魔法付与師 ガルブガング

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「何って…、アレース様の婚約者ですけど」

 ここをどこだと思っているのか。知らずに訪ねてきたわけではないだろう。

「ここはソクール子爵家で、彼女はこの家のご令嬢です」

 そこまで愚かでは無いだろうというソフィアの思考を否定するかのように、アレースが懇切丁寧に説明する。その笑顔はどこか怖い。ソフィアはアレースから視線を逸らし、ついでに意識を目の前の不審者へと戻す。

「───で、貴女はどちら様?我が家になんの御用ですか?」

「ふ、ふざけ─────」

「ああ、その先は詰所でお願いします。最愛の人の耳を汚さないでください。───不法侵入者を拘束しろ」

 控えていた国の騎士達が真っ白い塊を取り囲む。ちゃんと騎士は全員女性だ。これは本人に配慮したというより、相手が他国の令嬢であることを踏まえ国際問題に発展することがないよう手回ししたのだろう。それが分かる程度にはアレースと親しくなった、と思う。

「それにしても、何故あの令嬢は魔法を付与された宝石を手放しても白いままだったのです?それとも見えなかっただけで隠し持っていたのでしょうか?」

「え?」

 真っ白い塊となった女性への興味などないのか、魔法付与の原理の方が気になるようだ。魔法付与師であるソフィアには当たり前のことなので彼の疑問に新鮮味を覚える。

「防御魔法は宝石が割れたり、宝石を手放せば恩恵を得られません。魔法付与装飾品は全てそういう物だと思っていたのですが…」

 防御魔法は宝石が壊れると効果が消える。そのことしか知らないと確かに不思議かもしれないとソフィアは少し考えて納得した。

「それは防御魔法は付与魔法が定着した宝石から常に魔法が発動し続けるからですね」

「?」

 分かりません、と目が訴えてくる。

「───えぇと、そう、例えば魔法で水を出して地面が濡れたら、魔法を止めても地面は濡れたままでしょう?防御魔法は魔法で水を出し続けている状態のようなもの。ですが、彼女が真っ白になったのは、魔法で水が出た結果濡れた地面と同じなのです」

 濡れた地面に乾いた紙を押し付けたら湿気が移るように、彼女が触れた物も、それこそ衣服までもが魔法の残滓で白く染まる。染まるだけだ。悪戯にしかならない。

「………なんだか、活き活きしてますね」

 眩しそうに瞬きをするアレースに、ソフィアは楽しげに笑う。

「それもこれも、ぜーんぶ、貴方のせいよ!」

「え」

 分からないという顔をするアレースにソフィアは思い切って抱きついた。

「貴方がガルブガングを見つけなければ、あの変な女に恨まれることもなかったし、ここまで吹っ切れることもなかったわ。だから、全部ぜんぶ貴方のせい」





 ソフィアは我慢してきた。

 ───何の為に?

 大叔父の為?家族の為?

 誰かを傷つけたくない、家族に失望されたくないという気持ちは確かにあって。だから、大好きな魔法付与を我慢してきた。

 でも手放せなかった。辞めることは出来なかった。

 結果として、助かったと、驚いたと、喜んでくれるアレースに出会って。

 出会ったせいでソフィアは自身の本音に気づいてしまった。

 我慢したくない。

 もっと自由に作りたい。

 やらずに傷つくより、やって傷つく方が良い。

 アレースと出会わなければ、ガルブガングの名前が有名になる日は来なかっただろう。




「私を見つけてくれて、ありがとう」




 散々留置所で喚いていた、真っ白に染まった隣国の公爵令嬢は、祖国の使者に回収されていった。使者は令嬢の父親、リーク公爵ご本人だったらしい。ソフィアは直接会っていないので分からない。

 二度と国からは出さない旨の信書を携えたリーク公爵に、どうか術を解いてやってくれないかとアレースは言われたそうだ。アレースが魔法付与師であるガルブガングでないと出来ないと答えたせいで、ガルブガングであるソフィアの元に、リーク公爵直筆の手紙が届いた。

「………筆跡でバレそうで困るわ」 

 ガルブガングがソフィアだとバレるのは困る。女性だとバレるのも、正体のヒントを与えるようなものなので避けたい。ガルブガングが無名だった頃ならまだしも、有名となった今では、誘拐や脅迫のリスクを下げる為にソフィアはガルブガングについて〝何も知らない〟ことにしたい。

「代筆しますよ、ソフィア」

 秘密を知る限られた侍女のうちの1人であるベルーカと話していたところに、聞き慣れた声がかかる。

「アレース様!お忙しいのでは?」

「愛しい婚約者と昼食を摂りに一時帰宅する余裕くらいはありますよ。それに、あの真っ白い塊が元に戻れるのか、興味があります」

 彼女の身を案じているとかではなく、本気で知的好奇心しかないのだろう。

「効果が消えるタイミングは彼女がどのくらいの魔力を込めたか次第です。というか、さすがに試すとしても得体の知れない魔法が付与されているのだから少し流して様子を見る程度だろうと思っていたのですが…」

「あぁ、まぁ、自分に悪い事など起こるはずがないという謎の自信を持つ女性ですから───」

 まさか3ヶ月経った今でも魔法が解けないなんて誤算である。

「一応解術の手段も用意してます」

「解術?必要ですか?密偵からの報告だと未だに反省もせずソフィアに対しての恨み辛み罵詈雑言ばかり口にしているそうです。いっそ永久的に真っ白にしてやった方が良いのでは?」

 アレースは忌々しいと吐き捨てる。その様にソフィアは苦笑するしかない。悩んだが、万が一彼女が将来を悲観して自ら命を絶つようなことになればソフィア自身が後悔するのは明白だ。

「では、解術の方法は隣国の国王陛下にのみお伝えするのはどうでしょう。公爵では娘可愛さのあまり、ということも考えられますので、自国の貴族に対して責任を負う国王陛下が反省したと認めたら…ということで」

「異論はありません」

 まるで部下のように大真面目で返事をする彼がおかしくてソフィアは笑う。

「ふふ、私は幸せ者ですね。私は私らしく生きていいのだと思えるのですから。これも全て気づかせてくれた貴方のお陰です」

「私こそ、ソフィアに感謝しています」





 ───こうして。

 ここから始まった魔法付与師ガルブガングは、代々その名を受け継ぎ、長きに渡って続いていくこととなる。






[完]
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