上 下
7 / 25

1─7

しおりを挟む



 ユーリエの父、現フォルミナ公爵は、元々子爵家の三男だ。ひたすら勉強し、宰相補佐の地位まで自力で駆け上がった人だと、ユーリエは聞いている。今の父を見ると信じられないという感想しか湧かない。

 当時の父は婚姻などに頼らずとも、自力で爵位を得ることも可能だろうと周囲から認められていたという。結局は、貴族学院で常にライバルとして張り合ってきた令嬢の家に婿入りをし、フォルミナ公爵となったが。

 そのフォルミナ公爵は、結婚して一年ほど経った頃、宰相補佐を辞職している。公爵としての領地運営と並行しての激務は流石に堪えたのだろうと、当時を知る人達は語る。そして今の、文書管理部門へ異動した。

 ユーリエは考える。

 もしかして宰相補佐を辞職したのには別の理由があった?

 文書管理部門と言えば閑職で、領地運営のための長期休暇も取りやすい部門らしい。だから領地運営のために、その部門についたのだろうと、皆が思っていた。そこにも別の目的があったのかもしれない。

 ユーリエが侯爵家で働き始めてから、以前より領地に赴く頻度が増えたのも、手伝う人間がいなくなった結果忙しくなったからではなかった………?

「悩んでも答えは出ないと判断しましたので教えて下さい、お父様」

 王城の隅にある父の職場に乗り込み、自分の考えを全てぶつけたユーリエは、それだけで日頃の鬱憤を晴らしたかのような晴れ晴れとした気持ちになった。

 一方で、職場の応接間にて娘と向き合っていた父は、頭を抱えていた。

「お前は、誰に似たんだろうな、ユーリエ」

「答えの出ないことを悩むのは性に合いませんので。恐らくお母様似ですわ」

「そうだな。アイツは『アンタが頭から離れないから直接会いに来たわ。そして確信したの。私と結婚しなさい』と、私の職場に乗り込んできたな」

「あ、その微妙に似ていない声真似は要らないです」

「あ、はい」

 父は姿勢を正し、視線を彷徨わせる。

「ユーリエは、魔法とか、呪いとか、信じるか?」

「───なんですか、その非現実な質問は」

 父の語り始めた話は、夢物語としか思えない内容だった。



 昔むかし、遠い昔。

 魔女と呼ばれた女と、聖女と呼ばれた女がいた。

 魔女は、自分の欲望のためだけに力を使う。聖女は、そんな魔女の力を打ち消す。

 水と油。光と影。相反する存在。

 そんな魔女と聖女は、同じ男に恋をした。選ばれたのは聖女だった。

 選ばれなかった魔女は怒り狂い、男を殺して、聖女を憎み続ける。

 魔女の子孫も、聖女の子孫を恨み続けた。

「魔女は聖女を不幸にすることだけを生き甲斐にしていて、聖女の最も大切なものを奪いに来ると、公爵領にある記録には書いてあった。私は、そういった古い記録を読むために時々公爵領に足を運んでいるんだよ」

 つまり、田舎でしかない公爵領になど行かないと断られるのがわかっているからこそ、隠し事などないと思わせるために、毎回継母と異母妹に同行するかを尋ね、堂々と領地に足を運ぶ。

「今の部署に異動したのは、城に残る古い文献を自由に閲覧するためでしたのね?」

 父は、疲れたように頷き、別人のような剣呑さをその瞳に浮かべた。

「愚かな私は、あの女に操られ、お前たち母娘を裏切ってしまった。その上、最愛の妻である彼女の死を防げなかった」

「待って下さい、お母様の死は意図的なものだったということですか?」

「残念ながら証拠がない」

 父の舌打ちなど、初めて見た。

 脳裏に蘇るのは母の声。

『ママはね、信じなかったの。だから、パパは惑わされてしまった』

「お母様は、魔女も聖女も信じなかったのですね。魔女に対抗する術を知りながら、実行せず、お父様は魔女に操られて───」

 母の後悔を思う。どれだけ悔しかっただろう、無念だっただろう。

「ちょっと待ってくれ!ミレーユは対抗する術を知っていたのか?ユーリエも知っているのか?」

 ミレーユ。久しぶりに聞く母の名前に、思わず一筋の涙が零れた。それを指で拭いながら思う。父の驚愕ぶりを母に見せてやりたい。それとも母は知っているのだろうか、この人はこんなにも表情豊かなのだと。ユーリエの記憶にある父はいつだって困ったように情けなく微笑んでいた。

「私は、一つだけ教わりました」

 それがあのガラス玉だ。

 教わった方法と、レイモンドに渡したガラス玉が黒ずんでいることを父に説明する。

 今ならわかる。魔女の力がレイモンドを操ろうとする度に、無意識にユーリエが込めた聖女の力が防御をし、その結果媒体であるガラス玉が黒ずんだのだと。あれで果たしてあとどのくらい防げるのだろうか。

「恐らく魔女の力の媒体はキャシーが身につけているネックレスの宝石です」

「赤いルビーのような宝石だろう?入学を機に母から娘へ譲渡されたのだろうな。お陰で、キャシーが学院には行っている日中は思考が鈍る感覚がなくなり、屋敷でも執務が捗るよ」

 父が言うには、ユーリエが一緒にいる時は屋敷内でも思考が鈍る感覚はなかったそうだ。ユーリエが屋敷にいない時は、常に頭が重く、継母の声が心地よく思えて思考が鈍るのだと。領地に足を運んでいたのは、その不快な感覚から逃れたいというのも理由だったらしい。

 人を操る。

 好きも嫌いも。行動すら。本人の意図せぬままに。

 誰かを殺害させることだって容易いだろう。

 想像すると恐ろしく、ユーリエは自身の肩を抱いて身震いした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? ※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定! コミックシーモア様にて12/25より配信されます。 コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。 リンク先 https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
第零騎士団諜報部潜入班のエレオノーラは男装して酒場に潜入していた。そこで第一騎士団団長のジルベルトとぶつかってしまい、胸を触られてしまうという事故によって女性とバレてしまう。 ジルベルトは責任をとると言ってエレオノーラに求婚し、エレオノーラも責任をとって婚約者を演じると言う。 エレオノーラはジルベルト好みの婚約者を演じようとするが、彼の前ではうまく演じることができない。またジルベルトもいろんな顔を持つ彼女が気になり始め、他の男が彼女に触れようとすると牽制し始める。 そんなちょっとズレてる二人が今日も任務を遂行します!! ――― 完結しました。 ※他サイトでも公開しております。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈 
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...