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しおりを挟む同時に、カリアーナが領主としていかに優秀かを証明する準備も整っている。伯父である国王への根回しも済んでいるし、準備は上々。
「一刻も早く弁護士を探すことをオススメするわ」
カリアーナは親切心から忠告したのだが、ソイルは嫌味ととったらしい。カリアーナの腕を掴み、拳を振り上げた。
殴られておいた方が裁判には有利ね。そのように損得勘定をしたのだが、殴られることは無かった。背後から出てきた男性の手がソイルの拳を握り込むように受け止めたのだ。
カリアーナが肩越しに振り向くと、従兄のユーリアスが鬼の形相をソイルに向けている。
「ひッ!殿下!」
「───失せろ」
騎士団に所属するユーリアスの眼光に耐えきれなかったソイルは、足をもつれさせながら部屋を出て行った。使用人に馬車を出せ!などと吠えるのが壁越しに聞こえてくる。
恐らく実家に泣きつくのだろう。末っ子を溺愛していた義両親が現役だったなら面倒なことになっただろうが、今代当主は義兄。ソイルを甘やかす両親に苦言を呈してきた彼はどうするだろう。
「奥様!」
ミーナに抱きつかれ、カリアーナの思考は中断した。
「ミーナ、苦しいわ」
「何で抵抗もせず殴られようとしてるんですかぁぁぁ!!!!!」
誰もが振り向くであろう美少女に泣かれてしまい、カリアーナは戸惑う。
「その通りだ、カリアーナ!」
背後からも怒鳴られ、カリアーナは更に戸惑う。
「ユーリアス、どうしてここにいるの?」
「家令に呼ばれたんだよ。修羅場だってな」
はぁ…と重い溜め息を吐くユーリアス。涙を浮かべる美少女ミーナ。2人を交互に見て、カリアーナは名案を閃いた。
「ミーナ、私の養女にならない?」
「はい?」
え、何を言い出したの、この人!と驚くミーナを置き去りに、カリアーナはユーリアスを仰ぐ。
「ユーリアス、この子はミーナよ。可愛いでしょう?」
「───ちょっと待て。お前、何を考えているんだ」
何故ユーリアスが焦っているのか、理解できないとカリアーナは首を傾げる。
「2人が結婚してホークリッド公爵家を継いでくれないかしら」
ミーナと血の繋がりはない。しかし、ユーリアスはカリアーナの従兄、しかも王子殿下だ。彼が公爵家を継ぐなら王家の分家として成り立つ。ユーリアスはカリアーナより2歳年上で、ミーナとは7歳ほど差があるけれど、貴族の婚姻においては許容範囲のはず。何も問題はない。
「断る!」
ミーナという美少女を前にユーリアスは即答した。カリアーナはキョトンとして、照れ隠しかしら?と改めて首を傾げた。
「そんなに大きな声を出さなくてもいいじゃない。どうしたの、ユーリアス」
「………奴が戻ってきても入れないよう、警備を増やそう。絶対一人で出歩くなよ、カリアーナ。せめて白い結婚だけでも無効にしようとゴロツキに襲わせる恐れもある。警戒を怠るな」
言い捨てて、ユーリアスは立ち去った。一体何だったのだろうと、釈然としないまま見送るだけ。
「奥様、私もさすがに殿下は嫌です」
ミーナが苦笑する。
「どうして?女性から人気があるし、容貌も整っていて素敵でしょう?血筋も確かだわ」
「殿下は一途な方でいらっしゃいます。私ではお情けすら頂けないでしょう」
確かにユーリアスは真面目で、ソイルのように大勢の女に金と種をばら撒くような人間ではない。それは美点だが、柔軟性がなく頭が固い。適度に夫婦の責任を果たせば、別に愛人の一人や二人、男の甲斐性の範疇だろうにとカリアーナは考えている。貴族の結婚とはそういうものだ。
そういう点でも、やはりユーリアスとミーナはお似合いである。愛が欲しいと言う時点でミーナは貴族に向かない。ただの平民として生きるには生まれ持った容貌が美しすぎて火種にしかならない。その点、ユーリアスならミーナの理想を叶えてくれるだろう。一途にミーナを愛し、王家の権威と正義感で不埒者を排除して、あらゆる面で彼女を守ることが出来る。
「一途だからこそ、オススメよ?」
「どう見ても殿下には既に想い人がいらっしゃるじゃないですか!屋敷中みんなが周知の事実ですよ!何で奥様はわからないんですかぁぁぁ!」
「ユーリアスに想い人だなんていないでしょう。休みの度にうちの庭を借りて鍛錬に励むしか趣味のない筋肉一筋なのに、一体どこでそんなロマンスが?まさか別のメイドなの?」
「違います!殿下が恋い慕う相手は「やめてくれぇぇぇ!!」
ミーナのセリフは肝心なところが聞こえなかった。再び現れたユーリアスは肩でゼェハァと息をしている。今にも倒れ込みそうなほど必死の形相だ。
「あら、戻ってきたの?」
帰ったのでは?と言外に疑問を示せば、ユーリアスは息を整えてから天井を仰いだ。
「離婚成立まで、お前の護衛として屋敷に泊まることになった」
「仕事は?」
ふー、と長い息を吐き、カリアーナへと向き直ったユーリアスは冷静さを取り戻したようである。
「長期休暇だ。陛下の許可もある!」
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