4 / 25
1─4
しおりを挟む「リーナが、いなくなる…?」
呆然と、呟くレイモンドに、苦笑を返す。
「今すぐというわけでは御座いません。あと半年ほどあります。───ちょうど殿下が貴族学院に入学する頃ですね」
病弱、重病と言い張り雲隠れしているユーリエも、義務である以上貴族学院には行かなくてはならない。学院内では病弱を理由に授業には顔を出さず単位だけとる予定で話が進んでいる。徹底的にレイモンドと異母妹は避けるつもりだ。
今でも時々ユーリエは夢を見る。起こり得る最悪な未来の夢を。
煌びやかな装飾の輝く舞踏会の会場で、殿下と、殿下に寄り添う異母妹から、身に覚えのない罪を追求され、婚約破棄される夢。次第に鮮明さを帯びていく夢に、今になって、この夢は何なのだろうと疑問を抱くようになった。
妄想?未来視?
どちらでも構わないが、問題はその夢の後だ。婚約破棄された厄介者に明るい未来はない。しかも、言い渡した相手が王族なのだ。王族の不興を恐れるあまり、後妻にすら迎えようとはしないかもしれない。迎えられても、何かやむを得ない事情のある家だろう。
侯爵家の給金は蓄えてあるし、実家で父の手を借りて始めた事業も今はユーリエの名義になっており、稼ぎは上々だ。メイドとして下働きを経験したお陰で家事に困ることもないだろう。受けた王子妃教育を活かして家庭教師をするのも面白そうだが、家庭教師は身元がはっきりしていないとなれない職業なので、平民や孤児相手に仕事の片手間に文字を教えるくらいがいいかもしれない。
万が一国を出ることになっても生きていけるよう、ユーリエは5歳のあの瞬間から尽力してきた。
「どこの、誰に嫁ぐんだ?」
疲れたような表情で、焦りを滲ませた声に、苦笑を返す。
「殿下、一刻も早く本音を話せる人をお探し下さい。───“私”ではない誰かを」
突きつけた拒絶に、レイモンドは心の傷を隠さず、表情に曝け出す。
お守りに、と。ユーリエは、レイモンドのために用意していたガラス玉を差し出した。指と指で摘める、少し大きめのボタンサイズしかない、何の変哲もない、ただのガラス玉だが、少しでも彼の支えになればいいと、この一年毎日欠かさず祈りを込めていた。
虚像の“リーナ”が、レイモンドのために残せるものなど、そんなガラクタでしかないのが現実だ。
季節は巡る。アルバーヌ侯爵家を後にしたユーリエは、実家には向かわず、王都の宿に足を運んだ。
待機していたメイドの手を借りて洗い流せば、元の髪色が露わになる。まるで薄めたコーヒーのような色の髪。紅茶色の瞳。眼鏡もソバカスも、もう要らない。
幻の平民、リーナを消し去る作業は黙々と進んでいく。まるで一種の儀式のようだとユーリエは思った。
「大きくなったな、ユーリエ」
再会した父は、少しやつれているように見えた。
「お父様はお疲れのようですわね」
「───うん、まぁ、そうだな」
父は言葉を濁し、目を逸らす。事前にメイドから色々聞いているユーリエは既に内情を知っているので、誤魔化すだけ無駄なのだが、父なりに葛藤があるのだろうと結論づけ、追及することはしなかった。
ユーリエが不在の間、領地の運営は父が一人で行っていた。以前はユーリエの生母が、その後はユーリエが手伝ってきたが、後妻は「そんなことはやったこともないから知らない」と拒否したという。教えようとしても「私が平民出だからってバカにしてるんでしょう!」とヒステリーを起こして話にならない。
異母妹は「どうしてそんなことをしなくてはいけないの?全部誰かにやらせたらいいのに」と言うだけで、こちらも聞く耳を持たない。
ならば、いっそ領地で経営に集中したいのだが、後妻と異母妹は華やかな王都から離れるなんて嫌だと拒絶した。仕方なく試しに父一人で領地に一週間篭もることにしたが、その間、継母と異母妹は贅沢三昧、我儘三昧で手に負えないと家令から速達が届き、結局父は王都を離れられない。
という話を聞いた。
ユーリエと異母妹の年齢が数ヶ月しか違わない時点で自業自得だろう。
「侯爵が妻の話し相手になってくれて有難うと、大変感謝しておられたよ」
侯爵夫人は少女の明るさを手放さない、天真爛漫な方だった。彼女を思い出すと、彼女とリーナの前では単なる少年でしかなかったレイモンドのことも思い出してしまう。
「侯爵家で働けたことは大変有意義でした。お金を稼ぐ苦労や、たった一言の感謝の言葉でどんなに救われるか、身に染みて実感致しましたわ。領民の皆様の心に寄り添うにはまだまだ経験不足でしょうけれど、何も無いよりはマシでしょう」
ユーリエはアカギレの酷い自身の両手に視線を落とす。
初めてお給金を受け取った日に、泣きたくなるほど嬉しかったことを思い出していた。
「入寮の手続きは済んでいる。偽の診断書も提出済みだ。後ほど複写を渡すので確認して起きなさい」
入学前の学力試験で最優秀だったこともあり、最低限求められる課題の提出をし、試験を受けて合格点をとれば単位が貰えることになっている。そのための、偽の診断書。診断書と口頭で騙る内容に差異があってはいけないため、しっかりと目を通す必要がありそうだ。
「ありがとうございます、お父様」
「いや、不甲斐ない父で申し訳ない」
落ち込む父の姿がレイモンドと重なる。こういう情けない姿を見せられると放っておけない。
「人間、誰しも間違えるものでしょう」
うっかり変装姿のままレイモンドと親しくなったことが、ユーリエの誤ちだろう。
28
お気に入りに追加
202
あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。

悪役令嬢が行方不明!?
mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。
※初めての悪役令嬢物です。

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果
富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。
そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。
死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

処刑される未来をなんとか回避したい公爵令嬢と、その公爵令嬢を絶対に処刑したい男爵令嬢のお話
真理亜
恋愛
公爵令嬢のイライザには夢という形で未来を予知する能力があった。その夢の中でイライザは冤罪を着せられ処刑されてしまう。そんな未来を絶対に回避したいイライザは、予知能力を使って未来を変えようと奮闘する。それに対して、男爵令嬢であるエミリアは絶対にイライザを処刑しようと画策する。実は彼女にも譲れない理由があって...
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる