 □□□□□□□□



 馬車で揺られること約1ヶ月。成人として認められる歳で家を出て、それから一度も帰らなかった実家の屋敷をソランは仰ぐ。記憶と寸分たがわない様相なのに、懐かしさよりも圧迫感を覚える。

 出迎える使用人達の中にちらほら見知った顔を見つけたが再会を喜ぶ気にはなれない。そう思っているのがソランだけなのか、相手もなのか、仕事中は感情を表に出さず役目に徹する彼らの心情は分からない。

 当主の異母弟として姿勢を正して歩く。慣れない正装が重石のように動きを制限する。

 ソランが案内されたのは客室だった。そこに異母兄がいるのだろうと思っていたのだが───



「思ったより遅かったですね」



 ソランよりも明らかにグレードの高いオーダーメイドの真っ白なスーツ姿でジーンが寛いでいた。

 瞬きをして、目を細めつつ、もう一度確認する。が、やはり目の前にいるのはジーンだ。優雅に長い脚を組み、美しい所作で紅茶を味わっている。思わずソランは自身を案内してきた執事を一瞥した。灰色の髪がダンディなベテラン執事は間違いなく見知った顔で。間違いなくソランの実家であると証明しているではないか!改めて先客を凝視すれば、普段と違いきちんとセットされた髪も服装も見覚えのないものだ。その美しい容貌だけが、一夜の契りを思い起こさせる。

「───気絶してもいいか?」

「おやめ下さい、ソラニール様」

 すかさず老齢の執事に止められた。何年ぶりかに呼ばれた本名がむず痒くてソランは顔を顰める。

 ドアの前から動かないソランに業を煮やしたジーンはカップをテーブルに置き、立ち上がる。キスが出来そうなほど近くまで来たジーンに、ソランは一瞬逃げ出そうか迷ったが退路は執事に塞がれており逃げ場などない。

 ジーンは優雅にお辞儀をした。

「僕はシルバーン・ウェイスティ。ウェイスティ大公家の三男です。この度、こちらのバラガン男爵家の爵位ごと領地も、貴方も●●●、全て僕が買い取りました。どうぞ末永く宜しくお願いします」

「は?何だって?」

 大公家と男爵家には天と地ほど差がある。仕事でも絡まない限り本来なら容易に口を聞ける相手ではない。そんな常識が頭から抜けるくらい、理解が追いつかないソランはいつも通りの口調で聞き返していた。

「末永く宜しくお願いします」

「そこじゃねぇよ!!」

 叫ぶように言い返され、へらりとジーンは笑う。もう格好つけていられないとばかりに顔の筋肉をだらしなく緩めてジーンはソランを見つめた。

「男爵家の爵位ごと、全部ぜーんぶ僕が買い取りました!ちなみに先代当主貴方の異母兄は脱税の疑いで取り調べを受けています。他にも婦女暴行などの容疑が複数あるそうなので拘置所から出られないかもしれませんねぇ」

「何を考えているんだ!そんなことをしてもお前に得なんて一つもないだろ!?大赤字だろ!?」

 領民をどうするつもりだとか、そういう観点で怒鳴られると想定していたジーンは目を丸くする。

「好きです、愛してます」

「ンなことは聞いてねぇよ」

 襟首を鷲掴みにしてやろうか…と苛立ったソランだが、明らかに高級品の布地を前に手を引っこめる。

「僕は幼少期に誘拐され、毒を盛られたことがあります」

「……………?」

 急に何の話だと戸惑うも、内容が内容なので返答に困り、ソランは口を噤む。


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