間違った方法で幸せになろうとする人の犠牲になるのはお断りします。

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 じわじわと、時間とともに顔を赤くしていくレイモンド。つられて、とんでもなく恥ずかしいことを言ってしまったと、ユーリエの頭も沸騰していく。

「こ、恋………、ぇと、その、ユーリエ、いつから?」

 咳払いを合間合間に挟みつつ、ずずいっと身を乗り出してまで問われると、ユーリエとしては答えにくいが答えざるを得ない。

「わ、わかりません。気づいたら………、もしかしたら初めて会った時から」

「君は、父のような人でないと嫌だと泣いていなかったかい?」

 何年越しだろう。あの咄嗟の嘘に対して、今更レイモンドに傷ついた顔をされる日が来るなんて───

 本当に今更ながら、自分のついた嘘に心苦しくなる。

「───嘘泣きです」

 予知夢のことまで話すつもりはなかったのに、話すことになり。その力の話をするために、聖女と魔女の逸話まで話すことになった。非現実だと流石に飽きられるだろうか。そんなユーリエの悩みなど些細なことだとでも言うように、彼は微笑む。

「君の水晶玉が僕を守って黒ずんだことが何よりの証拠だろう。疑ったりしないよ。いくら感謝を伝えても足りないくらいだ」

 もっと早くこうして素直な自分を互いに晒し出せていたらと悔やむほどに、楽しい時間というのは過ぎるのが早い。

 義務で会っていた時は、早く終われと願っていたのに。あの頃はまだ、ユーリエは夢が訴えてくる不遇の未来に怯えていたし、レイモンドは表情を押し殺しユーリエを警戒していた。リーナとしての時間を経て今がある。

「また会おう」

「はい、レイモンド様」

「あ、そうだ。古いガラス玉はどうしたらいい?できれば、思い出の品として傍に置いて置きたいんだが───」

 レイモンドの申し出に、それまで忘れていた“リーナ”のガラス玉の存在を思い出す。

「大切に思ってくださって嬉しいです。でしたら、浄化出来ないか試してみますわ。新しい物も時間とともにキャシーの悪意で曇ると思いますので、交互に使えたらいいかな、と」

 元の素材は大変安いものなので、量産しようと思っていたが、キャシーを根本からどうにかするまで、幾つガラス玉を消費するかわからない。そんなガラス玉たちを全て彼に保管させるのは心苦しい。

 キャシーを、キャシーの持つ魔女の力をどうにかする方法なんて果たしてあるのだろうか。どんなに年老いても、キャシーはユーリエを不幸にするために動くのだろうか。

 考え始めると不安になる。

 それでも、自分の恋心を見なかったことには出来ない。

「じゃあ、頼む」

「はい、お預かり致します」

 薄汚れた“リーナ”のガラス玉をレイモンドから受け取った途端、ユーリエの頭の中に声が響いた。





 ───あの人さえいなければ───





 顔色を失ったユーリエの手の中で、曇ったガラス玉は割れ、砂となり、黒いもやとなり、ユーリエの視界を塞いだ。

「───!!」

 誰かの声がする。相当大きな声を出されているのに、ユーリエには聞き取れないし、誰の声かもわからない。



 ───憎い。

 ───あの人が憎い。

 ───幸せそうなあの人が憎い。



 憎悪に満ちた嘆きが響いて頭が割れそうだ。聞きたくないと耳を塞ごうにも指ひとつ動かせない。まるで暗く冷たい泥の中に落ちていくかのようだ。冷たい、寒い、痛い。



 古めかしいデザインながらも豪華なドレスを身に纏う、赤い髪の少女が見えた。──…これは夢だと知りつつも、ユーリエには目覚める方法がわからない。

 赤髪の少女は、大勢の人に囲まれている。次々に浴びせられる賞賛の声は、少女を褒めちぎり、媚びを売る。少女は、その声のどれにも応えることなく、一人だけ全く異なる方向を向いていた。その表情は見えない。

 視線の先を追えば、質素な服装の少女がいた。赤髪の少女よりも年上に見える。質素な服装の少女は、幸せそうに傍らに立つ男性を見上げて微笑んでいる。

 ───どうしてワタシを見てくれないの?

 望まれる理想を演じて、誰からも選ばれるのに、心が満たされないと彼女は嘆く。そんな彼女の嘆きに誰も気づかない。表面だけを見て、周囲は彼女を絶賛する。

 それに比べてあの子は…などと、質素な服装の少女に向けられる視線は厳しい。厳しいのに、関係ないとばかりに幸せそうだ。

 ───どうして、あの人はワタシから離れていくの?

 ───あの人を殺せば、ワタシの心は満たされる?

 ユーリエからしてみれば、彼女の考えは理解できない。そんなわけないでしょう、と嘆息した。誰かを不幸にして得られる幸せなんて間違っていると言いたい。自分が幸せになる努力をしたほうが何倍も建設的だ。

 ───ワタシから奪う人を許してはダメ

 ───憎みなさい

 優しく、心の表面を撫でるように、声がユーリエに纏わり始める。ざわざわとして気持ちが悪い。憎めと、許すなと、それが正しいのだと言い聞かせる声に、ユーリエは胸が圧迫されていく。

 ───やだ、やめて

 不意に聞こえた小さな声は、赤髪の少女でも、質素な服装の少女の声でもない。背後を振り向くと、蹲る幼い子供がユーリエ同様黒いモヤに包まれて泣いていた。

 ユーリエはあの幼い子供を知っている。



 ───もうやだ!だれもにくみたくない!

 ───くるしい



 聞こえてくる幼い嘆きに、ユーリエは手を伸ばしたが、到底届かない。


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