間違った方法で幸せになろうとする人の犠牲になるのはお断りします。

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1.回避

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 それは、天啓だった。

 初めて“彼”に引き合わされた時、相手の仏頂面と整った容貌を前に、「私はこの人に婚約破棄されるのだ」と確信した。とはいえ、まだ婚約していない。このまま婚約しなければ起こらない未来だ。

 ユーリエ・フォルミナ公爵令嬢、5歳の時のことである。

 嫌だと思ったところで、婚約は家のために行われるもの。個人の感情で拒否できるものではない。ただし、決定権は当主である父にあるのだから、父さえどうにかできれば回避は可能だ。

 ユーリエは母の目を盗み、父の服の裾を掴んだ。母は今王妃との歓談に夢中でこちらを気に止めてはいないし、“彼”はこちらを見ようともしない。

「お父様、私では力不足ですわ」

「何を言い出す」

 拒否の言葉に、父は身を屈め、声を潜めて窘めてくる。その視線は誰にも聞かれていないことを確認していた。

「お父様だって、私より異母妹の方を殿下に宛てがいたいのが本音なのでは?」

「っ!」

 ぎょ、として父は飛び退いた。まるで怪異でも目の前にしたかのような表情をしている。

「───私、知っていますのよ?私と年齢のそう違わない異母妹がいることを。毎回全く同じプレゼントを2つずつ同時購入していらっしゃるでしょう。しかも雑に毎回同じ場所に2つまとめて隠しているんですもの、バレバレですわ」

 ニッコリと微笑んで差し上げれば、父は顔色を失っていく。

「それは、」

「今は婚約者候補という名目で婚約自体を保留にしておきつつ、交流さえ維持すれば横槍を入れる家もないでしょうし、数年耐えれば異母妹を殿下のお目にかける機会に恵まれるのではありませんか」

「それでいいのか?」

「愛人と異母妹の存在は“今後も”上手く誤魔化してさしあげます。せめて隠し場所を変えるよう進言致しますわ」

「私にばかり利があるようだが」

「それだけ、私はこの婚約が嫌だと言うことです」

 ふと、こちらに気づいた母と王妃が振り向いたので、ユーリエは慌てて父の影に隠れる。

「どうしたの、ユーリエ」

「わたし、いやです。わたしは、お父様みたいな温かな髪色の方と結婚したいんです!!」

 わざと舌っ足らずになり、幼さを強調して、適当な言い訳をでっち上げた。父は特徴も何も無い焦げ茶色の髪に、紅茶色の瞳だ。対する“彼”は、眩いばかりの金髪にアイスブルーの瞳という、絵に描いた様な『王子様』である。父と“彼”の容姿を比較するかのように、その場にいる人間の視線が右往左往する。

「な、何を言い出すの」

 母は慌てるが、嫌だとばかりに父の脚にしがみついてユーリエは離れない。いやいやと頭を左右に振る。

「ユーリエちゃん、うちの息子の髪色も温かそうでしょう?ほら、キラキラよ」

 仏頂面の“彼”の両肩を鷲掴みにして王妃が押し出してくる。

「このお兄ちゃん、お顔怖いよぉ」

 表情が怖いので、そちらは見ません、見えません、と必死に顔を背ける。もちろん、父にしがみついたままだ。

「ま、まぁ、いくら賢くても、この子はまだ幼い。成長と共に理解し、いづれ殿下を支えるようになるはず。それまで見守ってはどうでしょう」

「な───」

 何を言い出すのかと激昂しそうになった母を遮ったのは、意外なことに“彼”だった。

「僕も、このような性格のキツそうな女と婚約なんて嫌です!」

「な、な───!?」

 王妃様は頭を抱え、母は「な」としか声を発しない。



 こうして、“彼”との婚約は保留となった。

 残念ながら婚約者候補として王子妃教育は回避できなかったけれど。



 6年後、母は不慮の事故で亡き者となり、喪も明けぬうちに愛人とその娘を公爵家に迎え入れた父は、世間から眉を顰められた。本人は社交界から向けられる眼差しに気づいても、愛人に肩身の狭い思いをさせ続けたという負い目から逆らえない。

 そもそも、父は公爵を名乗ってはいるが、あくまで入り婿であり、再婚したところで、いくら父の子でも異母妹に公爵令嬢を名乗る権利はないのだが───

「これで私も公爵令嬢ですのね!」

 異母妹は屋敷に着くなり、そのように宣言した。

「ええ、そうよ、キャシー!」

 継母は喜んで賛同しているし、父は目を逸らすばかりで訂正するつもりはないようだ。父が訂正しない以上、家令もメイドも何も言わない。

「そして、貴女が私たちの大切な家族を爵位で縛り付けていた忌々しい女の娘なのね」

 継母の眼差しも、異母妹の眼差しも、侮蔑に溢れており殺意を隠しもしない。

「お言葉ですが、その爵位に付属する領地からの収益で御二方も生活していらっしゃったのではありませんか?」

 ユーリエは呆れつつも、言わずにはいられなかった。王子妃教育と並行して父の執務を手伝うようになっていたユーリエは、この家の家計を把握している。もちろん、収益の何割がこの母娘のために使われていたのかも。

 ばしん、と頬を叩かれて、血の味がしても、ユーリエは継母を見つめ続ける。父は、気まずそうにしつつ、決してユーリエを見ることは無い。

「謝りなさい、生意気な!」

 真っ赤な髪、真っ赤な顔、真っ赤なドレスの継母に、うっそりと笑う。

「正妻である母と私から父を奪い続けてきた方が何を仰るのかと思えば、女児のように喚くだけですの?」

 更に数発、頬を叩かれた。それも大人の力で、だ。最後には、衝撃で後ろに倒れ込む。

「ふ、は。ふはははは!小娘如きが私に逆らうからよ!」

 壊れたように高笑いする継母の肩を父が抱く。

「屋敷を案内しよう。主寝室を君の好みに改装しようと思うんだが、どうだろう?」

「ふふ、素敵ですわ。当然、キャシーにも良い部屋を与えて下さるのでしょう?」

 そう問う継母の目は、ユーリエを見ていた。ユーリエの部屋をキャシーに渡せと、その目は要求しているのだ。

「も、もちろんだとも」

 父は、吃りつつも、即答した。


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