女王陛下は飢えている

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5) 国境警備隊長ヤグレ(※R-15 )

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 己の体に、容姿に、価値があると気づいたのは随分と幼い頃だった。僅かな金や食料と引き換えに、相手に望まれるまま男女問わず抱いたり抱かれたりして生きてきた。そういう生き方しかできなかったのだと、理解しているし、後悔もしていない。

 客に騙され、奴隷術を掛けられた時はさすがに絶望した。

 奴隷術というのは、名前のとおり、当人の意思を無視して隷属させる呪術だ。体に呪いの刻印が浮き上がり、術者の命令に逆らえなくなる。実はこの術、逆らえないというだけなので、術者は術をかけた直後に必要最低限の命令をする必要がある。逃げるな、と命令される前なら逃げられる。咄嗟に覆い被さっている男の顎を殴りつつ、股間を蹴りあげ、身を翻し、着の身着のまま逃げ出した。裸足に、薄着。心許ないが構ってはいられない。

 どれだけ離れればいいのだろう。離れても命令は有効なのかもしれない。命令が聞こえなくても安心はできなかった。なにせ知識が足りない。戻れと言われれば、それが自分の耳に届かなくても従うしかないのかもしれない。強い強い不安がまとわりついて離れない。当てもなく町を覆う柵をくぐり抜け、“死の森”に飛び込んだ。この森は国境だ。魔の国、ブレリーニュ国へと続く森。

 奴隷として生きるのは嫌だった。今までの生き方と大差ないかもしれないが、そこに自分の意思がないなら死んでいるのと変わらない。だったら森で、自分のままで、死にたい。





「貴方が直接来るなんて珍しいわね」

 女王陛下の執務室に現れたのは、国境警備隊長のヤグレだ。いつもは補佐官が簡易的な定期報告を持参するだけだ。

 何かあったのかと身構える女王陛下に、無精髭を生やした、胡散臭い見た目の粗野な男─ヤグレは、ぽりぽりと頬をかく。

「ちょっと、姫さんにお願いがあってな」

 口を開くと見た目通りの冴えないオッサンぶりが浮き彫りになる。確か今年で35歳だったか。

「お願い?貴方が、私に?」

「さっき、国境を不当なルートで越えてきた野郎がいたんで捕まえたんだが、まだガキなんだ。しかも奴隷術付きの。俺んとこで保護したい」

 女王陛下はペンを手放し、机上で神に祈るように両手を組み合わせた。表情は幾分固い。

「ガキって、いくつくらい?」

「14~15歳くらいだろうな」

「野郎ってことは、少年なのね?状態は?」

「靴を履いていない、両足が傷だらけで血塗れだ。あとは両腕に木に引っ掻けたらしい傷が多い。栄養状態はそんなに悪くないが、良くもない。肌の色は白いが健康的なものだ、不健康さはない。倒れていた位置から推測するとジェノール国から来たんだろう」

「奴隷になって日は浅そうね」

 女王陛下は、ヤグレの“お願い”とやらの内容を察して浅く息を吐いた。許可をすべきか、願いを突きつけられる前に頭が動き出す。

 迷い、視線を上げれば、ヤグレと目があった。ヤグレはいつも通り、ダルそうだ。彼は正義感などから奴隷少年に関わろうとしているわけではないのだとわかる。そんな気合いは感じられないし、何よりそんな人物ではない。

「解呪をさせてくれ」

 ヤグレの願いは寸分狂わず女王陛下の予想通りだった。

 奴隷術は術者にしか解呪できないと言われている。国の成り立ち故にブレリーニュ国には奴隷術を強制的に解呪する特定の魔術が存在する。それが国外に知られれば、ありとあらゆる奴隷がブレリーニュ国に押し寄せる恐れがあるため、秘匿されているのだ。

「少年が犯罪奴隷である可能性は?」

 犯罪奴隷とは、犯罪を犯した結果、司法で裁かれ刑罰として奴隷になった者のことだ。これを迂闊に解呪することは、他国の司法制度を否定することになり、完全な越権行為。国際問題になるのが確実であり、決して解呪してはならない。解呪できると知られれば、犯罪奴隷は押し寄せてくるだろう。治安の悪化、犯罪組織の乱立など良くない未来を引き寄せてくる。

「傷は全て真新しい。手錠や足枷の痕跡もない。うっ血痕が首や胸に数ヶ所。犯罪奴隷じゃない。性奴隷だろ」

「そう。ならば私は貴方の判断を信じます。解呪を許可しましょう。ただし、解呪後は貴方の監視下、庇護下に置くこと。施設などに入れず、責任を持って貴方の手元に置きなさい。術者に取り返されないよう、守りなさい」

「俺のわがままだからな。それくらい当然だろ」

「貴方に解呪できるの?」

「やってみないとわからん」

「そう、健闘を祈るわ」

 それが、女王陛下の決断だった。



 ヤグレが退出後、それまで空気と化していた女王陛下専属護衛騎士が口を開く。

「解呪というのは、そんなに難しいんですか?」

「難しいわ。奴隷術を施された時と同じ条件を揃えなくてはならないの。それが、奴隷術が一般的に解呪できないと言われている理由よ。術を施した術者の記憶を鍵として刻印に混ぜてあるの」

「記憶ですか」

 うーん、と少し考えてから、女王陛下は解説することにした。

「例えば、奴隷術を施した際、三人の人間が立ち会ったとする。そしたら解呪するときにも三人の立ち会い人が必要となる」

「同じ三人でなくてもいいなら簡単そうですね」

「奴隷術の熟練度が低ければ、三人という条件だけなんだけど、熟練度が上がると、一人の女性と二人の男性だとか、裁判官とシスターと衛兵だとか、どんどん細かくなっていくの」

「それ、奴隷術を受けた側が覚えてなかったら絶望的ですね」

「刑罰で行われる際は対象を眠らせ、毎回条件を変動させる。大規模な犯罪組織だと対象を酩酊状態にしてから施したりする。でもこれはまだマシな方」

「マシ、ですか?」

「ええ、はるかにマシよ。首を絞められながら奴隷術をかけられたら、首を絞められながら解呪されなくてはならない。絶望的な状況を、もう一度味わうくらいなら解呪せずに死ぬことを選ぶ人もいるの」

 それでも、死なない程度に首を絞められるだけなら、まだはるかにマシだろう。女王陛下は昔聞いたヤグレの母親のことを思い出していた。





「7人の見物人と幼い自分の息子の前で、5人の男に犯されながら奴隷術をかけられた女は、それを再現するくらいなら死んだ方が良いと首を吊った。それが俺の母親だ」

 ベッドに横たわる少年の傍らに腰掛け、ヤグレは話す。独り暮しのヤグレの家に余分なものなどなく、少年の寝ているベッドはヤグレのものだし、ヤグレが今腰掛けている椅子はキッチンから運んできたものだ。

 少年は、ヤグレがそれを自分に語る意図がわからず、怪訝な表情をしている。哀れんだりしない、少年のその反応にヤグレは満足して微笑んだ。

「解呪できるかはわからん。して欲しいなら手伝ってやる。自殺したいなら、それも手伝おう」

 少年はますます怪訝な表情を深めた。何故ヤグレがそんな提案をしているのかわからないらしい。ヤグレは笑みを溢す。

「術者から一定距離を一定期間離れた奴隷は発狂し、耐え難い頭痛に対抗しようと壁に自ら頭を打ち付けつつ死ぬ。距離と期間は術者の力量に左右されるから何とも言えないが、さすがにそれは嫌だろ?」

「絶対、嫌だ」

「どうする?」

 問いかけながら、少年の答えをヤグレは既にわかっている。少年の青い瞳は生きることを諦めていない。その瞳の輝きが愛しい。何としてでも解呪してやりたい。初回命令を受けずに逃げ出せたくらいだ、彼は術を受けた状況を覚えているに違いない。

「解呪してくれ」

「術者役は俺でいいのか?急いで条件に合う奴を探してこないとならん」

 少年の手がヤグレの腕を掴み、引き寄せる。ヤグレは抵抗せず立ち上がり、少年に近づいた。

「アンタだけでいい」

 恥じらうように視線を逸らし、口先を尖らせて少年は上掛けを剥いだ。酷くボロボロになった薄着姿が露になる。

「俺に覆い被さって」

 言われるまま、ベッドの上に乗る。狭いベッドがギシギシと悲鳴を上げる。その音に、少年は頬を赤く染めた。ヤグレは平常心を保てるか自信がなくなりつつも、少年を押し倒すように覆い被さる。

「次は?」

「…もう!なんだよ、この羞恥プレイは!俺の上着に頭を突っ込んで、左の乳首を嘗めながら、右の乳首を指で転がして、空いてる方の手で術をかけてた!」

 少年にとっての左右を頭の中で考えつつ、ヤグレは遠慮なく上着に頭を突っ込んで乳首に食らいつく。

「ひ…ぅっ」

 逃げようと身を捩るのが、男の征服欲を煽るとわかっているのか、いないのか。ヤグレは苦笑しつつ、体温の上がっていく少年の乳首を左手指の腹で軽く摘まみ、奴隷術の刻印の上に右手を乗せ、意識を集中させる。ガラスの割れるような音が響いたのを合図に、ヤグレは少年から手と体を急いで引き剥がし、体を起こした。

「成功だ」

 少年は潤んだ瞳で、切なそうにヤグレを睨む。扇情的な表情から、ヤグレは顔を背け、ベッドから下りる。

「解呪できたぞ。少し休んでろ」

「続き、しないの?オッサン、勃起してるじゃん。俺も勃っちゃった」

「しない。解呪の影響で体に相当の負荷がかかったはずだ。明日から数日熱だして寝込むことになるから覚悟しておけ」

 ヤグレは少年を振り向くことなく、バスルームに消えていく。少年は不満を隠すことなく、膨れっ面をしてベッドに沈み込んだ。自身の心臓の位置に手を当てると、ドキドキと高鳴って煩い。

「くそ、あんなオッサンに…」

 少年は恋をした。

 あの反応は女しか受け付けないということもないだろうに、据え膳に手を出さず気遣う男に初めて出会った。乳首を嘗められて性的に興奮したのも初めてのことだ。いつも客が喜ぶように演技しつつ、そんなところを嘗めて何が楽しいのだろうと不思議に思っていた。どうやってあのオッサンを籠絡してやろうか、そんなことを考えているうちに少年は意識を手放した。



 約一週間、少年は熱を出して朦朧とし、ヤグレに看病されるはめになる。





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