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6) 女王執務補佐官
しおりを挟むブレリーニュ国に逃げ込む奴隷たちは大半がジェノール国から逃げてくる。実はブレリーニュ国の初代女王陛下とその王配も、ジェノール国から逃げ出し、森の中に国を作った。その因縁故に、ブレリーニュ国とジェノール国は仲があまり良くない。それでも、もし本人が帰りたいと望むなら、不当な奴隷術の取り締まり強化を求めつつ、被害者として元奴隷を送り届けることは可能だ。
「俺はジェノール国には帰りたくない」
元奴隷の少年の瞳に迷いはない。予想通りの返答に、女王陛下は胸を撫で下ろす。元奴隷で帰国を望む人の方が少ない。しかも、望む場合は家族が人質になっていることが多い。そういった懸念も消え、安堵していた。
「祖国なのに?」
女王陛下の意地の悪い問いかけにも、少年は迷わず頷く。
「あの国の連中は『自分は選ばれた人間なんだ』って、全員が考えてる。だから、目の前で誰かが酷い目にあっても『運命に選ばれなかった人間は仕方ない』って、優越感に浸って誰も助けやしない。生きる場所を選べるなら俺は、ここがいい!あんな国なんて俺は選ばない!」
そう語る少年の手は、傍らに立つ国境警備隊長ヤグレの服を掴んでいる。少年にとってヤグレは命の恩人だ。少年の“生きる場所”というのはどうやら、ヤグレの傍らのことらしい。そう解釈した女王陛下は、二人が目と目で会話するのをだらしない笑顔で眺めていた。
「わかりました。貴方を我が国の民として受け入れます」
そうとなれば戸籍や住民票の作成などやることは多い。女王陛下の言を受けて2人の補佐官がそれぞれ動き出した。女王陛下の執務室は、応接ソファセットが真ん中にあり、書類保管の棚が両側の壁を埋め、執務机の両側に補佐官2名分の机。圧迫感があり、狭く思える。
「書類を作るにも、貴方の名前が必要よ。名前、教えてくれるかしら」
女王陛下に促された少年はヤグレを仰ぎ見る。その表情は険しい。
「オッサン、俺の名前、もちろん考えてくれたんだろう?」
「………姫さん、頼む。コイツに名前をつけてやってくれ。何も思い付かなかった!」
「姫さん、聞いてよ!このオッサン、へたれすぎる!1ヶ月も経つのに未だに手ぇ出して来ねぇんだよ!!隣でおっ勃てて一人で抜きに行くんだぜ!こっちは良いよって言ってんのに!!名前の件だって何週間も前から頼んでるのに、何一つ出てこねぇんだけど!!俺が襲おうとすると寝たふりしてたんじゃねぇの?ってくらい直ぐ様目を覚まして防御するしさぁぁぁ!!」
少年が地団駄を踏みながら、ヤグレの脇腹を殴り始めた。よほど鬱憤が溜まっているらしい。
「ちょ、おい!待て!落ち着け!」
まるで親子のようだ。主に口調と身長差が。微笑ましく二人を見守る女王陛下の背後で護衛騎士が少年の発言にドン引きしている。
賑やかな一団をよそに、黙々と書類作成に励む女王執務補佐官の二人。褐色の肌に銀髪のルグナと、小麦色の肌に金髪のリドー。
ルグナは縁なし眼鏡のよく似合う知的男子だ。表情を滅多に変えないのもあって人はあまり彼に近づこうとしない。決して人前で鎖骨を曝さない鉄壁の詰め襟服が彼の定番服であり、ますます他人を拒絶しているかのような印象を与える。そんなものでは隠しきれない引き締まった腰のラインはぶっちゃけエロい。魅了された城のメイド達は密かに『黒豹』と呼んでいる。
対するリドーは、よく笑う爽やかな好青年で、前開きの服を着ていることが多く、しなやかな胸筋を惜しげもなく覗かせている。とても文官には見えないが、それもそのはず、元々彼は軍人だ。脚の怪我を理由に退役し、三歳年上の幼馴染、ルグナを追って執務室勤務を希望したのである。そんな彼はメイド達から『ワンコ』と呼ばれていたりする。…黒豹との温度差が凄い。
ルグナは大変優秀で、ここで女王陛下が亡命者対策を見直したいとでも一言呟けば、すぐさま彼直筆の分厚い現状レポートが提出されるだろう。そのくらい常日頃から彼はどんな要求にも対応すべく、ありとあらゆる事柄に関して日夜情報をまとめている。
もちろんリドーも武官上がりなのが嘘のように優秀だ。女王の話の流れから必要書類を推測し、指示される前に作成に取りかかるなんて朝飯前。
そんな優秀な補佐官たちにも理解できないであろう悩みが女王陛下にはあった。もちろん、元奴隷少年の名付けなどではない。そんなものは拾った人物が責任を持って考えて欲しい。女王の悩みはもっと別なところにある。
───ルグナとリドーって、どっちがタチでどっちがネコなんだろう?
女王は常日頃から時間に余裕ができる度に悩んでいた。もちろん、件の二人がそういう仲である、という証拠は何もない。ただ、仕事の会話すらアイコンタクトで済ませる熟年夫婦感はある。想像するのは自由だ、しかし、甲乙つけがたい。
知的な年上黒豹攻めも捨てがたいが、やはり体格的には細マッチョな年下ワンコ攻めだろうか。前者は鬼畜だと尚良い。いやいや、後者は後者で、昼間は人懐っこいワンコなのに夜になると狼に豹変するとか良いね!
初なワンコ攻めを、クールビューティーな黒豹受けが手玉にとって翻弄するのもまた良し。
天然なワンコを自分の思うがまま躾をしていく黒豹なら攻めでも受けでも美味しい。
───もう、リバでいいんじゃないかな。
女王は今日一つの答えに行き着いた。いや、何度も何度も数多の答えを出してきた。その答えを新月の夜に開かれる腐女子会議に持ち込み、腐女子仲間であるメイドや王室御用達の花屋さんなどと討論すると、ありとあらゆる意見に翻弄され、盛り上がりすぎて何も結論に至らず終わるのだ。
その、山もなく落ちもなく意味もない会議で満場一致した見解は、『ルグナ(黒豹)が常に詰め襟なのはキスマークが凄いから』である。もちろん真実など誰も知らない。確かめてはいけないのだ。夢は見るためにあるのだから。
背後で困り果てている護衛騎士、痴話喧嘩をする年の差カップル。それらを無視し、ルグナは入国許可証を、リドーは新規戸籍作成書をそれぞれ作成し、女王陛下の前に差し出した。どちらも後はバカップルの署名さえあれば完成である。それらに目を落とし、不備がないことを確認した上でもう一度バカップルを見る。痴話喧嘩は加速しており、ヤグレの方が押し負けつつある。まだ終わらなそうだ。
女王陛下は目の前の補佐官二人に視線を戻した。
「「何か?」」
いつもと違う女王陛下の眼差しに気付いたようで、二人は揃って問い掛けてきた。───ふむ。ならば聞いてしまおうか。
「貴方達って、付き合ってるの?」
「え、知らなかったんですか?」
意を決して聞いたのに、リドーの答えは随分とアッサリしたものだった。普段表情を変えないルグナも戸惑いを浮かべている。
「てっきり知っているからリドーの人事異動を許可して下さったのかと思っておりました」
「その辺の事情も知らずに、文官経験ゼロの俺なんかを女王執務室に配属なんて、いくらなんでも冒険しすぎでしょ!」
リドーの指摘は的確だ。当時の自分は何を考えていたのか、ちょっとばかり過去の自分に問い質したい。いや、そんなことをしなくても、すぐに答えは出た。この二人がくっついたら目の保養になりそうとか、やはり腐った思考からだった。いや、しかし、まさか本当に付き合っているとは!
「もっとイチャつきなさいよ!」
わかりやすく仲良くしてくれれば、こんなにも日々ホモの供給不足で苦しむことはなかっただろう。八つ当たりだとわかっていても言わずにはいられなかった。
そんな女王陛下を前に、ルグナとリドーは目と目で会話をし、女王陛下に向き直る。口を開いたのはリドーだ。
「俺たち付き合って、一緒に暮らして、もう10年くらいになるんでイチャつけと言われても困ります」
「貴方達…、本当に熟年夫婦レベルだったのね。まさか夜もご無沙汰なの?」
「陛下!!」
何言っているのかと慌てたのは背後の護衛で、肝心の補佐官二人は互いを見合う。アイコンタクトの末、口を開いたのはやはりリドーだった。
「黙秘しろとルグナが言うので黙秘します」
よく躾られた犬のようだ、と女王陛下は妙なところに納得した。まるで嫁の尻に敷かれている夫のようだ、とも思った。
───犬×黒豹だったか。
女王陛下が一つの悟りを開く頃、ようやくヤグレと少年の痴話喧嘩は落ち着きを見せた。
「か、考える時間をくれ」
元奴隷少年の名前について考える時間を求めるヤグレを、補佐官カップルは一瞥し、また互いを見て、頷く。二人はそれぞれの席に戻っていった。それを了承と受け取り、女王陛下が説明を添える。
「待てても後3日。それを過ぎると此方としても不法滞在者として一度身柄を確保せざるを得なくなってしまうから気をつけて」
「3日、3日しかないのか…」
項垂れるヤグレに元奴隷少年は蹴りを入れた。
───この二人も旦那が嫁の尻に敷かれるタイプになりそうだ。
「そういえば姫さんに聞いていいかな?向こうではジェノール国に現れた聖女を誘拐した男が、聖女を旗印に人を集めて作った国がブレリーニュ国だって言われてるけど、本当のところはどうなの?」
呑気な女王陛下の思考は、元奴隷少年からの質問でぶったぎられた。ブレリーニュ国民からすれば失礼極まりない言い伝えだ。
「俺も聞かれたけど、勉強したことないからわからん」
ヤグレの言うように、ブレリーニュ国民の大半は真実を知らない。特に興味を示す人もいなかったので、正しい話など広まっていないのだ。別に秘密でもなんでもない。女王陛下は頬杖をつき、溜め息をついた。
「ジェノール国に誘拐され言いように使われた聖女がぶちギレて、当時のジェノール国王の性奴隷だった男を人質にとり、森に逃げ込んだのよ。少なくとも我が王家に伝わる初代女王の日記にはそう書かれているわ」
その、初代女王となった聖女の日記こそ、女王陛下が腐女子となった原因である。異世界から誘拐同然に連れてこられた聖女は、三度の飯よりホモが好きだった。当時のジェノール国王には三人の妻がいたのだが、最も愛していたのは性奴隷男性だったらしく、聖女は日記にその二人の赤裸々過ぎる恋模様を綴っている。
「かなり赤裸々で露骨な性描写も多いから人には貸せないのよね」
「気になるけど、そもそも字が読めないんで遠慮するよ」
性奴隷少年は静かにそう答えた。
「知らなくても良いことって、世の中あるのよねぇ…」
女王陛下は遠い目をして、自分のルーツである聖女に思いを馳せる。確実に自分はあの女性の血を引いているのだと、日々実感していた。
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