魔法付与師 ガルブガング

ひづき

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「ですが、他でもない命の恩人である貴女が望まないのであれば諦めましょう。───それはそれとして結婚して下さい。貴女が自由に好きなことをしていけるよう、傍らで守らせて下さい。貴女の守りたいものを一緒に守らせて下さい」

 まだ馬車から降りないのかと子爵家の人々が馬車の様子を伺っている。それのざわめきがなければ、うっかり頷くところだった。





 毎朝の週間でソフィアは特定の新聞に目を通す。用があるのは広告欄だ。一定の金額を支払えば誰でも広告や私信を掲載できる為、他人にはよく分からない内容も多い。宝飾ギルドからの、ガルブガング宛の依頼や伝言もまたこの広告欄に載せられてくるのである。ソフィアの正体を伏せる為に指定した方法だ。互いに決めた符号で解読しなくてはならないのは面倒だが致し方ない。

「………?」

 解読してもよく分からない。とにかくガルブガング作品の需要が急激に高まっている、警戒しろ、的な内容だ。

 需要が高まるとは。近々戦争でも起きるのだろうか。それならば結界魔法を付与した品が求められるのは理解ができるかもしれない。もしそうだったとしてもガルブガングに拘る必要などないはずだ。市場全体が値上がりしないとおかしい。

 ふむ、と考え込んだソフィアを、ボンッという爆発音と軽い振動が襲った。

「な、なに!?」

 慌てて部屋を飛び出したソフィアを、メイド達は「お待ちください!」と止める。安全が確認できるまで部屋にいてくれと懇願する。それを振り切って裏口から飛び出すと、公爵家から派遣されてきた騎士達が円陣を組むように立ち尽くし、その近くに座り込む当家のメイドが2人ほど。

「報告を。一体何が起きたの」

「ソフィア嬢!」

 公爵家の騎士達が一列に並び直し、お辞儀をする。彼らが先程まで囲んでいた場所には何らかの焦げた残骸が見えた。

「お、お嬢様、報告致します」

 そういって口を挟んだのは座り込んでいた当家のメイドだ。同僚に支えられながら震えつつ口を開く様は哀れにさえ見える。

「貴女は、ベルーカだったわね?」

「………は、はい」

 まさか名前をご存知だったとは…、そう呟きつつ、彼女は姿勢を正す。

「この周辺の掃き掃除をしていたところ、見知らぬ女性からお嬢様宛にと小包を預かりました。ある方の遣いだとしか名乗らず、渡せば分かるとしか言わずに立ち去ってしまいました。それで───」

 メイドのベルーカの視線が隣に立つ騎士へと向けられた。騎士の青年は頷き、話を引き継ぐ。

「ソフィア嬢宛の手紙や荷物は全て我々が検査し安全を確認しております。ソフィア嬢には伏せるよう命じられておりましたが…、実はソフィア嬢宛の荷物に何度か危険物が仕掛けられており、今回は恐らく我々の検閲に気づいた犯人が直接メイドに接触したものと考えられます」

「危険物…、それが先程の爆発だと?」

「はい」

「異変に気づいた騎士様達が私を庇い、身を呈して守って下さったのです」

 身を呈して。それは言葉通りなのだろう。恐らく爆発物を騎士達で取り囲み、壁となって影響を押さえ込んだのだ。ソフィアは眩暈を覚えて額を押さえる。

「なんて危険な…」

「我々は全員、アレース様から配布されたガルブガング氏制作の防御魔法付与品を身につけておりますから心配いりません」

「……………」

 ガルブガング作品の需要高騰の原因はアレースだったらしい。思わず脱力する。

 魔法を付与した宝飾品はそんなに安くない。他の魔法付与宝飾品に比べればガルブガング作品は安いけれど、そこまで安くない。それを戦争に赴くような国家騎士ならともかく、いち貴族家に過ぎない公爵家の騎士に、しかも格下の子爵家に貸し出されている騎士全員に持たせるなど非常識にも程がある。信じられない、というのが本音だ。公爵家の財政はソフィアの想像を何倍超えているのだろうか。大変恐ろしい。

「守って頂き感謝致します。ですが、付与された魔法は絶対的なものではありません。過信して無理はなさらないで下さい」

 万が一のことがあったらと思うと、ソフィアとしては生きた心地がしない。

 命を狙われる心当たりがないわけではない。なにせソフィアの婚約者は令嬢達の憧れの的である。嫉妬に狂った者がいても不思議では無い。むしろ今まで気づかなかったのがおかしいのだ。

 ソフィアが気づかないよう、恐れを抱かないよう、細心の注意を払って守る。それを指示したのはアレースなのだろう。真綿で包むような守り方だ。

 有り難いとは思う。だが、当事者なのに爪弾きにされるような状況は気に食わない。

「取り敢えず、アレース様に一報を入れて頂いてもいいかしら」

「は。直ちに」

 公爵家所属の騎士達は当たり前のように動き出す。命じておいて何だが、子爵令嬢如きの指示によく従うものだと呆れたような感心したような複雑な胸中で嘆息した。公爵家に仕える騎士なら大半が子爵家より高い身分のはず。まるでアレースとの婚姻が確定した未来のようで頭が痛い扱いである。
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