5 / 25
1─5
しおりを挟む基本的に入寮するのは、王都にタウンハウスを持たない下位貴族だ。そこに高位貴族である公爵令嬢が入るのだから、ユーリエは必然的に噂の的となった。
しかも異母妹はタウンハウスから通うのに、正当な公爵家の跡継ぎであるはずの公爵令嬢が寮住まい。4年前に異母妹が来たのと入れ違いに領地へ引っ込んだ、という噂が更なる憶測を呼ぶ。───ユーリエ嬢は正当な公爵家の跡継ぎなのに虐げられて追い出されたに違いない、と。
これでもう、いつかの白昼夢のように、ユーリエが異母妹を虐げているなどと訴えられることもないだろう。
婚約もしていないのだから、破棄されることもない。
全ての芽が潰せたはず。そう思うのに、何故か、どことなく不安だった。
いくら寮に引きこもっていても、書類の提出などのために校舎へ向かう日もある。そういう時は人気のない時間に、コソコソと移動することが多い。そんなユーリエの耳に、不快な、甲高い声が聞こえてきた。
「ねぇ、いいでしょう?」
物陰に隠れて伺えば、予想通り異母妹のキャシーがいた。制服の胸元のボタンを大胆に開け、相手に身を寄せている。継母と同じ赤い髪に、甘えた声音。念の為に持ち歩いていたオペラグラスを手に観察すれば、その胸の谷間に、大粒のルビーのような宝石が輝いていた。迫られている男子生徒の名前は知らないが、確か、レイモンドの側近候補だったはずである。
「───もちろんです、僕の女神」
「ふふ、嬉しい。じゃあ、教えて。レイモンド様の、ご予定を」
「本日は───」
見つからぬよう、身を引く。静かに場所を変えて思案した。キャシーの色香に落ちたにしても、あんな容易に篭絡されるものだろうか。貴族令嬢が胸を肌蹴るなど下品極まりない行為であり、普通の貴族令息なら眉を顰めて常識を疑うだろう。そんな常識を冷静に考えられないくらい、谷間を見せただけで赤面して混乱するような、それだけ初心な男を狙ったとも考えられるが、どうにも違和感がある。
あれではレイモンドの予定などキャシーには筒抜けだ。どこに行ってもキャシーに先回りされて逃げられないだろう。
───先回りする必要があるということは、レイモンドはまだ、キャシーに篭絡されていない?
情報を集める必要がありそうだと判断し、ユーリエは行動を開始した。とは言っても、寮に戻り、専属で自分についている侍女に噂を集めるよう指示するだけだ。入寮している者は大概侍女や侍従を連れてきている。侍女ならではの情報網というものがあり、割と派閥関係なく交流しているので、幅広く聞き込むことが出来る。
「どうやら殿下は、婚約者候補のご令嬢たち一人一人と放課後に会談を設けているとのこと。しかし、場所を変えても時間を変えても、必ずキャシー様が現れて妨害されるそうです。更にキャシー様は、自分と殿下は既に恋仲なのだと吹聴しているとか」
「それは───、とんでもない恥知らずね」
幾ら身分が高くても、学生でも、守るべき秩序というものがある。
いや、そもそも、公爵家の入婿に過ぎない父の庶子なのだから、キャシーの身分はあくまで公爵家の養女であり、公爵令嬢ではない。王子であるレイモンドの婚約者候補は皆、公爵か侯爵家の者であり、キャシーより上の立場だ。口を挟むなど言語道断である。
だからこそ、悪夢の中でみた“彼”は、大々的に婚約破棄をして注目を集め、その場で異母妹との婚約を発表していた。公言した以上、取り返しがつかない。国王も王妃も、誰にも止められなくなる。例え相手が、王家に相応しい生まれでなかったとしても。王家の威信を守るために。
「それで、殿下のご様子は」
「相変わらず憮然となさっています」
その仏頂面でレイモンドは本心を隠している。ユーリエはレイモンドが心配で、落ち着かない。かと言って、今更“リーナ”には戻れない。
そうこうしているうちに、ユーリエの元に、レイモンドから面会の申し込みが来た。神経質そうな、細く流れる筆跡を指でなぞる。
自身の為を思うなら、あの悪夢を回避したいなら、会うべきではない。
わかっているのに、不安がユーリエを急かす。
───明日の三限目、図書室にて。
それだけを書いて侍女に返事を持っていかせた。それとは別に手紙を書く。こちらは、図書室の司書に渡して、レイモンドだけに見せるためのものだ。恐らくレイモンドへの手紙は側近候補者が中身を見てから本人へ渡している。そして側近候補者はキャシーに情報を漏洩する。だから、司書に頼んでその場でレイモンドにだけ続きを見せるようにすればいい。
───内密に、理事長室隣の来賓室へ。
「ユーリエ、なのか…?」
上手く取り巻きを騙せたらしく、レイモンドは一人で訪れた。大方、理事長と公務の件で話す予定があるとでも言って側近候補者たちをどこかに待機させてきたのだろう。肩で息をしており、急いできたのが見て取れる。
「お久しぶりです、殿下」
と、言い終わらないうちに突然抱き締められた。
「会いたかった…!!」
「はい!?」
婚約者候補として顔を合わせていた時だって互いに塩対応だった。それが数年ぶりに顔を合わせた途端、何が起きたと言うのだろう。両親にすらこんなに抱き締められたことなどない。
「で、殿下!離して!!」
突き飛ばすが、レイモンドは動揺した様子もなく、ポケットからハンカチらしき塊を出す。
「これを見てくれ」
ハンカチに包まれていたのは、見覚えのあるガラス玉だ。ただし、色がおかしい。炭でも塗ったかのように黒い。
「これは…一体何が?」
「わからない。学院に入学してから、突然変色し始めた。せっかく君がくれたものなのに、申し訳ない」
───ん?
23
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢ってこれでよかったかしら?
砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。
場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。
全11部 完結しました。
サクッと読める悪役令嬢(役)。
堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
第零騎士団諜報部潜入班のエレオノーラは男装して酒場に潜入していた。そこで第一騎士団団長のジルベルトとぶつかってしまい、胸を触られてしまうという事故によって女性とバレてしまう。
ジルベルトは責任をとると言ってエレオノーラに求婚し、エレオノーラも責任をとって婚約者を演じると言う。
エレオノーラはジルベルト好みの婚約者を演じようとするが、彼の前ではうまく演じることができない。またジルベルトもいろんな顔を持つ彼女が気になり始め、他の男が彼女に触れようとすると牽制し始める。
そんなちょっとズレてる二人が今日も任務を遂行します!!
―――
完結しました。
※他サイトでも公開しております。
できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■
強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します
天宮有
恋愛
私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。
その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。
シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。
その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。
それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。
私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。
銀の髪に咲く白い花 ~半年だけの公爵令嬢と私の物語~
新道 梨果子
恋愛
エイゼン国大法官ジャンティの屋敷に住む書生、ジルベルト。ある日、主人であるジャンティが、養女にすると少女リュシイを連れ帰ってきた。
ジルベルトは、少女を半年で貴族の娘らしくするようにと言われる。
少女が持ち込んだ植木鉢の花が半年後に咲いたら、彼女は屋敷を出て行くのだ。
たった半年だけのお嬢さまと青年との触れ合いの物語。
※ 「少女は今夜、幸せな夢を見る ~若き王が予知の少女に贈る花~」「その白い花が咲く頃、王は少女と夢を結ぶ」のその後の物語となっておりますが、読まなくとも大丈夫です。
※ 「小説家になろう」にも投稿しています(検索除外中)。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
追放令嬢は六月の花嫁として隣国公爵に溺愛される
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「えぇいっ! オレは聖女リカコとの真実の愛に目覚めたのだっ。婚約は破棄。セリカ・アーカディア嬢、今日をもって我がメサイア国から追放だっ」
「捕えろ! セリカ嬢を国外へっ」
「きゃはは! 国外追放、おめでとう! けど、果たして標本の檻から逃げられるかなぁ? セリカさまぁ」
(良かった。お母様達の本当の確執がバレなくて……)
青い蝶々のように麗しいと評判の公爵令嬢セリカ・アーカディアは、母親同士が姉妹のように育ったという新興国家メサイア国の王太子と婚約していた。だが、異世界より現れた聖女リカコの策略にハマり、国外へと追放されてしまう。だが、殆どの者は知らなかった。噂以上の確執が、セリカと王太子の母親同士にあるということに。
* 六月の花嫁を題材にした作品です。
* 序章追加。過去編イリスsideが全11話、前世編セリカsideを数話予定しております。
* この作品はアルファポリスさん、小説家になろうさんに投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる