魔法付与師 ガルブガング

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「引き続き手筈通りにお願いね」

 ソフィアはベルーカの不安そうな表情に、満面の笑顔で返す。

 数日後、ソクール子爵家が一家総出で領地に向かう日時をベルーカは知らせた。使用人が多くない子爵家では留守を任せられる人物がいないことまで書き添えて。もちろん、全てソフィアの指示である。

 その日時キッチリにゴロツキの集団が子爵家の裏門を突き破った、その馬鹿正直さにはソフィアも呆れるしかない。無人という設定なので、派手な音を立てても誰も様子を見に行かない。───行かないが、万が一に備えて静かに侵入しようという発想くらいないのか!と苦言を呈したい。何故敢えて門扉を壊す必要があるのか、憂さ晴らしか何かか。

 ベルーカが屋敷の地図も横流ししてくれた為、ゴロツキ達は迷わず地下まで降り立った。途中、金目の物を盗もうと言い出した者もいたようだが、まずは地下にいる人間を攫うという、リーク公爵令嬢の命令を優先したらしい。べラル公爵家はフェイクで、実はソクール子爵家に今話題の魔法付与師が匿われていると、彼らは本気で信じているのだ。あながち間違いでは無いが、今のソフィアは匿われているわけではない。

 彼らが地下へ続く階段の踊り場に降り立った時、ソフィアの仕掛けた罠が発動した。





「失敗したですって?」

 間借りしている伯爵家の別荘にて、隣国のリーク公爵令嬢は声を荒げた。

「は、はい」

 体格の良い怪我だらけの男が1人、小さく蹲るように座り込んでいる。「使えない」と令嬢が呟くと「始末しますか」と騎士が後ろで呟くように言うのを聞き、ゴロツキは慌てて顔を上げた。

「で、ですが!魔法付与師からコチラを奪いました!」

 禍々しいほど赤い宝石を差し出す。令嬢は片眉を吊り上げ、宝石を見下ろす。令嬢は顎で護衛騎士に行動を促した。護衛騎士は手袋をした手でゴロツキから宝石を受け取り、かざして眺める。鑑定魔法を掛けても危険性はないとしか判断出来ない。そもそも鑑定魔法は術者にとって既知の魔法しか割り出すことができず、初見の魔法では意味をなさないのだ。

「なんだったか、ああ、そう!なんか、白くなるヤツの試作品だとか言ってました!」

「白く…、きっと美白のことね」

 騎士は宝石を改めて眺める。所有者のみが使用できると話題の物とは異なり、どこにも名前などは見当たらない。宝飾品ではなく宝石単体なのも試作品だから、と考えれば納得出来る。これを持ち込んだゴロツキにでも実際に使わせてみるか、と考えている間に、護衛対象である令嬢に宝石を横取りされた。

「お嬢様」

「使ってみましょう」

 宝石を摘み微笑む様子は実に楽しげだ。

「お待ちください」

 危険ですと、制止しようとする護衛を無視して令嬢は宝石に魔力を流してしまった。





「きゃああああ───っ」





 子爵家の階段の踊り場で落とし穴という原始的かつ力技の罠に嵌った侵入者達6人は子爵家のホールで縛られ、床に転がされ、絶望的な表情をしていた。アレース自ら尋問をしたが、金で雇われただけの彼らでは役に立ちそうにない。雇い主を証言させたところで、社会的な信用度の低い彼らの言葉など誰も真面目に取り合わないだろう。

 ソフィアからは、元凶が罠にかかったか分かるまでの間だけ犯人達を拘束出来ればそれで良いと言われている。言われているが、アレースが納得できるかはまた別だった。

「いっそ去勢でもしてやるか」

 ぼそ、と呟く。運悪く聞いてしまった1人がヒィッと喚く。ソフィアは不思議そうに悲鳴の元を見遣った。彼女の視界を汚したと、更にアレースが鬼の形相で睨み付ける。

「貴方達の仲間の1人が無事にお使いを完了させられたらアレース様から助けてあげますよ」

 必要なのは飴と鞭。天使のように優しく優しくソフィアは微笑みかける。暗に、仲間が失敗したらお前らは地獄行きだと言っているのだが、気づかないのか頭が回らないのか、男達は縋るような目をソフィアへと向ける。

 がやがやと外が騒がしくなったことで、ソフィアは結果が向こうから来たのだと悟り、アレースと視線を交わした。

「ちょっと!どうしてくれるのよ、これ!!出てきなさい、ガルブガング!!」

 玄関ドアを開け放ち、現れた真っ白な塊が甲高い声で喚く。

「……………なるほど、白い、ですね」

 白いペンキを頭から被ったように白い。髪や肌もそうだが、目も鼻も口もパッと見どこにあるのか分からないくらい白い。全身の色素を失っている。しかもドレスまで真っ白。あまりの白さに彫りの浅い下手な石膏像のよう。例え着替えても彼女が纏った瞬間真っ白に染まる仕様である。試行錯誤をした甲斐があったようだ。

「色白になりたいと手紙で繰り返し要望してきたから叶えてみたの。白くなる、ただそれだけ」

 命の危険は全くない。しかも実はリーク公爵令嬢にしか発動出来ないようにしていた為、護衛などが使っても何も起きなかっただろう。

「べ、べラル公子様ぁ、助けて下さい」

 石膏像女は泣き真似をしながら、アレースへと手を伸ばし歩み寄ってくる。アレースは隣に居るソフィア側へと触れ合うほど近くに身を寄せた。

「───さすがに不気味で、近寄りたくありません」

「…まぁ、盗品を使うような方ですもの。見た目に関わらず距離を置くのは懸命かと思います」

 石膏像女が縋ってくるのは流石に怖いのね、と苦笑し、アレースを宥めるように背を擦る。我慢ならなくなったリーク公爵令嬢はカッと目を見開いた…が、肌も目の色素も睫毛も全て真っ白なのでよく分からない。

「なんなの!なんなの、アンタは!私を誰だと思っているの!!先程からべラル公子に対して馴れ馴れしいわね!!身の程知らず!恥を知りなさい!!」

 今にも掴みかからんばかりの勢いで石膏像女がソフィアに敵意を向け怒鳴り散らす。アレースがソフィアを背に庇うように間に立ち塞がると、ますますキイキイと喚き、最早言葉にもなっていない。

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