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しおりを挟むユーリエの父、現フォルミナ公爵は、元々子爵家の三男だ。ひたすら勉強し、宰相補佐の地位まで自力で駆け上がった人だと、ユーリエは聞いている。今の父を見ると信じられないという感想しか湧かない。
当時の父は婚姻などに頼らずとも、自力で爵位を得ることも可能だろうと周囲から認められていたという。結局は、貴族学院で常にライバルとして張り合ってきた令嬢の家に婿入りをし、フォルミナ公爵となったが。
そのフォルミナ公爵は、結婚して一年ほど経った頃、宰相補佐を辞職している。公爵としての領地運営と並行しての激務は流石に堪えたのだろうと、当時を知る人達は語る。そして今の、文書管理部門へ異動した。
ユーリエは考える。
もしかして宰相補佐を辞職したのには別の理由があった?
文書管理部門と言えば閑職で、領地運営のための長期休暇も取りやすい部門らしい。だから領地運営のために、その部門についたのだろうと、皆が思っていた。そこにも別の目的があったのかもしれない。
ユーリエが侯爵家で働き始めてから、以前より領地に赴く頻度が増えたのも、手伝う人間がいなくなった結果忙しくなったからではなかった………?
「悩んでも答えは出ないと判断しましたので教えて下さい、お父様」
王城の隅にある父の職場に乗り込み、自分の考えを全てぶつけたユーリエは、それだけで日頃の鬱憤を晴らしたかのような晴れ晴れとした気持ちになった。
一方で、職場の応接間にて娘と向き合っていた父は、頭を抱えていた。
「お前は、誰に似たんだろうな、ユーリエ」
「答えの出ないことを悩むのは性に合いませんので。恐らくお母様似ですわ」
「そうだな。アイツは『アンタが頭から離れないから直接会いに来たわ。そして確信したの。私と結婚しなさい』と、私の職場に乗り込んできたな」
「あ、その微妙に似ていない声真似は要らないです」
「あ、はい」
父は姿勢を正し、視線を彷徨わせる。
「ユーリエは、魔法とか、呪いとか、信じるか?」
「───なんですか、その非現実な質問は」
父の語り始めた話は、夢物語としか思えない内容だった。
昔むかし、遠い昔。
魔女と呼ばれた女と、聖女と呼ばれた女がいた。
魔女は、自分の欲望のためだけに力を使う。聖女は、そんな魔女の力を打ち消す。
水と油。光と影。相反する存在。
そんな魔女と聖女は、同じ男に恋をした。選ばれたのは聖女だった。
選ばれなかった魔女は怒り狂い、男を殺して、聖女を憎み続ける。
魔女の子孫も、聖女の子孫を恨み続けた。
「魔女は聖女を不幸にすることだけを生き甲斐にしていて、聖女の最も大切なものを奪いに来ると、公爵領にある記録には書いてあった。私は、そういった古い記録を読むために時々公爵領に足を運んでいるんだよ」
つまり、田舎でしかない公爵領になど行かないと断られるのがわかっているからこそ、隠し事などないと思わせるために、毎回継母と異母妹に同行するかを尋ね、堂々と領地に足を運ぶ。
「今の部署に異動したのは、城に残る古い文献を自由に閲覧するためでしたのね?」
父は、疲れたように頷き、別人のような剣呑さをその瞳に浮かべた。
「愚かな私は、あの女に操られ、お前たち母娘を裏切ってしまった。その上、最愛の妻である彼女の死を防げなかった」
「待って下さい、お母様の死は意図的なものだったということですか?」
「残念ながら証拠がない」
父の舌打ちなど、初めて見た。
脳裏に蘇るのは母の声。
『ママはね、信じなかったの。だから、パパは惑わされてしまった』
「お母様は、魔女も聖女も信じなかったのですね。魔女に対抗する術を知りながら、実行せず、お父様は魔女に操られて───」
母の後悔を思う。どれだけ悔しかっただろう、無念だっただろう。
「ちょっと待ってくれ!ミレーユは対抗する術を知っていたのか?ユーリエも知っているのか?」
ミレーユ。久しぶりに聞く母の名前に、思わず一筋の涙が零れた。それを指で拭いながら思う。父の驚愕ぶりを母に見せてやりたい。それとも母は知っているのだろうか、この人はこんなにも表情豊かなのだと。ユーリエの記憶にある父はいつだって困ったように情けなく微笑んでいた。
「私は、一つだけ教わりました」
それがあのガラス玉だ。
教わった方法と、レイモンドに渡したガラス玉が黒ずんでいることを父に説明する。
今ならわかる。魔女の力がレイモンドを操ろうとする度に、無意識にユーリエが込めた聖女の力が防御をし、その結果媒体であるガラス玉が黒ずんだのだと。あれで果たしてあとどのくらい防げるのだろうか。
「恐らく魔女の力の媒体はキャシーが身につけているネックレスの宝石です」
「赤いルビーのような宝石だろう?入学を機に母から娘へ譲渡されたのだろうな。お陰で、キャシーが学院には行っている日中は思考が鈍る感覚がなくなり、屋敷でも執務が捗るよ」
父が言うには、ユーリエが一緒にいる時は屋敷内でも思考が鈍る感覚はなかったそうだ。ユーリエが屋敷にいない時は、常に頭が重く、継母の声が心地よく思えて思考が鈍るのだと。領地に足を運んでいたのは、その不快な感覚から逃れたいというのも理由だったらしい。
人を操る。
好きも嫌いも。行動すら。本人の意図せぬままに。
誰かを殺害させることだって容易いだろう。
想像すると恐ろしく、ユーリエは自身の肩を抱いて身震いした。
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