魔法付与師 ガルブガング

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 公爵家から子爵家への申し出を、格下の子爵家側から断る事など出来ない。

 とはいえ、彼の目的はガルブガングへの縁繋ぎ。

「光栄です。で?いつ頃婚約を破棄する予定なのでしょう?」

 ソフィアは口元だけ微笑んで首を傾げる。その目は笑っていない。笑えない。

「まだ婚約式も行っていないのに破棄ですか」

 面白い冗談だとアレースは優しく微笑む。彼の目も笑ってはいない。

「始まれば終わるものでしょう?破棄しなければ結婚することになりますよ」

「それはもちろん。その為の婚約ですから」

「あらあら。私との婚約は目的の人物に会うための手段に過ぎないはず。本気で一生を私と添い遂げる覚悟などお持ちでは無いのでしょう?」

 扇子を広げ、その影でホホホと笑う。

「人生を賭けるだけの価値はあると思ってます。私では貴女に相応しくありませんか?」

 そのセリフだけ聞けば熱烈に口説かれているかのようだ。否、確かに口説かれている。ただし、女性としてではなく、ガルブガングに会うための手段として、だ。覚悟を決めて扇子を閉じ、ソフィアはハッキリとアレースを睨みつけた。

「婚約のお申し出、お断り致します」

「…何故?」

 断られるとは思っていなかったとばかりに目を見開く様さえ凛々しい。そんなアレースの佇まいが更にソフィアの怒りを煽る。

「貴方様の言い分は私という人間を軽視しているとしか思えません」

「偽りの愛を囁くより誠実だと思うのですが」

「貴方様が誠実なのはご自身の願望に対してのみでしょう。何故私が貴方様の願望を叶えるための踏み台にされなくてはならないのですか!それとも、私が下級貴族だから踏み躙っても良いとでも?馬鹿も休み休み仰ってください。誰かに人生を利用されるなんて私は絶対に嫌です!!」

 家族に累が及ばないよう、絶縁状を書いて家出しよう。公爵家に逆らうのだ、自分一人の犠牲で収まるなら安いものだろう。ソフィアは持ち出す最低限の荷物を頭の中で指折り数えつつ、相手を睨み続ける。

 ぽかん、と。間抜け面を晒したアレースは、少ししてから我に返り、ソフィアの前に片膝をついた。

「結婚、して下さい」

「…」

「…」

「…私、嫌だって言いましたよね?嫌です、お断りします」

「ええ、確かに聞きました。私と結婚して下さい」

「嫌です」

「私と結婚して下さい」

「お断りします」

「私と結婚して下さい」

「しつこいですね、嫌ですってば」

「何度でも挑みましょう。結婚して下さい」

「嫌」

「結婚して下さい」

「嫌なものは嫌です!」

 そんなにガルブガングに会いたいのか。そもそも本当に目的は感謝を伝えるだけなのか。公爵家に閉じ込めて専属として働かせるつもりなのではないか。

 凛々しいアレースが笑みを消し去り、真顔で求婚を繰り返す様は異様としか言えない。怖い。

「結婚しましょう」

「……………わかり、ました」

 どのみち家出することに変わりない。アレースが立ち去らないことには家出の準備も出来ないので、一旦承諾しておこう。

「では、必要書類の作成を急ぎましょう」

 ソフィアは頬を引き攣らせた。未だに手を離して貰えない。アレースが立ち上がる間も、立ち上がってからも手を離して貰えない。嫌な予感がした。

「あの、何故私の手を掴んだまま歩き出すのでしょう?」

「ソフィア嬢のご家族にご挨拶しなくてはいけませんから。そのまま私の馬車で公爵家へ案内させて頂きますね」

「こ、公爵家ですか!?無理!無理です!公爵家に行けるような服を持ってませんし!!」

「では、公爵家に行く前にブティックに行きましょうか。婚約の記念に贈らせて頂きたい」

 どうしよう、嬉しくない。そんな本音を口に出せるはずもなく。



 □□□□□□□□



 その日、アレースの目の前に幾つもの魔法付与品が並べられた。全て防御魔法が付与されているという。複数身につけると相殺されて効果が半減する為、どれか一つを選ばなくてはならない。

 家に代々伝わるもの、公爵家に媚を売りたい貴族達から贈られたもの。どれもこれも戦場に似つかわしくないゴテゴテとしたものばかり。それに埋もれていたのがシンプルで小柄な、姪から贈られたネックレス。鎧の下につけていても邪魔にならないところが気に入り、手に取った。



 爆発音に、粉塵。仲間達の防御魔法が破られ、魔法を付与されていた宝石が次々に音を立てて割れていく。宝石が砕けると、防御魔法も消え失せ、鎧を着ているとはいえ心許ない生身が曝される。

 その隙を逃すなとばかりの追撃を、アレースは身を呈して阻んだ。不思議なことにアレースの防御魔法は全く壊れない。揺らぎもしない。

 流石公爵家の魔法付与は違う、そのように言われたけれど、後に姪に聞いたところ「どうせ家宝を戦場に持っていくだろうと思ったから一番安いのを選んだの」と言われて唖然とした。確かに単なる宝飾品なら安いだろう。その辺の露店で売っていそうな見た目である。だが、込められた魔法の強度は他者を圧倒するほど群を抜いて優れている。

 騎士は身体が資本だ。歳を重ねれば、あるいは怪我でもすれば引退を余儀なくされるだろう。引退後、この魔法付与をした人物が相応の評価と、正当な報酬を得られるように主導したいとアレースは考えた。


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