女王陛下は飢えている

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番外) 後に初代女王となる聖女

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※グロ、残虐表現注意





 目が覚めた時、辺りは血の海だった。比喩でもなんでもない。私を、私の世界から誘拐(召喚)するための生け贄となった人達の、バラバラになった遺骸の上にいた。四肢も胴体も頭部さえも、元の形がわからない。何人分の遺骸なのか、考えたくもない。私を包む生温かさの正体も知りたくない。

「い、いやあああああああああああああ」

 鼻をつく錆び臭さに、絶望して絶叫した。

 ばん…ッ

 容赦なく頬を殴られ、勢いよく床に転がる。じわりと広がる痛みと熱。

「この喚くしか能のないメスが使い物になるのか?」

 不遜な物言い。傲慢な態度。メス、とは自分のことなのだろう。私を人間扱いしていないことは嫌でもわかる。

 少し離れたところで黒いローブで身を隠した人物達が這いつくばるように平身低頭している。

「贄の質に見合った程度の者しか呼べませぬ」

「所詮クズか」

 クズ、と吐き捨てるように言いつつ、今度は蹴られそうになる。しかし、男の足は私に届く寸前で止まった。まるで見えない壁があるかのように。

「蹴った感触はあるのに、なんだ、これは」

 いくら男が多方面から足を振り上げようと、拳を振り上げようと、私にはもう届かない。見えない何かが全て受け止めてくれている。

「どうやら聖女様は陛下を『敵』と認識し、防御結界を纏われたようでございます。これならば問題なく役目を果たして頂けることでしょう!お喜び申し上げます」

「「「お喜び申し上げます」」」





 私が連れてこられたジェノールという国は人種差別が酷い国だ。

 今現在ジェノール国を支配するジェノン人は、魔法が使える。対する原住民は魔法が使えなかった。そこに生まれた圧倒的な力の差で蹂躙し支配して、ジェノン人は原住民を含む異民族を奴隷として取り扱い始めたのだという。

 その魔力を持たず魔法を使えない人達の生命力(つまり命)と引き換えに、膨大な魔力を手に入れようとジェノール国では研究を進めた。その結果、確かに膨大な魔力は得たが、その魔力は犠牲者の怨念を纏ったまま国中に拡散し、次々にジェノン人を呪い殺し始めたのである。それを『邪気』と呼び、国中が混乱に陥った。

 そこで、彼らは『聖女』を召喚した。『聖女』は、存在するだけで周辺の『邪気』を吸収する。一定量の邪気を体内に取り込むと、肉体に負荷が掛かり倒れてしまう。体内での浄化作業が終わるまで数日は目覚めない。その間、酷い悪夢にうなされ続けるはめになる。

 異民族だとバレないよう、決して肌を見せないよう厳重にベールをかぶり、聖女として各地を巡礼し、倒れて城に戻される。ひたすらそれを繰り返す。



「全ての浄化を終えたら、お前を殺さなくてはならない」

 第一印象が最悪だったジェノール国王は、人目がない時のみ普通の青年だった。数年前内乱で内側から崩壊しそうになった国を、ジェノン族を首位に置くことで団結力を高め、引き留めた経緯故に、表向き彼は異民族を厭う。奴隷とはいえ、蓋を開ければ最低限の人権は法で保証されているし、生け贄にされた奴隷たちは皆人身売買などを行った凶悪な犯罪奴隷だった。

「殺す?私を?」

 内密な打ち合わせと称して王の執務室で二人きり。二人を隔てるテーブルの上には紅茶と焼き菓子が乗っている。時が経つに連れ、若き国王に対する警戒は薄れていった。

 王が手ずから淹れてくれる紅茶は正直美味しくないのだが、人前では絶対に行えないことを彼は嬉々としてやりたがるので、今日も我慢して不味い紅茶を飲む。早いもので私がここに来てから三年の月日が経っていた。まさかあの男と茶飲み友達のような関係になるとは誰が予想しただろう。

「聖女を旗印にして反乱を起こそうと画策している貴族が複数いる。お前が奴らの手に渡ることだけは阻止しなくては」

「私が新たな火種になる前に、消す。そういうことなのね」

「あぁ、だから、誰にも気を許すな。全員を敵だと思え。上層部内にも異民族の聖女など浄化が終われば用済みだと主張する奴が多い」

 近い将来、私を殺さなくてはいけない男が、忌々しげに忠告してくる。本当に殺す気があるのかと問いたくなるが、その必要はない。彼は王として必要とあれば容赦なく私を殺す。そういう男だ。

「体内で浄化している間はどうしても無防備になるのに、難しいことを言うわね」

 敵だと認識した相手からの接触を阻む自動防御結界はあるのだが、それは通常時にしか発動しない。通常時であれば寝ている間も発動するくせに、体内で邪気を浄化している間は聖女の能力が一切使えなくなるのだ。ただひたすら怨み辛みのこもった悪夢を見続けることしかできない。

「奴隷たちにも不穏な動きがある。どうやら身分を求めて反乱を起こすつもりらしい」

「そりゃ誰だって我が身は可愛いもの。自分達が国を纏めるための犠牲になることに納得していない人は多いでしょう」

 焼き菓子はプロの料理人が作っているだけあって美味しい。例え毒が盛られていても聖女の力で無効化されるので問題ない。

「そこで、だ。お前、新しい独立国家を興さないか?」

「はぁ?どうやって作るのよ、それ。土地は?国民は?」

「問題ない。ちょうどいい隠れ蓑がある。実はもうそこに最低限住めるよう、極秘で街を建設し始めている。反乱を起こそうとしている奴隷たちを連れて行けばいい。───できれば、ダートの奴も連れていって欲しい」

 ダート。その名前に、私は思わず手にしていた茶器を乱暴にテーブルへ置いてしまった。ガチャンという派手な音が響く。

「───本気?」

 ダートは、異民族で奴隷の青年だ。赤い燃えるような髪の目を惹く、線の細い青年。国王が寵愛してやまない、最愛の人。国王には三人の妃がおり、それぞれが男児を一人ずつ出産している。世継ぎさえできれば用がないとばかりに国王は妃に見向きもせず、ダートを寝室に閉じ込めて愛でており、その寵愛は誰もが知っていた。

 後継者争いを考えればこれ以上子供を作るのは悪手なのだから、男の奴隷が手頃でちょうどいいのだと、周囲には思わせている。単なる性欲処理の相手だと。

 ダートを他者の悪意から守るために、王はダート自身にもそのように思い込ませている。想いを伝えてしまえば、恐らく愛が態度に滲み出てしまう。そうなれば嫉妬から妃たちが動くだろう。ダートを、最愛の人を守るために、彼は想いを告げない。ダートを傷つける言葉を選び、その度に自身も傷ついて、落ち込む。そして行き場を失ったダートへの愛を、何故か聖女である私に延々と語って聞かせるのだ。

 閨でいかに乱れるか、とか。

 どれだけ愛しいか、とか。

 誰の目にも触れさせたくないから、湯浴みの世話も侍女には絶対にやらせないとか。

 S字結腸責めをやったら流石に殴られたとかいう生々しいことまで報告してくる。

 お陰でまだ直接会ったこともないのに黒子の位置まで知っている。

 聞かされるノロケに苛立った結果、それら全てを日記に書き留めているのは、自己満足でしかない、小さな小さな復讐だ。

「そろそろ、息子たちによる後継者争いが激しくなる。合わせて異民族排除の動きも高まるだろう。ダートの身も危ない」

 異民族排除を盛り上げて民意を自分につけようとする王子は必ずいる。その盛り上がりがどこまで過激化するかは予測がつかない。

「本当に、本当にそれでいいの?」

 この王様は、臆病な人だ。常に最悪を想定して先手を打つ。守るために傷つける、不器用な人だ。誰にも心の内を見せず(※異世界から来た余所者で第三者の聖女は別らしい)、唯一執着した相手すら手放そうとしている。

「誰よりも近くにいて、アイツの時間を一人占めできたんだ。これ以上、俺のワガママに付き合わせて死なれたら嫌だからな」

「ふーん?じゃあ、将来的にダートと私の間に子供が出来ても文句言わない?」

 我ながら意地の悪い問いかけだという自覚はあった。これで動揺するようなら、彼はまだ決意しきれていないということ。きっと後悔する。

 そんな私の心配をよそに、王は穏やかに微笑んだ。

「あと2年で禁術を完成させてやる」

「は?」

「お前の胎に、俺とダートの子を孕ませる。それをお前は産んで母親として育てろ」

「え、それ、マジで言ってる?」

「俺はいつだって真面目だし、本気だ」

 相変わらずヤバい思想の持ち主だ。この男なら何を犠牲にしてでも成し遂げそうで怖い。

「本当はダートに俺の子を孕ませたかったが、どうしても子宮の代替えを準備することができそうにない。これは妥協案だ」

「何で勝手に私を使う気満々なの!?」

「処女受胎なんてまさに聖女じゃないか。喜べ」

「喜ぶわけないでしょ!!」

「俺とダートの子供にお前の血が受け継がれるのも許容してやろう。俺たち三人の子供だな。きっとダートに似て可愛い子になるぞ!」

 まだ実現するかもわからない未来に思いを馳せ、目をキラキラと輝かせている。もうこの男には何を言っても無駄らしい。

「お前が女王となり、ダートが王配、俺たちの子が王太子だな。既に素質のある奴隷たちには雑用に託つけて政治や実務を学ばせ始めている。何も問題ない」

「そりゃあ、まぁ、国の運営なんかわかんないし、助かるけど。そもそも私でいいの?」

「仕方ないだろう。お前しか信頼できる友人がいないんだ」

 ───え、友人だったの?という驚きを何とか呑み込む。

「それは、仕方ない、のかな?」

「国名はブレリーニュを名乗って欲しい。ダートは、ジェノール国によって滅ぼされた元ブレリーニュ国の第一王子なんだ。きっと国営にも一役買うだろう」

 楽しそうに彼が語る絵空事に、彼自身の姿はない。彼は死ぬつもりなのだ。2年で全ての準備を終わらせ、クーデターを煽り、彼自身の死によってもたらされる混乱を利用して私たちを新たな土地に逃がすつもりなのだ。

 きっと、彼は成し遂げる。

 そして新ブレリーニュ国は、ダートの赤い髪質を引き継ぐ者が王族として守り育てていくに違いない。

「素敵な夢ね」



 そこに貴方がいないことだけが悲しい。


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