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さん

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 書類上の夫に抱き締められたまま、夫婦の寝室に戻される。客人?を見送らなくて良いのかと問えば「客じゃない」とだけ答えが返ってきた。

「ミリアのお陰で本当に助かった」

 何もした覚えは無い。それどころか身代わりとしての役目を果たせていない。

 そもそも、この人は何故平然とミリアを呼ぶのだろうか。あの実父が用意した縁談なのだから、もしかしたら本来結婚するはずだった異母姉の名前を新郎が知らないということも有り得る。それでも気にせず縁談を進めたのだとしたら、この男は実父並に情のない、人でなしかもしれない。

「あの、私は、異母姉が見つかるまでの代役で、貴方の本来の結婚相手ではないのです!」

「そうだな。そのはずだった。でも現在俺の妻はミリアだ。君が万が一宣誓書にフローラの名前を書いていたら、君は偽証罪で逮捕され、君の家族もそれに加担したと罰金刑くらいにはなっただろう」

「え」

「ああでも、君のお父上のことだ、君1人に全ての罪がかかるよう事件を捏造するだろう。誘拐罪、傷害罪、詐欺罪も追加するくらいはやるかもな」

「え」

 そんな危ない橋を渡ろうとしていたなんて!

 己の無知さ、浅はかさに愕然とする。

 花嫁の失踪は異母姉に嫉妬したミリアが危害を加えた上で誘拐し、成り代わって、ベールで気づかなかったと実父達は涙ながらに証言する。そんな姿が容易く想像出来た。

「で、でも、私が自分の名前を書いたところで、同じなのでは…」

 結局、異母姉の立場を奪う為に異母姉を襲ったという濡れ衣は着せられそうである。

「少なくとも偽証罪ではない。そのお陰で姫から逃れられたし、お礼にそれ以外の罪状からは庇ってやるさ」

「………姫?」

「ファラ姫だ」

「?」

 聞き覚えのない名前にミリアは訝る。そもそもこの国の王族に姫なんて居ただろうか。

「王姪に当たる姫君で、隣国の姫なんだが、現在極秘で来訪している」

「極秘」

 その極秘を知ってしまって良いのだろうか。

「ファラ姫からの求愛がしつこくて、しつこくて。婚約をすっ飛ばして結婚しても良いという奇特な女性が必要だった俺は伯爵家に大金を詰んだ。俺はお前を金で買ったようなものだ、恨みたければ恨め」

 胸を張って恨めと言われても、ミリアの心情は凪いだまま。特に揺れることもない。下手に隠されたりするよりは好感が持てるかもしれないと少しだけ思う。

「政略結婚なんてそんなものでしょう。…ですが、そのお姫様がそんなにお気に召さなかったのですか?」

「…そういう問題じゃない。俺は家柄も職業も王族に近い。その分、国家機密に近いこともあって安易に他国の王族を嫁に迎えるわけには行かないんだ。俺自身が他国に婿入りするのも同じ理由で却下」

 政略結婚が存在するのと同様に、政略面から結ばれてはいけない相手というのも存在する。一応貴族として戸籍はあるが平民と大差ない庶子であるミリアには今まで縁がないものだと思っていた。縁がないどころか巻き添えを食らった結果ここにいる。笑えない。物凄く、笑えない。

「そもそもファラ姫は皇国に嫁入りすることが昔から決まっていた。そう言い聞かされて育ったはずなのに、好いた男以外とは結婚しないと騒いだ挙げ句に出奔してきやがった。だから、姫の滞在は極秘なんだ」

 私の異母姉といい、そのお姫様といい、親の決めた婚約から逃げるのが流行ってるのだろうか。何の為に領民の税金で育てられたのか、彼女達何も分かっていないのだろう。

「俺があの女に襲われて既成事実でも出来た日には皇国と戦争になる恐れさえある。戦争の発端となった大罪人として処刑される未来だけは避けたかった」

「なるほど。旦那様は女難の相をお持ちなのですね」

「俺もそう思っていたところに君が現れた!下手にそこそこの貴族と結婚して公爵の座を狙っていると兄に思われるのも迷惑だし、仮にも公爵家の次男が平民と結婚するわけにも行かなくてな。その点、貴族だけど庶子という君は大変都合が良い!ありがとう!」

 そこまで明確に都合が良いと言い切られると怒る気力も湧かない。しかも物凄く晴れやかな笑顔だ。清々しくて何も言い返せない。何を言い返していいか分からない。

「…お役に立てたなら、良かった、です」

「君は俺の恩人だ。一生大切にする」

 一生だなんて大袈裟だ。憂いさえなければ離縁となるだろう。数ヶ月、あるいは数年か。少なくともその間生活に困らないなら別に構わない。

「あの、異母姉は───」

 話を聞く限り、異母姉が見つかっても入れ替わることはないのだろう。それはそれとして異母姉が無事なのかどうかが知りたかった。

「フローラ嬢はファラ姫の手引きで庭師の青年と駆け落ちした。既に見つかってはいるが、駆け落ちの件は社交界に広めてある・・・・・。そのまま庭師と結婚するか、訳あり貴族の後妻になるか、二択だろうな。ファラ姫から援助金も受け取っていたようだが、恐らく父親に取り上げられただろう」

「そう、ですか」

 広めてある、と断言され、どのような表情をすべきか迷う。結婚相手を裏切ったのだから自業自得だろう。とはいえ、あの父親に支配されてきたという点では異母姉に親近感を抱いている。哀れに思う。


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