魔法付与師 ガルブガング

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 社交界の女性達がこぞって自慢する魔法付与品は特殊なものだ。まず、魔法付与を依頼する宝石を用意する。ネックレスでも指輪でも形状は問わないし、宝石の種類も不問。ただし、必ず台座などに持ち主のフルネームが刻印されている必要がある。更に美容に関する質問が書かれた紙をべラル公爵夫人から貰い、その品を身につける本人が記入して、魔法付与を依頼する品と共にべラル公爵家に送る。

 べラル公爵家で保護しているガルブガングという魔法付与師。その人物が質問用紙の回答内容に合わせて一つ一つに異なる魔法を付与しているらしい。例えば、乾燥肌で悩んでいると保湿魔法という、聞いたこともない新しい魔法を付与されてくるのだ。しかも乾燥の度合いによって魔法の効力も調節されているらしい。他にも新陳代謝を促す生命歓喜の魔法とか、血流の流れを良くする循環魔法など、どれもこれも初めて聞くものばかり。

 しかも、この魔法付与品は、刻印された名前の持ち主にしかその効力を発揮しないという。

 前代未聞。未知の魔法、特殊な付与技術。

 今では予約が半年待ちだとか。





「すごい、こんなにたくさん!あぁ、楽しい!」

 新しく公爵家の地下に作られた工房。そこに積まれた依頼の山を目の前に、ソフィアは生き生きと目を輝かせている。アレースとしてはガルブガングの知名度が爆上がりしたことで、ソフィアが狙われる危険性がかなり上がってしまい、だいぶ頭が痛い。

「ソフィア。これが復讐になるのですか?」

「ふふ、もちろん。そのうち怒って公爵家に乗り込んでくるんじゃないかしら」

 確かに珍しく斬新な魔法ばかりだが、攻撃を専門とする国の魔法師達は「くだらない」とガルブガングを酷評している。確かに流行を生みはしたが、目新しいものが持て囃されるのは今だけではないかとアレースは思う。

 よく分からないという表情で佇むアレースに、ソフィアはニンマリと笑った。

「女の敵は女です。男には分からない、女の戦いがあるのですよ」

「…理解は出来ませんが、協力は惜しみません。母上が乗り気ですしね」

 アレースどころか公爵家まで利用したのに、公爵夫人は嫌な顔一つせず、むしろ楽しそうに連日出かけていく。しかも自らが広告塔となり、社交界での影響力を駆使し、驚くほど迅速にガルブガングの美容専用魔法付与を広めてしまった。尚且つ、自分が申し込み窓口になる、矢面に立つと言って譲らず、ソフィアは押し負けてしまった。

 公爵や、次期公爵を初めとするアレースの兄妹達も反対せず、むしろ張り切って地下室を改装してソフィアを囲いこむだなんて予想外過ぎてソフィアには逆らえなかった。

 アレースを利用してやると開き直っただけなのに、どうしてこうなったのか!

 考え事をしつつ、筆跡判定魔法を手元の紙にかける。筆跡から辿った生命力の持ち主が、最後の署名の本人かを識別する為だけの魔法だ。名前はその魂を縛るもの、偽りか否かを判別することなど容易い。

 人を傷つけない魔法付与を考え、開発したソフィア独自の魔法はたくさんある。その全てが使い道のない無意味なものだとしまい込んできた魔法だ。

 効果を持ち主に限定させれば、その人の死後は単なる装飾品でしかない。大叔父の嘆きに対し、ソフィアの出した答えだ。



 □□□□□□□□



「どうして!どうしてなのよ!!」

 握り締めた便箋。それはガルブガングを名乗る人物からの制作依頼を拒否する手紙だ。

 何度依頼しても、ガルブガングが指定している依頼料の数倍の金額を提示しても、答えは一緒。偽名を使って依頼しても見抜かれる。

 常に社交の最先端に居なくては気が済まないのに、話題の品が自分にだけ手に入らない。べラル公爵夫人に力添えを願う手紙を送っても、それは自分の管轄外だとしか返ってこない。

 以前、アレースの婚約者になるのは自分だと信じていたのに裏切られた際、前触れもせずべラル公爵邸に乗り込み、祖国から厳重注意を受けている。さすがに二度目はないと嫌でも理解していた。

「お嬢様、潜入している者からの情報です」

 荒ぶる感情のままに高級品を投げ散らかす令嬢に対し、臆することなく使用人は声を掛ける。

 す、と顔を上げた令嬢は、使用人の差し出す封書を奪い取る。

 封書を開け、一通り中身を読み、ふふ、と令嬢は笑みを零す。

「───準備しましょう」





 ソクール子爵家で働くメイドのベルーカは非常に困惑していた。

 ベルーカは元々隣国のリーク公爵家で働いていた。誤って高級な茶器を割った罰として、弁償代を全て支払うか、ソクール子爵家に潜入するか、どちらかを選べと迫られ、後者を選んだのである。ソクール子爵家の情報を事細かに報告する密偵だ。

 密偵なのだが…

「ちゃんと伝えてくれた?」

 にこにことソフィアが微笑む。

「あ、はい。ご指示の通り報告しましたが───」

「ふふ、ありがとう」

 ソフィアに手渡すようにベルーカが命じられた小包。令嬢がメイドに包みを開けるように指示することも珍しくなく、一歩間違えればベルーカが開けていたかもしれない。ベルーカが怪我をしても、例え死んだとしても、別に構わないというリーク公爵家の意図が露骨で、ベルーカは絶望を覚えていた。

 そこにソフィアから「貴方、実は密偵でしょう?」と囁かれれば、既に忠誠心を失っていたベルーカは素直に認めていた。

 そもそもリーク公爵家で割れた茶器だって、癇癪を起こした令嬢がベルーカに向けて投げつけた結果割れたのである。何故それをベルーカが弁償しなくてはならないのか、離れて冷静になった今だから疑問に思う。


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