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しおりを挟むもしキャシーが魔女の残した石に洗脳されて操られているのなら、出来れば助けたい。そして、今後のためにも魔女の力の根源を破壊したい。
レイモンドや、侯爵夫妻には反対されたけれど、直接的に魔女の力が及ばないユーリエがキャシーに接した方が、何かと都合がいいと判断した。侯爵夫人───アイリス元王女に事情を説明し協力をお願いした際には、『2人を殺して血筋を絶ってしまえばいいのに』と笑顔で言われた。そんなことをしても魔女の力の根源となっている宝石が原因なら、血筋が絶えたところであまり意味はないだろう。宝石が次の人の手に渡れば、新たな“不幸を齎す者”が生まれるだけである。その“不幸を齎す者”は、バカのひとつ覚えのように聖女の末裔を狙うに違いない。
それに、キャシーは、異母妹だ。関わってこなかった異母妹。その異母妹が泣いて助けを呼ぶ夢に、ユーリエは悩んだ。
徹底的に避けてきた異母妹だ。ユーリエは彼女をほとんど知らない。だから、知りたい。
「このお茶、美味しいわ…」
紅茶を口に含む度に、眉を寄せて顰めっ面をするものだから、もしかしたら紅茶の渋味が苦手なのかもしれないと察し、試しに紅茶にジャムを投入しただけである。
どうもキャシーは、実母の教育のせいか、好みに関係なく一番値段の高い茶葉を買い求め、それを飲むのが義務だとでも思っていたらしい。茶葉に限らず、ドレスでも宝石でも食事でも、何でも高値のものを欲しがる。高いから良いというものばかりではないし、詐欺師から見ればヨダレが出るほど活きの良いの鴨だっただろう。
「お嬢様ほどお美しく身分もある方が美味しそうに飲まれていれば、誰しもが興味を示すでしょう。その時、紅茶にジャムを入れたと明かせば、周囲は見栄と固定概念から嘲笑うかもしれません。ですが、表ではそう言いながらも、中にはお嬢様の柔軟な発想に嫉妬し、真似をして、悔しいが美味しいと認める者もいるはず。次第に噂は広まり、こぞって真似をするでしょう」
「つまり、何が言いたいの?」
「値段に関わらず、お嬢様が、お嬢様の好むように品物を選び、お嬢様ならではの視点でそれを活用すれば、それだけで流行が生まれるということです」
「───!つ、つまり、もう無理して苦い紅茶を飲まなくてもいいの!?」
「ええ、それが引いては文化の発展のためとなるのですよ。それが公爵家という爵位の使い方のうち、最も簡単なものでしょう」
「なにそれ、カッコイイ!!───でも、ちょっと待って。なら、今まで私がお母様に教わってきたことは何?」
「流行とは伝統の上に作られるもの。決して根元にある伝統を蔑ろにしていいものではないからでしょう」
「へー、そうなの」
キャシーに必要なのは、新しい価値観だ。実母の洗脳のような教育から解き放つ必要がある。かと言って、キャシーの母親を否定するわけにはいかない。母親を否定することは、キャシーの今までの人生を否定することだ。だから、良いように解釈した意図を植え付けている。
肝心の学業の方は思っていたほど酷くない。彼女は今まで、勉強=講義を聞くこと、だと思っていたらしい。予習も復習も、単語は知っていても意味や概念を知らなかった。意図的に愚かであるように作られたかのような世界で彼女は育ってきたようだ。
実はパズルや知恵の輪が好きだという彼女に、最も不得手としていた数学を謎解きゲームの要領で、記号や公式をルールや解く上での制限として考えるよう教え始めたら、突然「面白いわ!」と言って、普段リーナがメイドの仕事をしている間も自主的に数学の本を片っ端から読むようになった。最早数学に関しては教えられることは何も無い。
その上、「解き方がわかればこんなに面白いのだから、数学以外も面白いかもしれない!」とか言い始め、率先してリーナに教えを乞うようになった。「授業の内容が、話の内容が理解できるとこんなに面白いのね!」と笑って「ありがとう!」と抱きついて来た時は驚いた。
未だ、数字や法則の絡まない分野の成績は今ひとつなので、そこは頭を抱えている。取り敢えず歴史は、歴史の流れは諦めて、事件だけに内容を絞り、どう言った経緯で起きたのかなどをまとめて、推理小説のような扱いに出来ないかと思案中だ。
「ねぇ、リーナ」
嬉しそうに紅茶を飲んでいたキャシーの声に、リーナは思考を止めた。
「はい、お嬢様」
「リーナは凄いわ。今まで私が何を選んでも何をしても、屋敷のメイドたちは何も言わなかったもの。『その洋服は似合いません』とか、胸元のボタンを開けていると『みっともない』なんて、面と向かって言ってくれたのは貴女だけよ」
言った時は怒ったキャシーだが、理由を懇々と説明すると、意外なほど素直に聞き入れてくれた。そう、根は素直なのだ。理解力もある。決して愚かではない。
「旦那様より不敬を一切問わないと誓約書を頂いていなければ、私とて口には致しません。凄いのは旦那様です」
と、公爵を持ち上げておく。
「それでも、普通は尻込みするものではないかしら?その豪胆さと、他人に教えられるだけの知識。凄いわ、羨ましい」
異性に胸元を見せつけるような人に豪胆さを褒められても正直嬉しくない。
「───恐れ多いことです」
とはいえ、キャシーは実母から異性に何かをお願いする時は見せるものと教わったとか。───あの毒婦が自分の継母だなんて考えたくない。
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