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しおりを挟むキャシーが別人のようだ。
そんな声はキャシーが入寮して1週間も経たないうちに広まっていった。教師陣は替え玉を疑っているらしい。この分なら、留年も回避できそうである。
「入寮して良かったわ。ここに来てから不思議とぐっすり眠れるの。イライラすることもなくなったし、とても心が楽」
「それは何よりです」
リーナは窓際を一瞥した。少しでも寮生活に華やかさを、という名目で飾ったサンキャッチャーが、外からの光を受けてキラキラと輝いている。高級ビーズや透明感のある天然石に混じって、キャシーのために祈りを込めたガラス玉が材料だ。
間近で見た赤い石は、禍々しい光を放っていた。入浴の際に外されたそれを、紛い物と擦り替えた。本物は既に公爵の元に渡っている。ハンマーなどで壊そうとしたらしいが、ヒビひとつ入らず、どうしたものかと思案中らしい。
取り敢えず、今はキャシーのことが先決だ。あの石から離し、近くにガラス玉を置いて、彼女の変化が収まるのを待っている。
同様に、量産したガラス玉のサンキャッチャーをフォルミナ公爵家の邸宅中に片っ端から飾ってある。使用人たちにも効果が現れることを期待するしかない。
「───ねぇ、リーナ。どうして私が入寮するのと同時にユーリエお姉様は領地に向かったの?何か聞いてる?」
「ユーリエ様にはお会いしたことも御座いませんし、分かりかねます」
「そう───」
キャシーは寂しげに目を伏せた。物憂げな横顔はまさしく美少女だ。
「お母様も、お父様も、お姉様も。みんな、本当は私に興味なんてないのよね…」
「旦那様はキャシー様を溺愛しているようにお見受けしますが?」
「───そう、ね。でも、時折、ゾッとするような目で見てくる時があるのよ。そんなお父様の目を見た日は必ず悪夢を見るの」
「どのような悪夢でしょう?」
「私が池で溺れかけているのに、必死に助けを求めているのに、お父様は私が沈むのをあの目でただ見ているだけ。助けてくれない。見殺しにされる。そんな夢よ」
「あの旦那様が───…」
真意はわからない。キャシーの気の所為かもしれない。しかし、父から見れば、キャシーは自分を操った憎い女の娘であり、最愛の女性を裏切った象徴だ。実際、キャシーに殺意を抱いてもおかしくはないかもしれない。
「お父様からのプレゼントを誕生日当日に受け取ったことがないの。必ず数ヶ月前に渡されていたわ」
そう静かに語るキャシーは、小さな子供が泣くのを堪えているような表情をしている。顔を真っ赤にして、目を見開き、唇を震わせている。
「───お姉様が出ていって、お姉様の部屋を見て驚いた。私がお父様から頂いたプレゼントと全く同じものばかり飾られているんだもの!恐らくお父様はお姉様の誕生日の、ついでに私にもくださったのでしょう。きっと、そうでもしないと、年に一度贈ることすら忘れるから───」
気の所為ですよ、なんて無責任なことも言えずに、リーナはただただ驚いていた。
キャシーの洞察は、恐らく正しい。そして、この子はただワガママを言って暴れるだけの激情家ではない。あの石の見せる悪夢さえなければ、聡明ささえある年相応の少女だ。
「奥様のことはどのようにお考えですか」
「お母様にとって私は付属品。考えに同調しないと打たれる。付属品には追従する以外の選択肢なんてないの。時折私を愛でるのも、家にある骨董品を眺めるのも大差ないわね。今までお母様が私の全てだったのだと、今ならわかるわ。ここに来るまで、食べ物の好みすらお母様の指示通りに選んでいたなんて、良く考えれば異常よね?」
「えぇ、かなり、異常です」
紅茶はストレートしか許さない。ステーキはミディアムレアしか許さない。ケーキはチーズケーキ一択。可愛らしいベビーピンク以外を好むなんて論外。
実際のキャシーは違う。ストレートよりはミルクティーを。ミディアムレアよりウェルダンを。チーズケーキよりはシュークリームを。ベビーピンクよりは爽やかなブルーを。抑圧されてきたものを少しずつ解放するのが、リーナのメインの仕事になりつつある。
抑圧されれば反発したくなるのは必然だ。両親が絶対的な存在なら、反発の方向は別に向けるしかない。母親がその方向すら歪めて、ユーリエを絶対悪としたら、当然キャシーはユーリエに不満をぶつける。
しかし、そのユーリエが姿を晦ました結果、キャシーは反発さえ許されず、苦しむしか無かった。それこそ、あのガラス玉に滲むくらいに。
「ユーリエ様のことはどのようにお考えですか」
「───正直わからないわ。数回顔を見ただけだし。お母様が憎めと言うから何も疑問に思わずただ憎んできたし、私が孤独なのは全てお姉様のせいだと思い込んできたけれど…」
キャシーは考える。
今まで考えることすら止められてきた分まで考える。
勉強のこと。
好むもの。
家族のこと。
そして、自身の考え方について。
「学院で私に友達がいないのはお姉様のせいじゃないなって、気づいちゃった」
キャシーは気まずそうに結論を出した。
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