魔法付与師 ガルブガング

ひづき

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 煌びやかな夜会の場。そこに姿を現すだけで会場中の視線と話題を掻っ攫う話題の人物は、感情の見えない凛々しい表情で堂々と姿を見せた。

「ベラル公爵家のアレース様がいらしたわ!」

「いつ見ても素敵」

「えぇ、本当に」

「また一段と素敵になられたのではなくて?」

 彼は現在、自国の独身男性の中で最も爵位の高い男性である。騎士団に所属し、上官からの覚え目出度く昇進は必至。公爵家の次男なので家を継ぐ可能性は低いが、王家を支える為に将来個人の爵位で家を興す予定の人物である。もちろん優秀な婿を欲している女性達からも喉から手が出る程欲しい逸材だ。何より顔が良い。

「アレース様が結婚相手に選ぶ方はどのような女性なのかしら」

「是非とも拝見したいものですわ」

「もし選ばれたなら、きっと天にも登る気持ちでしょうね」

「ええ、ええ!」

 きゃっきゃっと騒ぎ立てる女性達の群れの隅に加わり、当たり障りなく同調しながら微笑む。そんなソフィアの内心は醒めていた。あのような人気者の婚約者など誰がなりたいものか、選ばれたら最後、嫉妬に狂い豹変した女達に何をされるか分からない。下手したら命の危機にさえ発展するだろう。

 ソフィアにとって関わりたくない人物。それがアレースという男である。

「───そういえばお聞きになりました?」

 隣にいた令嬢に話しかけられ、ソフィアは控えめな笑顔を取り繕う。

「なにをでしょう?」

「アレース様が縁談を悉くお断りする理由ですわ!」

 心底どうでもいい。

「まぁ!何かご存知ですの!?」

 うっかり本音をぶち撒けそうになったソフィアをよそに、別の女性が身を乗り出して問い返す。助かった、と安堵している間にも、何だ何だと女性達が興味を向けてくるのでソフィアは慌てて表情を取り繕う。

「とある御方が、自分が断られるなんて受け入れられないと、納得出来る理由を提示しろと公爵邸に乗り込んだそうですの」

 とある御方とやらは、フラれた理由を聞くためだけに我が国の筆頭貴族であるべラル公爵家に怒鳴り込む大胆な女性。…そういえば、今話をしている伯爵令嬢の従姉に隣国のリーク公爵令嬢がいたな、と誰しもが思い浮かべた。その従姉姫は大変気が強いことでも有名だったはず。伯爵令嬢は、その従姉姫にいつも侍女のように扱われ憤慨していた。なるほど、実像を隠す気のない噂話で憂さ晴らしがしたいらしい。底意地の悪さは流石血縁者とでもいうべきなのだろうか。

「ふふ、あらまぁ、そのように行動力に溢れた方なのですね」

「そこが選ばれない理由だとは思わなかったのかしら」

 誰のことか分かりませんという顔をして、他人事だからとクスクス笑い合う。陰湿だとは思うが自身に刃が向けられては堪らない。保身の為に集団に混ざってはいるが別の角度から見た場合の保身も考慮して口を開かない。そんな令嬢がソフィアの他にも何人か見受けられた。

「そんなことより、アレース様は何と?」

 早く結論を!と、空気を読まずに割り込んだ小柄な令嬢に対し、数人は不満気な視線を向けたが、本気でアレースを想っているらしい彼女の様子に嘆息するだけだった。

「アレース様は、お見合いは人探しの手段に過ぎないと」

「人探し?」

「今はご結婚なさるつもりが無いということかしら?」

 女性は出産の都合もあり婚姻は早い方が良いとされているが、男性の初婚はそこそこ年齢が落ち着いてからでも周囲からとやかく言われることはない。仕事も安定し、心にも経済的にも余裕が出来てからの結婚の方が、下手な若造に娘を任せるよりは数倍安心出来るというのが娘を持つ親達の意見である。

 それを踏まえればソフィアと同じ年齢であるアレースに結婚を急ぐ必要などないのだ。今まで数々のお見合いを立て続けに行ってきたことの方が不自然。一時は現公爵が病か何かでアレースの兄君に爵位を譲るのが早まり、それに連動してではないかと人々の不安を煽ったほどの不自然。

「お見合いを手段とする、つまり、目的の人物は結婚適齢期の女性、ということ…?」

「お相手が独身、しかも未だ婚約が不在でないと意味の無い手段ではなくて?」

 その女性に何か恨みでもあるのだろうか、とソフィアは思った。目標の人物と出会えたとして、その後改めて結婚相手を探そうにも一度お見合いで断ったご令嬢との再縁は望めないだろう。数年後、デビュタントを迎えたばかりの女性を妻に望むなら問題ないかもしれないが、今現在のお見合い騒動を記憶している親御さんなら娘の幸せを考えアレースを警戒する恐れもある。結果的にアレース様はまともな結婚が出来なくなるかもしれない。それでも、その手段を選んだ。捨て身の覚悟なのかと呆れてしまう。

「アレース様は無自覚の恋をなさっているのでは!?」

 悩む一団の中で、突然目をキラキラさせながら声を上げた令嬢がいた。誰しもが思考を中断して声の方に向き直る。

「───なんですって?」

「ずばり、無自覚の恋ですわ。どうしても再会したい!でも!その理由はご自身にも分からない!相手が既婚者でなく未婚であるというのは、そうであって欲しいという期待の現れに違いありませんわ!!」


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