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しおりを挟む───まぁ、妻に魅力がない云々だけは、反論しようがないので、甘んじて受け入れる所存である。
公爵家に現れたソイルの兄、現伯爵当主は顔色が悪かった。
「まさか、あのバカが本当にメイドに手を出すとは…。いえ、早かれ遅かれこうなった事でしょう」
「えぇ、ですので、事前にお知らせしておりました通り放逐致しました。助けるも放置するもご自由になさって下さい」
「助けません。前回忠告した際、自分は公爵家の人間なのだから伯爵如きが指図するなと言われましたからね。お望み通り赤の他人として対応するつもりです。───しかし、貴女様には大変申し訳ないことをしました」
伯爵は深々と頭を下げて謝罪をする。
「伯爵がご尽力されたことは存じております。我々夫婦の問題が、両家の事業提携には何ら影響しないと誓いましょう」
「ありがとうございます。もし、許されるのであれば、伯爵位は甥に譲り、私は貴女様と───」
立ち上がり、やや興奮気味に身を乗り出した伯爵の言葉を遮ったのはユーリアスだ。それまで静かにカリアーナの背後に控えていたユーリアスの大きな手が、伯爵の顔面を鷲掴みにしている。
「兄弟揃ってふざけた事ばかり言うんじゃねぇ!!」
「あらまぁ。伯爵がなんて仰ろうとしたのか、貴方には分かるの?」
カリアーナは驚きに目を見開き、ユーリアスを見上げた。
「伯爵はコイツのままでいいだろ?代替わりなんて要らないよな?」
「それはもちろん。悪いはソイルであって、ご実家の責任まで問うつもりはないわ。無事離婚出来ればいいの」
ユーリアスの手をようやく引き剥がした伯爵は深い深い溜め息を吐いた。
「私に出来ることがあれば、幾らでも協力しますよ。望まれれば、裁判で我が家の恥を晒しましょう。───それが貴女への償いです」
カリアーナはよく笑う子供だった。
しかし、領地での干ばつ、飢饉、父親の容態悪化と不運が度重なり、14歳で既に公爵代理となり、多くのものを背負って、少しずつ表情を失っていった。
幸か不幸か、カリアーナには、親の決めた婚約者というものはいなかった。親は、本人が好いた相手と結婚すればいいと思っていたからだ。しかし、状況の悪化に連れ、政略結婚に望みを託さざるを得なくなり。
父は亡くなる直前まで、申し訳ないとカリアーナへの謝罪を口にしていた。
カリアーナがソイルと結婚したのは18歳の時。カリアーナは夫に希望を抱いていた。婚約時代は冷たかったけれど、結婚した以上、愛はなくても情を持って共に歩めるのではないかと。
───お前が笑いながら話すと気持ち悪い。
結婚披露宴の最中に、夫から言われた言葉が突き刺さり、希望を打ち壊した。
そして誰も来ない初夜。
愛してくれる異性なんて、きっと、この世にはいない。そう極端に思い込むことで、カリアーナは自身の心を守ろうとした。
傷ついた覚えしかない結婚生活を振り返ったカリアーナは背筋を伸ばす。目の前には、聴衆の前だと言うのに泣き崩れたソイル。
「貴方に私が必要ないように、私にも、我が家にも、貴方は要りません」
事前準備が抜かり無かった為に、離婚はアッサリ承認された。それこそ、あまりの手応えの無さに、終わったことが信じられない程だ。
「ふざけるな!ふざけるな、ふざけるな!いつも私を見下しやがって!!」
そんな気持ちで彼を見た覚えはない。そう、反論したいのに、何故か今更になって胸が痛くて、カリアーナは口を開けない。今声を出したら泣き出してしまいそうだった。
「聞く必要はない。もう赤の他人なのだからな」
王子として正装したユーリアスに肩を抱かれ、引きずられるようにカリアーナは歩き出す。
まだ背後から彼の罵声が響いてくる。向き合わずに逃げてもいいのだろうかと、カリアーナは戸惑うけれど、ユーリアスの温もりには逆らえない。
「ユーリアス」
「お前を傷つけるだけの言葉に耳を傾ける必要はない」
それは、甘い誘惑のように思えた。許されるのなら流されたい。
「───ユーリアス。やっぱり貴方、ミーナと結婚して公爵家を継いでくれない?」
この人ほど、頼もしいと思える人を、カリアーナは知らない。両親が、カリアーナが、命を懸けて守ってきた公爵家を託すなら、この人がいい。
ユーリアスは顔を引き攣らせた。
「何でミーナなんだよ」
「可愛いでしょう?お人形さんみたいで」
ユーリアスが立ち止まる。馬車の停留所はまだ先なのにどうしたのだろう?とカリアーナは不思議に思いつつ、共に足を止めた。
「結婚するなら、俺は、お前がいい」
「…別に公爵家の血筋に気を遣わなくてもいいのよ?」
「そうじゃなくて!俺は、子供の時から、」
のらりくらりと躱してきたけれど、そろそろ潮時か。カリアーナは顔を真っ赤にしているユーリアスの唇に、手にした扇子を押し付けた。
「裁判は終わったけど、手続きが終わるまで法的にはまだソイルが夫なの。だから、そこから先はまだ言わないでね」
ふふ、と、カリアーナは数年ぶりに心の底から微笑んだ。
[完]
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