上 下
12 / 25

2─2

しおりを挟む



 もしキャシーが魔女の残した石に洗脳されて操られているのなら、出来れば助けたい。そして、今後のためにも魔女の力の根源を破壊したい。

 レイモンドや、侯爵夫妻には反対されたけれど、直接的に魔女の力が及ばないユーリエがキャシーに接した方が、何かと都合がいいと判断した。侯爵夫人───アイリス元王女に事情を説明し協力をお願いした際には、『2人を殺して血筋を絶ってしまえばいいのに』と笑顔で言われた。そんなことをしても魔女の力の根源となっている宝石が原因なら、血筋が絶えたところであまり意味はないだろう。宝石が次の人の手に渡れば、新たな“不幸を齎す者”が生まれるだけである。その“不幸を齎す者”は、バカのひとつ覚えのように聖女の末裔を狙うに違いない。

 それに、キャシーは、異母妹だ。関わってこなかった異母妹。その異母妹が泣いて助けを呼ぶ夢に、ユーリエは悩んだ。

 徹底的に避けてきた異母妹だ。ユーリエは彼女をほとんど知らない。だから、知りたい。



「このお茶、美味しいわ…」

 紅茶を口に含む度に、眉を寄せて顰めっ面をするものだから、もしかしたら紅茶の渋味が苦手なのかもしれないと察し、試しに紅茶にジャムを投入しただけである。

 どうもキャシーは、実母の教育のせいか、好みに関係なく一番値段の高い茶葉を買い求め、それを飲むのが義務だとでも思っていたらしい。茶葉に限らず、ドレスでも宝石でも食事でも、何でも高値のものを欲しがる。高いから良いというものばかりではないし、詐欺師から見ればヨダレが出るほど活きの良いの鴨だっただろう。

「お嬢様ほどお美しく身分もある方が美味しそうに飲まれていれば、誰しもが興味を示すでしょう。その時、紅茶にジャムを入れたと明かせば、周囲は見栄と固定概念から嘲笑うかもしれません。ですが、表ではそう言いながらも、中にはお嬢様の柔軟な発想に嫉妬し、真似をして、悔しいが美味しいと認める者もいるはず。次第に噂は広まり、こぞって真似をするでしょう」

「つまり、何が言いたいの?」

「値段に関わらず、お嬢様が、お嬢様の好むように品物を選び、お嬢様ならではの視点でそれを活用すれば、それだけで流行が生まれるということです」

「───!つ、つまり、もう無理して苦い紅茶を飲まなくてもいいの!?」

「ええ、それが引いては文化の発展のためとなるのですよ。それが公爵家という爵位の使い方のうち、最も簡単なものでしょう」

「なにそれ、カッコイイ!!───でも、ちょっと待って。なら、今まで私がお母様に教わってきたことは何?」

「流行とは伝統の上に作られるもの。決して根元にある伝統を蔑ろにしていいものではないからでしょう」

「へー、そうなの」

 キャシーに必要なのは、新しい価値観だ。実母の洗脳のような教育から解き放つ必要がある。かと言って、キャシーの母親を否定するわけにはいかない。母親を否定することは、キャシーの今までの人生を否定することだ。だから、良いように解釈した意図を植え付けている。

 肝心の学業の方は思っていたほど酷くない。彼女は今まで、勉強=講義を聞くこと、だと思っていたらしい。予習も復習も、単語は知っていても意味や概念を知らなかった。意図的に愚かであるように作られたかのような世界で彼女は育ってきたようだ。

 実はパズルや知恵の輪が好きだという彼女に、最も不得手としていた数学を謎解きゲームの要領で、記号や公式をルールや解く上での制限として考えるよう教え始めたら、突然「面白いわ!」と言って、普段リーナがメイドの仕事をしている間も自主的に数学の本を片っ端から読むようになった。最早数学に関しては教えられることは何も無い。

 その上、「解き方がわかればこんなに面白いのだから、数学以外も面白いかもしれない!」とか言い始め、率先してリーナに教えを乞うようになった。「授業の内容が、話の内容が理解できるとこんなに面白いのね!」と笑って「ありがとう!」と抱きついて来た時は驚いた。

 未だ、数字や法則の絡まない分野の成績は今ひとつなので、そこは頭を抱えている。取り敢えず歴史は、歴史の流れは諦めて、事件だけに内容を絞り、どう言った経緯で起きたのかなどをまとめて、推理小説のような扱いに出来ないかと思案中だ。

「ねぇ、リーナ」

 嬉しそうに紅茶を飲んでいたキャシーの声に、リーナは思考を止めた。

「はい、お嬢様」

「リーナは凄いわ。今まで私が何を選んでも何をしても、屋敷のメイドたちは何も言わなかったもの。『その洋服は似合いません』とか、胸元のボタンを開けていると『みっともない』なんて、面と向かって言ってくれたのは貴女だけよ」

 言った時は怒ったキャシーだが、理由を懇々と説明すると、意外なほど素直に聞き入れてくれた。そう、根は素直なのだ。理解力もある。決して愚かではない。

「旦那様より不敬を一切問わないと誓約書を頂いていなければ、私とて口には致しません。凄いのは旦那様です」

 と、公爵を持ち上げておく。

「それでも、普通は尻込みするものではないかしら?その豪胆さと、他人に教えられるだけの知識。凄いわ、羨ましい」

 異性に胸元を見せつけるような人に豪胆さを褒められても正直嬉しくない。

「───恐れ多いことです」

 とはいえ、キャシーは実母から異性に何かをお願いする時は見せるものと教わったとか。───あの毒婦が自分の継母だなんて考えたくない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまで~痩せたら死ぬと刷り込まれてました~

バナナマヨネーズ
恋愛
伯爵令嬢のアンリエットは、死なないために必死だった。 幼い頃、姉のジェシカに言われたのだ。 「アンリエット、よく聞いて。あなたは、普通の人よりも体の中のマナが少ないの。このままでは、すぐマナが枯渇して……。死んでしまうわ」 その言葉を信じたアンリエットは、日々死なないために努力を重ねた。 そんなある日のことだった。アンリエットは、とあるパーティーで国の英雄である将軍の気を引く行動を取ったのだ。 これは、デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまでの物語。 全14話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
第零騎士団諜報部潜入班のエレオノーラは男装して酒場に潜入していた。そこで第一騎士団団長のジルベルトとぶつかってしまい、胸を触られてしまうという事故によって女性とバレてしまう。 ジルベルトは責任をとると言ってエレオノーラに求婚し、エレオノーラも責任をとって婚約者を演じると言う。 エレオノーラはジルベルト好みの婚約者を演じようとするが、彼の前ではうまく演じることができない。またジルベルトもいろんな顔を持つ彼女が気になり始め、他の男が彼女に触れようとすると牽制し始める。 そんなちょっとズレてる二人が今日も任務を遂行します!! ――― 完結しました。 ※他サイトでも公開しております。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】がり勉地味眼鏡はお呼びじゃない!と好きな人が婚約破棄されたので私が貰いますわね!

水月 潮
恋愛
アドリアン・メラールはメラール公爵家の長男で一つ下の王女ユージェニーと婚約している。 アドリアンは学園では”がり勉地味眼鏡”というあだ名で有名である。 しかし、学園のダンスパーティーでアドリアンはユージェニーに「がり勉地味眼鏡なんてお呼びじゃないわ!」と婚約破棄される。 その上彼女はクレメント・グラミリアン男爵家令息という美少年と新たに婚約を結ぶと宣言する。 フローレンス・アンベール侯爵令嬢はその光景の目撃者の一人だ。 フローレンスは密かにアドリアンを慕っており、王女の婚約者だから無理と諦めていた。 フローレンスは諸事情あって今は婚約者はおらず、親からも政略結婚を強いられていない。 王女様、ありがとうございます! 彼は私が貰いますので! これを好機ととらえたフローレンスはアドリアンを捕まえる。 ※設定は緩いです。物語としてお楽しみください *HOTランキング1位(2021.9.20) 読者の皆様に感謝*.*

処理中です...