何度目かの求婚にて。

ひづき

文字の大きさ
上 下
2 / 4

しおりを挟む



「それを?私とお前でやるって?」

「そうだ」

 アシュートは本気で言っているらしい。金色の目がレクスを射抜く。

「他の相手を探せ」

「何故」

「それをやったら、うちの血筋が絶えるからだよ」

 王家は第一王子もいるし、王弟殿下の血筋もいるから、第二王子に子供が出来なくても良いのだろう。しかし、男爵家の生き残りであるレクスは別だ。

「最もらしいことを言って逃げるな。お前自身は血筋に価値なんて感じてないだろ」

 さすが幼馴染。バレバレだ。レクスは容赦なく舌打ちする。

「ああそうだよ、血を残すことになんか興味無いね。私は女性と最高に気持ちいい性交がしたい」

 恥ずかしげもなく堂々と宣言する。変なところで男らしい。

「お前も結構アホだよな」

「お前がアホなことを言い出したからだろ。絶対に私はお前と呪術婚なんかしないからな!」

 レクスの宣言にアシュートが目を細めて席を立った。レクスはデスクの上を一瞥する。まだ日は高いが、決裁待ちの書類の山は綺麗に片付いている。許容範囲だなと判断し、頭の中で今週分の業務予定を組み立て直す。手が空いたなら前倒しで何かやらせよう、そんなことを考えていたレクスはアシュートに後ろから抱き締められた。

「おい、アシュート。いい加減にしろ」

「悪いな、レクス」

 ちくん、と首筋に痛みを感じると同時に、ガクッと身体が重力に逆らえなくなる。瞼が重い。

「あ─────」



 □□□□□□□□



 深い赤褐色の髪、紅玉のような瞳。凛とした佇まいで目を伏せれば、その様を目撃した有象無象が息を呑む程に艶やかで美しい。例えその身が男でも手篭めにしたいと望む者は後を絶たない。その湧き出る羽虫達を片っ端から潰しているのがアシュートである。

 見た目は美しいのに、口が悪い。そのギャップを知るのはレクスと本当に親しい人間だけ。最初は見た目に惹かれたが、中身を知るほど離れがたくて。

 レクスを手に入れる障害となるから王位なんて要らない。国王夫妻、第一王子ともその方向で取り引きが済んでいる。無能を演じて反国王派を寄せ付けつつ、暴走しないよう裏から手を回してコントロールする。それがアシュートの役目だ。

 腑抜けてみせ、弱音を吐いて、レクスに甘える。それもアシュートの一面だ。自分がついていなくてはダメだと思わせてレクスが離れないよう仕向けているのも事実。その一方、レクスがいなければ公務などやる価値は無いと本気で思っているのも事実であり、国王一家はそれを重々理解している。理解溢れる一家はレクスとの仲を反対すれば国を滅ぼすかもしれないと、そのくらいアシュートを危険視している。それを可能に出来る程の機密情報、その証拠を手にしているのを少年時代に見せつけて今の立場に落ち着いた。



 現在、アシュートの自室にレクスを滞在させている。正確にはアシュートがレクスを軟禁している。元から距離が近いと噂された2人が、何日も自室に篭もり、しかもレクスは一切姿を見せない。これはとうとう一線を越えたのだろうと城中盛り上がっている。その噂は爆発的に社交界に広がり、一大醜聞スキャンダルと化している。

 貴族にとって醜聞スキャンダルは致命的だ。真実か嘘かに関わらず、社交活動に、ひいては政治活動に差し障る。最早、レクスがアシュートの〝お手つき〟であることは誰も疑わない。

 疑わないが、残念ながら事実とは異なる。

「なぁ、いつまでここにいればいいんだ?」

 最初は意識のない隙に既成事実を作ろうとしたのだが、嫌われたらと思うと何も出来なかった。どうしてもレクス相手だと強気になれない。アシュートの悩みであり、弱点だ。

 女が夜這いに来ても、レクスが部屋にいれば頼もしいから一緒にいてくれという、よく分からない理由で留まることを強要している。半泣きで一緒にいてくれと言えば拒否されなかった。なんだかんだ言いつつアシュートに甘いのがレクスである。

「うーん、もう少し、俺達の噂が広まるまで、かな」

「…はぁ、まったく」

 世間的に恋人同士だと広まる。呪術などで縛ったわけではないので縁談が途絶えることはないだろう。

 むしろ、女の良さを教えてやる!という肉食系が暴走するのではないかとレクスは心配している。アシュートとしては、ますます変な輩がレクスを狙うかもしれないと懸念している。2人の気持ちは方向性こそ似ているし、お互いのことを考えてはいるが、どうにも噛み合わない。

「…レクスに嫌われるのは嫌だなぁ」

 一番の不安はそこである。ここ数日、自室に閉じ込めているのに、同じ寝台を使っているのに、それでも手を出さないのはその不安があるせいだ。理性などではアシュートの衝動を止められない。

「今更お前を嫌いになんてならないよ」

 ソファで優雅に茶を嗜みつつレクスは余裕を見せる。その慈愛に満ちた笑みに、アシュートはようやく気づいた。レクスの恋愛対象にアシュートは入っていない。意識されていない。

「レクス」

 レクスの肩を掴み、伸し掛る。

「ん?」

 この瞬間も心臓が弾けそうな程ドキドキしているのはアシュートだけ。何とも虚しい。レクスの額に口付けを落とす。何をされたか分かっていないのか、瞬きを繰り返している隙に、レクスの頬にも口づけをする。

「ん…っ」

 ちゅ、というリップ音に擽ったさを覚えたレクスが甘い吐息を漏らす。アシュートは身体が熱くなるのを覚えつつ、薄い唇に噛み付いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エルフの王子と側近が恋仲になるまでの長い話

ちっこい虫ちゃん
BL
レンドウィルはエルフの国の第一王子。部屋に突然忍び込んできたエルフの男の子ジハナと交流を深めます。レンドウィルは自分を対等な子供として接してくれるジハナと遊ぶのが楽しく、いつしか彼に向ける想いは恋に変わりました。 彼らが仲良くなって、大人たちに怒られながらも全力で遊び、ゆっくり恋をして、それぞれ一人前になるまでの物語。 幼少期: 優しい自尊心低め王子 × 悪戯好きな城下の子 2人の関係が進んだら追記します。

王子様と魔法は取り扱いが難しい

南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。 特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。 ※濃縮版

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

人嫌いの錬金術師と過保護な息子たち

空き缶太郎
BL
人嫌いでコミュ障な天才錬金術師と、彼を支える息子たちのお話。 健全版

周りが幼馴染をヤンデレという(どこが?)

ヨミ
BL
幼馴染 隙杉 天利 (すきすぎ あまり)はヤンデレだが主人公 花畑 水華(はなばた すいか)は全く気づかない所か溺愛されていることにも気付かずに ただ友達だとしか思われていないと思い込んで悩んでいる超天然鈍感男子 天利に恋愛として好きになって欲しいと頑張るが全然効いていないと思っている。 可愛い(綺麗?)系男子でモテるが天利が男女問わず牽制してるためモテない所か自分が普通以下の顔だと思っている 天利は時折アピールする水華に対して好きすぎて理性の糸が切れそうになるが、なんとか保ち普段から好きすぎで悶え苦しんでいる。 水華はアピールしてるつもりでも普段の天然の部分でそれ以上のことをしているので何しても天然故の行動だと思われてる。 イケメンで物凄くモテるが水華に初めては全て捧げると内心勝手に誓っているが水華としかやりたいと思わないので、どんなに迫られようと見向きもしない、少し女嫌いで女子や興味、どうでもいい人物に対してはすごく冷たい、水華命の水華LOVEで水華のお願いなら何でも叶えようとする 好きになって貰えるよう努力すると同時に好き好きアピールしているが気づかれず何年も続けている内に気づくとヤンデレとかしていた 自分でもヤンデレだと気づいているが治すつもりは微塵も無い そんな2人の両片思い、もう付き合ってんじゃないのと思うような、じれ焦れイチャラブな恋物語

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。

水鳴諒
BL
 目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

参加型ゲームの配信でキャリーをされた話

ほしふり
BL
新感覚ゲーム発売後、しばらくの時間がたった。 五感を使うフルダイブは発売当時から業界を賑わせていたが、そこから次々と多種多様のプラットフォームが開発されていった。 ユーザー数の増加に比例して盛り上がり続けて今に至る。 そして…ゲームの賑わいにより、多くの配信者もネット上に存在した。 3Dのバーチャルアバターで冒険をしたり、内輪のコミュニティを楽しんだり、時にはバーチャル空間のサーバーで番組をはじめたり、発達と進歩が目に見えて繁栄していた。 そんな華やかな世界の片隅で、俺も個人のバーチャル配信者としてゲーム実況に勤しんでいた。

処理中です...