花、手折る人

ひづき

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「お前を誰かに奪われるんじゃないかと気が気でない。愚王に、妹に、父───、敵ばかりだな」

 入浴と寝支度をそれぞれ済ませ、ベッドに入ったのはいつもより少し遅い時間だった。月明かりもない夜は暗い。その暗がりの中、ノーレスは隣で横になっているブレイム殿下に覆い被さるようにして抱きつき、触れるだけのキスをした。

「ノーレス?」

 されるがまま、バードキスの雨を受け入れてくれる。そんな彼が何だか微笑ましくて、キスを降らせ続けながら、ノーレスは自身の身に纏う寝巻きを脱ぎ始めた。

 ブレイム殿下は、否、ブレイムは、そんなノーレスの素肌に恐る恐る触れる。両手で、壊れ物に触るかのように、実体があることを確認するかのように、ノーレスの両脇腹から、上へ上へとゆっくり手を這わせていく。その擽ったさに、ノーレスは声を転がすように笑った。

「ねぇ、ブレイム。キスして。深いの、して」





「が、は───ッ」

 熱を持ち、硬直して、怒張する楔に、身体を押し開かれる。一気に貫かれると、それだけで足のつま先まで血の気が引き、痺れて、息を忘れた。自分のものでは無い脈拍が体内で存在を主張して主導権を奪われそうだ。

「ク…、悪い、加減できなかった」

 ブレイムの苦しげな呻き声に、ノーレスの目から生理的な涙が零れる。

「くるし…、どくどく、いっ、んんッ」

 心臓が二つあるかのよう。どちらの鼓動に従えばいいか混乱したかのように、心臓が激しくて苦しい。下腹部も苦しい。苦しさから逃れようと髪を振り乱し、身を捩る。

「逃げる、な!」

「ひ──、」

 腰をがっちり掴まれて、引き戻され。獰猛なブレイムの瞳の、その余裕のなさを認めただけで、ゾクゾクとした歓喜が背中を駆け上がり、ノーレスは喉を引き攣らせる。手足の爪がシーツを掻き毟っていくけれど、そんなものでブレイムに抵抗できるはずもなく。

 じゅぷ、じゅぷっと、予め仕込んでいた性交のための粘液が、空気の泡を含んでは潰れを繰り返す音が響き始めた。音に合わせて凶器の先端がノーレスの奥、曲がり角の壁をノックする。そんなところまで拡げたことはない。痛いような、内臓が押し上げられるような、尿意のような、何とも言えない感覚に、羞恥を覚える余裕もない。

「あ、あ、あ、あぁ、い、」

 律動の合間に、乳首を甘噛みされると、もうわけがわからない。

「ノーレス!ノーレス…!」

「い、あ、や、」

 頭が真っ白になるような電流が内側で爆発して、体が痙攣するのに、精は出ない。本能で、これはこれで絶頂しているのだと気づいても、戸惑いは消えない。絶頂の波に終わりが見えないのだ。繰り返し、繰り返し、波が来る。腹筋が引きつって、背中の神経が痺れて、言葉にもならず、短い悲鳴ばかりが零れていく。

「あああああーッ」

 頭の中までぐちゃぐちゃになりそうな渦の中、何とか声はをかき集めてノーレスは吠えた。もうダメだと弱音を吐きたいのに、この時間が終わって欲しくなくて言葉にならない。

 今この瞬間だけは間違いなく、彼はノーレスだけのモノだ。自制できないほど全身でノーレスを欲し、凶暴な熱を持て余して助けを求めるようにノーレスの身体を離さない。汗を滲ませて、内側の狭さに苦痛を覚えながらも、彼の腰は止まらない。そんな彼を仰ぎ見るだけで、喜びが肌を打つ。

 行き過ぎた快楽は苦痛でしかなく、ノーレスはそれに耐えるためにブレイムの身体に爪を立てているが、きっと痕は残せないだろう。穿たれる度に、手の指先まで痺れて、もう感覚がない。

 彼が愛しい。

 体内で熱を吐き出しても、すぐに再び硬直し、彼は小さな声で「すまない」と囁いた。

 ずっと絶頂し続けているノーレスには、その囁きすら快感でしかなく。

「ひゃ───ッ」

 ただ啼くことしかできない。言葉を失った、それこそ知能の低い獣のように。





 翌日。死んだように眠り続けるノーレスをそのままに、ブレイムは離宮の寝室で仕事を開始した。ノーレスから離れるつもりはない。以前ノーレスが気を失った時同様に、城から必要そうな資料を持ってこさせ、会議は予定を組み直させる。暴君だという自覚はあるが、改めるつもりもない。

 天蓋の、カーテンで仕切られた神域に目を向けよう者なら、側近だろうと老人だろうと、殺す勢いで睨みつける。

 朝から数えて23人目が、小さく悲鳴を上げつつ退室したのと同時に、ノーレスは思わず笑い声を零してしまった。

「起きたのか。───何か欲しいものはあるか」

 ノーレスは起き上がろうとしたが、倦怠感から深く深くベッドに沈んだ。

「あれ…?」

 何で身体に力が入らないのだろう。そんな戸惑いから混乱する。

「すまない、俺のせいだ」

 震える声が耳に届いて、ああそうかと思い至る。思い出すと身体が火照る。心臓が甘く疼く。

「僕が望んだことです。謝る必要はありません」

「いや、俺はあまりに独り善がりで下手くそで」

「え?」

 顔が見たいと思った。どんな表情でブレイムはそんなことを言っているのだろう。手を持ち上げるのも億劫だったが、好奇心には勝てず、遮る布を捲り上げる。

 残念ながら、ブレイムはこちらに背を向けていた。


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