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しおりを挟むどうしたものかと思案していると、端の焦げた紙切れが落ちているのに気づいた。拾い上げて確認しようとするソフィアを公爵家の騎士達が制止するが、最早構っていられないとばかりに目を通す。一応、犯行声明文なのだろうか。アレースと別れろ、という内容である。ただそれだけ。
この贈り主は、たったそれだけの為に動いたのか。人が死ぬかもしれないと理解していたのだろうか。
贈り主と製作者が同じかどうかはわからない。わからないが、製作者は誰かが死ぬかもしれないと理解していたはず。
脳裏に大叔父の声が蘇る。
───作った後、それこそ製作者が亡くなった後まで責任が持てないなら作るべきでは無い。
それは、大叔父であり師でもある先代ガルブガングがソフィアに繰り返し言い聞かせたことだ。繰り返し、繰り返し。だから大叔父は防御魔法しかソフィアに教えなかった。目を閉じ、唇を噛み締め、湧いてくる不快感に耐える。その様子を見かねたのか、公爵家の騎士が話しかけてきた。
「実は───」
このような内容のカード付きで、今まで何度も何度もソフィア宛に届けられていたらしい。触ると皮膚が爛れる便箋、害獣の生首、害虫の詰め合わせ、毒入りの菓子など。それこそアレースとの婚約が表沙汰になった日から始まったという。
防御魔法は物理的な衝撃を受け流す術である。触るだけで怪我をするなら恐らく防御魔法は反応しない。精神的なダメージを目的とした嫌がらせにも、体内で効果を発揮する毒物に対しても無力だ。
防御魔法だけでは大切な人達を確実に守ることが出来ないかもしれない。
───そんなのは絶対に、嫌。
□□□□□□□□
「ソフィア!」
アレースが到着したら通すようにとソフィアが指示した通り、彼は慌ただしく飛び込んできた。飛び込み、唖然としている。
「ようこそ、ガルブガングの工房部屋へ」
一見行き止まりにしか見えない壁。そこに掲げられた絵を決められた方向と回数に回転することで現れる階段の先にある部屋。晩年大叔父が隠れていた工房であり、生活の場でもあった地下室である。地下に続く仕掛けも、地下室と地上間で空気を循環する仕組みもガルブガングが作成したものだ。間違いなくガルブガングの為の工房だ。
棚に並ぶ魔晶石や宝石の欠片などはソフィアが集めたものであり、現役で使用しているものだ。その一方、天井から吊るされた薬草は魔法付与ではなく薬の調合に使うものだったりもするが。いずれにせよソフィアが現在のガルブガングなのだから、ここをガルブガングの工房部屋と称するのは正しいはず。
「ソフィア、無事ですね?」
「え?…えぇ、もちろ───」
てっきり憧れのガルブガングの工房を夢中になって眺めるかと思っていたが、意外なことにアレースは真っ直ぐソフィアの元に駆け寄って抱き締めてきた。
離して欲しいと訴えようとしたが、ソフィアを抱き締める手が力強いのに震えているのが分かってしまい、大人しく身体の力を抜く。
「お陰様で私は無事です」
「いえ、貴女の魔法付与あってのことです。貴女を守りたいのに、結局貴女の力添えがなくては貴女を守れない。私はいつも貴女に守られているのだと身に染みました」
アレースの言葉の意味はよく分からない。ソフィアを守るための人員を配置したのはアレースだ。ガルブガングの魔法付与製品を購入し、騎士達に装備させたのもアレースだろう。ソフィアはただ作っただけという意識が強く、アレースを守ったという覚えもなければ実感もない。
───まぁ、それはそれとして。
ソフィアは咳払いをして近付いてくるアレースの顔に掌を突きつけた。
「一連の犯人ですが、既に目星はついていらっしゃるのですよね?」
根拠もない思いつきだったが、問いかけると、アレースの身体が強ばった。どうやら賭けに勝ったらしい。よし、と気合を入れたのが伝わったらしく、墓穴を掘ったことに気づいた彼の視線が彷徨う。
「─────この件は任せて頂きたいのですが」
「嫌です」
「危険ですので───」
「嫌です」
「………」
「嫌です」
「……………」
以前似たようなやり取りをしたなと思いつつ、ソフィアは意図的に美しい満面な笑顔をアレースに向ける。
「アレース様、私に利用されて下さい」
「喜んで」
アレースは迷わず答えた。躊躇いすらない。言っておいてなんだが、それで良いのかとソフィアの方が面食らう。
□□□□□□□□
「ねぇ、届きました?」
今日も夜会で女性達は囁き合う。
「えぇ、本当に届きました」
「私も受け取りましたが、本当に素晴らしいですね」
「さっそく身につけてきましたのよ」
「私もですわ」
「私も」
魔法付与の装飾品は確かに高値がついている。だが、あくまで局所的な需要しか無かった。
例えば防御魔法を付与した品。防御魔法は物理衝撃を受け流すものであり、常に命を狙われている人や前線で戦う人などが必要とするものだ。宝飾品に付与するのに、宝飾品を主に使用する女性には需要がないのである。
そんな市場を逆手に取り、べラル公爵家とガルブガングという魔法付与師が提携し生み出された新たな魔法付与品が今話題となっている。
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