政略転じまして出会いました婚

ひづき

文字の大きさ
上 下
3 / 6

さん

しおりを挟む



 書類上の夫に抱き締められたまま、夫婦の寝室に戻される。客人?を見送らなくて良いのかと問えば「客じゃない」とだけ答えが返ってきた。

「ミリアのお陰で本当に助かった」

 何もした覚えは無い。それどころか身代わりとしての役目を果たせていない。

 そもそも、この人は何故平然とミリアを呼ぶのだろうか。あの実父が用意した縁談なのだから、もしかしたら本来結婚するはずだった異母姉の名前を新郎が知らないということも有り得る。それでも気にせず縁談を進めたのだとしたら、この男は実父並に情のない、人でなしかもしれない。

「あの、私は、異母姉が見つかるまでの代役で、貴方の本来の結婚相手ではないのです!」

「そうだな。そのはずだった。でも現在俺の妻はミリアだ。君が万が一宣誓書にフローラの名前を書いていたら、君は偽証罪で逮捕され、君の家族もそれに加担したと罰金刑くらいにはなっただろう」

「え」

「ああでも、君のお父上のことだ、君1人に全ての罪がかかるよう事件を捏造するだろう。誘拐罪、傷害罪、詐欺罪も追加するくらいはやるかもな」

「え」

 そんな危ない橋を渡ろうとしていたなんて!

 己の無知さ、浅はかさに愕然とする。

 花嫁の失踪は異母姉に嫉妬したミリアが危害を加えた上で誘拐し、成り代わって、ベールで気づかなかったと実父達は涙ながらに証言する。そんな姿が容易く想像出来た。

「で、でも、私が自分の名前を書いたところで、同じなのでは…」

 結局、異母姉の立場を奪う為に異母姉を襲ったという濡れ衣は着せられそうである。

「少なくとも偽証罪ではない。そのお陰で姫から逃れられたし、お礼にそれ以外の罪状からは庇ってやるさ」

「………姫?」

「ファラ姫だ」

「?」

 聞き覚えのない名前にミリアは訝る。そもそもこの国の王族に姫なんて居ただろうか。

「王姪に当たる姫君で、隣国の姫なんだが、現在極秘で来訪している」

「極秘」

 その極秘を知ってしまって良いのだろうか。

「ファラ姫からの求愛がしつこくて、しつこくて。婚約をすっ飛ばして結婚しても良いという奇特な女性が必要だった俺は伯爵家に大金を詰んだ。俺はお前を金で買ったようなものだ、恨みたければ恨め」

 胸を張って恨めと言われても、ミリアの心情は凪いだまま。特に揺れることもない。下手に隠されたりするよりは好感が持てるかもしれないと少しだけ思う。

「政略結婚なんてそんなものでしょう。…ですが、そのお姫様がそんなにお気に召さなかったのですか?」

「…そういう問題じゃない。俺は家柄も職業も王族に近い。その分、国家機密に近いこともあって安易に他国の王族を嫁に迎えるわけには行かないんだ。俺自身が他国に婿入りするのも同じ理由で却下」

 政略結婚が存在するのと同様に、政略面から結ばれてはいけない相手というのも存在する。一応貴族として戸籍はあるが平民と大差ない庶子であるミリアには今まで縁がないものだと思っていた。縁がないどころか巻き添えを食らった結果ここにいる。笑えない。物凄く、笑えない。

「そもそもファラ姫は皇国に嫁入りすることが昔から決まっていた。そう言い聞かされて育ったはずなのに、好いた男以外とは結婚しないと騒いだ挙げ句に出奔してきやがった。だから、姫の滞在は極秘なんだ」

 私の異母姉といい、そのお姫様といい、親の決めた婚約から逃げるのが流行ってるのだろうか。何の為に領民の税金で育てられたのか、彼女達何も分かっていないのだろう。

「俺があの女に襲われて既成事実でも出来た日には皇国と戦争になる恐れさえある。戦争の発端となった大罪人として処刑される未来だけは避けたかった」

「なるほど。旦那様は女難の相をお持ちなのですね」

「俺もそう思っていたところに君が現れた!下手にそこそこの貴族と結婚して公爵の座を狙っていると兄に思われるのも迷惑だし、仮にも公爵家の次男が平民と結婚するわけにも行かなくてな。その点、貴族だけど庶子という君は大変都合が良い!ありがとう!」

 そこまで明確に都合が良いと言い切られると怒る気力も湧かない。しかも物凄く晴れやかな笑顔だ。清々しくて何も言い返せない。何を言い返していいか分からない。

「…お役に立てたなら、良かった、です」

「君は俺の恩人だ。一生大切にする」

 一生だなんて大袈裟だ。憂いさえなければ離縁となるだろう。数ヶ月、あるいは数年か。少なくともその間生活に困らないなら別に構わない。

「あの、異母姉は───」

 話を聞く限り、異母姉が見つかっても入れ替わることはないのだろう。それはそれとして異母姉が無事なのかどうかが知りたかった。

「フローラ嬢はファラ姫の手引きで庭師の青年と駆け落ちした。既に見つかってはいるが、駆け落ちの件は社交界に広めてある・・・・・。そのまま庭師と結婚するか、訳あり貴族の後妻になるか、二択だろうな。ファラ姫から援助金も受け取っていたようだが、恐らく父親に取り上げられただろう」

「そう、ですか」

 広めてある、と断言され、どのような表情をすべきか迷う。結婚相手を裏切ったのだから自業自得だろう。とはいえ、あの父親に支配されてきたという点では異母姉に親近感を抱いている。哀れに思う。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」

仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。 「で、政略結婚って言われましてもお父様……」 優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。 適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。 それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。 のんびりに見えて豪胆な令嬢と 体力系にしか自信がないワンコ令息 24.4.87 本編完結 以降不定期で番外編予定

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

処理中です...