間違った方法で幸せになろうとする人の犠牲になるのはお断りします。

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「リーナが、いなくなる…?」

 呆然と、呟くレイモンドに、苦笑を返す。

「今すぐというわけでは御座いません。あと半年ほどあります。───ちょうど殿下が貴族学院に入学する頃ですね」

 病弱、重病と言い張り雲隠れしているユーリエも、義務である以上貴族学院には行かなくてはならない。学院内では病弱を理由に授業には顔を出さず単位だけとる予定で話が進んでいる。徹底的にレイモンドと異母妹は避けるつもりだ。

 今でも時々ユーリエは夢を見る。起こり得る最悪な未来の夢を。

 煌びやかな装飾の輝く舞踏会の会場で、殿下と、殿下に寄り添う異母妹から、身に覚えのない罪を追求され、婚約破棄される夢。次第に鮮明さを帯びていく夢に、今になって、この夢は何なのだろうと疑問を抱くようになった。

 妄想?未来視?

 どちらでも構わないが、問題はその夢の後だ。婚約破棄された厄介者に明るい未来はない。しかも、言い渡した相手が王族なのだ。王族の不興を恐れるあまり、後妻にすら迎えようとはしないかもしれない。迎えられても、何かやむを得ない事情のある家だろう。

 侯爵家の給金は蓄えてあるし、実家で父の手を借りて始めた事業も今はユーリエの名義になっており、稼ぎは上々だ。メイドとして下働きを経験したお陰で家事に困ることもないだろう。受けた王子妃教育を活かして家庭教師をするのも面白そうだが、家庭教師は身元がはっきりしていないとなれない職業なので、平民や孤児相手に仕事の片手間に文字を教えるくらいがいいかもしれない。

 万が一国を出ることになっても生きていけるよう、ユーリエは5歳のあの瞬間から尽力してきた。

「どこの、誰に嫁ぐんだ?」

 疲れたような表情で、焦りを滲ませた声に、苦笑を返す。

「殿下、一刻も早く本音を話せる人をお探し下さい。───“私”ではない誰かを」 

 突きつけた拒絶に、レイモンドは心の傷を隠さず、表情に曝け出す。

 お守りに、と。ユーリエは、レイモンドのために用意していたガラス玉を差し出した。指と指で摘める、少し大きめのボタンサイズしかない、何の変哲もない、ただのガラス玉だが、少しでも彼の支えになればいいと、この一年毎日欠かさず祈りを込めていた。

 虚像の“リーナ”が、レイモンドのために残せるものなど、そんなガラクタでしかないのが現実だ。





 季節は巡る。アルバーヌ侯爵家を後にしたユーリエは、実家には向かわず、王都の宿に足を運んだ。

 待機していたメイドの手を借りて洗い流せば、元の髪色が露わになる。まるで薄めたコーヒーのような色の髪。紅茶色の瞳。眼鏡もソバカスも、もう要らない。

 幻の平民、リーナを消し去る作業は黙々と進んでいく。まるで一種の儀式のようだとユーリエは思った。

「大きくなったな、ユーリエ」

 再会した父は、少しやつれているように見えた。

「お父様はお疲れのようですわね」

「───うん、まぁ、そうだな」

 父は言葉を濁し、目を逸らす。事前にメイドから色々聞いているユーリエは既に内情を知っているので、誤魔化すだけ無駄なのだが、父なりに葛藤があるのだろうと結論づけ、追及することはしなかった。

 ユーリエが不在の間、領地の運営は父が一人で行っていた。以前はユーリエの生母が、その後はユーリエが手伝ってきたが、後妻は「そんなことはやったこともないから知らない」と拒否したという。教えようとしても「私が平民出だからってバカにしてるんでしょう!」とヒステリーを起こして話にならない。

 異母妹は「どうしてそんなことをしなくてはいけないの?全部誰かにやらせたらいいのに」と言うだけで、こちらも聞く耳を持たない。

 ならば、いっそ領地で経営に集中したいのだが、後妻と異母妹は華やかな王都から離れるなんて嫌だと拒絶した。仕方なく試しに父一人で領地に一週間篭もることにしたが、その間、継母と異母妹は贅沢三昧、我儘三昧で手に負えないと家令から速達が届き、結局父は王都を離れられない。

 という話を聞いた。

 ユーリエと異母妹の年齢が数ヶ月しか違わない時点で自業自得だろう。

「侯爵が妻の話し相手になってくれて有難うと、大変感謝しておられたよ」

 侯爵夫人は少女の明るさを手放さない、天真爛漫な方だった。彼女を思い出すと、彼女とリーナの前では単なる少年でしかなかったレイモンドのことも思い出してしまう。

「侯爵家で働けたことは大変有意義でした。お金を稼ぐ苦労や、たった一言の感謝の言葉でどんなに救われるか、身に染みて実感致しましたわ。領民の皆様の心に寄り添うにはまだまだ経験不足でしょうけれど、何も無いよりはマシでしょう」

 ユーリエはアカギレの酷い自身の両手に視線を落とす。

 初めてお給金を受け取った日に、泣きたくなるほど嬉しかったことを思い出していた。

「入寮の手続きは済んでいる。偽の診断書も提出済みだ。後ほど複写を渡すので確認して起きなさい」

 入学前の学力試験で最優秀だったこともあり、最低限求められる課題の提出をし、試験を受けて合格点をとれば単位が貰えることになっている。そのための、偽の診断書。診断書と口頭で騙る内容に差異があってはいけないため、しっかりと目を通す必要がありそうだ。

「ありがとうございます、お父様」

「いや、不甲斐ない父で申し訳ない」

 落ち込む父の姿がレイモンドと重なる。こういう情けない姿を見せられると放っておけない。

「人間、誰しも間違えるものでしょう」

 うっかり変装姿のままレイモンドと親しくなったことが、ユーリエの誤ちだろう。

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