何度目かの求婚にて。

ひづき

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 ───おれのよめになれ!

 顔を真っ赤にして、叫ぶように命令してきた初対面の子供。王族特有の金色の瞳に、相手が誰か知る。

 幼い第二王子と同世代の子供達が集められた茶会は、第二王子の未来の伴侶を選ぶ場所なのである意味間違っていない。しかしだ。同時に未来の側近を選ぶ場でもあって。

 年齢が同じというだけで呼ばれた男爵家の次男であるレクスは、にっこりと微笑み、

 ───寝言は寝て言え

 幼い子供だから、で許されると確信した上で暴言を吐いた。





「俺の嫁になってくれ、レクス」

 デジャブだな、と。レクスは項垂れている銀髪の後頭部を見つめる。

「寝言は寝て言え、アシュート」

 男爵家の次男如きが第二王子と親友だなんて有り得ないと陰口もよく叩かれるが、それでもレクスは第二王子のアシュートと親友になった。人目がないところでは敬語もない敬称もない。そのキッカケがあの出会いである。

「今回はお前を女と間違えたわけではない!」

「当たり前だ、バカ!」

 硝子が贅沢品であることを忘れそうになるくらい、大きな大きな窓からの光を浴びてする会話がコレである。王城という場に憧れを持つ全ての人に、王子殿下に夢を見る全ての乙女に、こんな現実なんて見せられない。ましてや、従者である男爵子息に婚姻を迫るバカ王子なんぞ知られるわけにはいかない。

「頼む。俺と結婚してくれ」

 眉根を寄せて難しい顔をするアシュートの考えは、言わずとも分かる。分かるが、レクスとしては分かりたくない。

 第一王子と第二王子。年齢が近いこともあり、王位争いが年々激化していく傾向にある。旗印となっている第二王子のアシュートは王になりたくないが故に、ここまでのらりくらりと婚約者を決めずに逃げ続けてきた。国王夫妻もアシュートの婚約は本人に一任すると名言してきた。

「サリザート公爵が俺の護衛を買収した」

 サリザード公爵は、アシュートの生母である側妃の父親だ。かの公爵は、王妃の座に、自分より格下のブラン伯爵家の令嬢が収まったことが気に入らないのだ。これは憶測ではなく、本人が夜会の席で宣言した事実である。当然それに連なる兄王子も気に食わない。

 だから公爵は、自分の孫であるアシュートを次の王にして己の自尊心を満たしたいのである。ハッキリ言って小物だ。外戚としての権力を手に国をどうしたいとかではなく、あくまで自尊心を満たしたいだけなのだから。彼の能力や人望が飛び抜けていれば、彼が統治する公爵領は一目置かれるくらい豊かになっているだろう。それなりの結果しか出ないのを権力不足のせいだと言い訳して、誰も自分を認めない、見下しているからだと決めつけて騒ぐ。

 そもそも、王妃一族への敵意を宣言した時点でアホだとレクスは思っている。必要以上に警戒されたら何も出来ないだろうに、そんなことも頭にないのかと。

「買収された護衛の手引きでご令嬢が夜這いにでも来たか」

 レクスが呆れる人物だが、公爵という地位は本物だ。甘い汁を吸いたい人間が集まって派閥が形成されている。派閥の人間達は公爵と第二王子を傀儡にし、自分達の思惑通りに国を動かしたいのだろう。そんな派閥に属する貴族のご令嬢と第二王子を婚姻させ、確実に第二王子を取り込みたい、といったところか。

「未遂だったんだろ?」

「当たり前だ!だが、このままでは人間不信で俺の心が死ぬ!」

 買収された護衛に命を預けることの恐ろしさ。護衛は役目上常に武器を携帯しているのだ。それを気が緩んでいる時に突きつけられたら呆気なく殺されるだろう。かといって立場上、護衛なしにはできないわけで。故に、護衛に求められるのは高い忠誠心なのである。それが買収される、とは。所詮護衛も人間、選ぶ側も人間。絶対は有り得ない。

「お前の気持ちは分かるが、この国では同性婚を認めてない」

 婚約者がいないのが弱点なのだから、その弱点を埋めればいい。その発想は分かる。

 下手な相手を選べないのも分かる。選んだ女性の家族が派閥に取り込まれたり、脅かされる恐れもある。アシュートが今を乗り越えても、アシュートの子供が利用される未来を否定できない。子供が出来た途端、アシュート自身が暗殺される恐れさえある。

 レクスが相手なら、まず子供は出来ない。養子を迎えても、王家の血を持たない子供に利用価値はないだろう。レクスの実家を脅そうにも既に実家はない。両親は3年前領地で起きた洪水被害の際、人命救助に赴き、土砂崩れに巻き込まれて亡くなっている。男爵領は王家預かりとなっているが、レクスが望めばすぐにでも爵位を継げる状態だ。レクスがアシュートの最側近であることを考慮し、国王夫妻の温情で保留になっているだけ。というか、今レクスが男爵領の運営に乗り出したら、アシュートの請け負っている公務が滞るので困る、というのが王家の本音だったりする。

「法律ではない。あるだろう、生涯特定の人物しか愛せなくなる呪術が」

 愛せなくなる、というのは、感情面では無い。物理的に性交出来なくなる。訳あり男女の政略結婚で使われることがある。子供に恵まれなかった際に血縁が途絶えるリスクもある為、そこまで一般的では無い。

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