6 / 25
1─6
しおりを挟む「え………?」
───せっかく君がくれたものなのに
そう聞こえたような気がする。空耳だろうか。
「とにかく、変なんだ。側近候補たちも、入学した途端、突然人が変わったかのようにキャシーを擁護するようになって。婚約者候補たちは次々に辞退の申し入れをしてきている。皆口々に、僕とキャシーが相思相愛だから身を引くと。全くわけがわからないんだ!僕が好きなのは君だけなのに!!」
ユーリエの戸惑いに気づかず、泣き出しそうな勢いでレイモンドは捲し立てながら再びユーリエを抱き締める。
最早ユーリエもわけがわからない。
そのガラス玉は“リーナ”が渡したものだし。
側近候補者はキャシーが誘惑したのを見たけれど。
婚約者候補たちの相思相愛発言は理解できないし。
何より───
「好き?誰が、誰をですか???」
「え!?まさかユーリエも僕とあの阿婆擦れが相思相愛だとか言い出さないよね!?」
あ、あばずれ…。王子の口から聞くには、随分と品のない単語が出てきたけれど、今はそれどころではない。
「それは今のところ御座いませんが───」
「今のところって何!」
ユーリエの前では無口だったはずなのに、まるでリーナの前にいるかのようにレイモンドは表情豊かに話す。ユーリエのキャパシティはパンク寸前だ。
「待って!いえ、お待ちになって下さい!まず、その、殿下は、私とどなたかをお間違いではないでしょうか」
ぴたり、と。殿下は動きを止めた。そして、あぁ!と得心したように声を上げる。
「ユーリエはリーナで、リーナはユーリエだろう?間違えてはいない。とはいえ、気づいたのはこの部屋に入ってからだけど」
「───人違いです」
「身長も一緒だし、僕を見上げる眼差しも一緒で、声も同じだ。間違いない」
迷いのない薄氷色の瞳。生まれ持った神々しさを纏うかのような自信で断言されると、二の句が告げない。こんなことで、天が与えしカリスマを発揮しないで欲しいとも思う。
もう誤魔化せないのだから、潔く認めるしかない。
「他でもないレイモンド殿下を欺き、申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げたいのに、レイモンドに抱きしめられて阻まれた。
「許さない。これからも僕の誰にも言えない本音も弱音も、他でもない君が受け止めてくれ。君以外の誰かなんて、探すつもりは無い」
リーナがレイモンドに告げた『一刻も早く本音を話せる人をお探し下さい。───“私”ではない誰かを』というセリフへの答えなのだと気づく。
ユーリエは、脳裏に浮かんだ悪夢を回避することだけを考え、あらゆることを選択してきた。全てユーリエ自身のためだった。
間違いかもしれない、後悔するかもしれない。それでも、“彼”ではない、目の前にいる彼を受け入れたいとユーリエは願った。
夢に出てくる“彼”は仏頂面だったけれど、今目の前にいるレイモンドは不安そうな表情で瞳を揺らしている。まるでよく似た別人のよう。
レイモンドの腕の力強さが、これが夢ではないことを教えてくれた。
「その罰、喜んで承りましょう」
抵抗をやめて、ユーリエは彼に寄りかかる。彼が嬉しそうに頬を染めたのがわかった。
「一生かけて償ってくれ」
「ふふ、酷いプロポーズ」
「プロ───!!」
耳まで赤くして、ぱくぱくと口を開け閉めする様が愛しい。
「違うのですか?」
「ちゃんと、やり直すから、忘れてくれ」
「嫌です。私が殿下から頂いた大切なお言葉ですもの、お返しできませんわ」
もう無理に無関心を装う必要も意味もないだろう。身構えることなく、ユーリエは微笑んで、そっとレイモンドから離れた。
名残惜しそうに、レイモンドの手が宙を彷徨い、すぐに下ろされる。
「あのガラス玉は何なんだ?単なるガラス玉とは思えないんだが」
レイモンドが首を傾げるので、ユーリエもつられて首を傾げた。
「単なるガラス玉ですよ?その辺の雑貨屋さんに売っているものです。大きくなって大切な人が出来たら、月の光に翳して祈りを込めたガラス玉を、相手に渡すようにと母が───」
何故今まで忘れていたのだろう。
不意に蘇ったのは、母との思い出。
『ママも、ママのママから教わったのよ。でも、ママはね、信じなかったの。だから、パパは惑わされてしまった』
父は何に惑わされたのだろう。
母が信じていれば、父は惑わされなかったのだろうか。
「どうした、ユーリエ?」
「あ、いえ。父に聞けば何かわかるかもしれません」
レイモンドは眉を顰めた。
「公爵はキャシーの味方なのでは?」
「表向きは。実情はそうでも御座いません。私には常に協力的です」
父は惑わされたのだと、母は言っていた。そして、それは、このガラス玉で回避できることも。
母は、愛人と庶子のことなど知らないと、ユーリエはずっと思っていた。しかし、本当は知っていたのだ。知っていて、知らないふりをしていた。それは、もしかしたら父を守れなかったことに対する母なりの贖罪だったのかもしれない。そもそも、5歳の幼子さえ気づくことを、父の片腕として領地運営や家計に携わっていた母が、気づかないわけがないのだ。
どうして、今まで、そんな当たり前のことに気づかなかったのだろう。まるで目隠しでもされていたかのような気分だ。
しかし、女に惑わされるのをガラス玉で防げるというのも妙な話だ。一体父は何に惑わされたというのか。
父がユーリエに協力的なのは罪悪感からだと思っていた。───でも、他に理由があるとしたら?
「ユーリエがそう言うなら信じよう。だが、気をつけてくれ」
「殿下、」
「レイモンドだ。ユーリエにだけは名前で呼ばれたい」
真っ赤な顔で、やや仏頂面をしながら告げられた言葉に、胸が温かくなる。
「はい、レイモンド様。次からは外で会いましょう。学院内ではどこにキャシーの目となり耳となる者がいるか、わかりません」
「なら、視察先で会おう」
「でしたら、侯爵に伝言を。侯爵は、リーナが私だと言うことを存じておりますし、父と職場が一緒ですの。遠回りにはなりますが、私の元に届きますわ」
侯爵は複数いるが、2人の間に共通する知り合いの侯爵はたった1人だけだ。初恋の叔母を盗られたという苦手意識が蘇ったらしく、渋面顔になったが、それでも彼は頷いてくれた。そんな彼が微笑ましい。
22
お気に入りに追加
202
あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね

悪役令嬢が行方不明!?
mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。
※初めての悪役令嬢物です。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる