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 ユーリエでは生徒たちから遠巻きにされてしまい、日常の変化を探ることなどできない。リーナは使用人なので寮内でしか活動ができない。レイモンドも王子という立場故に浮きがちだが、彼には一般生徒に扮している護衛が数人いるため変化を探るのに最適なのだ。

 情報のやり取りのためだけに何故王子本人が女装してくるのか。───考えることを放棄した。

 そんな女装の似合う王子様と、手近にあった小部屋に忍び込んで向き合う。どうやら掃除用具の仕舞われている物置のようだ。湿った埃の匂いがする。

「数人はまだ魅了が解けていない。彼らはキャシーの亡霊みたいにくっついて歩こうとしているようだ。当のキャシーがそれを拒むようになったために、物陰からキャシーを観察する不審集団ができてる」

「亡霊………、不審集団………」

 想像しただけで頭が痛い。もし存在に気づいたら恐怖しかないだろうけれど、自業自得なのでキャシーには耐えてもらうしかない。

「何人か正気に返った生徒がキャシーに怒鳴り込む事件が数件起きている。『お前のせいで彼女に捨てられた』とか、まぁ、そういう内容でキャシーを罵倒して殴り掛かろうとする奴らが多い。いずれも教師が介入して事なきを得ているよ、今のところはね」

「人気のないところに連れ込まれたりしたら、何をされるかわかりませんね…」

 自業自得。けれども、さすがに乱暴されたりしたらと思うと不安になる。

 濁った瞳をしていた女の子。原因を遠ざけて、当たり前のことを一つ一つ説明したら、父と同じ紅茶色の瞳をキラキラさせて、ようやく学ぶことの楽しさを見出したキャシー。

 同時に、彼女は自分の行いが、いかに不適切で不誠実だったかを知った。それでもリーナの前では幼さを隠さないし、無理をしてでも明るく振る舞おうとする。

「女生徒からも因縁をつけられたり、怒鳴られたりすることもあったようだが、彼女は頭を下げて謝罪し、相手の怒りに理解を示しているとのことだ。頭を打ったのではないかとか、よく似た別人なのではないかという噂が広まり、様子見に回る生徒が多いらしい」

 遠目に見ても周囲を威嚇しているような厳しい目付きばかりだったように思う。確かに最早全くの別人だ。

 あのキャシーが同性を見下さずに謝罪するなど想像もつかない。

「私の前ではよく笑うようになりました。虚ろな表情もしません。代わりに時々憂い顔をしてますが、考えることは良いことだと思いますし、問題ないかと」

「一番の問題は、あの石ころの対処だね。何かの拍子に手元に戻ったりしたら、また振り出しに戻るか、悪化するか…」

「あとは、このまま禁断症状のようなものが起こらないといいんですが───」

 あの石の力も作用も、分からないことばかりだ。

 ユーリエの持つ予知夢などの力は遺伝だ。ガラス玉はユーリエが作り出すもの。

 キャシーの周囲を翻弄した力が、全く遺伝ではない、と断言することはまだできない。あの石は人間の負の感情を増幅する作用を持つだけで、魅了などの力はキャシー自身のもの、という可能性もある。あるいは、全ての力があの石の効力なのかもしれない。

 警戒するに越したことはない。

「今のキャシーがユーリエに会ったら、どう反応するのかな?」

 レイモンドが小さく呟く。

「そう、ね…。聖女の血筋に反応しているのなら、姿形に関係なく敵視してくるでしょう。しかし、彼女は今の私に懐いています」

 血筋云々ではない。引き金はどこにあるのだろう。対象を対象として認識したらなのだろうか。





「ふふ、ふふふふふ───!」

 領地の別荘に静養という名目で連れてこられ、屋敷に軟禁されているフォルミナ公爵の後妻───カトレアは、笑いが止まらなかった。赤い髪は手入れをされずボサボサのままで、それが彼女をより一層狂人に仕立て上げている。最低限の世話をする使用人たちは、気が狂ったとしか思えない姿を見せるカトレアに、必要以上近寄らない。

 カトレアは、フォルミナ公爵を誘惑することを提案された日のことを思い出しては、愉快だと笑う。

 フォルミナ公爵は元々子爵家の三男坊。キャシーの実の父親は、その兄───子爵家の次男坊だ。当時平民だった少女カトレアは、手の届かないはずの貴族令息に口説かれて舞い上がっていた。自分だけが特別で、自分は彼に愛されている恋人なのだと思い込んで浮かれていた。

 あの頃の気持ちを思い出す度に、胸が高鳴る。優しく微笑む彼がいてくれるだけで嬉しくて。高価な宝石もドレスも贈られなかったし、デートというデートもなかった。彼はいつも殊勝な顔で『僕たちの交際が露見すれば、身分の低い君の方が世間から責められてしまう。どうにかして妻に迎えられるよう頑張るから待っていて欲しい』と、カトレアの手を握って愛を誓った。貴族の世界がどういうものか全くわからなかった無知な少女は、愛する彼の言葉を無条件に信じた。豪勢な贈り物など貰ったところで、2人の関係を隠している間は使いようもない。だから、要らないと。彼に愛されたい一心で我儘を殺し、彼の愛を受け入れていた。


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