吊り橋の恋

ひづき

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いち

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 千占術を生業とするウーロウは、立ち込める紫煙の中で顔を顰めて息を止めた。確かに線香の煙で先行きを見通す占術もあるが、これは占術の一環では無い。有毒な煙だ。しかも特別な組み合わせと配合で植物を混ぜて作るもので、配合を少しでも誤れば効果が出ない。故に、素材を集めただけでは毒を作るなど誰にも悟られる心配がない。まさに暗殺向けの煙である。

 解毒剤の配合を思い描きながら、足早に衝立の向こう側へ踏み入れ、手当り次第窓を開け放つ。乱暴に開けられた朱塗りの窓が、乾いた木材特有の悲鳴をギィギィあげる。備え付けのしょうが応えるようにギシリと音を立てた。

「あぁ、ウーロウ。お前の先見は本当によく当たるな」

 しょうの主は長い黒髪を結うこともなく乱したまま、上半身を起こすことすらせずにウーロウを見遣る。ウーロウの心臓は激しく騒ぎ続けており、その視線は素早く主を観察する。流血はない。外傷は恐らくない。ならば乱雑に抱え上げても問題ない。瞬時に下した判断を元に、まるで丸太か何かを抱えるかのように主を肩に担ぎ上げ、迅速に走り出した。





「貴殿はどこまでお馬鹿なのですか!」

 小鉢内の薬草を棍棒の先で練り潰しながらウーロウは声を荒げた。目の前には解毒剤を飲んでも尚顔色の悪い主が粗末な褥に横たわっている。どのくらい粗末かと言えば藁で編んだ褥だ。主の出生には見合わない。ウーロウ自身は藁の褥で育ったので気にしていない。

「不可抗力だよ」

 ウーロウより幾分歳上であるはずなのに、主は子供のように口先を尖らせる。

 家を組む木々が丸出しで、土壁は練り込まれた藁がところどころ飛び出している。まるで廃墟になった猟師小屋か、農家の備蓄納屋のような様相だが、ここはウーロウが現役で住んでいる小屋である。褥とウーロウだけで床の大半が埋まり、他者を招き入れる隙などない。

 主の容態がもう少し回復したら、主の屋敷の解毒作業をしに行かなくてはならない。ウーロウはあからさまな溜め息を吐いた。

 縛られる人生に嫌気が差し、神殿から出奔した巫女がウーロウの母だ。母はウーロウの才能を見抜き、千占術や薬学を教えてくれた。母の死後、ウーロウは千占術で生計を立ててきたのだが、占いがよく当たると評判になると貴族に誘拐されそうになり、逃げて逃げて、何度目かで主に助けられた。

 男とは思えぬほど美しい主は、先帝の御落胤だ。帝位に就く資格がある以上現皇帝にとっては邪魔な異母兄なのだろう。現皇帝は表向き慈悲深く寛容に異母兄の存在を受け入れつつ、影でコソコソ暗殺を仕掛けてくるのだ。

 ウーロウは主に助けられた恩を返すためだけに千占術を行使し、暗殺を先読みする。それなのに主は敢えて暗殺を受け入れるかのように立ち回る。

 きっと彼は嫌気が指しているのだ。命を狙われ続けることに、それでも生き続けることに。現皇帝が納得するまでこの生活に終わりは無い。他人を巻き込まぬようにと屋敷に使用人を置かない彼の優しさが、まるで死ぬ準備のようでウーロウは落ち着かない。

「そんな顔しないで」

 貴人とは思えないほど、荒れた手がウーロウに伸ばされる。鏡がないので確かめようもないが、そんなに酷い顔をしているのかと思い、それも全部主のせいだと一喝したくなる。自分まで彼を追い詰めたくはないので、ぐっと堪えて手にしていた小鉢を傍らに置いた。

「屋敷を見てきます。ここに居てください」

 これ以上一緒に居たら何を言い出すかわからない。ウーロウは距離を置くことにした。それなのに主はウーロウの服を掴む。

「待て、ウーロウ」

「…何でしょう?」

 上半身を晒した主が袖を通しているのはウーロウの寝巻きだ。毒が染み込んだ衣服は毒抜きをして洗い、干してある。艶やかな長い黒髪もしっとりと濡れている。毒を洗い流す為に主の身体を全身を隈なく洗ったのは他でもないウーロウだ。

 現皇帝に、宦官になって後宮に入るなら生かしてやろう、と言われたことがあるらしい。そんな主の姿は、艶めかしく、目の毒だ。触れたい、暴きたい、肌を紅潮させたいと思わせる色香がある。男の欲を掻き立てる毒そのもの。ウーロウは目を逸らし、耐えるだけ。

「寒い。温めてくれ」

 寒いのはお前のせいだとでも言いたいのか。分かるのは主の目が面白がっているということだけ。

「それは、どういう意味です?」

「お前が私の上で腰を振って温めてくれ」

 ウーロウは言葉の意味を脳内で咀嚼し、嘆息した。

「……………準備してきます」





 仰向けに寝そべる主の、そそり立つ陰茎目掛け、ウーロウは右手を床について身体を支えながら、左手で己の蕾を割り開き、ゆっくりと腰を降ろす。その不安定さを見かねたのか、あるいは焦らされて耐えられなくなったのか、主の両手がウーロウの腰を掴み、支える。

「ひ、うぅん…っ」

 ずぷずぷと、主の陰茎に体内を開かれていく。主と交合うのはこれが初めてではない。最初のきっかけなど覚えていないが、この先にある快感を思い出して身体がぞくぞくと震える。期待から蕾は雄を締め付けて、それでも主の手は休むことを許してくれない。

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