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しおりを挟むアレースの婚約者としてソフィアが公爵家の皆様に紹介された際、異様な程歓迎された。特に泣いて喜んで下さったのが公爵夫人であり、ソフィアは定期的に夫人に招かれて公爵家に赴いている。乗り心地が良すぎて緊張する公爵家の馬車で。仕事を抜け出してきたアレースという護衛付き。幸いアレースは送迎の時にしか同席しないので、夫人に会っている時は夫人だけを警戒すれば良い。
「お招きありがとうございます、夫人」
「ソフィアちゃん、義母様と呼んでいいのよ!!」
「───まだ婚約の身ですので」
テラスやサロンなどで夫人とお茶を飲みながら、ひたすら夫人の話を聞くだけの時間である。マナーも話し方も気にかけない方のようで、どうにか息子には相応しくないと言わせたいと頑張ってみたが無駄だった。最初の数回で心が折れたソフィアは最早大人しく話を聞くだけに留まっている。
「───でね、あの子ったら」
たまにはソフィアちゃんのお話が聞きたいわ、などと言われ焦り、咄嗟に「アレース様がどのような子供だったのか知りたいです」などと心にもないことを口にした結果、まぁ!と声を上げて夫人が目を輝かせ、期待に応えようと気合いが入ってしまった。ソフィアは自分が上手く笑えているのか、心底自信が無い。
「───アレースはね、泣きもしない、笑いもしない、不気味な子だったわ。それだけならまだしも、人の痛みも理解出来なかったの」
目の前で姉が転んでも無反応。兄に罵倒されても無反応。妹が泣いても無反応。
心配する、傷つく、言い返す、困惑する、そういった反応が全く見られない。感情の欠如が著しい、気味の悪い子供。
「私は必死に、家族は守るべきものなのだとあの子を諭したわ。そうでもしないと気にかける価値すらないものとして捨てるのではないか、この子は本当に孤立してしまうのではないかと怖かったから。───そんなある日、アレースは妹の家庭教師を殺そうとしたのよ」
「……………、唐突ですね」
遠い目をする夫人に対し、何と言葉を返したらいいものがわからず、ソフィアもまた遠い目をするしかない。
「その家庭教師はね、家族や使用人達の目を盗み、アレースの妹に体罰を施していたの。痕が残らない程度ならバレないと思っていたのでしょう。───家族は守るべきものだから、害するモノを片付けた。アレースにとってはその程度のことだったみたい。もう少しでトドメをさせそうだったのに何故止められたのか分からないと心底不思議そうにしていたわ」
「……………………、極端ですね」
家族愛が芽生えて良かったとは言えない。
「夫はアレースを良くやったと褒めるし、私は思わず夫に怒鳴ってしまったわ。このままではアレースが単なる加害者になりかねない。証拠を押さえ、こちらの正当性を動かぬものにしてから手を出さないとダメでしょう?」
「…………………………」
───え、そういう問題?
高位貴族の常識は物騒なものなのか、あるいは、目の前の公爵一家が独特なのか。
「その件をキッカケに、表情も武器になるのだと夫はアレースに教えるようになったわ。結果が今の胡散臭い作り笑顔よ」
確かに胡散臭い。
頷きかけ、いや流石に同意したら問題なのではと思い至り、動きをぎこちなく止める。その様に夫人はクスクスと笑いを零した。
「いいのよ、いいの。貴女は他のご令嬢とは違って本当に色眼鏡なしでアレースを見てくれるのね」
社交の場でアレースのことを噂する女性達の色めき立つ様を思い出す。
『柔和な笑顔が素敵』
──胡散臭いの間違いでは?
『誰にでも分け隔てなく接してくれる』
───誰にも興味が無いだけでしょう?
『凛々しい』
───まぁ、見目の良い公爵夫妻の子供だし当然の結果よね。
心の底からソフィアはアレースを素敵だと思ったことはないし、騒ぐ女性達の心理を理解できなかった。毎回異なる輝きを見せる魔法付与作業の方が好きだ。
「貴女がアレースの婚約者になってくれて良かった」
独り言に過ぎないとばかりに呟かれ、それが夫人の本心だと知る。出来ることなら今すぐ婚約解消したいし、逃げ出したい。そんなソフィアの心には重い呟きだった。
「いえ、私なんか───」
もっとお似合いの人がきっといます!早まらないで!そう説得しようとするが、有無を言わさない笑顔で遮られてしまった。
「今までアレースを目的に我が家に接触してきたご令嬢は皆、明らかに目の色が違って怖かったけれど、貴女は明らかに違う。我が公爵家は絶対に貴女を逃がさないから覚悟してね!」
「……………」
恐らくだが、調合師の活動が知られたところで動じないだろうな、と。ソフィアは、ふふ、と笑みを零した。頼むから逃がして欲しい、と言ったところで無駄らしい。
「あぁ、ソフィア。いつも母が申し訳ありません」
全ての元凶がキラキラしい笑みを浮かべて出迎える。アレース、全てこの男が悪い。
「本当に、何故私なのですか!貴方なら引く手数多でしょう?選り取りみどりでしょう!」
今更な問いかけだ。ガルブガングへの手がかり、それがソフィアだから、それだけなのだろう。
怒鳴りつけたところで、アレースは動じない。
「貴女をお慕いしております、ソフィア」
返ってくるのは、いつも通りの定型文。
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